【白崎華代視点】願っているだけじゃまだ足りない。――必ずって強い気持ちを持たないと!
異世界生活十六日目 場所ジェルダの町、宿屋 微睡みの猫亭 女子会
柴田さん達とは簡単な自己紹介と多少の情報交換をしただけだった。
今回も草子君に先回りされて五人部屋二つを隣同士で取られてしまったので、五人部屋に集まって本格的な情報交換をすることにした。
柴田さん達からは異世界に来てからの生活のことを、私達は異世界に来てからの生活と草子君達との旅を長くなるので掻い摘んで。
途中から柴田さん達は泣いていた。うん、大変だったものね。大切な友達を攫われて、でも助けに行くことができない。
例え勝手を知ってる地球の日本であっても起きた犯罪に女子高生四人で対処するなんて不可能。それが放り出されたばかりの異世界で友達を助けるなんて明らかに無理難題……捕まって同じ目に遭わされることが分かっていたから、柴田さん達は動くに動けなかった。
寧ろ奴隷商人を一秒も掛けずに嘲笑いながら斬ったり刺したり跡形もなく消し去る人の方がおかしいの。
時空間が歪曲されて近くにいる人を巻き込んで消し飛ばすとか、隕石を第二次宇宙速度まで加速させて落とすとかって明らかにモブキャラがやることじゃないから! 多分魔王も瞬殺する大魔法とかだから。
話は進み、話題は草子君のことになった。
正直な話……私は草子君の強さについてあんまり理解していない。
私達なんかとは次元が違うのは間違いないんだけど、その強さのスケールが凄すぎてイマイチピンと来ていない。
「草子君って一体何者なのよ!」と叫んだ柴田さんの気持ちは分かる。だって、かなり一緒いる筈の私ですら一番理解していないのだから。
「とりあえず、議題は『草子君ってなんなんだろう』にしよっか。この中で一番草子君のことを理解しているのって聖さんよね? 草子君について何か知っていることってあるかな?」
異世界に来るまでの草子君を本当の意味で理解していたクラスメイトは多分居ない。
積極的に関わるどころか距離を置いていた私達は勿論、草子君にオススメの本を聞いていた織田君達ですら、草子君の一面を見ていたに過ぎないんだと思う。
高校で草子君のことを知っていた可能性が高いのは花奏先生だけど、今ここにはいない。
だから、一番草子君のことを知っているのは異世界に来てから一番長く一緒にいる聖さんだと思う。
一学期も一緒のクラスで生活していたのに、一緒にいる時間が短い聖さんに負けるなんてなんだか複雑な気分だけど……。
『草子君のことならなんでも知ってるよ! ……って言いたいんだけど、私も迷宮の途中で偶然出会っただけだから最初期の草子君がどうだったのかは知らないんだよね……でも、出会った時のステータスの写しなら確かどこかにあった筈だよ』
うん……既にLEVEL240だ。この時点で私達よりも遥かに強い。
そして、NEXTEXPが明らかにおかしい……流石にLEVEL240でもこんな数字にはならないと思う。
「……確か私達が出ていくタイミングで有用なスキルはほとんど消失していたよな。一体どうすればこんなことになるんだ? スキルもタブレットには無かったものもあるみたいだし……」
『草子君の強さの秘密の一つは【異食】ってスキルだよ。本来なら食べることができない魔獣肉を食べることで通常ではあり得ない量の経験値を獲得することができるって草子君は考察してた。本来ならレベルが上がりにくくなる【器用貧乏】のスキルがあるけど、その経験値量は【器用貧乏】だけで抑えきれる量じゃなくて、必然的にステータスも上がっていったみたい』
【異食】と【器用貧乏】の相乗効果は、多分チートスキルの欄にあった【経験値アップ】を凌駕する。
だけど、魔獣肉を食べることには絶対に抵抗を覚えるだろうし、そもそも【鑑定】で得られる情報にスキルの詳細が書かれていない。
きっと、スキルを拡大解釈する必要があるんだと思う。まさか【異食】が魔獣肉を食べることができるスキルだとは思わないし、【器用貧乏】は説明を読む限りハズレスキルにしか見えない。
『それから、【書誌学】。書誌に関する知識を得るっていう説明だけど、実際は時間をかければどんな文字であっても読み解くことができる翻訳スキルだって言ってた。そして、最大の特徴は【異食】と組み合わせることで、本を食べるとそこに書いてあることを完全理解・完璧記憶して、更にその本に書いてあることを実行するために必要なスキルを得ることができるらしい……草子君の推理だけどね』
こちらも拡大解釈だけど、実際に草子君はこの二つのスキルで魔法関連のスキルを得たのだから使い方自体はあっているんだと思う……スキルの正解なんて分からないからね。
……もしかして、拡大解釈できるようにあえて暈しているのかな? 法律みたいに。
『後は【魔術文化学概論】……草子君もこのスキルの効果の考察は難しかったみたいだよ。効果は魔術や魔法に関する基本知識を得るというものみたいだけど曖昧過ぎるからね。……草子君の推測だと、魔術に関する総合スキル。オリジナルの魔法を量産できるのも、【複合魔法】や【複数魔法同時発動】を得たのもこのスキルのおかげの可能性が高いって言ってた』
どのスキルも絶対に選ばないと思う。意味が分からないスキルに命を預けるなんて、そんな恐ろしいことはできない。
隣に同じポイントで分かりやすく強そうなスキルがあればそっちを選ぶのが建設的。……でも、草子君には選択肢が残されていなかったから。異世界から逃げようとしたせいで、誰よりも辛い異世界生活をする羽目になってしまった……いえ、なる筈だった。
『……草子君は自分のことを頑なにモブだと信じているでしょ? きっと草子は実際にモブキャラだったんだと思うよ。レベルは一、スキルは【鑑定】を使っても意味が分からない。チートな武器もない。……普通だったら、死んでいるし、実際に死んでた可能性だってあったんだと思う。「もし、残り物スキルの中で妥協して選んでいたら、もし飛ばされた先があの迷宮じゃなかったら、もし最初のゴブリン戦で奇襲が失敗していたら、もし空腹に負けて異世界モノでは禁忌とされる魔獣喰いをしなかったら、もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら……そう言う偶然が重なったから俺は生き残ったことができた。沢山の偶然が俺を序盤で死ぬ筈の語られぬモブキャラからバグったモブキャラにしてしまった」って言ってた。だから、チートなスキルを選び取った英雄に相応しいクラスメイトを神聖視しているんだと思うよ……』
恵まれた状況で、チートなスキルや武器を選び取った私達。
最低のものしか与えられず、状況も最悪で、それでも地球に還るために必死で抗って、チートに至った草子君。
比較すれば比較するほど、私達が“鍍金の英雄”であることを突きつけられる。
『……草子君は間違いなくチートキャラだよ。それを羨ましがるのも仕方ないと思う。だけど、草子君のそのチートは誰かから与えられたものじゃない、自分で考察し、知識を駆使して掴み取った力。……草子君は人一倍努力しているんだよ……その努力の跡が見えにくいだけで』
草子君が頑張るのは地球に還るため。全て自分だけのための力。
高校に居場所はなかった。誰も本当の意味で草子君のことを理解しようとしなかったから、草子君にとって私達は赤の他人だった。
それでも草子君は嫌そうな顔をしながらも最後には助けてくれる。……草子君にとっては傍迷惑でしかないのに。
助けて、親身になって教えて、私財を投げ打って、考察して……。
分かってる。誰が草子君の足を引っ張っているか。
どこまでも飛んでいける草子君の足枷は……私達。
私はクラスをもう一度一つにしたい……そして、その中に草子君も居て欲しい。
だけど……草子君は本当にそれを望んでいるのかな? ううん……分かっている。絶対に望んでいない。
クラスに居場所が無かった草子君は、クラスの一員じゃ無かったから。私達が一員じゃなくしたんだから……。
私達が助けを求める自体、間違い。それをクラスメイトだからというのは、身勝手過ぎる。
「やっはろー。勇者パーティの皆様。女子会のお供に芋羊羹はどう? あっ、やっぱり女子的にお芋様はNGっすよね。ぬるいお茶と熱いお茶ともっと熱いお茶だけ置いておくよ……三献茶を真似たけど、お茶で腹がガバガバになるね」
「草子さん、どうしたんですか?」
「本を一通り読んだからなんか小腹減ったし食べに行こっかなと思ったら、仲居さんが余りすぎた芋羊羹をくれてね。んで、お裾分け。……女子会だけど、なんというか……どんよりムードだよね? 主に白崎さんが」
……やっぱり草子君にはなんでもお見通しだな。
なのに、なんで自分のことは理解していないんだろう? ……いえ、本当は自分がチートだってことを認めているのよね? ただ、自分がモブキャラだっていう前提が、自分の評価を捻じ曲げて歪な形にしてる。
「……ねえ、草子君。私って本当に狡いよね。自分でもそんな権利がないことを理解しながら、優しいからそれにつけ込んでいる。足を引っ張って、弱点になって……本当に大切だと思うなら真っ先に離れるべきなのに、言い訳をして寄生して……」
「華代……」
……私って本当に最低だよね。みんなの前で言っちゃうなんて。
これじゃあ、みんなのせいにしてるだけだよ。
「はっ? 何言ってんの? 何この空気。重いんすけど……【重力魔法】を使えば軽くなるかな? 〝軽減せよ〟――〝ディクリース・ウェイト〟……あれ? 重力が軽減されて地面から離れたのに、肝心の空気は軽くならない? 一人無重力体験? 宇宙飛行士にはならないよ! だって、真っ白なパズルなんて途中で嫌になるのが目に見えてるから!!」
そして……なんで肝心な草子君が理解してないんだろう? なんで、新しい【重力魔法】を作っているんだろう? 【重力魔法】で重くなった空気は軽くならないよ!? 「空気は読むものじゃない、吸うものだ!」とほとんど変わんないよ!
「うん、少しは笑えるようになったな。たく、“天使様”の笑顔は世界の至宝なんだから、笑ってないとダメだよ、的な? じゃないと曇らせた罪で暗殺されるよ! 天岩戸だよ! 近江屋事件だよ!? ……あれ? あの事件って日本の夜明けを目指した人を粛清した事件だから、意味的には逆じゃね? まあ、良いけど。……全く、白崎さんって本当に模範みたいな真面目ちゃんだよね。少しは悪いことを覚えた方がいいよ。そんなんじゃ世間の荒波を波乗りして、華麗にモスキートなんて決められないよ! 白崎さんはクラスをもう一度一つにしたいんだろ? なら、そのために使えるものはなんでも使うくらいの意気込みは持たないと。目の前にステータスがバグったモブがいるんだったら使い潰すくらいじゃないと。……主人公だって最初は弱い。いずれ魔王を倒すためには、強くなるためには、そのための力をつける時間が必要だよ。レベルが絶対の世界……ではないみたいだけど。そして、いらなくなったら追放すればいい。モブなんて使い潰されるか、死んで主人公の成長の糧になるか、使えないと判断されて追放されるかの三択なんだから」
……きっと、草子君は私を慰めようとしているんだよね。言ってることは滅茶苦茶だけど。
でも、これがきっと草子君流なんだよね。
「……頼っていいんだよね?」
「当たり前だろ? じゃなかったらエルフの里で分かれているって。まあ、随分と物好きな主人公もいたもんだなと思ったけど、こんなモブについて来るとか」
「……ありがとう。……でも、草子君。私は絶対に草子君を追放したりしないよ。草子君は私達のクラスメイトなんだから……いえ、今度こそクラスメイトになるんだから」
「まあ、好きにすればいいんじゃないの? はい、芋羊羹。お茶も冷めたら全部冷たいお茶になるからとっとと飲んでね。そいじゃあ」
◆
私達は異世界カオスに召喚された。普通は魔王を討伐して欲しいとか、そういう理由で召喚されるのに、私達は目的も与えられずに、バラバラに転送された。
草子君曰く、神様が伝えられなかっただけなのだそうだけど、私は違う解釈をしている。
異世界カオスとは、ゲームの盤上。場所を与えられただけで、そこですることは転移した人に委ねられる。
勇者になって魔王と戦うことも、魔王と結託して人間と戦うことも、狂信宗教と対立することも、独裁者を倒すことも、パーティを追放されてスローライフを始めるのも、与えられたスキルを無視して食堂を経営するのも、行商人になるのも、それこそなんだってできる。
だから、この世界から地球に還るっていうのも一つの選択肢だ。
勝手に連れてこられたのに、地球に未練があるのに、この選択肢を選ばないなんてあり得ないと思う。
……それなのに、なんで草子君だけがこんなにも苦しまないといけないんだろう?
なんで、草子君だけに理不尽が降りかかるんだろう?
同じ盤上で戦っている筈なのに、草子君だけが別種のゲームをしている。一人だけ難易度設定が明らかにおかしい。
ヴァパリア黎明結社の恐ろしさはユェンとの戦闘を間近で見て、嫌というほど理解させられた。あのユェンすらヴァパリア黎明結社を恐れているんだから、きっとヴァパリア黎明結社は桁違いな組織なんだと思う。……きっと、宰相とか魔王とか帝国とか宗教とか、そんなものと同列に扱うこと自体間違いなんだ。
私達は草子君と一緒に旅をすることに決めた。それは、私達がイージーモードな異世界を捨て、草子君と一緒の――この世界の最高難易度に挑むということ。
そのためには、勇者の強さなんて生温い。それよりも遥かに強くなる必要がある。
私は一度誓った。……それなのに、その誓いを折りかけてしまうなんて、本当にダメよね。
今度こそ、絶対に違えない。もう、迷わない。
願わくばその力で私の勇者様の隣で戦いたい。……その気持ちは今も変わらない。だけど、願っているだけじゃ、そんな弱い気持ちじゃ足りないことを思い知った。
私は草子君の言う勇者になる。いえ、勇者なんて霞むくらい、強くなる。そして、必ずその力で草子君の隣で戦う。――それが、私がこの世界で為すべきことなんだから。