極悶島上陸!
「よいしょ」「よいしょ」
「よいしょ」「よいしょ」
ルーとラー、二人の妖精の掛け声とともに、俺は空を飛んでいる。
アルカンタ湾沖合の海上、高度千メートル・・・
俺は空を飛んでいる。
ブランコに乗って・・・
って、なぜ?ブランコ!
二本の超長いロープに付けられた小さな板。
ロープを持っているのはルーとラー。
「は、は、離さないでね・・・ぜ、ぜ、ぜ、絶対離しちゃダメだかんね・・・」
「大丈夫よ。もし、落ちても・・・」
「下は海・・・」
「だっちゅーの!」
いやいやいや!この高さから落ちたら、下が海だろうがマシュマロだろうが確実に死ぬわ!
「な、ななな、なぁ、ももも、もっと低く飛んでもいいんじゃね?」
「これより低く飛ぶと・・・」
「伝説の白鯨クーちゃんに呑み込まれちゃいます・・・」
「だっちゅーの!」
どのみち海に落ちたらアウトじゃねーか!
てか、『だっちゅーの!』が繋がってませんけど?
ロープはちゃんと繋がってますよね?
なんかこれ・・・
往年の名作アニメのオープニングみたいじゃね?
大丈夫なんだよな?教えて!おじいさん!
「もう、ビビりすぎですよ、【アルプスの変態ヤンキー】ケントさん」
ルールルールルルル♪と鼻歌を歌いながら
なんちゃって天使がブランコの横で白い翼をはためかす。
偽海賊少年コスから、黒の魔女っ娘フォームに戻っているカレン。
ローブを脱いだエロい背中から、天使の翼が生えている。
飛べるんだったら、お前が連れてってくれればいいじゃん!
こんな恐ろしいブランコに乗る必要無かったじゃん!
「あ~、無理ですよ、ケントさん。
この『天使の羽』は【不浄なモノ】に触れることができませんから」
誰が不浄だ!俺は心も体も清い!
「やだな~、世間じゃ童貞を清いだなんて思ってませんよ。
ひょっとして、『三十路まで童貞守ったら魔法使いになれる』
とか信じちゃってます?あれ、デマですからね、ケントさん」
知っとるわ!
「まぁ、ケントさんなら『魔法使い』どころか『大魔導士』にでもなれそうですけど」
くそぉ~自分一人だけ安全に飛びやがって・・・
「でも、実はこれ反則なんですよ」
反則?
「ええ、天界と地上の往来の時以外は、天使の羽を使っちゃいけないんです。
天界の鉄の掟。バレたら上司に滅茶苦茶怒られますよ~始末書もんですよ」
上司って誰だよ!後で、そいつにチクってやる!
「ケントさんが『一人でイクのは嫌だ!』って駄々こねるから
仕方なく付き合ってあげてるんですからね!
いつも『イク』時はボッチのくせに、どんだけ見せたがり屋さんなんですか?」
俺一人で魔王城になんか乗り込めるか!
戦った事も無いのに・・・
「大丈夫ですよ、ケントさんは、変態で童貞の『チート持ち』ですから」
だから、チートってなんだよ!
「あ、ケントさんのチートって、何なんですかね?」
お前も知らねーのかよ!
「そういえば、『パート1』から、その伏線回収してませんね」
すぐに回収して!
「魔王城に『行けばわかるさ』ですよ」
いい加減だな!バカヤローっ!
そもそも、なんで空飛んでんだよ!
『転移魔法』じゃなかったのかよ!
名前を『ルー』と『ラー』にする必要ないじゃん!
「いいえ、我々は魔法でヒッグス場を『転移』した・・・」
は、はぁ?・・・
「WボソンとZボソンに干渉し、量子真空の相転移による角運動量を変化させた。つまりは、物質粒子のスピン変更による質量変異を行ったのだ・・・」
いや、あの・・・
ルーちゃんもラーちゃんも口調変わってねぇ?
妖精さんですよね?
「・・・だっちゅーの!」
語尾は一緒かい!
全く説明になってない・・・
ヒッグスってなんだよ!
スピンってなに?
「もう、これだからヤンキー校出身者は・・・」
なんだよ!カレン!今の説明で解るのかよ?
「ヒッグス粒子なんて小学校低学年の理科で教わる項目ですよ」
そうなの?
Wなんちゃらとか、Zほにゃららとかも?
「ええ、いつもWXYって書いて、『女体』とか言って喜んでるケントさんにも解り易く言うと・・・」
うん・・・
「インフレーションによる対称性の破れで生じた電弱力の崩壊を、魔法で疑似的に遡行させたという事です」
悪いが、日本語で説明してくれる?
まったくわからん・・・
「ねぇ、ラー」
「なぁに?ルー」
「勇者ってバカなの?」
「うん、変態なだけじゃなく、バカかも・・・」
聞こえてるぞ!でも、カワイイから許す!
「よいしょ」「よいしょ」
「よいしょ」「よいしょ」
何事も無かったように、また妖精さんたちは俺をブランコに乗せて飛んでいる。
「よいしょ」「よいしょ」
「よいしょ、よいし・・・」
「ょ」
だから、そんなとこでセリフ分けるな!
「あらっ?ルー・・・」
「うん・・・まずいわね、ラー」
ん?なんだ?
「どうしたんですか?妖精さんたち?
ケントさんがバカすぎて、運ぶのイヤになっちゃいました?」
おい!
「いえ、魔王城に近付いたので・・・」
「魔王の魔力で、私たちの魔法が消えそう・・・」
「だっちゅーの!」
ええ?魔法消えたらどうなんの?
「そんな事もわかんないんですか?ケントさん」
だって、さっきの説明わかんないもん!
「ヒッグス場が復活して・・・」
だから、ヒッグスって誰?
「0だったケントさんの体重が元に戻って・・・」
あ、そういや体が、なんか重い・・・
「非力な妖精さんたちでは、ロープを持てません」
えっ・・・
あああああっ!
落ちてる!俺!
「勇者さん」
「勇者さん」
ええ?ルーちゃんもラーちゃんも、なんで俺の目の前にいるの?
ロープ引っ張ろうよ!
もう少し頑張ろうよ!
「私たちが、あなたをお連れできるのは・・・」
「ここまで・・・」
どうせ最後も語尾は『だっちゅーの!』だろ!
チュッ!
チュッ!
「えっ!」
ルーとラー、二人の妖精が俺の頬にキスをした。
「ご武運を・・・」
「祈っております」
ブランコに乗ったまま落ちて行く俺、手を振り見送る妖精たち・・・
その横で、一緒に手を振るカレン・・・
「いってらっさ~い!ケントさん!」
いってらっさ~い!じゃねーよ!
助けろよ!落ちてるんですけど!
「はっ!気をつけて!妖精さんたち!パンツ覗かれますよ!」
こんな時に覗くか!
スカートを押さえるカレンと、同じように股間を押さえる妖精二人。
その姿がどんどん小さく遠ざかる・・・
妖精さんたち、スカート履いてないよね・・・・
「さすがは、伝説の・・・」
「変態勇者・・・」
「だっちゅーの!」
こら!カレン!一緒にポーズ取ってないで助けろ!助けてください!
爆音と衝撃を伴い巨大クレーターが島の形を変えた・・・
勇者一名、極悶島上陸。
だが、生死は不明・・・
【次話予告】
ありがとう!ケントさん!
あなたの死はムダだったけど、すぐに忘れてカレンは前へ進みます。
次回より、美少女魔女っ娘カレン様の華麗な冒険がスタートです!
次回「天使と悪魔」
いやいやいや、俺は死んでねーぞ!
あれっ?ケントさん・・・
今度の職業は、ゾンビですか?アンデッドですか?




