第60話 「アムヌーと魔物」
第2章 曙光と絆の先へ
第1幕 開雲見日
第60話 アムヌーと魔物
祝!5000PV!ご高覧頂きありがとうございます!
「確認した。行っていいぞ。」
門衛から返されたギルド証を虚界門へと収め、私は街の外に踏み出した。
アムヌーの周囲は、方角ごとに景色が大きく異なる。
西は、地平線まで続く広大な草原と、トレイトス王国の都へと伸びる街道。
北は、なだらかな野原の向こうに広がる森。その奥には”トレイトスの天井”とも呼ばれるドロック山地が連なっている。また、北門からは北東に向かって伸びる街道があり、これは東方諸国との国境まで続いている。
南は西と似た景色だが、街の食を支える大農地がひろがり、秋には黄金色の小麦畑が夕日に染まるという。
そして私のいる東―――。
一見はすれば北と大差ない。申し訳程度の草原の先に、”東の森”が広がっている。
だがその奥には”魔の森(水臨樹の森)”、さらにその向こうには危険な魔物の巣窟―――”ネブラ山脈”が控えている。
この自然に囲まれた辺境の街アムヌーが、ここまでの大都市に成長できた理由。
それはひとえに、”魔の森”の存在だ。
出没する魔物のランクは概ねE~Cであり、致命的な危険は少ない。
それでいて、そのランク帯の魔物は強さに対して素材の価値が高く、冒険者にとって非常に稼ぎやすい。
結果として、アムヌーは”最も実入りの良い街”の一つとして名を馳せることになった。
「……ゴブリンが居たのは確か、東の森の中だったよね。」
東の森は、魔の森の厳しい生存競争に敗れた低ランクの魔物たちが流れ着く場所だ。
そのため、初心者にも優しい絶好の狩場となっている。
中でも特に人気なのは、角兎。
討伐報酬は出ないが、肉は美味で、角は薬の材料になり、毛皮も上質。
食べて良し、売って良しの優良獲物だ。
対して―――最も嫌われているのが、ゴブリン。
肉は固く、臭みが強い。
持っている武器も粗悪で、中古品としての価値もない。素材として売れるような部位もない。
そのくせ数だけは多く、弓などの武器を扱う程度の知能もある。
ギルドから討伐報酬は出るが、危険度に見合わない。
だからと言って放置すれば、爆発的な繁殖力によってスタンピードの火種となる。
”見かけたら駆除する。だが、積極的に関わりたくはない。”
それが冒険者にとってのゴブリンという存在だった。
「ふぅ~……よし。行きますか。」
だがそれは、普通の冒険者にとっての話だ。私が気負うような相手じゃない。
軽い準備運動を終え、全身に魔力を巡らせる。
身体強化魔法を発動して、地面を蹴った。
移動なんかに時間を割く意味はない。私は全速力で東の森へと駆け出した。
***
「案外居ないもんだなぁ……ん?」
森を駆け抜ける白い風となりながら、魔の森とは違う魔物の密度に言葉をこぼしたその時だった。ものすごい速度で通り過ぎる景色に、ふと違和感を覚える。
視界の端―――深緑色の何かが、ほんの一瞬だけ映った気がした。
「なるほど、アレがゴブリン。」
気付かれないよう、近付かずに樹上から観察する。
身長は1mほど。全身が深緑一色に覆われ、毛が生えていない。
エルフのようにとがった耳を持っているが、それとは違って醜く歪んでいる。
身にまとうのは汚れきった腰布のみ。3匹が一緒に行動しているようだ。
手に持つのは、木を削り出しただけの粗末な棍棒。狩りに成功したらしいウサギを掲げ、「ギィギィ」と甲高い声を上げて小躍りをしている。
「……そりゃ嫌われるわけだわ。」
何より不快なのは、微かに漂って来る匂いだ。
距離があるから耐えられるが、近くには寄りたくない。
普通の冒険者はアレと近接戦闘を強いられる―――。
少し考えただけで、少し同情してしまうくらいだ。
そんなことを考えていると、ゴブリンたちが兎を担いでどこかへ移動し始めた。
集団行動する魔物は、狩った獲物をその場で食べることが多い。
だが、彼らは違う。
「……どこかに拠点があるってことかな?」
***
追跡を続けること数時間。
ヤツらが辿り着いた先で、私は鼻呼吸を諦めた。
眼前に広がるのは、ゴブリンたちの大規模な集落。
集落全体を囲む木杭の柵、木や藁で作られた簡素な住居、見張り用の物見櫓。
縄文時代の再現模型を思わせる光景だった。
明らかに、通常のゴブリンの知能を超えている。そしてそれができたのは―――
―――最上位種が居るから。
ゴブリンキング。
ゴブリンクイーン。
ゴブリンジェネラル。
クイーンは蟻や蜂の女王のようなもので、ただ繁殖に特化している存在だが、キングとジェネラルは違う。
そいつらは人間と変わらない頭脳を持ち、キングは上位種を兵のように従え、ジェネラルは”大鬼”に匹敵する膂力を持つ。
「さて、どうするか……」
私なら”呑舟の嵐”をはじめとした大魔法で、根こそぎ殲滅できるだろう。
だが―――それでいいのか?
狙撃蠍の時と同じことを繰り返して、何になる?
今求めているのは、魔物を前にして怯まない度胸だ。
そのための挑戦と、安全を確保できる範囲での無茶。
「よし。」
息を吐いて、覚悟を決める。
「魔法抜きで、やってみるか…!」
無理だと感じたら、すぐに解禁すればいい。生き残ることが最優先だ。
私は再び、全身に魔力を巡らせた。
あとがき
この世界における魔物。それは滅びを誘う脅威でありながら、恵みをもたらす資源でもあります。
アムヌーはその両面がよく表れた都市です。
普段はその恩恵に栄えますが、何かをきっかけに魔物津波がおきれば大きな被害を受けます。
次回、「第61話 自らに課す試練」
《蛇足》
小鬼に狙撃蠍…よく似た生態の生き物です。
この世界ではゴキブリと並んで「三大害悪」とも呼ばれています。




