【VOICE~日本酒奇譚~ #07】新潟出張|前編
酒蔵との出会いは、俊の世界観を大きく変えた。
『国内に酒蔵ってどれくらいあるんだろう?』
『せっかくなら各都道府県の日本酒を制覇してみたいよなぁ』
『あ、そうだ!全国日本酒マップでも記録するか!』
『えっと、今のところ、青森、石川、高知、山形かぁ…』
一度ハマると、驚くほどの行動力と意志の固さを見せる俊。
こうなっては、もう誰にも止められない。
仕事中だというのに、さっそく「全国日本酒マップ」の構想を練り始めていた。
「小川君!!ちょっといい?」
「あ、はい。なんですか?」
上司の長谷川(課長補佐)さんから声がかかった。
「来週の火曜日から一泊で新潟に出張行くから予定しておいて。」
「新潟ですか!?分かりました!」
なんと、予期せぬ新潟出張の知らせだった。
『新潟か…新潟といえば日本酒!これは美味しい日本酒に出逢えるかもしれないぞ!』
偶然か必然か。
全国日本酒マップの構想を描き始めたばかりの俊のもとに訪れた、最初のチャンスだ。
期待感と高揚感で胸が高鳴る。
普段、一週間の始まりが憂鬱でたまらないのに、今回ばかりは早く週が明けてほしいと願う。
────
出張当日。
俊と長谷川さんは、大宮発の上越新幹線で新潟へと向かった。
「小川君、なんか眠そうだね?」
「あ、はい。なんか昨日あんまり寝れなくて。」
どうやら今回の新潟出張を楽しみにしすぎて寝つきが悪かったようだ。
新幹線のスムーズで心地よい揺れが眠気をいっそう誘う。
ほどなくして、俊は眠りについた。
───
約1時間半の乗車の末、俊たちは、新潟駅に到着した。
万代口を出ると、新潟支部の高田所長と笠原係長が官用車で迎えに来てくれていた。
俊たち一行は、そのまま新発田市にある新発田駐屯地に向かった。
『早く夜にならないかなぁ』
移動中、俊の頭の中は、新潟の日本酒を飲むことでいっぱいだった。
そうこうしているうちに新発田市に到着。
「まだ、駐屯地の時間まで結構あるので、新発田市内を少し案内しますよ。」
笠原係長が気を利かせてくれた。
すると、高田所長がまさかの一言を放つ。
「せっかく新潟に来たんだから、酒蔵に行ってみますか?」
「実は見学の予約をしているんですよ。」
「え?…」
俊は、思ってもみなかった提案に言葉を失っていた。
「いいですねぇ~是非お願いします!」
長谷川さんが返事をする。
『おぉ~すごい奇跡だ!!いきなり酒蔵に行けるなんて!!』
突然の酒蔵見学に俊の気持ちは最高潮に高ぶっていた。
こうした嬉しいハプニングも出張の醍醐味でもある。
車を走らせること数十分。
俊たちは、新発田市内に4蔵あるうちのひとつ、菊水酒造に到着した。
「ようこそ、菊水酒造へ。」
受付を済ませると、早速、酒蔵の人が蔵を案内してくれる。
「まずは、菊水日本酒文化研究所と言って、蔵や資料室がある場所です。」
「今、ちょうど節五郎蔵では、お米を洗う作業が行われています。」
ガラス張りの見学通路から、蔵人が丁寧に作業している様子がうかがえる。
俊はその様子を夢中になって目に焼き付けた。
「次は、資料室です。」
「ここでは、古くから伝わる酒器や日本酒にまつわる文献を揃えておりまして、見て触って体験することができます。」
数多くの書物に目が奪われた俊。
本来ならじっくりと堪能したいところだが、出張中ということもあり、眺めるだけに留めた。
しかし、酒器などは可能な限り触れて楽しんでいた。
「最後は、ショップやカフェのあるKIKUSUI蔵GARDENでお楽しみください。」
蔵見学の案内はここまでのようだ。
「せっかくだから何かお酒買っていこうか?」
長谷川さんが切り出す。
「そうしましょう!」
俊は、待ってましたとばかりに、二つ返事で答えた。
「あれ?小川君、お酒飲めないんじゃないの?」
「いや、実は最近、日本酒に目覚めちゃって。」
「そうなの!?いいねぇ~選ぼう選ぼう!」
俊は日本酒好きになったことを初めて職場の人に打ち明けた瞬間だった。
そして、長谷川さんはそのことが嬉しかったようだ。
『さぁて、どれにしようかなぁ~』
『ん?これもお酒なのか?』
酒蔵で選ぶ特別な一本を慎重に探していた俊。
その時、アルミ缶に入ったお酒が目に飛び込んできた。
「ふなぐち?」
「あぁ、それはうちの定番商品【ふなぐち 菊水 一番しぼり】です!」
さきほど蔵を案内してくれた人が教えてくれた。
「これってアルミ缶ですよね?こんな日本酒はじめて見ました。」
「はい!そうです。」
「日本酒は紫外線に弱いので、遮光性に優れたアルミ缶を採用しているんです。」
「1972年に誕生したお酒なんですよこれ。」
「へぇ~結構前からあるんですね。」
「しぼりたてのお酒なんですが、もともとは蔵に訪れた人に振舞っていたものだったんです。」
「それが、おいしいと好評で、商品化してほしいという要望が多かったんですよね。」
「それで当時の醸造技術などを見直して、しぼりたての生のお酒でも味を損なわないように、缶に詰めることに成功して商品化することが出来たんです。」
「あぁ〜だから一番しぼり!」
「このお酒にはそんな背景があったんですね!」
「はい、アルミ缶だから持ち運びも簡単ですし、いつでもしぼりたての新鮮な味が楽しめるということで人気なんですよ!」
「そっかぁ!じゃあ、これください!」
「ありがとうございます!」
ふなぐちのバックグラウンドと売り込みが、俊の好奇心に見事に刺さった。そして、一本購入することにした。
それと同時に、アルミ缶の日本酒「ふなぐち」をホテルに戻って、一人で楽しむ計画を思いついてしまったのだ。
「おや、あんたみたいな若い子がアタシを選んでくれたのかい?嬉しいねぇ~」
「あ、どうも…」
購入後、早速【ふなぐち 菊水 一番しぼり】が話しかけてきた。
「今夜は二人で存分に楽しもうじゃないか♡」
「は、はぁ…」
またまた個性的なキャラが出現してきそうな予感がする。
俊は既に圧倒されていた。
───
俊たちは、酒蔵を後にし、新発田駐屯地の視察を終えた。
そして、17時ごろに新潟市内のホテルに戻ってきた。
「今夜、予定がなければ一緒に食事でもどうですか?」
高田所長から夕食の誘いだった。
「いいですね!せっかくなら、へぎそばが食べたいですね!」
長谷川さんが応じる。
こうして俊の「ふなぐちを楽しむ計画」は、ほんの少しだけお預けとなった。
しかし、新潟名物「へぎそば」を堪能できたことには非常に満足していた様子で、それはそれで俊の中では良い経験だったようだ。
食事はお開きとなり、ホテルの部屋に戻った俊は入浴を済ませる。
いよいよ、待ちに待った「ふなぐちタイム」である。
俊はホテルの冷蔵庫から缶を取り出し、テーブルの上に置いた。
『さて、どんな味がするんだろう?』
カコッ、プシュ。
小気味よい音とともに、缶を開けた…
─後編へ続く。
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