(最終話)アッシュウォーカーの帰還
激しい爆発音とともに、エネルギー炉は制御不能の熱暴走を起こし、アウリウムの華美な構造が内側から崩壊を始めた。純白の大理石の床に亀裂が走り、優雅なシャンデリアが天井から次々と落下して粉々に砕け散る。外の街からも貴族たちの驚きと悲鳴が聞こえはじめていた。
「なんだ! 何がどうなっている?」
「衛兵は何をしているんだ!」
「そうよ! はやく私たちを避難させなさい!」
「きゃぁぁぁ! ゆ、揺れているわ!」
雲上の楽園で優雅な生活を謳歌していた貴族たちは、突然の異変にパニックへと陥り、ドレスやスーツを乱しながら出口へと殺到した。かつての秩序は音を立てて崩れ去り、そこにあったのは剥き出しの恐怖と混乱だけであった。
ロイスたちは崩れゆく回廊を駆け抜けながら、施設のメイン放送室へとたどり着いていた。ここは、アウリウムの全区画に向けて情報を強制発信する装置が備わっている場所である。
ロイスはマイクの前に立ち、深呼吸をしてからスイッチを押し入れた。その声は、雲の上の貴族街だけでなく、青空を取り戻したネオロンドニウムの街と、いまだ灰の街で灰の雨に耐えるすべての人々の耳へと届くように調整される。
「聞こえているかしら、アウリウムの皆さん。そして、このネオロンドニウムという国ですべてを奪われてきた皆さん。私はアッシュウォーカー家のロイス。今から、この世界を狂わせていたすべての真実を公開するわ」
ロイスの合図で、ベルがこれまで回収してきた父のネガフィルムのデータを、空を覆う巨大なホログラムによるビジョンディスプレイへと一斉に転送した。
空に浮かぶ巨大な画面に、父クロノスベインが灰の街を構築するためにどれほど多くのものを犠牲にし、どれほど歪んだ構造でこの世界を維持していたのかという生々しい記録が次々と映し出されていく。貴族たちが築き上げてきた繁栄が、下層の犠牲の上に成り立っていたという動かぬ証拠が、すべての人の目にさらされた。
下層の人々は空を見上げ、その圧倒的な真実の重みに息を呑む。貴族たちは顔面を蒼白にし、自らの足元が崩れ落ちる恐怖に震えてその場に崩れ落ちるばかりだった。
「私たちが暴いたのは、過去の過ちだけじゃない。あなたたちが隠し続けてきたこの世界の醜い歪みそのものよ」
ロイスの凛とした声が、崩壊するアウリウムの空に響き渡る。街を支えていた偽りの構造は完全に解体され、真鍮の牢獄は音を立てて崩壊のフィナーレへと向かっていくのだった。
崩壊を始めたアウリウムから脱出したロイス、ジェミニ、ベル、ススを乗せた最後の物資運搬船は、重い空気を切り裂きながら雲を抜け、ゆっくりと大地へと降下していく。
上空から見下ろしていたネオロンドニウムにある一部の灰の街には、長年降り続いていた灰が少しずつ晴れ始め、遠くから新しい朝の光が差し込み始めていた。空の果てにあった歪んだ特権階級の街は機能を停止し、激しい音を立て北方の海へと落ち沈み始めていた。
この国は建国以前のフラットな現実へと回帰しようとしている。だからと言って、現在の王族や貴族がいなくなったわけではない。
船が地面に静かに着地し、タラップを下ろして三人と一匹が降り立った。冷たい風が頬を撫でるが、そこにはかつてのような息苦しさはもうない。
ジェミニは大きく背伸びをすると、どこか晴れやかな表情で空を見上げた。
「さて、これからは俺たちの過去を取り戻す時間だな。元騎士でも解体屋でも幽霊探偵団でもなく、ただの俺として生きるための道を探すとしよう」
ススは地面に転がった小さな石を軽く蹴飛ばし、軽快な足取りで笑顔を見せる。
「ナオーーーーン。ナァ、ナァォ、(次の依頼はないのか? 美味しい空気が吸える場所なら、どこへでもついていくけどな)」
ベルは自身の銀色の瞳に映る新しい世界の光景を、しっかりと内部の記録メモリーへと刻み込みながら、静かにうなずいた。
「私の演算によれば、ここからの未来はこれまでのどのデータにも存在しない。完全に未知の領域。けれど、私たちなら、悪くない確率で進んでいけます」
ロイスはコートのボタンをしっかりと留め直し、その手に愛用の探偵手帳を構えた。彼女の瞳には、かつてないほどに強く、そして澄み切った意志の光が宿っている。父という巨大な亡霊を乗り越え、世界から隠された真実をすべて暴き出した彼らに迷いはない。
「行きましょう。完全に灰が晴れたこのネオロンドニウムの街で、私たちの新しい物語を始めるわ。これが、真鍮の探偵ロイス・アッシュウォーカーの最後の仕事であり、アッシュウォーカー家としての最初の一歩よ」
一呼吸おいて、ロイスは不敵な笑みを浮かべたかと思うと、ジェミニ、ベル、ススに向けて宣言した。
「今この時をもって探偵業は廃業にするわ! それより、マダムと提携して貿易業に鞍替えってのはどうかしら? マダムなら飛びつくと思うのよね。だって、世界中のゴシップを集められるのよ? ふふふ」
三人一匹の足音が、新しい朝の光に包まれた大地へとしっかりと刻まれていく。世界情勢は変わり、ロイスたちの物語もまた、ここから新しく動き出すのだった。(了)
よくぞここまでお読みいただけました。ご拝読痛み入ります。
ゴールは決まっていたけれど、たどり着くまでがとにかく長く険しい道のりでした。最後の方、とくに掃除屋との戦いをもう少し描くべきだったのですが、因縁らしい因縁もとくに思いつかず……、仮にキャラクターを立てると終われなくなると思い、組織の建物を倒壊させることで乱暴に片付けてしまいました。申し訳ありません。
というのも、過去編の内容が薄いのに長々とくどいという出来の悪さが……いえ、やめておきましょう。長くなるやつですこれ(汗)
物語の制作においてアッシュウォーカーとは、「灰の上を歩く人」の意味で、だから灰にまつわるお話にしようと思い書き始めました。探偵にしたのは、組織に縛られず縦横無尽に動き回れるキャラクターにするためです。
お気づきかと思いますが、黒猫のススの背景には何も触れていませんでした……。それは、動物や人体実験などの描写を取り入れるのが精神的にきついなと思ったのと、意思疎通のできる猫がいたっていいじゃないか!という作者のわがままから触れませんでした。
ロイスたちの今後は、王族や貴族たちの求心力が弱まり、経済を回す者たちが台頭する時代の中で海をわたり、持病の『解体解決病』を発症しながらゴシップや揉め事に首を突っ込みまくります(笑)
ではあらためて、ご拝読ありがとうございました。
また別のお話でお会いできたら嬉しく思います。




