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真鍮の探偵ロイス・アッシュウォーカー/宿命の解体屋と鋼の守護者  作者: 弌黑流人
灰色の美学

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雲上の特異点

 物資運搬船が重厚な金属音を響かせて目的地へと滑り込む。目の前に広がるのは、純白の大理石と金箔で彩られたアウリウムの中枢ドックである。


 ここまでの潜入は順調だったが、船から一歩降り立った瞬間から、肌を刺すような冷徹な視線を感じる。それは人間のものではなく、あらゆる空間を支配する監視システムの視線であった。


 ロイスは貴族令嬢の仮面を完璧に纏い、優雅な笑みを浮かべたままで周囲を観察する。ドレスの裏に隠されたデータチップからは、この船の運行データが絶えず流れ込んできている。そのデータを解析していたベルが、銀色の瞳をわずかに揺らした。


 「ロイス様、解析が完了しました。この下層の直下……アウリウムの最深部に、巨大なエネルギー炉が存在する。それは灰の街の駆動エネルギーを吸い上げ、この雲上の楽園の、贅沢を維持するためのものです」


 ススは換気ダクトの隙間から顔を覗かせ、ピクピクと耳を動かして周囲の臭いを嗅ぎ分ける。


「ナァ。グルルル。カッカッ。(空気が不自然に歪んでいる。上からの圧力と、下からの悲鳴が混ざり合ったような、悪趣味な臭いがするぜ)」


 ジェミニは給仕のトレイをしっかりと握り締め、周囲の警備兵の配置を正確に頭に叩き込む。彼の立ち振る舞いは完璧な従者そのものだが、その内側では戦闘本能が静かに研ぎ澄まされていく。妹たちを守るための盾となる覚悟はすでに決まっていた。


 「私たちがあの炉を止めなければ、灰の街は完全に消し去られる。行きましょう、今度こそ私たちの因縁に終止符を打つときよ」


 ロイスの合図とともに、三人と一匹は警備の網を縫うようにして中枢部への通路へと足を踏み入れた。通路の壁面はガラス張りになっており、眼下にはネオロンドニウムの街並みを半分ほど灰によって染められた大地が、永遠に終わらないかのようにが広がっている。その圧倒的な格差を目の当たりにしながらも、彼らの歩みは決して止まらない。


 最深部へと近づくにつれて、空気の温度が下がっていく。聞こえてくるのは、機械の鼓動のような重低音だ。それはまるで、この世界を裏から操る巨大な心臓の音のようだった。


 扉の向こうに待ち受けているのは、この天上の楽園アウリウムの心臓部。ロイスは深呼吸を一つし、探偵としての鋭い眼差しを前方に向けた。扉のロックをベルのハッキング技術で解除し、重い金属扉が音もなく開き、探偵団を迎え入れる。


 そこには、世界を狂わせている元凶が静かに佇んでいた。


 扉の奥に広がっていたのは、無数の配線と歯車が複雑に絡み合った巨大な空間だった。その中央に鎮座するエネルギー炉の光景は、あまりにも圧倒的で異様である。そして、その炉の前に立ちはだかる人影があった。


 それは、かつて灰の街を創り上げた父クロノスベインに酷似した、真鍮製の装甲を纏う防衛システムであった。その顔の部分には表情がなく、ただ冷たいレンズの光だけがロイスたちを捉えていく。


「よくここまでたどり着いたな、失敗作ども」


 防衛システムから発せられた音声は、合成音声でありながらも、かつての父の面影を嫌というほど思い出させるものだった。ロイスはドレスの裾を翻し、一歩も引かずにその存在に対峙する。


 「やはり、父様はもういないのね……。でも、いいわ。だって、あなたは父様の残したただの亡霊よ。私たちがここにいるのは、あなたの敷いたレールの上を歩くためじゃない。あなたを終わらせるためだわ!」


 戦闘が火蓋を切る。防衛システムは周囲の真鍮製アームを無数に展開し、鋭い刃をロイスたちに向けて放った。ジェミニは瞬時に懐へと飛び込み、忍ばせていた愛用のレンチでその攻撃の軌逸を弾き飛ばす。彼の動作には一切の迷いがない。


 「ロイス、後ろは任せろ。俺がこの鉄屑をバラバラにしてやる」


 ジェミニの背中を預かったススは、天井の配線を伝って敵の死角へと回り込み、その視覚センサーに口にくわえた特殊な撹乱弾を撃ち込む。視界を奪われた防衛システムが大きく体勢を崩した瞬間、ベルはメイン端末へと自身の意識を深く接続した。


 「システムの防壁をこじ開けます。炉の停止コード入手、入力実行します!」


 ベルの指先が凄まじい速度でキーボードを叩き、データの大海原を駆け抜ける。防衛システムの内部構造が次々と暴かれ、その中枢にある弱点がロイスの目にもはっきりと捉えられた。


 「今よ、スス!」


 ススの鋭い直感がエネルギー炉の最も脆い結合部を正確に捉え、ジェミニが用意した一撃の爆破弾が仕掛けられる。カウントダウンの電子音が空間全体に鳴り響き、冷たい緊張感が最高潮に達する。


 防衛システムが最後の足掻きとしてロイスにつかみかかろうとするが、ジェミニがその腕を解体し、完全に動きを封じ込めた。


 「これで終わりよぉ!!」


 ロイスはこれまでの日々の想いを胸に、システムの中枢パネルに自身の探偵バッチを突き立てた。パニックを起こした警告音が赤く明滅し、アウリウムの心臓部は完全に制御を失っていく。


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