銀の仮面が嗤う時
時計塔の針が逆回転を始めた瞬間、街全体に警報音が響き渡る。ロイスたちは即座に、時計塔の地下にある賢者の研究所へと潜入した。
研究所の内部は、異様なほど清潔で、先ほどまでの錆の臭いが嘘のように消えている。そこには、父が設計した「白銀の時計塔」の原型となる設計図が、壁一面に張り巡らされていた。
「これを見ろ」
ジェミニが、壁際の机の上に開かれてある一枚の図面を、ロイスたちに見るよう促す。
ロイスは言葉を失い、設計図の一点を見つめる。それは、人間を機械と完全に融合させるための、極めて倫理に外れた禁断の設計図だった。父の筆跡で記されたその図面は、アッシュウォーカー家の技術を根底から否定するような狂気に満ちている。
すると、研究所の最奥にあるモニターに、銀色の仮面を被った男が映し出された。男はゆっくりと仮面を外し、現れたその顔を見て、ロイスとジェミニは息を呑む。そこにいたのは、彼らが幼い頃に慕い、そして死んだはずの父の姿だった。
「ようこそ、我が愛しき子供たちよ」
父の声が響く。それはかつてロイスたちに聞かせた優しい声だが、今では冷酷な機械の論理に支配されている異質な響を持って聞こえた。クロノスベインの正体は、父自身だったのだ。彼は死を偽装し、この灰の街で自らの理想郷を作ろうとしていたのだ。
「父様……どうして……」
ロイスの問いかけに、父は嗤う。その笑顔は、かつての愛情に満ちたものではなく、自身の研究成果を誇る科学者の歪んだ優越感に彩られていた。
「私は、壊れた世界を修復しようとしたのだよ。生身の脆い肉体ではなく、永遠に機能し続ける機械の身体へと、人類を昇華させるために」
父の言葉は、ロイスたちがかつて憧れた「修復」という理念を、最も歪んだ形で体現していた。ベルは父の存在を感知し、その内部コードが自分を構成する基本プログラムと完全に一致することを確認する。
ベルは、自分が父の「最高傑作」として作られたアンドロイドであったことを理解し、その瞳から銀色の涙を一筋流す。
父は笑い続け、ロイスたちに「究極の選択」を突きつける。この研究所の電源を切れば自分は消滅するが、街の全機能も停止する。自分を倒すか、街を捨てるか。クロノスベインの嗤いは、父の過去という呪縛を、彼らに残酷な形で押し付けていた。
賢者の研究所から外に出たロイスたちは、父の狂気に圧倒されながらも、抗う決意を固める。しかし、街を支配する掃除屋たちが、彼らの行く手を阻むように包囲網を敷いてきた。先ほどのロイスのハッキングにより、時計塔の機能は不安定となり、街の治安は混沌に陥っている。
「兄様、スス。掃除屋の基地を叩く。あそこを燃やせば、街の混乱は最高潮に達するわ。その隙に、私とベルは中央コンピュータへ侵入する」
ロイスの指示は短く、合理的だった。ジェミニは頷き、基地の正面へと踊り出る。彼の剣が掃除屋の重装甲を切り裂き、ススは影のように駆け回って敵の視覚を惑わす。
「ここを通るなら、屍を越えて行け!」
掃除屋の幹部が怒号を上げ、重火器を掃射する。しかし、ジェミニは怯まない。彼は、かつて妹を過酷な世界へ連れ出してしまったという罪悪感を抱きながらも、今度こそこの手で妹の道を切り拓こうと、捨て身の覚悟で突撃する。
ススは敵の背後を取り、火薬庫に引火させる。巨大な爆発音が響き、掃除屋の基地が炎に包まれ、その炎は、灰の街のどこまでも暗い空をオレンジ色に染め上げた。炎の熱が灰を吹き飛ばし、束の間の青空が垣間見える。
その隙に、ロイスはベルと二人で基地の奥にあるデータセンターへとハッキングを仕掛ける。掃除屋が灰の街を支配するための命令系統が、ロイスの指先ひとつで書き換えられていく。
彼女は、父が遺した「真実の現像室」にアクセスするための認証コードを盗み出し、街全体の監視システムを無効化する。
炎の中でジェミニとススが敵を翻弄し、ロイスとベルが世界を書き換える。彼らのコンビネーションは、もはや一つの機械のように洗練されていた。
父が創り上げた「機械仕掛けの人街」という構造物を、探偵団は今、炎で燃やし、電子データで塗りつぶしていく。
ロイスの手には、父の過去を暴くための唯一の鍵が握られていた。基地を燃やした炎が、新たな戦いの幕開けをここに告げていた。




