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事故の翌朝。雅川総合病院。
その一階奥にある集中治療室で岩志木は昏睡状態を続けていた。
患者の家族用の控え室には岩志木の両親と妹、そして宗像一花をのぞく文芸部員たちが集まっていた。
文芸部員たちは全員が泣き腫らした目でうつむいており、岩志木の両親はそんな彼女たちに慰めの言葉をかけていた。「あなたたちのせいじゃないから」と。
岩志木の妹は集中治療室の窓から兄の姿をじっと眺めていた。その手には杖が握られている。
彼女は終始無言だった。
中学三年生ということだったが、そう思えないほどずっと大人びた印象を与えていた。
紗希以外の文芸部員たちは初対面だったが、あのぶっきらぼうな岩志木に、こんな美しい妹がいることに驚いた。紗希にしてもすみれに会うのは久しぶりで、ずいぶんきれいになったと思った。
でも、なぜ杖を……?
自転車で岩志木にぶつかったのは、真桜高校の女子生徒だった。緒方塾と坂本団の両方に入っている二年生だ。
カラオケボックスに向かう途中の坂道。
一番後ろを歩いていた岩志木が突然、叫んだ。
「みんなよけろ!」
それまで話に夢中になっていた文芸部員たちは驚いて背後を振り向く。
彼女たちの目に映ったのは、こちらに背を向けて両手を広げている部長の大きな身体だった。
その向こうには、猛スピードで下ってくる自転車が見えた。
自転車に乗っている制服姿の女子生徒の顔も。
彼女は明らかに文芸部員たちを狙っていた。それは自転車を使った自爆テロだった。
岩志木は部員たちを守るために自転車を止めようとした。
ハンドルを両手でつかんだものの、スピードがのった自転車の勢いは強く、激しくぶつかった。
自転車に乗っていた女子生徒の身体が慣性の法則で岩志木の顔面を強打したことも災いした。
岩志木は転倒し、後頭部をアスファルトに強くぶつけた。
湿った音がしたほどだった。
すぐに救急車が呼ばれ、一花が付き添いのために乗り込んだ。
残された文芸部員たちと女子生徒は駆けつけた警官たちによって事情を聞かれた。
女子生徒本人はうっかりよそ見をしてしまったと言い訳をしたが、それを信じる者は誰もいなかった。
彼女は自分がしでかしてしまったことの深刻さに全身を震わせていた。
だが、不思議なことに彼女は軽傷を負った程度だった。すべてを岩志木が引き受けたみたいだった。
やがてパトカーがやって来て、警官たちが現場検証を始めた。自転車に乗っていた女子生徒はそのパトカーに乗せられて警察署に連れて行かれた。
そして、いま。
一夜が明け、一花からの連絡を受けた文芸部員たちはこうして雅川総合病院に訪れているというわけである。
つい先ほどまで一花もいたが、スマホが振動したので控え室から出て行ってそのままだ。
「あの、部長は……」
美帆が震える声で言った。聞きたくはないが、聞かなければならないという声だった。
「……脳死の可能性が高くてね」
岩志木の父が静かな口調で言った。
「え……」
文芸部員の誰もが「脳死」という言葉を耳にしたことがあった。しかし、それが正しくはどういう状態のことをを指しているのか……それを説明できる者はいなかった。
脳死の可能性が高い。
ということは、まだそうはなっていないということだ。
だが……。
もし、脳死であることが確定したとしたら?
おそらくそれは、取り返しのつかない状況になる……ということは誰もが察した。
「いやだ」
倫子の身体がガタガタと震えだした。
「………」
春奈は紗希の肩に肩を埋めた。
その紗希も真っ青な顔をしていた。
美帆はしゃがみこんだ。
あわたはハンカチで顔をおさえ、嗚咽を漏らし始めた。
控え室の空気が重くなり、集中治療室から聞こえてくる規則的な電子音がただ響くだけだった……。
と、その時。
控え室の扉が開き、宗像一花が入ってきた。
そして、もう一人。
その姿を見て美帆と紗希とあわたが驚愕の表情を浮かべた。
まるで、この世ならぬ存在を目にしたといった顔だ。
倫子と春奈は「あ……」と口を半開きにした。
そこにいるはずのない人がいることに驚いている顔だ。
美帆と紗希とあわたには宗像先輩が二人いるように見えた。
倫子と春奈にとっては久しぶりの、もう一人の宗像先輩だった。
文芸部室に出入り禁止を言い渡されたほうの宗像先輩……。
彼女は出禁を命じられたそもそものきっかけに通じる姿をしていた。
……修行マニアにふさわしい、山伏姿。
「一菜ちゃん、待ってたよ」
岩志木の妹のすみれが振り向き、そう言った。
「悪い。遅くなった」
一菜と呼ばれた山伏姿のその少女はすみれに言い、岩志木の両親に頭を下げる。
そして言葉を継いだ。
「緒方と坂本を呼んだ。じきに来る。岩志木は必ず助ける」




