二十九話
そうして約1ヶ月の旅路を終え、トラペレッタ伯爵一行の馬車はようやく僕たちの故郷へ到着した。
今は夏。暑い季節がやってきた。日差しは強く照りつけ、熱が全身を襲ってくる。
だが幸い、ヴァンティーヌさんの神能で馬車の中を定期的に冷やしてもらっていたので、道中は結構快適だった。これ、商売に使えそうだよね。
「・・・ここが、レッジの・・・」
馬車には僕とミオン、反対側にサシャとヴァンテーヌさんという並びで座っている。
「私も、ミオン様のご自宅へお伺いするのは初めてです」
「そんないい家じゃないよ、ただ、私の家は村長をしているんだよね」
そう、あの村長の娘こそが、ミオンなのだ。母親は幼い頃に亡くなってしまっており、僕とよく遊んでいたのも元々は遊び相手を見つけるという名目があったのだ。
「さすがはミオン様、幼い頃から人を束ねる能力を育む環境におありだったのですね」
「だからそんなんじゃないってば、本当に田舎の村って感じのところだし。ね、レッジ」
「そうだな」
生返事になってしまう。
今更なんだが、こうして村に帰ってくると、あの時々の村人たちの態度がやはり気になる。どうして僕が"逃げ"帰ってきたことがバレていたのか、誰かが流したとするならばなんの目的があってのことなのか?
「レッジ、大丈夫よ。何かあっても絶対にレッジのことを貶めさせたりはしない、私が守ってあげるわ」
「ありがとう」
こういう時のミオンは頼もしいな、伊達に商人をやってきた訳じゃない、肝が座っている。
馬車が村の入り口で止まる。流石にこの大きさの馬車が4台も停まれるスペースは村の中にはない。
ひとまず僕たち4人があり、村長や父さんたちに挨拶しに行くことにした。勿論、護衛はヴァンテーヌさんがいるので万が一不手際があっても安心だ。
「では、行きましょう」
「おう」
人々の視線が一挙に集まる。中には僕のことをあれこれ言っていたおばさん連中も含まれていた。
そうしてまずは、僕の家に着く。
「レッジ……」
今回は、母さんも騒ぎを聞きつけたのか家の前まで出てきていた。
「た、ただいま……久しぶり」
「ああ、お、おかえり……そちらの方々は?」
「おばさん、私です、ミオンです」
「ミオン……!」
と、その名前を聞くと表情を綻ばせた。
「ミオンちゃんじゃないかい、大きくなったねえ、こんなに美人になって」
「いやいやそんな、おばさんこそお元気そうで良かったです」
ミオンは子供の頃に戻ったように、無邪気な笑顔で応対している。母親がいない分、母さんのことを本当の母親のように慕っていたし、向こうもミオンのことを娘のように扱っていたからな。
「その、それで……レッジ、商人の方から手紙を預かったよ。書いてあることは、本当なのかい? ミオンちゃんが、まさか貴族様になっていたなんて……」
にわかには信じられない、といった雰囲気だ。
「本当だ。僕も今は彼女の家に住まわせてもらっている」
「えと、その、ごめんなさい!」
ミオンが、真剣な表情で頭を下げる。
「えっ?」
「ご迷惑をおかけしました。私のワガママで、レッジのことを王都に呼び出したこと、謝ります。心配もおかけしました」
「いや、そんな、貴族様に頭を下げさせるなんて……」
やはり、こうなるか。
遠巻きに僕たちの様子を伺う村人たちも、まさかあの娘が貴族様になっているなんて、などとひそひそ話をしている。
「いいえ、おばさんはおばさんのままでいてください。私にとっては、お母さんと同じような存在なんですから」
「そうかい? ありがとう、嬉しいよ」
2人は互いに抱きつく。うんうん、いい話だなあ……
「なんの騒ぎだ」
と、仕事をしていたのか村長が出てきて、僕たちに問いかけた。
「……お父さん」
「ん? ま、まさか、ミオンか?」
「うん、そうだよ……本当に、お久しぶりです。勝手に村を飛び出していってごめんなさい……あと、帰ってきたレッジの面倒を見てくれて、ありがとうございます」
「そんな、そんな……もう、会えないかと思っていた……我が愛しの娘、たった1人の家族……おかえり、ミオン」
「ただいま」
今度は父と娘の再開だ。本当に、いい話だなあ。
「本当は手紙を出したかったんだけど……時が経つごとに、ズルズルと出しづらくなってしまった……」
「いや、いいんだ。こうして戻ってきてくれただけで、充分なんだよ……こほん」
村長は体を話し、僕の方へ向き直る。
「レッジくん。よくぞ戻った。まさか娘が伯爵様になっていたとは知らなかったが、それよりももっと驚いたことがある」
「は、はい」
「まさか君が、ミオンのヒモになっているとは……一体どういう了見だね?」
よし、ここは包み隠さず話そう、それが礼儀というものだ。
「その……ヒモは、ヒモです。ミオンに衣食住すべての面倒を見てもらっています。確かに僕は働いていません」
「ふむ、で、娘とはどの程度真剣なのだ?」
「どの程度……死んで生まれ変わったとしても、その人生でかならずミオンを見つけ出して愛してやりたいくらいには、愛しています」
「そうか……ならばいい、ミオンのことは君に任せる。どうか、精一杯見守ってやってくれないか」
やけにあっさり認めてもらえたような?
「えっと……その、僕のこと怒らないんですか?」
「正直、とてつもない怒りを覚えた。まさか、また村からいなくなったと思ったら、いつの間にか娘にたかっていたのだからな」
「ちょっと、お父さん!」
ミオンが怒ろうとするが、手で制す。
「全身をバラバラにして、土に埋めたあと動物のションベンでもぶっかけてやろうかと思ったくらいだ。だが、ふと気がついた。これは、娘にとって大変いい話なのだと」
「ミオンにとって?」
「この娘は、昔からよくできる子だった。だからこそ、1人でなんでもしようとした。ただ、レッジと遊んでいるときは、全てを許しているような、曝け出しているような、そんな様子に見えたのだ。
独り立ちした時も、レッジが村を出て行ったのと似た、確固たる自らの信念を持っていた。そんな人間だからこそ、脆い部分は普通の人間よりも何倍も脆いのだ。君には、そんな時にミオンの支えとなってほしいと思っている。
これからも様々な困難が待ち受けているだろう、そんな時、そばにいる者が常に心の受け皿を差し出すことによって、きっと立ち直れる。そんな人物に、君にはなってほしいのだ」
心の受け皿に、か……
「お父さん……」
「これからも、ミオンのことを大切にすると誓うか?」
そんなの、答えは決まっている。
「誓います」
「よろしい、もう何もいうことはない。そもそも27歳にもなってようやく落ち着いてくれるのかと安心したわ、はっはっは!」
村長は笑いながら、自宅へ戻って行った。




