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19歳、元ニート。冬の山形で農業やってます!  作者: 羽火
第二章 日曜の朝は、早起きしてゆりあげに行こう!
17/25

16 試食が多い=いい直売所

 大盛況の朝市は終了時刻を迎え、結果から言えば赤根農園の野菜は笑いが止まらないくらいよく売れた。車に積んでいた在庫もすっからかんだ。


 思うに、朝市に来るのは「食材を安く買いたい人」だけではなく「スーパーには売っていない珍しい食材を探しに来た人」もいるのではないか。

 俺たちが扱っている野菜はどれも一風変わっているので、お客さんの目を引いて大変好評だった。大根だけでも七種類、にんじんは六種類ありますからね。色鉛筆みたいなカラフルさだよ。


 山吹くんと別れて後片付けと昼食を済ませ、車に乗り込んだところで九条さんが声を上げた。


「あ、そうだ。忘れるところだった。この後秋保温泉に寄ってもいいかな」

「え、温泉ですか!」


 わーい、久々の広い風呂だ! 赤根家の風呂は狭いし寒いしで新手の拷問部屋みたいなので、俺としてはぜひとも源泉かけ流しで身体の芯まで温まっていきたい。目を輝かせていると、彼は「ちがうちがう」と苦笑した。


「お風呂に入るわけじゃないよ。『秋保ヴィレッジ』っていう直売所に、うちの野菜を置いてもらえるようにお願いしに行くんだ」

「あ、そうなんですか……」


 ようするに、草の根的な営業活動をしてくるということか。期待を裏切られた俺は、しゅんとなって肩を落とした。

 赤根農園はだいぶ変わった農家で、青果市場に出荷することはほとんどなくてお客さんや飲食店に直接野菜を売っている。

 農園の代表者である赤根さんは


「だってうちの野菜は、農薬使ってないからサイズが小さいんだよ。だから市場に持って行っても、『ずいぶんこまいキャベツだな』って嫌味言われて安い値段しかつけてもらえないんだよね。絶対うちのキャベツの方が美味いのにさああ」


 と苦い顔で嘆いていた。農家同士の共同体に属していないので、栽培から販売活動まで自分たちの手で必死こいてやっているという現状だ。


「あ、赤根から電話だ。天見くん、代わりに出て」

「はいっ」


 運転中の九条さんに代わり、俺がスマホを受け取って電話に出た。「うにゃうにゃ」と早口でまくしたててくる次期社長からの一方的なトークを聞き、通話を終了する。


「あれ、もう話終わったの? 早いね」

「はい……なんか、俺たちがいない間にコンビニの商品開発部から電話が来たらしいです。『東北産の食材を使ったお弁当』を作る企画があって、赤根農園のキャベツを使いたいんですって」

「えっ、すごい。やったじゃないか! それで?」

「あ、でも、コンビニと契約したら毎日五トンのキャベツを納品しないといけないみたいで。結局断ったそうです」

「……チッ」


 おいしい話を逃したと知って、九条さんは急激に機嫌が悪くなった。舌打ちして眉間のしわを深くしている。こ、怖いよーう。


「五トンなんて絶対無理ですよね。人もいないし、機械もないのに……」

「そうだけどさ、せめて僕に話を通してくれたら良かったのに。あいつはいつも勝手なことするんだから」

 

 いやあ、どんなに知恵を絞っても五トンなんて無理ゲーだよ。今の時点では一日ニ百個のキャベツを出荷するだけで精いっぱいなのに。魔法もチートスキルも使えない現実世界の農民にとっては、気の遠くなるような数字だ。

 前に新聞で「○○農園は最盛期になると毎日二トンの大根を出荷しています」っていう記事を見たことあるけど、あそこは収穫機械を使っている単作農家だったもんな。やはり機械化・自動化の波に乗れない農家は、これから先やっていけないのか……。


 暗い気持ちを持て余していた俺だったが、四〇分ほど車に揺られた末に秋保温泉に着くとみるみるテンションが上がった。

 まず、景観が非常にいい。奇岩が生えた峡谷の底に激しい流れの名取川が見え、ときたま雄々しい飛沫を上げている。川沿いには豪勢なホテルや温泉宿が建ち並び、いかにも名の知れた高級温泉地といった趣だ。

 これは紅葉のシーズンに来ると最高だぞ、きっと。美しくも迫力のある絶景に、もはや意味のない歓声しか出てこない。


「はああ、すっごお……」

「いい所だろ? 皇室からもお墨付きをもらった奥州三名湯の一つだからね。宮城の中でも松島や鳴子温泉と肩を並べるトップクラスの観光地だよ」


 「わおわお~」と内心感嘆の声を上げ、車窓越しに川底を覗きこむ。旅情たっぷりだよ、これは車で通るだけでも心が弾むね。

 温泉街のそばを通り、ひたすら山道を突き進んだ先に目的地の「秋保ヴィレッジ」があった。日曜日ということもあって、広大な駐車場は超満員だった。

 こんなに面積の広い直売所、初めて来たぞ。店舗というよりテーマパークに近い規模だ。どうにか空いた場所に車を停め、我々二人は巨大な直売所の中へと足を踏み入れた。


「うわあ、広い上におしゃれ……」


 入り口付近で売られている、フラワーアレンジメントのレベルの高さよ。ここだけでも永遠に見ていられるね。天井が高くて明るい店内にはありとあらゆる農産物が並び、視界に入ってくる情報量の多さに戸惑うほどだった。

 九条さんは一旦店員の人に声をかけたが、どうやら青果の責任者は出かけているようだった。

 ひとまず、休憩がてらフードコートの椅子に座って待つことにする。空間に余裕がるため、人が多いのに混雑している印象はなかった。


「あっちにお茶の足湯があるみたいですよ。九条さん、運転して足とか疲れてませんか?」

「はは、さすがに今はいいよ。……ちょっと、食べ物のメニューを見てきてもいいかな」

「あ、どうぞ」


 ふらりと席を外した九条さんは、しばらくすると両手にソフトクリームを持って戻ってきた。


「はい天見くん、プレゼント」

「えっ、いいんですか!? これってたしか、入り口のポスターに書いてあった『プレミアムソフト』ってやつじゃ――」

「うん。僕が勝手に買って来ただけだから、気にせず食べて」


 「気にせず」って、これ一個五百円もする高級品だぞ! こんな王侯貴族が食べるようなスイーツを、俺みたいな下賎の者に買い与えるなんて。ガタガタと震える手でプレミアムなソフトを受けとり、申し訳なさでいっぱいになりながら大事に舐めた。

 うう、ゴージャスな味がする……口の中でミルクが輝いている……っ! コーンの部分がラングドシャクッキーになっていて、かじると軽やかなバターの風味が香る。こんな極上の甘味を気前よく奢ってくれる九条さんは、心の美しい立派な方です。今なら何の迷いもなくそう言い切れる。

 九条さんはゆったりとソフトを味わい、ガラス窓の外に広がる豊かな自然を眺めていた。富裕層は何をしていてもエレガントで、羨ましいねえ。


「美味しい?」

「は、はい。ここってすごい場所ですね、綺麗でおしゃれで明るくて……」

「仙台でも有名なお茶屋さんが経営している直売所だからね、いわば販売のプロだよ」


 はあー、どうりで潤沢な資金を感じさせるわけだ。以前は「直売所」という字面を見ると「田舎臭くて泥だらけの野菜が並んでそう」なイメージを想起していたが、こんなにクリーンできらびやかな所もあるなんて。秋保ヴィレッジは間違いなく俺史上最高の直売所だし、ここに野菜を出荷している農家さんはきっと選ばれしエリートなんだろうなと感じた。


 目の前に座る営業担当の九条さんも、「どうにかしてパイプをつなげておこう」と意気込んでいるようだった。


「僕も会社を始めたての頃は、仙台や東京を歩き回って一日百件も二百件も営業したもんだよ。個人でやってる飲食店に飛び込んで、『看板を新しくしませんか?』『外装を変えませんか? このままじゃお客さんが入りませんよ』ってさ」


 九条さんの本業はデザイン会社の社長で、主に飲食店の看板や商品パッケージのプロデュースを専門にしていると聞いたことがある。社会経験のない俺にとっては、中々に興味深い話だ。


「へえー、デザインのお仕事ってそんなふうに取って来るんですね」

「そうそう。怒ったお寿司屋さんに包丁で刺されそうになったり、腐った階段を踏み抜いて骨折したりもしたけどさ。自分の手がけた仕事でお店の売上が大幅にアップしたときは、やっぱり嬉しかったね」


 とにかく自己アピールが大好きな人なので、一度自分の話を始めると中々止まらなかった。溶けるソフトを注意深く舐め取りながら、しゃべるしゃべる。


「――で、僕のことを育ててくれた、恩人の先輩がいるんだけどね。昔勤めてた東京の会社で、その先輩と一緒に残業してさ。徹夜明けに『おい九条、千葉までスイカ食べに行くぞ』って誘われたんだ」

「て、徹夜明けでスイカ……ですか?」

「うん。先輩の知り合いがいる房総半島のスイカ畑までドライブしたよ。朝露で濡れたスイカを割って、太平洋から昇ってくる朝日を見ながら食べたんだ。――その時のことが鮮明に記憶に残って、『僕も部下ができたら、こんなふうに美味しい物を食べさせてあげよう』って思ったね」


 半ば自己陶酔に浸りながら、九条さんはプレミアムソフトを食べる俺に熱のこもった視線を向けていた。

 今まさに、「若い子に美味しい物を食べさせてあげる僕ってかっこいい」なんてことを考えているのだろう。あんまり見られると食べにくいから、ナルシシズムもほどほどにしておけよ。


「赤根農園さん、大変お待たせしました。担当の者が戻って参りましたので、どうぞこちらへ」

「ああ、これはどうも。こちらこそお忙しい中お伺いして恐縮です――天見くん、君は話が終わるまで直売所の中で待ってなさい」


 サンプルの野菜を持って、営業モードの九条社長は店員さんと共にバックヤードへ行ってしまった。上手く行くといいけどなあ。販路拡大の成功を祈りつつ、残された俺は秋保ヴィレッジの店内を見て回ることにした。

 農産物の他にも、加工品や雑貨、飲み物や調味料などなど――センスの高い商品が目白押しで、万年金欠の俺でも「これ買いたい! これも!」と購買意欲がムクムクわき上がってきた。

 悩んだ末に断腸の思いで手に取った商品を棚に戻したが、俺が億万長者だったら「この店にある物を全部ください」と言いたいくらいだ。


 試食も豊富なので、さりげなくつまみ食いしてきた。あん入りのかりんとうドーナツ、手作りのお惣菜に漬け物、秋保銘菓の千日餅。カップに入った黄金色のかつお出汁を試飲したときは、あまりにも芳醇な香りに脳がとろけて「あ~、心が豊かになるう」と幸福感に包まれた。


「天見くん、戻ったよ」

「あ、九条さん! ちょっと見て下さいよ、このふろしき! 折り畳むと文庫本みたいになるんですよ。このデザインは素敵すぎませんか!?」


 話し合いから戻ってきた九条さんに、興奮気味にふろしき売り場を見せる。どれもこれも額に入れて飾りたいほど美麗だ。「ほらほら、そばの作り方が描いてあるんですよ。こっちは雪の結晶と冬の季語が図鑑みたいにのってます!」と珍しい柄について報告していると、また笑われてしまった。


「ふふ、分かった分かった。素敵だね。お土産に買って行こうかな」

「そうですよ、贈り物にしたら絶対喜ばれますって。俺、こんなに物欲が湧いたの生まれて初めてかもしれません」

「欲望と上手く付き合えるようになると、人生が楽しくなるからね。君も一度、消費活動の楽しさってものを味わってみなさい」


 九条さんはじっくりと品定めした後、数枚のふろしきを手にした。残念ながら俺は消費できるほどの稼ぎがないため、ショッピングの様子を歯噛みして見ることしかできない。リッチな社長様は「会社用に」と、コーヒーやお菓子もお買い上げしていった。


「あ、そういえば野菜の方はどうなりましたか?」

「ああ、断られたよ。できるだけ売り場には秋保産の野菜を置きたいみたいだから、山形の野菜はコンセプトに合わないんだって。でも、色々と面白い話が聞けたから良かったよ」


 確かに、プロの仕掛ける売り場というものを見られただけでも来た意味はあった。俺も無意味にうろうろしていたわけではなく、一応隅々まで見学して販売のノウハウを吸収したつもりだ。



 いやあ、楽しかった。大大大満足。できることなら母さんたちも連れてきてあげたかった。

 赤根農園へ帰る車中で、俺は秋保ヴィレッジのパンフレットを読みながら観光気分の余韻に浸っていた。

 中には、秋保地域に住んでいる農家さんのインタビューも載っていた。どうやら別の農園に勤めて経験を積んだ末に独立し、自分の農園を立ち上げたらしい。


「『くまちゃん農園』ですって、親しみやすくていいネーミングですよね。俺も農家として独立するとしたら、こういう系統の名前をつけた方がいいですかね?」

「っふふ、天見くん独立するの? そんなに野心があるタイプだとは思わなかったな」

「そ、そういう九条さんはどうなんですか? まさか、一生赤根農園で働き続けるわけじゃないですよね」

「うん。僕は四〇歳を過ぎたら農業法人でも始めようかと思ってるんだ。芹沢と那須くんと君も誘ってあげるから、やる気があるなら僕のところにおいで」

「あ、あれ、赤根さんは?」

「あいつはいらない」


 いらないってさ! かわいそうに! 仲間外れはよくないよ、皆で助け合って働きましょうよ。

 成功している直売所を訪れたおかげでいい刺激をもらい、俺たちは笑い合いながら将来のヴィジョンについて妄想を膨らませていた。 

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