9. コロッケと炊き込みご飯は、出来たてがうまい
何はともあれ我々は、三百個以上の採りたて白菜を作業場へ持ち帰ってきた。
食事当番の俺は大急ぎで台所に向かい、昼ご飯の支度を始める。やばいやばい、時間がない。あと一時間ちょっとで、おかず二品とご飯とみそ汁を用意しなければ。腹を空かせた男五人が食べるのだから、大量の料理が必要だ。
研いだ米を炊飯器に入れ、スイッチオン。ポットのお湯もやかんに移して沸かし直す。さてさて、どうしようかな。朝は蒸しキャベツの肉みそがけと、白菜とちくわの卵とじを作った。どちらもほとんど食べられてしまったので、新しいおかずを作らないと。
鶏むね肉は下味に漬けて生姜焼きに。あとは冷蔵庫にあるものを使って、赤根ほうれん草の白和えでも作ってみよう。味噌汁は朝の残りがあるから、温め直せばいいか。
俺は頭の中を献立でいっぱいにして、ザクザクと野菜を切っていた。冷凍食品やインスタントを使えないのは結構大変だなあ。
フライパンを使ったり冷蔵庫から調味料を取ったり、あっちこっちへ休む暇もなく動き回って昼食をこしらえた。
「ひーっ、ひーっ、俺は主婦か!」
今時、三食とも手作りしてる家庭なんてあるのか? 野菜って洗って切るのが面倒なんだよなぁ、たまにはカップ麺やコンビニ弁当を食えばいいのに。
ともあれ十二時ぎりぎりで料理を作り終えた俺は、取り皿と箸を持って茶の間へ飛び込んだ。
「ひーっ、うわ、山吹くん!?」
畳の上には、山吹くんがうつ伏せに倒れていた。危うくつまずきそうになり、すんでのところで踏みとどまる。
「だっ、大丈夫ですか? もしかして具合悪い?」
「うぅん、すみません……ちょっと、足と腰と腕が……」
山吹くんはかなり辛そうで、小刻みに震えながら呻いている。冬場にいきなりハードな肉体労働をしたせいで、身体が悲鳴を上げているようだ。
雪って固いし重いし、いやになるよな。俺はひとまず湿布を持って来て渡し、「無理しないでくださいね、ま、マッサージでもしましょうか?」と遠慮がちに声をかけた。
「いや、ホントにすみません……天見さんって、タフですよね」
「えっ、全然ですよ。スポーツもバイトもしたことないですし。我慢してるだけです」
だって学生時代は、どれだけ嫌な目に遭っても相談できる友だちが一人もいなかったし。
耐えて耐えて、布団の中で泣きながら「学校 もう行きたくない」とか「学校 爆破する方法」とスマホで検索してたような陰険野郎だったんだ。あの頃受けていた精神的苦痛に比べたら、農作業の疲れなんてどーってことない。
話している間にも、せっせと茶の間と台所を往復する。温かな料理が盛られた大皿をちゃぶ台に置くと、山吹くんは目を輝かせて「わあっ」と嬉しそうな声を上げた。
「仕事の合間にご飯も作るなんて、すごいですね!」
「い、いやいや……俺なんて料理下手ですから。粗食しか作れなくて、申し訳ないです」
「そんなこと言わないで下さいよ、めちゃくちゃ美味しそうじゃないですか。あー、お腹空いた~」
あまりにも山吹くんが俺を持ち上げてくるため、だんだん気持ちが悪くなってきた。だって俺、昔から「うぜえ」とか「消えろ」とか言われてきたんだぞ。どうしてこんなに優しい言葉をかけてくれるんだ?
人から褒められることに慣れていないので、居心地の悪さに戸惑った。持ち前のネガティブシンキングが加速し、「ハッ、心にもないこと言いやがって。どうせ本心では俺のことを見下してるんだろ」と邪推してしまう。
所詮俺みたいな欠陥だらけの社会不適合者は、山吹くんのような完璧聖人とはどうやっても相容れないのだ。
昼食を食べ始める頃になると、山吹くんも他の人たちに交じって俺の作った料理をもりもりと平らげていた。何回もおかずをおかわりして、幸せそうに野菜を咀嚼している。
「おいしい……この甘酢漬けも、天見さんが作ったんですか?」
「あ、は、はい。大根がたくさんあったんで、早起きして漬けといたんです」
「んー、やんばいに漬かってるじゃないか。さっぱりしてていいね」
健康を気遣って塩分控えめにした漬け物も、赤根さんに気に入ってもらえたようだ。ちなみに「やんばい」とは、山形弁で「ちょうどいい感じ」という意味らしい。俺もいつか日常会話の中で自然に使ってみたいなあ。やんばい、やんばーい。
山吹くんは、俺の作ったメシをいたく気に入ってくれたらしい。昼食後に二人で大根を洗っていると、遠慮がちに突拍子もない話を切り出してきた。
「あの、リクエストとかしてもいいですか?」
「は? な、え?」
「いえ、その、天見さんって夕食も作るんですよね? ぼく、ちょっと食べたい料理があって……」
予想外の言葉に吹き出しそうになった。そんなもん、そこらの飲食店で食えばいいじゃんか。世の中はありとあらゆるグルメで溢れ返っているのに、なんでわざわざずぶの素人に頼むんだ。俺は「ちゃんとしたレストランで食べてこい」と言う気満々で、とりあえずリクエストの内容をたずねてみた。
「何が食べたいんですか?」
「あ、炊き込みご飯です。具はなんでもいいので」
ほー、意外と難易度の高いオーダーが来たな。山吹くんは情けなく眉を下げて話を続けた。
「ぼくの実家、埼玉にあるパン屋なんです。その関係で子どもの頃からバゲットとかライ麦パンとか、ハード系のパンばっかり食卓にでてきて……幼稚園の遠足のときに『炊き込みご飯のお弁当がいい!』ってねだっても、結局サンドウィッチ持たされました」
「あ、そっすか……俺は『サンドウィッチがいい』って言ったのに、弁当の中に巻きずし入ってたことあります」
山吹くんの弁当エピソードに対抗して、ついつい俺も過去をオープンにしてしまった。
今思い返してみれば弁当を作ってくれた母さんへの感謝でいっぱいだが、当時4才だった俺は「なんで弁当にかっぱ巻き?」と強烈な疑問を抱いたものだ。
つーか山吹くんの実家、ずいぶんシャレたもん作ってるな。おそらく町の小さなパン屋ではなく、何度もメディアに取り上げられるような新進気鋭のベーカリーなんだろう。
「親がヨーロッパに憧れてるので、家でも西洋料理ばかり出てきて――だから、とにかく和食に飢えてるんです。米、漬け物、味噌汁に、季節の野菜を使ったお惣菜! しょうゆに、みそに、昆布だし! そういうものを摂取したくて仕方がないんですよ」
「は、はあ」
和食への渇望をまくしたてる山吹くんから、すごい熱を感じた。逆に俺たち赤根農園の面々は、「米飽きた。パン食いてえ」「食卓が野菜だらけでヤダ。たまには血の滴るような極厚ステーキが食いてえ」などとしょっちゅう文句をたれているのに。世の中には色んな人がいるもんだ。
ここは山吹くんに和食を提供することで、対価交換としてパンをいただくというのはどうだろう。山形に来てから一回もパンが食卓に出てきたことないしな。洋食への想いが高まり、気付いた時には
「じゃあ、今日の夜は炊き込みご飯にしますね。他に食べたいものってあります?」
と、俺の口が勝手に動いていた。しょーがねえなあ、こうなったら何でも作ってやるよ。
「えっ、いいんですか? なら、コロッケが――」
「いっ! こ、ころっけ」
てめえ調子に乗りやがって、ふざけんなよ。家でコロッケ作るのがどれだけ大変か知ってんのか!
思わず本音をぶちまけて大暴れしたくなったが、「お願いします、ほわっとした手作りの揚げ物が食べたいんです!」とピュアな目で頼み込まれたので断ることができなかった。
分かった分かった、作りますよ。でもじゃがいもが少ないから、一人一個ずつね。ついでにクリームコロッケも作るから、それで勘弁してくれ。
『仕事をする』、『メシも作る』……『両方』やらなくっちゃあならないってのが、『食事当番』のつらいところだな。覚悟はいいか? オレはできてる。
結局、助っ人アルバイトの山吹くんは夜遅くまで働いてくれた。
それだけならまだしも、赤根さんが「泊まっていきなよー」としつこく誘いをかけたせいで、なんと俺の部屋に宿泊することになってしまった。おまけに那須くんまで。なんでこうなるんだよ!
俺みたいな人見知りにとって、他人との相部屋は相当なストレス要因だ。しかし拒否権はないため、ぶすっとしたまま食事の支度を整えた。
夕食時になって従業員が茶の間に集まると、山吹くんは感激した様子でちゃぶ台に並んだリクエスト通りの献立を見渡していた。
「わーっ、本当に作ってくれたんですか? ありがとうございます!」
ストーブで温まった部屋の中には、揚げ物のいい香りが漂っている。ちゃんと綺麗な油でカラリと揚げましたからね。
ほくほくのキタアカリ、ひき肉、玉ねぎだけで作った、俺好みのシンプルコロッケ。ついでに作ったコーンクリームコロッケ。キャベツの千切りと、白菜とかぶの味噌汁。
どれもこれも見た目はちゃんとしているが、俺は台所を駆けずり回って必死に頑張ったんだぞ。お世辞でもいいから美味いって言えよ山吹ィ!
疲労のせいで気性が荒くなっている俺は、カリカリと怒りながらご飯を食べ始めた。
冬を意識して、きのこや油揚げの他にねぎや人参、生姜を入れた炊き込みご飯の味もちょうどいい。出汁としょうゆのバランスも絶妙で、我ながら中々上手にできた方だと感じた。
肝心の山吹くんも、料理を一口食べるごとに嬉しそうに相好を崩していた。
「うわあ……おいしい、全部おいしいです!」
「天見くんは手際がいいねえ、こんなにいっぱいご馳走を作ってくれるなんて。クリームコロッケとか、どうやって作ったの?」
「あ、普通はタネを冷やすんですけど、今日は時間がなかったので春巻きの皮を使いました……ホワイトソースを作るのも面倒だったんで、シチューのルーで代用してます」
厳密に言えば、俺が作ったのは「クリームコロッケ」ではなく、「シチューを春巻きの皮で包んでパン粉つけて揚げたやつ」だ。ちょっと外側のパリパリ感が強いが、中身がトロトロで結構イケる。
大急ぎで作った時短料理だが、赤根さんは「美味しいよ、久しぶりにこんなの食べた!」と喜んでかぶりついていた。
映画で用いられる表現技法の一つに、「善人は食事を美味そうに食べる。悪人は食事を粗末に扱う」というものがあるそうだ。
その観点を当てはめて見れば、おそらく赤根農園の皆さんは善人なのだろう。全員ご飯を残さず食べている。作り手冥利に尽きるって奴だね。
「そういえば山吹くん、彼女元気?」
ふと、那須くんがサディスティックな目でそう問いかけた。なんだよ山吹、てめー彼女いんのかよ。だったらこんな冴えない男に頼むより、かわいいカノジョに手料理作ってもらえや! 人生で一度もモテたことのない俺は、キーッと頭に血を上らせて山吹くんを睨みつけた。
しかし当のモテ男は動揺したように箸を止め、目を伏せる。
「あ、う、それが……ちょっと、彼女と色々ありまして。今は、もう」
「え、別れたの? なんで? 同棲してるって言ってたじゃん」
ど、どどドウセイ! 大学生で彼女と同棲って、選ばれし者じゃん。なんで別れちゃったんだよ。会話に付いて行けない俺がおろおろしている間に、山吹くんはどんどん元気をなくしていった。
「ぼくの彼女、新聞記者だったんですけど、仕事が激務すぎて……毎日帰りも遅いし、休みの日も取材が入ったりして、まあ、すれ違いの生活が続いちゃったんですよね」
はああ、と重いため息をついて、彼は糸が切れたようにうなだれた。
「ぼくもご飯を作ったりして、どうにか潤ちゃんの助けになろうと頑張ったんですけど――『このまま付き合っててもお互いのためにならない』って言われて、別れることになりました。円満破局です」
湿っぽい声でそう締めくくり、声を殺して泣き始めた。彼のような好青年でも幸せな恋愛ができるとは限らないのか。誰が悪いというわけでもないし、男女関係とはままならないね。
せっかくの明るく楽しいご飯の時間が、那須くんの軽率な質問のせいで台無しになってしまった。自然と犯人の方向へ全員の視線が向く。
「おい、どうするんだ。お前のせいでとんでもない空気になったぞ」
「え、お、オレのせいっすか?」
「そうだよ那須くん、人のプライベートにずかずか踏み込むなんてサイテーだぞ。これは罰ゲームだな、これからみんなで温泉に行こう。那須のおごりで」
先輩二人から指摘されて罪悪感を抱いたのか、那須くんもおろおろと困惑している。俺と二人でダブルおろおろだ。
周りの人間が気を使って「温泉行く?」とか「アイス食う?」などと提案しても、山吹くんは「うーうー」と泣き声を上げて首を横に振るだけだった。
そもそも「大学二年生が社会人の彼女と同棲」という時点で俺にとっては異次元の話だったのだが、年の近い男が泣き崩れている姿を目の当たりにすると、こちらまでウルッときてしまった。
傷心の山吹くんは俺の部屋で一泊し、翌朝には野菜のお土産を愛車にどっさりと積んで仙台へ帰って行った。当分は友人の部屋に住まわせてもらいながら、一人暮らし用の物件を探す予定らしい。
もしかしたら彼は、恋人と別れたショックから逃避するために山形まで来たのかもしれない。かわいそうになあ、元気だせって。うちにはおいしい米と野菜なら売るほどあるんだから、いつでもご飯食べに来てくれよな。




