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19歳、元ニート。冬の山形で農業やってます!  作者: 羽火
第一章 俺は冬でも元気です!
11/25

10. 大晦日くらいだらけたい

「はあーっ、さびぃ……山が綺麗だあ……」


 大晦日の早朝。配達トラックに野菜を積みこんでいた俺は、ふと手を止めて遠くに見える奥羽山脈の姿に見入っていた。朝日に輝く雪山というものはとても美しい。薄く曇った青空に、雪の白さがよく映える。

 なんだかこの世の物とは思えないくらい荘厳で、「冬の神様が住んでそうだなあ」なんて、幻想的な妄想をしてしまうほどだ。


 赤根家から見える「甑岳(こしきだけ)」という山は「東北百名山」の一つに数えられていて、標高は千十五.五mあるらしい。実際に山岳信仰の対象とされてきたため、俺が抱いた感想もあながち的外れではない。

 こちらを見下ろすようにそびえ立っているさまは少しだけ怖いが、この辺りの地域は東西を山で囲まれているおかげで昼夜の寒暖差が生まれ、良質な農作物が採れるのだ。山の恩恵に感謝しなければ。

 俺は両手を合わせて雪山を拝んだ。これからもこの土地で頑張っていきますので、どうかご加護を下さいませー。


 ……ついでに、山吹くんが早く元気になりますように。赤根農園のうまい野菜を食べれば、少しは前進するための力が湧いてくるだろう。

 先ほど見送ったコンパクトな軽自動車を切ない気持ちで思い出しながら、朝仕事に精を出していた。


 今日はオーク南根店に白菜を百三十個納品して、他にも五軒のスーパー、「食の駅」という蔵王にある大規模な直売所にもありったけの雪下野菜を配達してこなければならない。何てったって年の瀬はかき入れ時だからな。大晦日に売れ残った野菜は、そのまま初売り商品に回されるわけだ。

 朝飯をちゃっちゃと済ませると、芹沢さんと那須くんが二台の車に乗ってそれぞれの目的地に向けて出発した。


 その後の俺は、初めての仕事を任された。


「えい、えい! おら、おら!」

 自分の身長をはるかに超える、三メートルの棒でハウスのビニールを内側からつつく。すると、外側に積もっていた厚い雪に振動が伝わり出す。


「おい、おい! こら、こら!」

 懸命なつっつきが功を奏し、やがて「ズザーッ」と音を立てて巨大な雪の塊がハウスの傾斜を滑り落ちて行った。


 何してんだ、という人のために説明すると、今俺がやっているのはビニールハウスの雪下ろしだ。

 ハウスのてっぺんに人間が上るよりは、中から上部をつついて雪を落とした方が危険も少ない。そういうわけで、ひたすら両腕を酷使してハウスを大雪の中から助け出していた。

 ちなみに去年の赤根農園では、豪雪の影響でハウス一棟が倒壊したらしい。雪の重さに耐えきれず、金属製の骨組みごと崩れてぺっしゃんこ。おっそろしいねー、中に人がいなくて良かったよホントに。


『お、おれのせいじゃないよ。しいて言うなら、おれの予想をはるかに上回るスピードで降ってきた雪が悪いんだよ』


 赤根さんは去年の出来事を話す途中で、指をいじりながら無理のある自己弁護をしていた。

 おそらく色んな人たちから、ハウスを壊した戦犯扱いされてきたのだろう。今年の冬は不幸な事故が起きないように、俺も家やハウスの積雪状態をこまめに確認しておかないとな……。


「そい、そいっ! とう、とうっ!」

 赤根さんは自宅の屋根に上って雪下ろしをしているため、広々としたハウスの中には俺しかいない。一人ぼっちで奮闘していたら腕と肩と首が辛くなってきて、景気づけに出していたかけ声も弱々しくなっていった。


「へい、へいぃ……ほら、ほらぁ……」

 今年もあと数時間で終わるっていうのに、俺は一体なにをやってるんだ。

 寒いハウスの中でひたすら上を見上げ、長い棒を上下させるだけ。話し相手もいないせいで、次第に脳内がもんにゃりとしてきた。変な幻覚が見えるよー、これはちょっと休憩でも挟まないとな。


 くたびれた俺は台所でお茶の支度をして、屋根の上にいる赤根さんを呼びに行こうとした。ところが、ちょうど茶の間の電話がけたたましく鳴り始める。

 な、なんだなんだ。仕事の電話か、それとも借金の取り立てか。俺は一瞬戸惑ったものの、急いで受話器を取りに行った。


「は、はいっ。もすもす、赤根農園れす」

『は? なんだって?』

「ああいえ、すみませんっ。お電話ありがとうございます、どういったご用件でしょうか!」


 慣れない電話応対のせいで、支離滅裂な話し方になってしまった。電話相手は精いっぱい背伸びしてかしこまっている俺がおかしかったのか、弾けるような笑い声を上げた。


『はっはっは、そんなに緊張するこたねえよ。おれだよ、おれ。仙台の商店街でわかめ売ってたオヤジだ』

「ああ、どうも! ご無沙汰してます」


 し、師匠じゃないですか! 以前お世話になったタオル鉢巻きおじさんの顔を思い出し、俺はぺこぺこと頭を下げた。しかし、なんでうちに電話なんかかけてきたんだ? 


『いやあ、実はちょっとした頼みごとがあってな……閖上の朝市って知ってるかい?』

「ゆ、ゆりあげですか?」

『おう。おじちゃんもそこの朝市でわかめや干物を売ってるんだけどよ、冬場はどうにも出店者が少なくて寂しいんだよな。そこで、赤根農園さんに来てもらおうと思ってさ』


 組合の人にはおれが紹介しとくから、考えといてくれねえか?

 師匠はそう付け加えて、こちらの返事を待っていた。誘い方が急だよ。どうすりゃいいんだ。焦った俺は一旦赤根さんを呼びに走り、電話を代わってもらった。


「はい、はい、そういうことでよろしくお願いしますー。よいお年をー」

 赤根さんはしばらくやり取りを交わした後に通話を終え、ご機嫌なにこにこ顔でこちらを振り返った。


「いやー、朗報朗報! 一月の第一日曜日から、閖上の朝市に行くことになったよ。やったね天見くん、お手柄じゃないか」

「え、今の電話で決まったんですか?」

「うん。なんかね、天見くんが野菜を売ってるところを見てえらく気に入ったんだって。『今どき珍しいくらい、礼儀正しくてしっかりした子だった』ってベタ褒めしてた」

「うぇえ、何かの間違いじゃないですかね?」


 俺みたいな真面目系クズが、誰かに気に入られるなんて信じられない。ストレートなお褒めの言葉を頂戴した俺は、縮こまってうつむいた。

 対する赤根さんは、うきうきと指揮者のように手を振って浮かれていた。


「天見くんは最近、笑顔が自然になってきたからねえ。朝礼前に口角上げて練習してるの知ってるよ」

「ええっ、なんで知ってるんですか!」


 まさか、こっそり取り組んでいたスマイル特訓を赤根さんに見られていたなんて。驚きのあまり飛び退くと、さらに追い打ちをかけられた。


「それに、声も大きくなってきたよね。休憩時間中にハウスの裏で発声練習してるのも見たことあるよ。『これより天見動物園の目玉イベント、大興奮大爆笑のカメレースを開催いたします!』とか、『天見水族館のアイドル、アシカのナナちゃんと一緒に遊びたい方は手を挙げて下さい!』とか、一人で変な寸劇やってるよね。なんなのあれ?」

「うわーっ、そういうのは見なかったことにしてくださいよ!」


 はずかしーっ、俺の恥部を見られてしまった。これは生かしてはおけないぞ、他の人にばらされる前に手を打っておかなくては。内心大騒ぎしている俺を、赤根さんは「えらいね、すごいね、大したもんだ」と褒め殺していた。


 騒ぎながらもどうにか午前中に雪下ろしを終えた俺たちは、午後になってからダラダラともちつきの準備を始めた。正月に食べる分のもちを今日中についておかなければならないのだ。

 杵と臼を作業場にセッティングし、水に漬けたもち米を炊飯器に入れておく。炊き上がるまでの間、ストーブのついた茶の間でアザラシのようにごろごろと寝転がっていた。


「今日はもう、仕事しないことにしよう……」

「そうですね……」


 大掃除だって、十二月に入ってから数回に分けてちょこちょことやってきたし。もうこれ以上働く必要はないだろ。俺たちはテレビ特番をぼんやり眺めたり、溜まっていた農業新聞や農業系の雑誌をぺらぺらめくったりと有意義なひと時を過ごしていた。

 やがて配達から戻ってきた那須くんが、呆れた様子で暖かい茶の間に入ってきた。


「うわっ、すげーくつろいでる。雪下ろし終わったんですか?」

「終わったよ。那須くんもちょっとお茶飲みしていきなさい」

「あ、はい……お土産買って来たんで、どうぞ」

「うわーう、あじまん! 神だ、神が現れたぞ!」


 那須くんが持ってきた白い紙袋の中には、冬にもってこいのあったかスイーツが入っていた。茶色くほっこりと焼けたやわらかな皮。二つに割るとたっぷりのつぶあんがお目見えし、甘い香りの湯気がほわんと立ちのぼる。俺たちは熱い緑茶を淹れ、大喜びであじまんを頬張った。

 『あじまん』というのは、ようは薄皮の大判焼きのことだ。東北を中心に冬季限定で販売されているが、本店が山形にあるので地元の人々にこよなく愛されている。

 うまいうまい、と満足していると、今度は芹沢さんが帰って来た。


「帰ったぞ。箱みかんがあったから、買ってきた」

「え、いくらだった?」

「一箱千円」

「でかした!」


 どうやら、配達に行ったスーパーに初売り用のみかんがあったので、お店の人に頼んで買って来たらしい。一般のお客様に対して申し訳ないね、大晦日なのに買っちゃって。まあこれも関係者の特権ってやつだ。我々は味見と称してみかんも口にした。

 果汁が甘い。すっぱくないし、無味でもない。これは、大当たりのみかんですよ!


「んー、おいしい……これ、相当いいみかんですね!」

「ああ。いい買い物をしたな」


 何だかさっきから食べてばっかりだ。でもこれはこれで、理想的な年末の過ごし方ってやつではないだろうか。世の中には「全然テニスをしない庭球部」とか「中々変身しない魔法少女」っていうのも存在するわけだし、たまには畑仕事をしない農家がいてもいいよね。いやー、平和平和。


「ふー、十二月は忙しかったなあ……」


 危険な雪下ろしを終えて緊張の糸が切れたのか、赤根さんはぐったりとちゃぶ台に突っ伏していた。

 たしかに今月の彼は、農園の代表者として毎日あちこちを駆け回っていた。慣れないスーツ姿でばたばたと車に乗り込み、スーパーの生産者会議や農協の忘年会へ東奔西走。お疲れ様です……。


「でも一月からは朝市が始まるから、もーっと忙しくなるな。午前五時から向こうで朝礼が始まるから、遅くても午前三時にはここを出発しないとね」

「ひええっ」

「三時とか、真っ暗な上に道がガチガチに凍ってるじゃないですか……マジでありえねーっすね」

 

 俺と那須くんは、楽しげに来月の予定を立てる次期社長にドン引きした。

 このクソ寒い季節に早起きするなんて、考えただけでも嫌だ。俺から睡眠時間とあったかい布団を同時に奪うつもりとは、さすがは暗黒非合法闇農家。断ればよかったのに!


「でも那須くん、雪道運転好きなんだろ?」

「まあ、好きですけど。タイヤが滑りそうになるとゾクゾクしますね。走りづらい路面でどうやってギアチェンジするか考えてると、脳汁が出てハイになってきます」


 こわっ。こわこわ。怖いよこの人、真冬のスピード狂とか勘弁してくれよ。俺は不敵な笑みを浮かべる那須くんにもドン引きした。

 ちなみに山形は、信号無視の件数が他県よりも多いらしいぞ。県警の人から聞いた情報だから間違いない。安・全・運・転! くれぐれも頼むぜオイ! 



 だべっている間にもち米が炊き上がったので、我々は寒い作業場に出てもち米を臼に移した。ぐにぐにと杵でこねた後に、ぺたんこぺたんこ、とつき始める。

 この現代社会においても、もちつきという文化が生き残っているのは不思議な感じだ。手作りの梅干しやぬか漬けを仕込む人だってたくさんいるし、現代人って「手間ひまかけて作った食べ物」への憧れみたいなものがあるのかな。


 「めんどくせーな」と胸の中で愚痴りながらも、俺は一生懸命に杵を振って真っ白なおもちをついていた。

 これだけあれば、正月の三が日は浴びるほどもちが食えるぞ。どんな味つけで食べようかな。あんこ、きなこ、しょうゆにチーズ。納豆に大根おろしに、あとはなんだ……チョコを包むのもいいな!

 「飽きる」なんてことはありえない、なぜなら俺はもちが大好きもち太郎。もちでできた服を着て、もちにくるまれて寝たいと思ってるくらいだ。


「宅配便でーす」


 にやけながらもちつきに熱中していると、作業場に宅配便のお兄さんがやって来た。赤根農園に荷物を届けに来たらしく、作業テーブルの上に発泡スチロールの箱を置くと、サインをもらって風のように去っていく。何なんだ一体、誰から何が届いたんだ?

 我々四人が寄ってたかって箱のふたを開けてみると、中には黒塗りのお重と一枚の手紙が入っていた。


「なになに、『みんな、僕がいなくてもちゃんと働いてるかな? 頑張った人にはご褒美として、フジマキのおせちを食べる権利をあげよう。お前たちにはもったいないくらいのご馳走だけど、しっかりと味わって、来年も馬車馬のように働きなさい。 事務員の九条仁より』――フジマキのおせちィ!?」


 筆ペンで書かれた手紙を読んだ赤根さんが、すっとんきょうな声を出して膝から崩れ落ちた。

 フジマキ――それは、仙台でトップの売り上げを誇る高級百貨店。俺たちのような薄汚れた庶民は足を踏み入れることすら許されない、大金持ちだけがショッピングできる憧れスポットだ。

 俺は仙台で何度も見てきましたからね、ブランドもののバッグとフジマキの紙袋を二つセットで持っている、激セレブの姿を!


「ど、どうするんすか、これ! た、食べるんですか?」

「食べる以外に何があるんだ?」

「いや、飾っておくとか、鑑賞するとか……とにかく、こんな高そうなもの食べられませんよ。野菜の煮物と雑煮だけで新年を迎えようとしてたのに!」


 冷静な芹沢さんの周りで、那須くんと俺も悲鳴じみた声を上げた。

 これはもう、もちつきをしている場合ではない。不在の九条さんから突然送られてきた最高級おせちを前にして、赤根農園は鶏小屋をつついたような大騒ぎになってしまった。

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