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「アンナ先生! どういうことですか!?」
職員室に駆け込むなり、僕はアンナ先生に怒鳴りつける。
その背後には、友雪も響姫も、僕の肩に手を乗せた桜さんもいる。
「え? ……旧体育倉庫の取り壊しの話? あ~、中止の連絡ね。ごめんなさい、すっかり忘れてたわ」
先生はあっさりと非を認め、苦笑まじりに謝罪の言葉を口にする。
どうやら職員室には今、アンナ先生以外、誰もいないようだった。
忘れていたことを他の先生に聞かれたら責任問題で大変だと思うけど、今なら大丈夫と、素直に認めて謝罪したのかもしれない。
だけど……なんだかアンナ先生らしくない気がする。
教師としてはまだ若い年齢ながらも、他の先生方から一目置かれているくらい、責任感も強くて頼りになる先生なのに。
そりゃあ、普段からちょっとしたミスならすることもあるし、先生だって人間だから、大きなミスのひとつやふたつ、あってもおかしくはないけど……。
どうしてもなにかが引っかかる。
そんな思いを、友雪も感じていたのだろう。
「業者への連絡は教頭先生が担当していたはずなのに、なぜ中止の連絡はアンナ先生がすることにしたんですか?」
鋭い視線を向ける友雪。
普段おバカな印象しかない友雪だけど、その分マジなときは、低く冷たい声の効果も重なり、相当の威圧感を与える。
ごくごく稀にしか見ない状況だけど、腐れ縁の友人である僕でも、そういうマジなときの友雪には逆らわないようにしようと思うほどだ。
あの響姫さえもが、そんな状態の友雪には正拳突きも蹴りも入れられないどころか、近づくことすら躊躇するというのだから、かなりのものだろう。
アンナ先生は、そんな友雪からの威圧感を受けてもたじろぐことなく、冷たいとも思える落ち着いた口調で答える。
「なんとなくよ。わざわざ教頭先生の手を煩わせることもないって、単純にそう思っただけ……」
「……アンナ先生は、さっき、業者の方々とお会いしましたの……?」
不意に、ずっと黙っていた桜さんが、控えめに質問を投げかけた。
ぴくっ。
その質問の内容になのか、それとも桜さんの声に対してだったのか、一瞬身を震わせるアンナ先生。
考えてみたら今の桜さんは、最初に会った頃と同じ、紫と白の矢が並べられたような模様の着物に紺色の袴という、大正時代を彷彿とさせる服装だ。
響姫のお姉さんから借りたままになっている制服は、部室に置いてはあるけど普段は着ていない。
桜さんいわく、この服装のほうが落ち着くかららしい。
解体業者の人やショベルカーなんかの襲来に焦っていたこともあり、すっかり着替えてもらうのを忘れて、ここまで来てしまったけど。
そんなこと、アンナ先生はまったく気にも留めていない様子だった。
「業者の方々……ええ、会いましたよ……。それが、どうか、しましたか? 朧木さん……」
アンナ先生は、なんだか途切れ途切れの声を吐き出し、桜さんに答える。
朧木桜という桜さんの名前は、しっかりと認識しているようだ。幽霊部の申請の際に、書類にも記載していたからだろう。
それにしても、制服を着ていないというのに、どうして不思議に思わないのだろうか?
微かな疑問は浮かんでいたけど、すぐに頭の中から消し飛んでしまった。
アンナ先生が突然、頭を抱えてうずくまってしまったからだ。
「先生! 大丈夫ですか!?」
僕の声に答えることもなく、アンナ先生は「ううう……」と苦しそうなうめき声を発する。
「具合、悪いんですか? 保健室、行きます?」
響姫が心配の声をかけ、背中を軽くさする。響姫って意外と、面倒見のいいところがあるんだよね。
「いいえ、大丈夫よ……」
まだ苦しそうな声を漏らしながらも、アンナ先生は気丈に答える。
ただ、それもここまでだった。
「……お前ら……よくもまぁ、こうも私の邪魔をしてくれるものだな……」
「え……?」
続けて先生の口から吐き出されたのは、まだ三十前の女性とは到底思えない、まるでおぞましい悪魔かなにかのような、しわがれた感じの声だった。
☆☆☆☆☆
「私がせっかく除霊師を呼んでまで旧体育倉庫へと追いやり、他のヤツらも封印したというのに……」
苦しそうに、というよりも、憎々しそうにうめきながら、アンナ先生はしわがれた声を発し続ける。
「学園長が適当な人だから、私の望むがままに、完璧な霊場を構築できていたというのに……」
霊場……? いったいどういうこと……?
疑問の声は、僕のノドもとから先には、上がってくることがなかった。
アンナ先生だけどアンナ先生じゃない……そんな状況に、僕たちは声も出せないほど困惑していた。
「幽霊なんて存在を、私は認めるわけにはいかない……。お前たちは観念して成仏するべきなのだ!」
お前たち。
そう言って指差した先には、桜さんがぐっと口を固く結んだまま立っている。
おそらくその『お前たち』が指し示すのは、桜さんと、そして華子さん、るなちゃん、優美さんの幽霊ズ。
とすると、アンナ先生は桜さんたち幽霊の存在に気づいていたということになるのだろうか?
僕がそんなことを考えている中、虚ろな目で言い放ったアンナ先生に対し、桜さんは猛然と立ち向かった。
「イヤですの! 幽霊にだって人権はあると思いますの!」
「あるわけないだろう!」
大声で返された言葉と重なるかのように、周囲を強烈な光が包む。
ほんの一瞬の間を置いたのち、耳をつんざくような大音響が、地獄の遠吠えとも思える地面を揺さぶるほどの振動を伴って響き渡った。




