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可愛い女の子だったら幽霊でもお構いなしなんて、ほんとに見境ないんだな、友雪のやつ。
そんなことを思いながらも、僕は友雪の後ろに続いて歩いている。
昼休みになった瞬間に腕を引っ張られ、「行くぞ!」とひと言。友雪にとっては、お昼ご飯よりも女の子のほうが優先順位の高い事象なのだろう。
女の子に会うため旧体育倉庫に向かっている、と言えば、わくわくするべき状況なのかもしれないけど。
なにせ相手は幽霊なのだ。どんなことになるか、まったく想像もつかない。
腹が減っては戦ができぬと言うし、しっかりと腹ごしらえをしてから向かうべきという気もするけど、食べ終えたあとというのは眠気も出てきてしまうし、それはそれで戦に向いていない状態なのかもしれないよね。
などと、思考がかなりずれた方向に飛んでいるのは、やっぱり空腹のせいなのだろうか。
どちらにしても、手首を力強くつかまれ引っ張られている状態の僕には、抵抗のしようもなかったのだけど。
もう少し体を鍛えて、せめて友雪くらいには対抗できる力をつけるべきかな……。
下駄箱で上履きから靴に履き替えた僕たちは、昇降口を出て、校庭のほうへと足を向ける。
仲よく手をつないでいる、というわけではないものの、手首の辺りをつかまれて引っ張られている状態の僕。
ひそひそひそ……。
朝と同様、なにやら怪しげな視線を向けられ、ひそひそ話の対象となってしまったようだ。
これでまた、変態扱いされる確率が高まった気がするな……。
☆☆☆☆☆
校庭の隅を通って、僕たちは旧体育倉庫のある校庭の奥、防風林の杉が植えられている辺りへと向かう。
学園の西側には山があって、冬になると吹き降ろす冷たい風が強くなることから、山側にあたる校庭の奥に防風林が作られているらしい。
その防風林の脇にひっそりとたたずんでいるのが、僕たちの目的地、オンボロ小屋――じゃなくて、旧体育倉庫だ。
実際のところ、オンボロ小屋と言ってしまってもいいくらい、薄汚れてボロボロな感じなのだけど。
この木造の古い体育倉庫は、かなり年季が入っているのがうかがえる。
補修された跡はあるみたいだけど、おそらく学園の創立当初から存在し続けているのだろう。
紅葉ヶ丘学園は歴史のある伝統校で、創立されたのは大正時代だとか。
なお、旧体育倉庫という名前からわかるように、昔は体育倉庫として使われていた。
十数年ほど前、学園全体にわたる大規模な増改築が行われた際、校舎から近い場所に、もっと広い体育倉庫が新設された。
それによって、この旧体育倉庫はお払い箱となったのだ。
今でも取り壊されることなく残っているのは、防風林がある関係か、それとも単純に忘れ去られただけなのか。
ともかく、そうやって残された古い体育倉庫が、今でもこの校庭の奥にひっそりと存在している。
防風林の影響で周囲はちょっと薄暗い。たまに生温かい風が吹き抜けていくのも、寂しげな雰囲気を助長させている。
幽霊が出ると言われれば確かに納得してしまいそうな、そんな立地と言えるだろう。
「ボロいね」
「ああ。カギは……どうやら噂どおり、かかってないみたいだな」
旧体育倉庫の前までたどり着いた僕たち。
木が腐りかけ、外れかかっているドアを眺め、友雪はそう言った。
……かと思った次の瞬間には、ドアは開け放たれていた。
体育倉庫のドアというと、ちょっと重いスライド式のものをイメージするかもしれない。
実際、今使われている体育倉庫のほうは、そうなっている。
でも、この木造の古い体育倉庫は、手前に引き開けるタイプの木製のドアだった。
勢いよく開けたから、本当に外れてしまうのではないかと心配になったけど、どうやら大丈夫だったようだ。
旧体育倉庫の中は、薄暗くはあるものの、なにも見えないというほどではない。
中にいろいろと仕舞っておくための建物なのだから、当たり前といえば当たり前かもしれないけど。どうやら建物の奥のほうに、明かり取りの小窓がいくつか並んでいるようだ。
「うっ、ホコリっぽい……」
ケホケホと軽く咳き込む。
「さすがに古いだけあるな。昔の体育用具なんかも、そのまま残されてるみたいだ」
倉庫内を見回してみると、古くなった綱引き用の綱だとか高跳び用のマットやバー、玉入れ用のカゴに薄汚れた各種ボール類、カラーコーンにライン引きなど、いろいろな用具が雑然と置かれているのが目についた。
使えそうなものは新しい倉庫に移し、古くなったものはあとで処分するつもりで、ここに仕舞ったままになっているのだろう。
ただどういうわけか、会議テーブルやパイプ椅子なんかまで置いてある。
テーブルは天板の端が剥がれかけていて結構古めに見えるけど、パイプ椅子はさほど古そうにも思えないような……。
僕が視線を巡らせていると、突然隣に立っていた友雪が大声を上げ始めた。
「お~い! 可愛い幽霊の女の子~! いるんだろ~? 出てきてくれ~! そして、俺とあんなことやこんなことを……ぐへへへ」
「……そんな言い方して、出てくるわけないじゃん……。それに、いくら幽霊だからって、変なことしちゃ悪いと思うけど」
ため息まじりの僕の声に、友雪はすごい勢いで反論を返してくる。
「もしかしたら、あっさり出てくるかもしれないだろ? それに、幽霊に人権なんかない! もう死んでるんだからな! ゆえに、なにをしたって罪にはならないっ!」
「……法律上だとそうなるのかもしれないけど、死者の冒涜になるし、絶対呪われちゃうと思うな……」
「ふん、なんとでも言え。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」
……なんというか、僕はとてもひどい友人を持ってしまったようだ。
もっとも、今さらという気もするけど。
僕はため息ひとつ、友雪のことはスルーして、再び旧体育倉庫内に視線を向けてみる。
すると、会議テーブルの脚の陰になる床辺りに、この場には不釣合いな物体が転がっているを見つけた。
「なんだろう? これ……」
僕は床からその物体を持ち上げ、付着していたホコリを丁寧に払う。
白くて細長い直方体のプラスチック製品で、なにやらボタンなんかが並んでいる、そんな物体……。
これって、確か……。
「それ、WiiSのコントローラーじゃないか?」
「うん、そうだよね」
友雪の答えに、僕も頷き返す。
WiiSというのは、猫のマークのニャン天堂から発売されているゲーム機のことだ。
コントローラーを手に持って、振ったり傾けたりすることで操作が可能なのが特徴で、大ヒット商品となった。
今僕が持っているこの物体は、そのWiiSのコントローラーのようだ。
「どうしてこんなのが、ここに落ちてるのかな?」
「誰かがここに入り込んで、ゲームでもやってたんだろ。電球もあるし、コンセントもあるみたいだから、電気もまだ通ってるんじゃないか?」
「なるほど」
薄暗くて気づかなかったけど、目を凝らしてよく見てみれば、天井からぶら下がっている電球も存在しているようだった。
さらには壁にスイッチがあるのも発見、押してみると電球は明るく旧体育倉庫内を照らし出した。
「う~ん、これ、どうしよう?」
僕はWiiSのコントローラーを手に持ったまま、友雪に尋ねてみる。
「とりあえず、振ってみればいいんじゃないか?」
「ゲーム機の本体がないのに、反応があるわけないってば」
そう言いながらも、僕は反射的にコントローラーを水平に振るっていた。
なにげなく振ってみただけ、そんな感じだったのだけど。
どういうわけか、その動作に合わせて、
「きゃっ!」
という声を響かせながら、それこそゲームでキャラクターがフェードインしてくるかのように、すーっと、ひとりの女の子が僕たちの前にその姿を現した。




