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「ボクは生前、二学期の途中にこの学園に編入してきたの……」
最初の語り手は、華子さんだった。
長いストレートでサダコのような容姿だからなのか、単純に幽霊だからなのか、どう考えても怪談にしか思えないのだけど……。
まだ真っ昼間な上、今日の気温は高めで、冷房が必要なほどではないにしても、運動しなくてもちょっと汗ばむくらいの陽気のはずなのに。
今この旧体育倉庫の気温は、いきなり氷点下までクールダウンしてしまったかのようだった。
僕の横では友雪が、斜め前では響姫が、両手で二の腕の辺りをさすり、歯をガチガチと鳴らしている。
ともあれ、話している当人である華子さんは、実に楽しそうだった。
前髪で両目まで隠している華子さんだから、笑顔になっているのかはわからない。
ただ無意識なのか、時おり華子さんの口からこぼれ落ちる、
「ふふふふふ……」
という笑い声が、おそらく話すことを楽しんでいるのだろうと想像させてくれた。
もっとも、そんな笑い声は僕たちの恐怖心をあおる効果しか生み出さない。
華子さんを初めとする幽霊陣は、まったく気づいていないと思うけど。
僕たちが背筋を凍らせていようともお構いなしに、華子さんの話は続く。
「前の学校でも、あまりクラスに馴染めていたわけではないけど、こっちではさらに輪をかけてひどくなってしまって……」
……いきなり雲行きの怪しくなってきた内容に、僕たちの箸は完全に止まってしまう。
響姫はパンだけになっているから、箸ではなく口の動きが止まっていたわけだけど。
ほとんど噛まずに飲み込んでノドに詰まったりしないか、ちょっと心配だ。
「最初は無視からだった。でもだんだんと、ちょっかいを出してくる人が増えてきて。ノートや筆箱を隠されたり、暴力まで振るわれたり……男女問わず、ボクのことをいじめるようになってしまった……」
…………。
「先生は見て見ぬふり。誰にも助けを求められなくて……。家庭も冷めきっていて、離婚問題で揺れていたのも原因だったかもしれないな……。ボクの親権を、どちらが持つか……。両親とも、ボクの親権なんて、持ちたくなさそうだったし……」
………………。
「ボクが自分のことを『ボク』って言うようになったのは、クラスメイトのいじめが原因だったの……。下僕の『ボク』だからって、強要されて……。あ、玲くんが僕って言ってるのは、語源がどうかはともかく、普通のことだと思うから気にしないでね……」
……………………。
悲しい過去を語っているのに、僕の心配までしてくれるなんて……。
「クラスメイトからのいじめに涙する毎日が続いたある日、泣き疲れたボクは屋上にひとりたたずんでいたの。一面の青空……。見事な快晴だった。ボクを受け入れてくれるのは、この青空くらいしかないのかな。そう思った……。ボクはゆっくりと歩を進めて屋上のヘリに立って、そして――」
「も……もういいよ! ごめんなさい、辛い記憶を思い出させてしまって……!」
響姫が、耐えきれなくなったのだろう、両目に涙をいっぱいに溜めながら悲痛な叫び声を上げた。
「え……? ボクは自分のことが話せて嬉しかったんだけど……」
華子さんは、しゅんとしてしまった。
だけど、これ以上聞き続けることはできそうもなかったため、話を中断してもらうことにした。
「ううう、全部喋ることができないなんて……。うらめしい……」
最後の最後で、口癖である『うらめしい』が出てしまう結果になってしまったけど、ここは仕方がないと思って諦めてもらうしかないだろう。
☆☆☆☆☆
「じゃ、次はるなだな!」
続く挑戦者は、るなちゃんだった。
るなちゃんの明るい口調なら、怪談になるような心配はいらないだろう。
なんて高をくくっていたのだけど。
「るなは保健のセンセーだったのだ。ふつーにマジメに仕事してたのだ。そしたらなんか、毎日のように保健室に来る男子生徒がいてなー。本気なんだ、って告白されたのだ!」
こんな幼女チックなるなちゃんに告白するなんて、なかなか思いきったことをする生徒もいたものだ。
「でもなー、センセーと生徒のれんあいは問題視されてなー。緊急職員会議にかけられてしまったのだ。結果として男子生徒は退学、るなは停職ののち、教育委員会へも報告されることになってなー」
む…………?
「男子生徒が一緒に逃げようと言ってなー。るなは頷いたのだ。るなも好きだったからなー。ふたりきりでの最初で最後の旅行気分だったんだけどなー、最終的には追いつめられたのだ。日本海側のどこかだったかなー。逃げられないと悟った男子生徒とるなは覚悟を決めてなー、崖から荒波に身を――」
………………。
軽く明るい口調のままではあるのに、るなちゃんの話はとても重い内容だった。
もういいから、と、るなちゃんの話を中断させたのは、言うまでもない。
☆☆☆☆☆
続く語り手は優美さん。
今までの流れからすると、なんだか嫌な予感はしていたけど……。
その予感はやっぱり的中してしまう。
「私は昨日お話しましたように、生徒会長を務めておりました。自分で言うのもなんですが、全校生徒から頼りにされる優秀な生徒会長でしたわ」
ふむふむ。自分でそう言えるくらいだから、相当優秀だったのだろう。
「完璧を目指す私は、いつでもどこでも気を緩めることなく、優秀な生徒会長を演じておりました。それは生徒会長選挙で当選してから三年生になって任期満了する少し前まで、ずっと続きました」
ふむふむ……。
「生徒の皆さんからは大変そうと言われていましたが、私はべつに大変だとは思っていませんでした。それが当然のことだと思っていましたから」
ふむふむ…………。
「ですが、もうすぐ任期も終わるという時期になって、少々体調を崩してしまった私は、最後の生徒総会でミスをしてしまいます。資料の作成が間に合わなかった上、一年間にわたる生徒会活動の終了報告の発表において言葉に詰まり、さらには高熱で倒れてしまったのです」
ふむ…………。
「もちろん、誰もそれを責め立てたりはしませんでした。皆さん、よく頑張ったと言ってくれましたわ。ですが、完璧を目指す私にとって、それはあってはならない汚点でした」
ふむ…………?
「思い詰めた私は、こう考えました。死んでお詫びしなければ、と……」
え…………?
「そして私は当時の生徒会室で、カッターを使って手首を――」
「わ~~~~っ! もう、そういう話はいいってば!」
慌てて話を止める僕。響姫がなんだかゲッソリとしていたし。
……すでに手遅れだったとは思うけど。
☆☆☆☆☆
「最後はわたくしですの」
そして桜さんが喋り始める。
僕はさすがに止めようとしたのだけど、桜さんの過去が語られることはなかった。
「……と言いたいところですけど、実はわたくし、昔のこと、なにも覚えていませんの。ですから、お話できません。ごめんなさいですの」
控えめに頭を下げる桜さんに、僕たちはホッと安堵の息を吐き出した。
☆☆☆☆☆
僕たちは幽霊たちの過去を怖い話だと考え、止めようとしていたけど。
よくよく考えてみると、これはちょっと不可解だ。
なぜなら僕たちは、相手が幽霊だとしっかり認識した上で、桜さんの友達探しの手伝いなんてことをしている身なのだから。
幽霊たちの過去を知って、それで僕たちがどうにかできるわけではない。
それでも、幽霊となってしまった原因の一端は、確実にそういった部分にあるはずなのだ。
桜さんの望みを叶えてあげようと思ったのと同様、他の幽霊にも同情の念を抱き、慰めてあげるなどして、成仏できるように協力してもよさそうなものなのに……。
そもそも、素直に桜さんのお願いを聞いてあげるという話になったことからして、少々不自然に思えてくる。
いくら手伝わなかったら呪うと脅されたとはいっても、桜さんにはそんな恐ろしげな雰囲気なんてこれっぽっちもない。
なんというか、僕たちの思考が都合のいい方向へと誘導されているような、そんな気さえする。
もしかすると……そこにはなんらかの意図が働いていたのかもしれない。
☆☆☆☆☆
こうして昼休みは終わりを告げた。
一応食事を取ることはできたけど、お昼どきの会話ではなかったかな……。
それに桜さんたちは、結局なにも食べなかったと思うけど……。
そうつぶやくと、桜さんは笑顔で答えてくれた。
「いいんですの。幽霊にとって、人間さんの恐怖心とか悲しみとか、そういった負の感情がご馳走になりますから」
「え……」
「わたくしたちは、しっかりとお食事させていただきましたの。ふふふふ……」
怪しげに笑う桜さん。彼女の背後では、他の幽霊三人も同じような笑い声をこぼしていた。
……怖っ!
背筋を強烈な寒気が走り抜けていく。
と思ったら、桜さんは一瞬で温かな笑顔に切り替えると、
「なんちゃって、ですの。大丈夫です、取って喰ったりなんてしませんから」
そんなことを言って、ぺろりと舌を出すのだった。




