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「生徒会長って、かっこいいよね~」
クラスメイトの女子が、うっとりした目で壇上に立つ生徒会長を見つめていた。
「ほんと、凛々しすぎだよな~」
男子生徒からも感嘆まじりの声が漏れる。マンガだったら目がハートマークになっていそうだ。
今日は午後から生徒総会だった。
壇上で全校生徒を前に張りのある声を響かせているのが、羨望の眼差しを一身に浴びている生徒会長、湯浴雫香先輩だ。
僕たちの通う紅葉ヶ丘学園では、もともと女子校だったからなのか、女子が生徒会長を務める習わしとなっている。
副会長は男子と決められていて、それ以外の役員は年度によってまちまちなのだとか。
なお、今の会長は三年生。副会長も三年生で、書記と会計は二年生だったと思う。
毎年九月に生徒会選挙があり、立候補および推薦で候補となった人に対し、生徒の投票によって生徒会長、副会長、書記、会計の役員が決められる。
それ以外の平役員に関しては、必要に応じて役員が指名する形を取る。
任期は一年間で、十月に発足した生徒会は、翌年の九月まで続く。
そのため、選挙で生徒会長に立候補できるのは二年生と決まっている。
副会長や書記、会計については、一年生でも可となっているのだけど。
任期が一年なので、当然ながら三年生は候補になれない。紅葉ヶ丘学園は進学校でもあるわけだし、素直に勉強しておけ、ということなのだろう。
もっとも、一流大学を目指すのであれば、任期満了後からではなく、もっと早くから勉強していないとダメな気もするけど。
内申のプラスにはなるだろうから、受験に不利とばかりは言えないのかもしれない。
生徒会長は今、プロジェクターでスクリーンに資料映像を表示して、いろいろと説明を続けている。
それらの映像は、全員に配られた冊子に書かれてあるものだ。
こういった資料まで準備しているのだから、生徒会の仕事ってのは大変そうだ。
どうやら内容としては、今年度前期の生徒会運営方針の再確認や現状報告、および予算案の修正、部活動や同好会活動に関する状況のまとめ、といったものらしい。
四月に新入生も入り、部や同好会の所属人数も確定したことで、同好会からの昇格や活動費の割り振りなども決まり、また、新たな部や同好会の発足なんかも含めて、いろいろと決定事項があるようだ。
「いや~、生徒会長、ほんと凛々しいな~。お近づきになりたいよな!」
僕の隣で、友雪が同意を求めてくる。
「また友雪はそんなことを……」
「でもさ~、キリッとしてかっこいいとは思うだろ? なんたって美人だし。無造作に首の後ろ辺りで束ねてるだけのシンプルな髪型も、その束ねているリボンが地味な紺色なのも、なぜか右側だけ異様なほど伸ばしているもみあげの毛も、どれを取ってもいい雰囲気を漂わせてるだろ?」
「え~っと、そりゃ会長さんが美人なのは認めるけど、あのもみあげの感想は、人それぞれなんじゃない? 変だって言ってる人もいたよ?」
「雫香様をつかまえて変だなんて、そんなこと言うヤツは、この俺がこらしめてやる!」
「雫香様って……。生徒会長の親衛隊にでも入ってるの?」
「入ってる!」
「……入ってるんだ……」
「毎週送られてくる冊子には、雫香様を隠し撮りしたお写真もたくさん載せられてるしな!」
「ちょっ!? それ犯罪にならない!?」
『あ~、コホン! そこ、うるさいぞ!』
思わずバカ話に熱中して声が大きくなりすぎていた僕と友雪に、マイク越しの叱咤が飛んでくる。
顔を上げて視線を向けると、壇上の会長さんがこちらを指差していた。
全校生徒が注目している中、僕たちは注意されてしまったのだ。
「すみません……」
反省して肩をすぼめる僕の横で友雪は、
「会長さん直々に怒ってもらえるとは。俺はなんて幸せ者なんだろう……」
と言いながら、恍惚の表情を浮かべていた。
周囲からもちらほらと、「いいなぁ……」なんて声が聞こえてきてるし。
なんというか、この学園の生徒、大丈夫なんだろうか? 一応仮にも進学校のはずなのになぁ……。
僕が友雪に呆れ顔を向けているあいだに、壇上では何事もなかったかのように、会長さんが生徒総会の進行を再開していた。
☆☆☆☆☆
生徒総会のあった体育館から教室へと向かって廊下を歩く道すがら。
友雪はまだ、「雫香様、いいよなぁ。はぁ、はぁ」なんてつぶやいていた。
荒い息を吐くのは、さすがに怪しいからやめてもらいたいところだ。
そんな残念な親友を引き連れながら、教室へと戻ろうとしていたのだけど。
「そこのキミたち、ちょっといいか?」
背後から凛とした声がかけられた。
「はい、なんでしょう?」
僕が振り向くと、そこにはなんと、生徒会長さんが立っていた。
「おおっ、雫香様! ご機嫌麗しゅう!」
「ああ、ご機嫌よう」
隣では友雪が緊張の面持ちで体を硬くしている。傍若無人な友雪でも、萎縮することなんてあるんだな。
と、そんなことより。
会長さんに呼び止められた僕たち。
当然ながら、普段からの会長さんとの接点なんて、あるはずもない。
とすると考えられることは、ただひとつ。ついさっき、生徒総会でうるさくしていて怒られた、あの件しかないだろう。
そう考えた僕が謝罪の言葉を口に出すよりも早く、会長さんはまったく別の事柄について話し始めた。
「以前、旧体育倉庫の幽霊の噂があったが……」
「え? ……あっ、はい」
頭を下げる体勢に入っていた僕は、ちょっと拍子抜けしたけど、どうにか相づちだけは返す。
「その後、どうもそこに出入りしている生徒がいるらしいのだが……。もし違っていたらすまない。それは、キミたちではないか?」
「あ……」
「どうやら昼休みや放課後のかなり長い時間、あの場所を占有していると聞いているのだが、間違いはないか?」
「え~っと、はい……」
確かに、会長さんの指摘に間違いはない。僕は素直に頷いておく。
「そうか。生徒会としては、いくら使われていないからといって、使用許可の出ていない場所を使わせるわけにはいかないのだ」
「はい、すみません」
結局は頭を下げる結果となってしまった僕。
はてさて、どうしたものか。
正直に幽霊である桜さんたちのことを話しても、信じてはもらえないだろうし……。
「なにをしているかは知らないが、生徒会としても強制的な手段は使いたくない。すぐに出ていけとは言わないから、少し考えてくれたまえ。それでは、失礼する」
そう言い残すと、くるりと反転し、会長さんは去っていった。
遠ざかっていく背中も、なんだかピシッとしていて、とても凛々しい。
「はぁ、かっこよかった……。それに、すごく清々しくていい匂いだった……。雫香様の残り香、全部吸い込んでやる!」
さっきまでやけにおとなしくしていたと思ったら、友雪はいまだトロンとした目のまま、鼻の穴を大きく広げて周辺の空気を激しく吸い込み始めた。
「やめなってば、この変態!」
僕がツッコミを入れたのは言うまでもない。
ただ、どうやら手遅れだったようで、
「やっぱりあの人たち、おかしいよ……」
「うん、そうだね。近づかないようにしよう」
廊下には、こちらへ白い目を向けた生徒たちのひそひ話の声が、無情にも響いていた。




