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僕たちはトイレの華子さんを連れて、旧体育倉庫へと戻った。
学校霊は場所に縛られた地縛霊である場合が多いからか、華子さんも女子トイレから出ることができなかったのだけど。
0コンを使った操作によって、無事、華子さんを女子トイレから移動させることができた。
桜さんのように僕の肩につかまってもらうというのも試してみたけど、それでは女子トイレから出ることができなかった。
僕に触れていれば歩いたりできるのは、どうやら桜さんだけのようだ。
旧体育倉庫までたどり着くと、華子さんは自らの足で歩き回ることが可能になった。
「古くからある建物ですので、その分、霊気が多く集積しているみたいです。そのおかげで、ここでは幽霊の自我が揺らぐことなく、しっかり存在できるんですの」
桜さんはそんな解説をしてくれた。
「霊気が安定する感じ、華子さんにはわかりますよね?」
「うん……なんだか、とても空気が澄んでいて、安心できる気がする……」
こんなにボロくてホコリっぽい場所なのに……。
僕にはまったく理解できなかったけど、幽霊にとっては居心地のいい場所ということなのだろう。
「よかったね、華子さん!」
友雪は華子さんのすぐ目の前に立ち、そして彼女の両手を握ろうとする。……でも、スカッと、友雪の手はすり抜けてしまった。
桜さんには触れる僕でも、華子さんには触れられなかったし、それは響姫も同じだった。
にもかかわらず、さっきトイレで華子さんは、響姫に背後から絡みつき胸を揉んでいた。
とすると、あの女子トイレにいたほうが、存在は安定していたということなのかもしれない。
「友雪は見境がないわね。相手は幽霊で、しかも前髪で顔を隠してるから、可愛いかどうかもわからないってのに」
響姫が呆れ顔でつぶやく。
そんな言い方、華子さんに対して失礼なのでは。でも、確かに響姫の言うとおりだとは思った僕も、失礼なヤツなのかもしれない。
それはともかく、友雪はぐっと右手のこぶしを握りしめ、響姫のつぶやきに対して、こう力説する。
「俺はそんなことで差別したりはしない! 女の子なら誰にでも優しくする! それが俺の生き様だ!」
ざっぱ~ん!
背後に日本海の荒波でも背負ったような力強い主張に、響姫も僕も、呆れるばかりだったのだけど。
ぽっ。
華子さんは頬を染め、熱い視線で友雪をじっと見つめているようだった。
これは、フラグが立った、ってやつかな?
いつも響姫とドツキ漫才みたいに楽しそうな会話をしているし、華子さんやら響姫やら、物の怪の類に好かれる体質なのかな、友雪って。
響姫=物の怪なんて思考を本人に悟られたら、殺されかねないかも……。
今の考えは永遠に封印しておこうと心に誓う僕だった。
気づけば、時間的にはもうすっかり夜。すでに空の色は、夕焼けのオレンジから深い青へと変わり果てていた。
幽霊にとっては夜のほうが活動しやすいのかもしれないけど、さすがに夜中は校舎にも入れない。だいたい僕たち自身が家族に心配されてしまう。
少々心残り……というか幽霊残りではあったけど。
僕と友雪、響姫の三人は、桜さんと華子さんを旧体育倉庫に残し、帰宅することにした。
☆☆☆☆☆
翌日。僕たちは昼休みに旧体育倉庫へと集まった。
朝は時間が少ないし、他の休み時間はたったの十分しかないから桜さんの友達探しをしている余裕なんてない。
早起きして授業が始まる前に友達探しをするという手は、僕や友雪には使えるはずもない。
いつも遅刻ぎりぎりな生活をしている僕たちだから、それは当然の真理というものだった。
そんなわけで、今日もまた昼食も取らずに、旧体育倉庫へと集まった僕と友雪。
昨日話したことで興味を持ったのか、どうやら響姫も手伝ってくれる気になったようで、今この場所でパイプ椅子に座っている。
現状のフルメンバーが集結したことになる。
こうして、幽霊である桜さんと華子さんを加えた、総勢五名による作戦会議が始まった。
「桜さん、他の幽霊の情報って、なにかあるのかな?」
「ん~~~~、なにもありませんの」
平然と答えが帰ってくる。会議はいきなり暗礁に乗り上げてしまった。
「華子さんは、なにか知らない?」
「……ごめんなさい……。女子トイレにずっとこもっていた身なので……」
……その言い方だと、別の意味にも思えてしまうけど。
なんにしても、幽霊であるふたりは使い物にならないということがわかった。
「う~ん……。友雪は最初からあてにならないし……」
頭の中で考えるつもりが、ぼそっと、ついつい声に出してつぶやいてしまう。
いくら友雪でも、ちょっと悪かったかな、という思いもあったのだけど、
「そうね。まだミジンコのほうが役に立ちそう」
響姫があっさり肯定し、さらにはミジンコ以下という評価を受け、友雪は「ゴンッ!」と大きな音を立てて会議テーブルに頭を突っ伏してしまった。
うん、トドメを刺したのは僕じゃないから、問題なし。
何事もなかったように、僕は話を続ける。
「幽霊の噂とかって、この旧体育倉庫以外に、なにかあったっけ? トイレのハナコさんの噂だって、この学校では聞いたことなかったし、そういうのって、あまりないような気も……」
「少し前だったら一部で幽霊話が盛り上がってたんだけどな。わざわざ霊媒師を呼んで除霊してもらったとかで、もうすっかり噂も消えたみたいだが……」
「ああ、そういえば、そうだったね。だけど……」
いつの間にか立ち直っていた友雪の言葉で、僕も思い出す。
一ヶ月くらい前だったかと思うけど、確かにそんな話を聞いたことがあった。
ともあれ、除霊してもらったというのなら、そのとき噂になった幽霊はもういないはずだよね。
僕がそんな諦めを含んだ言葉を漏らした直後、響姫が突然、大声で叫んだ。
「あっ、そうだ! あたし、保健室の幽霊の話、聞いたことあるよっ!」
ホコリすらビックリして舞い上がりそうな大声で、隣に座っていた僕は耳がきーんとなってしまったけど。
他に手がかりはない以上、その話を詳しく聞いてみるしかないだろう。
「それ、どんな話?」
「ん? 保健室に幽霊が出るって話。それ以上のことは知らないわ」
……響姫も大して役に立つメンバーではないことが、今ここに判明した。
「まぁ、とりあえず行ってみようぜ。他にあてもないわけだし」
そう言いながら席を立ち、早速出口へと向かおうとする友雪を、
「待って」
と、響姫が制する。
すぐさま無言で椅子から立ち上がり、友雪の行く手を遮る響姫。
「なにもないのに保健室に行くのは不自然よ。だから準備が必要だわ」
「へ? 準備?」
なにやら嫌な予感がしたのだろう、友雪はじりじりとあとずさる。
とはいえ、狭い汚い臭いの三拍子揃った旧体育倉庫。逃げ場があるはずもない。
……三拍子の最初のひとつ以外は、あまり関係ないか。
ともかく、響姫は両手のひらを自分の体の前に掲げ、指先だけを曲げるような形で、冷や汗をたら~りと垂らす友雪へとにじり寄る。
響姫の指先には、見事に先端を尖らせた爪がキラリと光っている。
そして……。
「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ~~~っ!」
「うぎゃああああああああああああ~~~っ!」
響姫は友雪の顔面を、一切の容赦もなく、思いっきり何度も何度も引っかき続けた。
みるみるうちに、友雪の顔には真っ赤なスジが何本も浮かび上がっていく。
うわぁ……痛そう……。
「な……なにすんだよ、響姫!」
「これで手当てしてもらう口実ができたでしょ?」
笑顔でウィンクをぱちり。
響姫の意外に可愛らしい仕草も、顔面引っかき傷だらけで目も開けられない友雪には見ることができなかった。
そんなこんなで、僕たちは保健室へと向かうのだった。




