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【過去】グループチャットが出来るまで(飛鳥視点)

【グループチャット】


 瑞希:ねえねえ、ふと思ったんだけど……。わたしたち、最初の頃ってどんな感じだったっけ?

 飛鳥:覚えてるよ。瑞希のこと、うっとうしいな〜って思ってた。

 瑞希:えーーーっ!?!?Σ(゜Д゜)

 七海:飛鳥さん、ちょっと言いすぎです……笑

 飛鳥:でもほんとにそうだったもん。なんか、あざといし、よく喋るし、構ってちゃんだし……。

 瑞希:ううっ……刺さるぅ……(傷口に塩)

 七海:でも、今はちゃんと仲良しですし。

 飛鳥:うん。今は……けっこう、いいやつだなって思ってる。

 瑞希:なにその“負けました”みたいな感じ!

 飛鳥:七海は最初から好きだったよ。なんか……かっこいいし、優しいし、頼れるし。

 七海:……嬉しいです、飛鳥さん。ふふ、照れますね。

 瑞希:ちょ、ちょっと待って!?わたしだけ最初も今もディスられてない!?!?

 飛鳥:うるさい。でもまあ、いまは……まあ、嫌いじゃないよ。

 瑞希:え、ほんと!?(じわっ)

 七海:ふふっ、こうしてまた話せてるのが何よりです。

 飛鳥:ね。なんかんだで、このグルチャ……けっこう落ち着く。

 瑞希:わかる〜。たまに通知鳴ると、ちょっと嬉しいもんね。

 七海:これからも、たくさん話しましょうね。


 * * *


 ──【過去】グループチャットが出来るまで(飛鳥視点)


 ああ、やっぱり来なきゃよかった。そんなことを思いながら、わたしは中庭のベンチにひとりで座ってた。新歓オリエン。行かなくてもいいけど、行かなきゃ行かないで浮くやつ。結局、そういうのが一番めんどくさい。スピーカーから流れるBGMが、やけに陽気でイラッとする。暑いし、うるさいし、なんかもう、早く帰りたい。そんなとき、向こうの人だかりのなかで、ひときわ目立つ声が聞こえてきた。……声、でか。ふと視線を向けると、いた。いかにもって感じの女の子。ふわっとしたスカートに、巻いた髪。アイドルみたいなキラキラした笑顔。周りの男たちが、わかりやすく見惚れてる。

(……出た、あざと)

 胸の奥が、もわっとした何かで詰まる。その子——瑞希って名前らしい。明るくて、誰とでもすぐ仲良くなって、場の中心にいるタイプ。わたしが一番、苦手なやつ。

「はー……」

 思わずため息を吐いて俯いたら、足元に誰かの影が落ちた。

「ね、ミントとか持ってる?」

 ……は?って思った。顔を上げると、さっきの“瑞希”が、わたしに話しかけてきてた。

「え……あ、あるけど」

「ありがと。なんか、喉スッキリさせたくて」

 にこって笑ったその顔、意外と、ちょっとだけ疲れて見えた。

「こんだけ騒いでれば、そりゃね」

 つい口が悪くなる。でも、それでも——

「うん、騒ぐのって、けっこう疲れるんだよね」

 なんでだろう、その言葉には、ちょっとだけ嘘がないように聞こえた。ちらりと、目が合った。笑ってたはずなのに、その奥にある何かが、一瞬だけ見えた気がした。でも——わたしはまだ、その“何か”の正体を知らないまま、視線をそらした。

 

 * * *

 

 昼休み。キャンパスの中庭で、ひとりでパンをかじりながらスマホを眺める。人の話し声と、春の光だけがやけに騒がしくて、ぼんやりした気分だった。──やっぱ、なんか気になる。あの子、瑞希。今日の講義でも、また隣の男子と喋ってた。いや、喋ってたっていうか……自然に話しかけられてる。向こうから。

「なんで、ああなれんの……」

 別に羨ましいわけじゃない。……ほんとに。でも、気づいたら検索してた。“瑞希”の名前。出てきたアカウント、たぶん本人の。鍵垢じゃない。プロフィールもシンプル。写真もそんなに多くない。でも、どれも――なんか、綺麗だった。白いニット、窓際のカフェ、淡い光。こっちに気づいてないような顔。飾ってない、ように見えて、たぶんちゃんと計算されてる。なのに。……なんで、ちょっとだけ、さみしそうに見えるんだろ。笑ってるのに、ふと視線を外したその横顔が、どこか遠くを見てるみたいだった。

「……ずるいな」

 呟いて、スマホを伏せる。あざといとか、苦手とか思ってたけど。なんか……違うのかも。ほんとは、わたしがちゃんと向き合ってなかっただけで。──ちょっとだけ、話してみたいかも。ほんの、少しだけ。

 

 * * *

 

 雨が降っていた。予報にはなかったくせに、講義が終わる頃には、すっかり空が濡れていた。傘、持ってない。……まあ、いつものことだ。構内のベンチの下で、しばらくスマホをいじってやり過ごすつもりだった。人がまばらになって、アスファルトを打つ雨音だけが強調されてくる。

「……あれ?」

 声がした。振り向くと、白い傘が、すっと差し出された。

「飛鳥ちゃん、だよね?」

 瑞希だった。白いニットに、薄いベージュのロングスカート。雨の中でも浮かない色なのに、不思議と目を引いた。ナチュラル、なのにちゃんと目立つ。……ずるい。

「よかったら、一緒に帰らない? 駅までなら、近いし」

 わたしはちょっとだけ迷って、それから頷いた。何も言わずに、傘の内側へ。──近い。さっきまで他人みたいだったくせに、急に、肩と肩が触れそうになる距離。

「今日、雨って言ってなかったよね」

「……うん」

「わたしも忘れてたの。ていうか、天気予報、外れること多くない?」

「まあ、そうかも」

 ……何喋ってんだろ、わたし。でも、瑞希は、笑ってた。にこっていうんじゃなくて、ちょっとだけ、ふわっと、抜ける感じ。

「あのさ」

 瑞希が、ぽつりと言った。

「飛鳥ちゃんって、最初ちょっと、怖かった」

「……へ?」

「ううん、でも違うの。たぶん、わたしが勝手に、そう思われてるって思ってただけ。あざといって思ってるでしょ? わたしのこと」

 一瞬、足が止まりかけた。

「……別に、そういうんじゃ……」

「ううん。いいの。正直、そういう風に見られるの慣れてるし。でも、飛鳥ちゃんって、ちゃんと見てくれる気がしてた」

 ふと、傘の持ち手が傾いた。わたしの肩が、少し濡れた気がする。

「……なんで、そう思ったの」

「なんでだろ?嘘が嫌いそうだからかな」

 少しの沈黙。瑞希は、傘の持ち手をぎゅっと握った。

「もし、嫌じゃなかったらさ。今度、一緒に写真、撮らない?」

「……わたしと?」

「うん」

 ほんとに、わかんない子だ。なのに、なんで、ちょっとだけ、嬉しいんだろう。雨の音だけが、二人の間に残ってた。

 

 * * *

 

 それから数日後のことだった。キャンパスの中庭。花壇のそばで、瑞希がこっちに手を振っていた。

「飛鳥ちゃん、お待たせ〜!」

 あの日の雨以降、なんとなく──ほんとうに、なんとなく、わたしは彼女のメッセージを無視できなくなっていた。

「このへん、光の入り方がすごく綺麗なんだよね」

「……そう?」

 彼女は、スマホの画面を覗き込みながら、わたしの髪をすこしだけ触った。

「ちょっと待って、前髪、こうした方が可愛い。……うん、そうそう」

 勝手に触らないでよ、って言いかけたけど……別に、嫌じゃなかった。カメラを向けられると、自然と背筋が伸びる。ピースも笑顔もぎこちない。でも。

「……ありがとう、飛鳥ちゃん。やっぱり可愛いね、ほんと」

 さらっと、そういうことを言う。でも、たぶんそれは、営業スマイルとかじゃなくて、本音だった。

「その写真、……投稿とか、するの?」

「ううん、今日は飛鳥ちゃんの記念用。……でも、また一緒に撮ろ?」

 小さく微笑む瑞希に、なんだろう──また会ってもいいかも、と思ってしまった。

 

 * * *

 

 昼休み、友達の輪から少し離れて、一人で廊下に出たとき。前から歩いてくる女性が、ゆっくりとスマホを見ながら微笑んでいた。細身のパンツスタイルに、少し高めのヒール。肌が白くて、光が当たるたびに輪郭が透けるみたいに見える。

(……すご)

 思わずそう呟きそうになって、口を引き結ぶ。彼女の名前は、七海さん。モデルみたいにスタイルが良くて、学業優秀でサークルでも顔が広くて……“完璧すぎて近寄りがたい”って、そういうタイプなのに——すれ違いざま、ふと彼女がこっちを見た。

「こんにちは、飛鳥さん」

 声が、思っていたよりずっと柔らかかった。

「え、あ……こんにちは……」

 ちゃんと挨拶できたか、わたしにはよくわからなかった。でもその一瞬で、わたしの中の“七海さん”という人が、ほんの少し、現実の形を持った気がした。

(かっこいいな……)

 

 * * *

 

 授業の空きコマ、なんとなく人の多いカフェから逃げるように、図書館に来た。誰もいない奥の窓辺、決まってその場所に座って、分厚い本を読むのが好きだった。ページをめくる音だけが、静かに響く。――と思ったら。ふわっと、斜め向かいの席に誰かが座った。

「……あ、飛鳥さん」

 声をかけられて顔を上げると、いたのは、七海さんだった。

(うそ)

 声には出さなかったけど、驚いて心臓が跳ねた。

「ごめんなさい、静かにしますね」

 そう言って、彼女はふわっと微笑んで、バッグから一冊の文庫本を取り出した。

(……小説?)

 表紙には、淡いピンク色の桜と、制服の女の子。タイトルは、ちょっと甘めの青春ラブコメだった。わたしは何も言わずに、視線を戻す。だけど、その本の表紙が頭から離れなかった。

(意外……)

 ちょっとだけ、心が緩んだ。数分後、七海さんが小さく呟いた。

「……飛鳥さん、何読んでるんですか?」

「うん……ちょっと昔の幻想小説。旅とか、自分探しとか……名前を、取り戻す話」

「タイトルだけ知ってます。すごい、分厚い……でも、かっこいいですね」

「七海さんのは?」

「え? あ、これは……ちょっと甘いやつです。恋とか、すれ違いとか……」

 すこし照れたように、視線を伏せる。

「……でも、いいと思います」

「え?」

「恋とか、すれ違いとか。読むのに、理由なんていらないし」

「……」

 そのとき、七海さんがふっと笑った。すごく綺麗な、でもどこか嬉しそうな笑い方で。

「ありがとうございます。飛鳥さんは優しいですね」

「……別に」

 そう返しながら、ちょっとだけ、心があたたかくなった。

 

 * * *

 

 昼休みの図書館は、いつもより少しだけ騒がしかった。わたしはいつもの窓際の席に座って、文庫を開く。けれどページに目を落としても、どうしても隣のテーブルの会話が耳に入ってきた。七海さんと……瑞希、だった。

「だからね、七海ちゃん、スキンケアは“保湿→沈静→保護”の順がいちばんなんだって。気にしてたとこ、たぶん乾燥が原因かも」

「……え?わたし、てっきりオイルが多すぎるのかと……」

「ううん、逆。皮脂が出すぎてるときって、保湿が足りてない証拠らしくて。夜は化粧水→美容液→クリーム、ちゃんと使ってみて」

「……ありがとう。すごく、丁寧に教えてくださって……嬉しいです」

 ページの先を読むふりをしながら、わたしはそっと目線だけ動かす。笑いながら何かを説明している瑞希。頷いて、メモを取っている七海さん。なんだろう。ちょっと、意外だった。瑞希って、なんでも軽々やってる感じで。いつも楽しそうで、でもどこか、無神経そうで。……ちょっと、苦手だった。でも。あの喋り方、目線、手の動き――全部、ほんとうに相手のことを思ってるんだ、って伝わってくる。……ずるいな。そんなふうに人の距離を詰められるの、わたしには、できないのに。本を閉じる音が、ひときわ大きく感じた。そのまま机に肘をついて、目を逸らした。……あんなの、ちょっと反則じゃん。

 

 * * *

 

 放課後。校門を出たところで、七海さんがふわっと声をかけてきた。

「飛鳥さん、もしよかったら、ちょっとだけ寄っていきませんか?駅前のカフェなんですけど」

 すぐ横で、瑞希がにこっと笑う。

「新作のパフェ、たぶん飛鳥ちゃん好きだと思うんだ~。ね、行こ?」

 ……その言い方が、なんかずるい。でも、断る理由も、別にない。

「……うん、ちょっとだけなら」

 小さくうなずくと、瑞希が

「やった♪」

 って声を弾ませた。

 

 * * *

 

 カフェは駅前の路地を入った、ちょっとレトロな雰囲気の店だった。外観だけ見てたら、絶対ひとりじゃ入らない。でも、ふたりと一緒だと、不思議と平気だった。三人で向かい合わせに座って、ストローをくるくる回す。オーダーを済ませたあとも、ふたりは話が途切れなかった。コスメの話、SNSの話、授業の話……なぜかうるさく感じない。七海さんは相変わらずやわらかくて、瑞希は……うん、あざといといえばあざといけど、なんか、憎めない。むしろ、ちょっと面白い。

「わたしね~、チョコ系のパフェ頼むとだいたい途中で飽きちゃうの。だから上だけちょっともらえたら満足なんだよね」

「え、それ……一番おいしいとこだけじゃん」

 思わず笑って返したら、瑞希がウインクしてきた。

「だって、あたし“おいしいとこだけ”食べたいタイプだもん」

 ──この人、ほんと不思議。こんなに人懐っこくて、自分のことオープンに話すのに、どこか本音の“奥”が見えない。でも、それがイヤじゃなかった。

「飛鳥さん」

 七海さんが、静かにこちらを見た。声のトーンがすこしだけ変わっていた。

「このあいだの……あのファンタジー小説のことなんですけど、わたし、ちゃんと読んでみようと思ってるんです」

「……え?」

「飛鳥さんが話してくれたとき、すごく、印象に残って」

 わたしは、スプーンを持ったまま、ほんの少しだけ背筋を伸ばした。

「だから、ちゃんと読みたいなって。それで……もしよければ、またいろいろ教えてもらえたら嬉しいです」

 七海さんの声は、穏やかで、まっすぐだった。いつもの微笑みの奥に、ちゃんと“読もう”としている気配が見えた。

「……うん。わたしでよければ」

 気づいたら、自然にそう言っていた。会話は、瑞希のゆるいボケと突っ込みに移っていく。でも、わたしの心にはまだ、さっきの“お願い”の声が残っていた。軽くなかった。興味本位でもなかった。──この人、ちゃんと“来てくれる”。わたしは、そう思った。

「……で、飛鳥ちゃんはアイスコーヒー派?」

 瑞希が、ストローをくるくるしながら尋ねてきた。

「うん。甘くないのが、すき」

「だよねー!わたしはカフェラテ一択だけど、アイスコーヒー飲んでる子って、なんか……“できる女”って感じ」

「えっ……わたし、ただ苦いのが好きなだけだけど……」

「それがいいの!」

 なんかもう、会話が瑞希のペースに持っていかれる。でも、うるさいって感じじゃない。不思議な温度。ふと、七海さんが笑った。

「ふふ……でも、飛鳥さんって、意外とお茶好きそうですよね」

「……あ、わかる。温かいほうじ茶とか似合う」

「え、どういうイメージなのそれ……」

 思わずツッコんだら、二人が顔を見合わせて、くすっと笑った。……悪くない、この感じ。

「てかさ、七海も飛鳥ちゃんも美人系なのに、話すと親しみやすいってズルくない?」

「えっ……わたしは、全然そんなこと……」

「うん……わたしも、別に……」

「いやいやいや、二人とも〜〜〜っ!」

 瑞希の大げさな身振りに、わたしたちは思わず目を合わせて笑ってしまった。それだけで、なんかちょっと、空気がやわらかくなった気がした。

「……あのさ、飛鳥ちゃん」

 ふいに、瑞希がスマホを取り出して、こっちに画面をちらっと向けてきた。

「これ、連絡先のID。よかったら、交換しない?」

「え……あ、うん。わたしでよければ……」

 どこか緊張しながら、自分のスマホを出す。こういうの、慣れてない。ちょっと手が汗ばんでるの、気づかれてないといいけど。

「やった!あ、七海ちゃんもついでにグループつくっちゃおっか」

「ふふ、いいですね。それならまた、こうして話せますし」

「え、グループ……?」

 ちょっと戸惑ってると、瑞希がにこっと笑った。

「わたしと七海と飛鳥ちゃんの、女子会専用!名前は……とりあえず“カフェ部”とか?」

「……ふふっ、ゆるい感じがいいですね。あとでスタンプも送りあいましょう」

「……うん。なんか、そういうの……いいかも」

 気づけば、自然に笑ってた。スマホの画面に新しくできたグループ名。その小さな文字が、なんだかあたたかく見えた。

 

 * * *

 

 帰り道、ひとりになったとき。この感じ、なんだろう。はじめての感覚じゃない気がする。でも、ずっと忘れてた気がする。──この距離、悪くない。わたしは、そう思った。

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