第92話『旅の終わりと新たな始まり!』
◆◇1. 帰還の道
「空って…こんなに青かったっけ?」
天空の谷を出た一行は、大地の神殿での戦いから三日目の朝を迎えていた。シャドウモアとの決戦を終え、七つの混沌の印を全て守り抜いた彼らの前には、澄み渡る青空が広がっていた。まるで世界そのものが喜んでいるかのように。
フィーナは胸元で輝く《アルティメット・ティア》を見つめた。七つの力が一つになった結晶は、七色の光を穏やかに放っている。もはや危険な気配はなく、ただ温かな力を彼女に与えていた。
「全てが…終わったんだね」
ルークはフィーナを見つめながら言った。
「そうだな…長い旅だった」
「ああ、あっという間だったような、長かったような」
カゼハが伸びをしながら言う。彼の姿は今も風狐族の王子として風格があったが、表情はいつものように屈託がない。
イグニスは静かに頷いた。
「だが、アビスロードの脅威は完全に去ったわけではない。テラの言葉を忘れるな」
「うん…」
フィーナは結晶を握りしめた。
「いつか再び立ち向かう時が来るかもしれない。でも、その時も…きっと乗り越えられる」
山を下る道すがら、四人はこれまでの旅を振り返っていた。最初の出会いから、数々の冒険、困難、そして喜び。全ての経験が彼らを成長させ、絆を深めてきた。
「思えば、最初はみんな別々の目的があったよね」
フィーナが言った。
「私は転生者として自分の居場所を探していた。カゼハは自由を求めて旅してた。ルークは…」
「過去の贖罪のためだったな」
ルークが珍しく素直に答えた。彼の視線がフィーナに向けられる。「だが今は…別の理由もある」
「そして俺は精霊王としての責務を果たすため」
イグニスが続けた。
「ばらばらだったのに、今は…」
「仲間だ」
カゼハが笑顔で言った。
「いや、もはや家族みたいなものだな」
フィーナの目に涙が浮かんだ。
「うん…家族だね」
ルークはそっとフィーナの肩に手を置いた。言葉はなかったが、その温もりが全てを語っていた。
◆◇2. それぞれの選択
平地に戻った一行は、これからの道について話し合っていた。シャドウモアを倒し、七つの混沌の印を守った今、彼らにはそれぞれの道があった。
「俺は…風狐族の王として、天空の神殿に戻らなければならない」
カゼハが言った。その表情には覚悟が見えた。
「エアリエルとの契約を完全なものにする時が来たんだ」
「カゼハ…」
フィーナが悲しそうに呟いた。
「泣くなよ」
カゼハは彼女の頭を優しく撫でた。
「俺たちはずっと繋がっているさ。何か危機があれば、すぐに駆けつける」
「そうだろうな」
ルークが小さく笑った。
「お前は相変わらず騒がしいやつだ」
「なんだと!?」
カゼハが反論する様子はいつもと変わらず、一同は笑った。
イグニスは炎の神殿への帰還を告げた。
「私もまた、炎の精霊王としての責務がある。神殿を守り、炎の力の均衡を保たねばならない」
「そうだよね…」
フィーナはうなずいた。
「みんな、それぞれの場所があるんだもの」
「ルークは?」
カゼハが尋ねた。
ルークはフィーナに視線を向け、静かに言った。
「俺は…まだ決めていない」
その言葉に、フィーナは少し驚いた表情を見せた。いつも決断が早いルークが迷っているのは珍しかった。
最後に、全員の目がフィーナに向けられた。
「フィーナは…どうするんだ?」
彼女は《アルティメット・ティア》を見つめながら答えた。
「私は…この結晶を守らなきゃいけない。でも、どこに行けばいいのかはまだわからない」
「それなら、提案がある」
イグニスが言った。
「七人の精霊王が集まり、話し合った結果だ」
「何?」
「中央の湖に新たな神殿を作る。調和の神殿と呼ばれるものだ。そこで《アルティメット・ティア》を守り、もしもの時に備える。その神殿の守護者として…フィーナ、あなたに任せたい」
「私が…神殿の守護者に?」
フィーナは驚いた表情をした。
「あなたは調和の勇者だ。七つの力を一つにし、世界を救った英雄。その任に相応しい」
フィーナは深く考え込んだ。前世では普通の会社員だった彼女が、この世界では調和の勇者として神殿の守護者になるなど、想像もしていなかった。
「受け入れるよ」
彼女は決意を固めた。
「《アルティメット・ティア》を守り、世界の平和のために力を尽くす」
ルークは何かを言いかけて止まり、遠くを見つめた。
四人は互いを見つめ、静かにうなずき合った。それぞれの道を選び、新たな未来へと歩み出す決意をした瞬間だった。
◆◇3. 心の声
夜、一行は最後の野営をしていた。カゼハとイグニスはすでに眠りについている。フィーナは一人、湖のほとりで月を見つめていた。
「眠れないのか?」
背後から声がした。振り返ると、ルークが立っていた。
「うん…色々考えちゃって」
フィーナは小さく笑った。
「ルークこそ、どうして起きてるの?」
ルークは黙って彼女の隣に座った。月光が彼の横顔を照らし、いつもより柔らかな表情に見えた。
「フィーナ」
彼は静かに名前を呼んだ。
「お前は本当に調和の神殿に行きたいのか?」
「え?」
彼女は驚いた。
「それは…使命だから」
「俺が聞いているのは、お前の気持ちだ」
ルークはまっすぐ彼女を見つめた。
「使命ではなく、願い」
フィーナは胸の内を探るように、《アルティメット・ティア》に手を当てた。
「私は…みんなの役に立ちたい。でも…」
「でも?」
「一人は…寂しいな」
声が小さくなった。
「この旅で初めて、家族のような絆を感じたから」
ルークはしばらく黙っていたが、やがて決意を固めたように言った。
「俺も悩んでいた。これからどうするべきか」
「ルークは薬師として旅を続けるんじゃないの?」
「そのつもりだった」
彼は月を見上げた。
「だが、ある思いに気づいてしまった」
「思い?」
「お前がいないと、何も意味がないという思い」
フィーナは息を呑んだ。彼の言葉に、心臓が早くなるのを感じた。
「ルーク…」
「旅の始まりでは、お前を守るのは使命だと思っていた。だが今は…」
彼は言葉を探すように間を置いた。
「お前と共にいることが、俺の願いになった」
フィーナの頬が熱くなった。ルークがこれほど素直に感情を語るのは初めてだった。
「私も…」
彼女は勇気を出して言った。
「ルークと一緒にいたい」
二人の間に、静かな理解が広がった。月光の下、彼らは言葉なく見つめ合った。
ルークはゆっくりと手を伸ばし、フィーナの頬に触れた。
「調和の神殿に、俺も行く」
「え?でも、薬師としての旅は?」
「神殿を拠点に旅をすればいい」
彼は微笑んだ。
「調和の勇者には、薬師が必要だろう」
フィーナは涙をこらえきれず、ルークの胸に顔を埋めた。
「ありがとう…一人じゃないんだね」
ルークは彼女を優しく抱きしめ、頭に軽くキスをした。
「もう一人にはさせない」
月の光の下、二人の影が一つになった。
◆◇4. 別れと出発
数日後、彼らは別れの時を迎えていた。中央の湖へと向かう道の分かれ道で、四人は円になって立っていた。
「ここからは、それぞれの道だな」
イグニスが言った。
「ああ」
カゼハがうなずく。
「だが、また会える日が来るだろう」
「当然だ!」
カゼハが笑った。
「オレ様は忘れないぜ、この旅のことも、お前らのことも」
フィーナは笑顔を見せた。
「みんな…本当にありがとう。一人じゃ何もできなかった。みんながいたから、ここまで来られたんだ」
「フィーナ」
カゼハが彼女の前に立った。
「風狐族の王として言わせてもらうぜ。お前は最高の勇者だった。誇りに思うよ」
「カゼハ…」
「エアリエルもそう言ってた。"彼女には特別な運命がある"ってな」
カゼハはルークに視線を向け、意味深な笑みを浮かべた。「勇者を幸せにしろよ」
ルークは何も言わず、頷いた。
イグニスもフィーナに向き合った。
「炎の精霊王として約束しよう。いつでも力を貸す。何かあれば、炎の力で応える」
彼らは最後に、手を重ね合わせた。《アルティメット・ティア》が七色の光を放ち、彼らの絆を祝福するかのように輝いた。
「これで…お別れじゃない」
フィーナが言った。
「また会おう、約束だよ」
「ああ、約束だ」
カゼハは風の力を操り、空へと舞い上がった。
「じゃあな!調和の勇者!また会う日まで!」
緑色の風に包まれた彼の姿は、天空へと消えていった。
イグニスは炎の力で体を包み、フィーナとルークに最後の敬礼をした。
「さらばだ、二人とも。幸あれ」
赤い光となった彼の姿も、東の方角へと消えていった。
残されたフィーナとルークは、互いに見つめ合った。
「行こうか」
ルークは彼女に手を差し出した。
「うん」
フィーナはその手を取り、二人は中央の湖へと歩き始めた。
◆◇5. 調和の神殿
一月後、中央の湖に新たな建造物が完成した。七人の精霊王の力と、世界中の技術者たちの協力によって建てられた「調和の神殿」。
神殿は湖面に浮かぶ小島の上に立ち、七色の水晶でできた塔が空に向かって伸びていた。内部は七つの部屋に分かれ、それぞれが混沌の印を象徴するように装飾されている。
中央の広間には、《アルティメット・ティア》を安置する台座があった。フィーナはそこで結晶と対話し、世界の均衡を見守っていた。ルークは神殿の一角に薬草園と研究室を設け、新たな治療法の開発に取り組んでいた。
二人は共に神殿を守り、訪れる人々を迎え入れた。フィーナは調和の勇者として導きを与え、ルークは薬師として傷や病を癒した。
「フィーナ、戻ったぞ」
ルークが薬草を抱えて広間に入ってきた。彼は近隣の村での治療を終えたところだった。
「おかえり、ルーク!」
フィーナは台座から立ち上がり、彼に駆け寄った。「治療は上手くいった?」
「ああ、無事に済んだ」
ルークは薬草を置くと、フィーナの頬に優しくキスをした。「心配をかけたな」
二人の関係は日に日に深まり、神殿に住む者たちは皆、彼らの絆を温かく見守っていた。ルークはかつてのような冷たさを失い、フィーナと共にいる時は優しい笑顔を見せるようになっていた。
ある日、フィーナは神殿の屋上から夕焼けを眺めていた。
(みんな、元気にしてるかな)
風が彼女の頬を撫で、遠くから懐かしい声が聞こえてきたような気がした。
「フィーナ…」
「カゼハ?」
彼女は空を見上げた。風の中に、かすかにカゼハの姿が見える。
「やっぱり繋がってるな、オレたち」
風の声がくすりと笑った。
「元気か?ルークと上手くやってるか?」
「うん、元気だよ」
フィーナは嬉しそうに答えた。
「ルークはとても優しくて…幸せだよ」
「そっか、良かった」
カゼハの声には安堵が混じっていた。
「オレも、エアリエルとの契約も完全になった。天空の神殿はすごく平和だよ」
「そっか、よかった」
「イグニスからも連絡があったぜ。炎の神殿も順調らしい」
フィーナは笑った。
「みんな元気で何より」
「フィーナ」
カゼハの声が真剣になった。
「幸せにしてもらってるか?あいつに」
「うん、とても」
彼女は頬を赤らめた。
「ルークは言葉では表現しないけど、いつも側にいてくれるの」
「そうか…」
風の中のカゼハが微笑んだ。
「また会いに来るぜ。実際に」
「うん、待ってるよ」
風は去り、フィーナは再び夕焼けを見つめた。
「誰と話していた?」
背後からルークの声がした。
「カゼハ」
フィーナは振り返り、ルークに抱きついた。
「風に乗って会いに来てくれたの」
ルークは彼女を優しく抱きしめ返した。
「そうか…あいつらしいな」
「この世界に転生して、本当によかった」
フィーナは呟いた。「ルークに出会えたから」
ルークは静かに彼女の頭を撫でた。
「俺もだ」
◆◇6. 新たな絆
三年後。
調和の神殿は世界中から訪れる人々で賑わっていた。平和な時代が続き、人々は混沌の印とアビスロードの物語を神話のように語り継ぐようになっていた。
神殿の庭で、フィーナとルークは訪れた子供たちに囲まれていた。
「調和の勇者様!薬師様!お話を聞かせてください!」
幼い子供たちが興奮した様子で駆け寄ってきた。
「いいわよ」
フィーナは優しく微笑んだ。
「今日はどんなお話がいい?」
「勇者様と薬師様の恋物語!」
子供の一人が無邪気に言った。
ルークは軽く咳払いをして顔を赤らめた。フィーナは楽しそうに笑った。
「じゃあ、始めましょうか」
フィーナは子供たちを囲み、《アルティメット・ティア》を手に取った。「むかしむかし、ある世界に七つの混沌の印があったの…そして私と、頑固だけど心優しい薬師が出会ったんだよ」
ルークはそんな彼女を優しく見つめていた。彼の腰には薬師の鞄の他に、一本の剣が下がっていた。もはや彼は薬師だけでなく、調和の神殿の守護者としても名を馳せていた。
語り終えると、子供たちは目を輝かせて質問を浴びせた。
「勇者様とルーク様は、いつ結婚するの?」
一人の少女が無邪気に尋ねた。
フィーナとルークは顔を見合わせ、照れた笑顔を浮かべた。
「それはね…」
フィーナが言いかけたとき、神殿の鐘が鳴り響いた。
「特別な日だからな」
ルークは立ち上がり、フィーナに手を差し出した。
「特別な…?」
神殿の広間に行くと、見慣れた姿が待っていた。
イグニスが堂々とした姿で立っていた。炎の精霊王の姿は変わらないが、より威厳が増していた。
「イグニス!」
そして風が舞い込み、カゼハの姿が現れた。彼は立派な衣装を身につけ、五本の尻尾が風に揺れていた。
「フィーナ!ルーク!久しぶり!」
カゼハは大きく手を振った。
「三年ぶりか?」
「カゼハ!」
フィーナは嬉しさのあまり涙を抑えきれなかった。
「みんな…どうして今日?」
「忘れたのか?」
イグニスが言った。
「今日は《アルティメット・ティア》が完成した日だ。我々が世界を救った記念日」
「そうだった……」
フィーナは顔を赤らめた。
「だけど、今日はもう一つ特別な日でもある」
ルークが静かに言った。彼はフィーナの前に立ち、ポケットから小さな箱を取り出した。
「ルーク…?」
フィーナは息を呑んだ。
ルークは箱を開け、七色に輝く指輪を取り出した。《アルティメット・ティア》の力を封じ込めた特別な指輪だった。
「フィーナ」
ルークは片膝をついた。
「俺と共に、永遠に歩んでくれないか」
神殿に集まった人々が息を呑む中、フィーナの目から涙があふれた。
「うん…!」
彼女は頷き、ルークの首に飛びついた。
「もちろん!ルーク、大好き!」
カゼハは大きく口笛を吹き、イグニスは優雅に拍手をした。
その日、調和の神殿では特別な婚約の祝賀会が開かれた。七人の精霊王も集まり、調和の勇者と薬師の永遠の絆を祝福した。
夜、神殿の屋上で新たに婚約した二人と元の仲間たちは星空を見上げていた。
「こうして会えるなんて…嬉しい」
フィーナが言った。彼女の指には七色に輝く指輪がはめられていた。
「俺たちはずっと繋がっている」
カゼハが答えた。
「距離は関係ない」
「ああ」
イグニスも頷いた。
「精霊王の力と《アルティメット・ティア》が世界を守る限り、我々の絆も続く」
「アビスロードの脅威が再び訪れる日も」
ルークがフィーナの手を握りながら言った。
「その時は、また集まるだろう。そして共に戦う」
「うん」
フィーナは《アルティメット・ティア》と指輪を見つめた。
「でも、その時はもっと強くなってるはず。私も、ルークも、みんなも、世界も」
七色に輝く結晶と指輪が、四人の決意を祝福するように光を放った。
フィーナはルークの胸に頭を寄せた。
「こんな幸せな未来が待っているなんて、転生した時は思ってもみなかった」
ルークは彼女を抱きしめ、優しく囁いた。
「これからも、ずっと共にいよう」
未来は光に満ちていた。そして二人の絆は、永遠に輝き続けるだろう。
◆◇完
*〜伝説の薬草、食べられたくないので逃げます!〜*




