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王女の従者  作者:
4/27

第4話 製紙産業

 姉ちゃんからのメールを受信して、約一週間が過ぎたころだった。あれ以来スマホの充電は十分にしてあった。そう効果もあって、再び姉ちゃんからメールが届いた。その内容はやはり俺を心配するものだった。そこで俺はあの時すぐに送れるように用意していたメールを急いで送った。そのメールには俺が異世界に飛ばされたこと帰るにはまだ時間がかかること、また、ソフィアの従者となったことなどを書いた。それにこっち来てから撮りまくった写真を添付しておいた。これで姉ちゃんも安心できるだろうと思った。

 それからしばらくたってまた再び姉ちゃんからのメールを受信した。そのメールには俺の無事を喜んでいるものと異世界にいることの驚きなどだった。そして、早く帰ってくることを望んでくれた。俺はそのメールを読んでなんだか肩の荷が下りたような気がした。

「姉ちゃん、さすがだな、文面からして、俺の話を信じてくれたらしい」

 姉ちゃんは昔からそうだった。どんなことがあっても俺のことを信じてくれた。でも、俺の嘘はそれこそどんなことがあっても見抜いたけど、どうやら姉ちゃんはメールからも俺のことを信じてくれたようだった。

 そんなこんなでようやく俺にもなんとなく余裕が出て来た。それによりより一層詩織も屋について調べることができるし、ソフィアの従者として集中できるというものだった。


 そんなある日、俺はあれるからとんでもないことを聞かされた。

「な、なんだってー! そ、それほんとか?」

「あ、ああ、っていうかなんで知らないんだ。これぐらい子供だって知ってることだぜ」

「う、まぁ、いろいろあるんだよ」

 俺がアレルに聞かされたことは紙の値段だった。どうやらこの世界の紙は一枚で貧しい平民なら二日は食べていけるほどの値段らしい。俺は読み書きの勉強の際何気なくソフィアに渡されて使っていたものだったから、その値段なんて気にもしていなかった。

 まさか、そんなに高価なものだったとはつゆにも思わなかった。

 なぜ、俺が突然アレルにこんなことを聞いたかというと、俺が何気なく読み書きの勉強で紙にさんざん書いているという話をしたところアレルが、王族は違うなという感想を漏らしたことに始まる。

「お、お前、まさか、知らなかったのか?」

「あ、ああ、知らなかった、まさかな」

 そう、俺はこの世界の人間じゃないし何より日本では紙なんてすぐに手に入るから同じ感覚でいた。

 そう言えば確かにこの世界の紙やたらと丈夫なものだと思った。


 その日俺はすぐにソフィアに紙のことを尋ねた。

「ソフィア、なんで言わなかったんだ」

「何がですか?」

 ソフィアは突然の俺の質問に戸惑っていた。

「紙のことだよ、今、アレルに聞いたら、紙ってめちゃくちゃ高価なものだっていううじゃないか」

「ええ、確かに、高価なものですが」

 ソフィアはさも当然とばかりに言った。

 そこで俺は気が付いた。そう言えば俺は日本で手に入る紙のことを話したことなかった。ソフィアにして見れば紙が高価なものなのは当たり前だったのだ。

「そ、そうか、ごめん、言ってなかったからそうなるよな」

「どういうことですか?」

「ああ、実はな、俺の世界では紙っていうのは高いものは確かに高いけど、安い紙だったら、子供でも余裕で買える代物なんだ」

「子供でもですか?」

 ソフィアはさらにわからないって顔をしていた。

「ああ、俺の九にはそれなりに裕福だから子供も小遣いを親からもらってるからな」

「なるほど、そう言うことですか」

「まぁな、でも、まさか、こんなに高いものだとは思わなかったよ」

「私も話しておけばよかったですね。申し訳ありません」

「いやぁ、ソフィアが謝ることじゃないよ。とはいえどうしたものかな、昔、学校の授業で作ったこともあるっていうのになぁ」

「紙をですか?」

「ああ……って、そうか、作ればいいんだ」

 俺はそこで気が付いた。なければ作ればいい、確か作り方は以前テレビで見たこともある。うろ覚えだができないことはないと思う。なぜならこの世界にはその材料があった。

 以前ソフィアと城内の馬小屋に行ったときに餌として使われたり、馬の下に敷かれたりしていた。藁を使えば問題ないだろう、あとは見ずだが、この国は水が豊富で城内にもあちこちに井戸があり、それを使えばいいということだ。

 というわけで俺は早速祖の準備をしようと考えた。

「なぁ、ソフィア」

「は、はい、なんでしょうか?」

「ああ、紙を作ろうと思うんだ」

「か、紙をですか?」

 ソフィアはよくわからないという感じだった。

「ああ、子供のころに作ったことがあるんだ」

「まぁ、そんなことを、あなたの国は本当にすごいのですね」

「そうかな、ああ、そうか、この世界には羊皮紙しかないってことは俺が作ろうとしている紙なんてないもんな」

「えっ、違うものを作ろうとされているのですか?」

「まぁね、植物から作るんだ」

「植物から、ですか……ですが、どうやって作るのですか?」

 ソフィアはさも当然と言わんばかりに俺に尋ねてきた。

「まぁ、俺も詳しくはわからないんだ、前に見たことがあって、作ったのも昔に一回だけで、でも、何とかなると思う、というわけで俺今からアレルに協力を頼みたいと思うんだけど、いいか」

「ええ、それは構いませんよ、この後は特に予定などはありませんから……そうですね。少し早いですが、もう休むことにしましょう」

 ソフィアがそう言ってくれたので俺はソフィアの就寝の手伝いをしてからソフィアの資質を出て行った。

「それでは、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 それから俺はすぐにまだ食堂で酒でも飲んでいるだろうアレルのものとへと走った。


「アレル!」

 アレルは予想通り酒を飲んでいた。

「おう、なんだ、ユキじゃないか、どうした、珍しいな」

「ああ、ちょっと、アレルに頼みたいことがあってな、姫様も休まれたからこれたんだけど」

「へぇ、けっこう早いんだな、姫様は」

「いや、いつもはもう少し起きてるんだが、今日は俺がアレルに頼みたいことがあるって話したら早くに休むって言ってくれてな」

「なるほどね、それで、頼みって何だ」

 アレルは少し感心したようにしながらもそう聞いてきた。

「ああ、実はな、さっきお前、紙は高いって話をしただろ」

「ああ、あれか、そうだ、あれは職人が一枚一枚丁寧に剥いで加工するからな、その分高価なんだ」

「うん、それで、一つ思いついたんだが、その紙を俺が違う方法で作ろうと思うんだ」

「作るだと、しかも違う方法で!」

 アレルはかなり大きい声で驚愕した。どうやら一気に酔いもさめたようだった。

「ああ、俺の知っている方法でな、ていうか逆に俺はこの方法しか知らなかったからな」

「そ、そんな方法があるのか」

 アレルはさすがに工房の職人興味が出たようだ。

「そうだ、そのために準備をしたい、手伝ってくれるか?」

「もちろんだ、俺とお前の仲だろ」

「悪いな」

「っで、何をすればいい」

「ああ、そうだな、まずは、材料の確保だ。今までの紙っていうのは動物の皮だろ、俺の場合は植物を使う」

「植物だと、それってもしかして、昔あった木簡じゃないだろうな」

「いや、それじゃねぇ、使うのは木じゃないからな、使うのは藁だ」

「藁!!」

「そうだ、そいつを手に入れるにはどうすればいい」

「……そうだな、藁は、おい、デリフ、お前のとこで藁余ってないか」

 アレルが突然遠くにいた一人の痩せた男に声をかけた。

「藁、あるけど、何するんだ」

「まぁ、いいじゃねぇか、それで、分けてくれるか」

「ああ、いいぜ、あとで親方に聞くけど、たぶん大丈夫だろう、それで、どのくらいいるんだ」

 デリフの疑問に俺が答えた。

「そうだな、施策ということを考えると、とりあえず、桶いっぱいか樽いっぱいあれば十分だろう」

「なんだ、それだけでいいのか、だったら、俺の独断でやれるぜ」

「お、マジかそれは助かる」

 こうして俺はそのあとの指示を出して後の準備はプロのアレルに託した。


 アレルによると準備に一日かかるということで、作業は明後日におこなうことにした。ちょうどその日はソフィアも仕事がないのでその日を休みにしてもらえばいいと思った。

「というわけで、明日、紙を試作しようと思うんだ。だから、明日は従者を休ませてもらいたい」

「明日ですか? そうですね……あっ、だったら、私もいいですか?」

 俺は一瞬何が何だかわからなかった。

「何がだ」

「はい、ですから、紙を作るところを見てみたいのです」

「い、いや、しかしなぁ」

 俺は渋った。

「ユキ殿が行おうとしているものは新しい製紙技術です。もし、成功すればそれは我が国の製品となります。それを視察することは王族としての義務ではありませんか?」

 ソフィアは孫吾取って付けたようなことを言いだした。

「ま、まぁ、そうかもしれないけど、でも、うまくいく保証はないぞ、それにできるのはたぶんゴミ当然のものだと思うけどな」

「最初というものはそう言うものです。何度か作れば技術力が上がりいずれは我が国の力となるでしょう」

 そんなことを言われたら俺に断る理由にはならかった。

「それに、そうなれば明日は休む必要もなくなりますよ」

 その一言に俺は首を縦に振るしかなかった。なぜなら明日休むということは明日の分の給料がもらえなくなるということでもあったからだ。

「わ、わかった、それじゃ、ちょっとアレルに伝えてくる」

「ええ、お願いしますね」

 こうして俺は朝っぱらから工房に向かった。


「というわけで、明日やろうと思うんだけど、姫様も来るらしい」

「そうか、わかっ……って、な、なに、もう一度言ってくれ」

「あん、だから、明日やるって」

「いや、そうじゃなくて、そのあとだ」

「あと、ああ、姫様も見に来るらしい、新しい紙の製造はゆくゆくこの国の技術になるかもしれないから王族として視察に行くってもっともらしいこと言ってたけど」

「おいおいおいおい、マジかよ」

 突然アレルが慌てだした。

「どうしたんだ」

 俺が尋ねるとアレルはあきれたように答えたが、声量が大きかった。

「あ、あのな、ここはいくら城内だって言っても平民用の備品なんかを整備したりする場所なんだ。一応貴族の管理となってはいるが、その貴族だって下級なんだ。それにその貴族ですら、ここに来たことは一度もない。そんな場所に姫様が来るなんてありえないことだぜ。というかむしろ王族はこんな場所の存在すら知らないだろうよ」

「自分の家なのにか」

「そうだ」

 俺は少し唖然とした。自分の家なのに把握できていない場所があるって、それでいいのかと思った。

「へぇ、知らなかったよ」

「お前さ、時々常識ないよな」

「うるせぇ」

 それから俺たちは明日の打ち合わせをして別れた。


 次の日俺は朝からソフィアを連れて工房に向かっていた。

「へぇ、ここですか?」

「ああ、まさか、ソフィアもここ知らなかったとはな」

「すみません、このような場所があるなんて聞いたことがありませんでしたから」

「まぁ、確かに、王族には必要のない情報だよな」

 俺は少しあきらめたようにつぶやいた。

「さて、ついたぞって、なんだこれ」

 俺が唖然と見つめる先には明らかな貴族然とした中年の男と執事らしき人が隣に立ち、その後ろにアレルたち工房の職人が立っていた。

あたりは歓迎ムード一色だった。

「これは、これは、ようこそ、ソフィア様、お待ちしておりました」

 貴族の男は何やら手を大きく広げてソフィアを歓迎しているようだった。

「私は、この平民区を管理し、ベルマルの地と男爵の地位をたまわっております。カルム・ドゥ・ベルマルと申します、ソフィア様にお会いできたことを光栄に存じます」

 ベルマルは恭しく頭を下げた。

「そうですか、ベルマル卿、突然の訪問、申し訳ありません」

「い、いえ、このようなところへのご訪問、心苦しい限りです」

 ベルマルはそう言ってさらに頭を下げた。なんだか大変なことになったような気がしてきた。この空気でぼろぼろの紙を作るなんてできるのか、俺はと自分に思わず問いただしたくなる状況だった。

 そんな俺はソフィアとベルマルが離している隙にアレルに近づき尋ねた。

「お、おい、アレル、これはどういうことだ」

「姫様が来るって工房長に話したら、どういうわけかあの貴族が聞きつけたらしくてな、今朝、突然現れたんだ。大方、これで姫様に覚えてもらおうとでも思ってるんだろ」

「よくあることか、それで、準備のほうは?」

「完璧だ、昨日一日かけて工房の全員でやったからな」

「そうか、それじゃ、そろそろ始めるか」

「そうだな」

 俺はアレルから離れて再びソフィアの下へと戻った。

「ユキ殿」

「そろそろ始める」

 俺とソフィアは声を潜めて話していた。それをベルマルが不思議そうに見ていた。

「ソフィア様、その者は?」

「ええ、この者は、私の従者をしていただいているものです」

「ほぉ、ソフィア様の従者ですか」

 ベルマルは俺のことを目踏みするように見てきた。

「さて、ベルマル卿あなたとのお話は、興に乗って来たところですか、そろそろ、新しい技術を見てみたいのですが?」

「おお、これは、申し訳ありません、工房長、早速はじめるんだ」

「はっ、かしこまりました、では、アレル」

「へぃ、了解しました」

「えー、姫様」

 アレルがそう言いだしたところでソフィアが割って入った。

「あら、あなたがアレル殿ですか?」

「えっ、あ、はい、そうですが、なぜ、俺の名を……」

 アレルは突然ソフィアから自分の名前を聞かされてかなり動揺していた。

「ええ、ユキ殿からよくお話を聞いていますから、今日のこともずいぶんと協力をしていただいたようですね」

「こ、光栄です」

 アレルが珍しく緊張していた。こんなアレルなんて見たことないからなんだか新鮮だった。

「とにかく始めるか」

「あ、ああ、そうだな」

「それでは、始めます。この技術はこの姫様の従者である、ユキ指導で行います」

 アレルがそう宣言した。

 俺はすぐに前へ出て作業の指示を始めた。

「まずは、藁束を灰汁で煮る、これは大体、一・二時間程度でいい」

「今日は念のために二時間煮込んである」

 続いてアレルが今日の煮込んだ時間を告げた。

「次は、こいつを水で洗う」

「ユキ殿」

 そこへソフィアから質問が来た。

「灰汁というのは何ですか、それに水ではだめなのでしょうか?」

「灰汁は、まきなどを燃やした後に残る灰を煮て祖の上澄みのことで、水でないのはまぁ、俺もよくはわからないが、この方が藁が柔らかくなるからだろう、固いままだと紙にはできない」

「なるほど、灰汁というものにはそのような作用があるのですね」

「そうらしい、たぶん酸性溶液何だろうと思うけど」

 俺がそう言うと周りの人間全員がぽかんとした。しまった、この世界には科学がほとんどない、だから、酸性という言葉もないんだろう、そこで俺は言い換えた。

「まぁ、要は、ものを溶かす作用があるってことだ。と言っても灰汁じゃ、大した作用はないだろうけど」

「そ、そうなのですか」

 少し不安そうだった。

「まぁ、このくらいならもし手なんかについても水で洗えば問題ない」

 その言葉に少し不安が解消されたようだった。

「それじゃ、次行く、次は、さっきも言った通り水で灰汁を洗い流す。それから、この柔らかくなった藁を細かく刻んで」

 俺がそう言うとアレルとその以下の職人たちが包丁片手に次々に藁を細かくしていった。

 それを確認した俺はさらに話を進めた。

「これはかなり細かくする必要があるんだ。この時藁が大きければまともな紙にはならない」

 俺がそう言うとさらに細かくされていった。日本であればミキサーで一発なんだがここにそんなものはないからな、手作業でけっこう大変だ。しかし、時間はかかったが何とか細かくできた。

「さて、それじゃ、できたらそれをたらいに大量の水と一緒にいれ、よくかき混ぜる」

 俺はそう言いながら樽の中に櫛状の道具を使ってよくかき混ぜた。

「それは、どういう意味があるですか?」

 またソフィアが質問をしてきた。

「こうすることで藁の繊維がさらに細かくなる、そうすることに意味があるんだ」

 ある程度混ぜたところでようやく繊維がばらけたようだった。そこで、俺はまた事前に作ってもらっていた。名前は忘れたが、紙をすくざるっポイ奴を取り出した。アレルに聞いた話によるとこの国にはこういったざるはなくどうやって作ったものかと苦労したらしい。でも、祖のおかげでかなりいいものができたようだった。

「あとはこいつをこの中にいれて中の繊維を掬い上げる。それで、なるべく薄くなるように調整して、木枠を外す、そのまま感想させれば出来上がりってわけだ」

「感想にはどのくらいかかるのですか?」

「まぁ、その日の天候とかにもよるだろうし、わからないけど、そんなにはかからないんじゃないかな」

「そうですか。それでは出来上がるのを楽しみにしておきましょう」

「ああ、そうしてくれ」

 俺がソフィアにそう話していると、工房長が俺に尋ねてきた。

「さっきから、気になっていたんだが、従者殿」

「何か?」

「いや、従者殿はずいぶんと姫様に対して砕けているので気になってしまいましてな」

「あっ」

 俺はしまったと思った。基本的に人前では俺はソフィアのことは姫様と呼ぶし敬語を使っていた。でも今、俺は確かにいつものように話していた。俺がやばいと思っているとソフィアがすかさず言った。

「私が、許可を出したのです、私は普段多くの方から敬語などを使われています。常にそばにいる従者にも使われると私も疲れてしまいますから」

「そ、そうでしたか、いや、申し訳ありません」

「いえ、気になさらないでください、一応人前では使わないように言ってあったのですが、ついの、ことでしょう」

 ソフィアのフォローに俺は感謝して、ほっと、胸をなでおろしていた。

 その後俺たちは感想を待ちながら昼の軽食を食べ、その席をともにした工房長やアレルはたぶん何を食べたのかも覚えていないだろうと思えるほど緊張しまくっていた。


 ちなみにだが、最初にいたこの平民区を管理している貴族たしか、ベルマル男爵だったか、あの人はいつの間にかいなくなっていた。聞くところによると作業が始まってすぐ仕事があるということで帰ったらしい。たぶんソフィアに自己紹介をして名前を憶えてもらうのが目的だったんだろうと思う。しかし、のちにソフィアにベルマルの話を聞いてみたら、まったく覚えていなかった、それどころかそんな人いたかという反応をしていた。

 俺は心の中で昔いた芸人よろしく「残念」と叫んだ。まぁ、そう言う俺もすぐに名前を忘れたから、残念男爵というようになった。

 それからしばらくしてようやく紙の乾燥が終わった。

 実はこの乾燥には、アレルが頑張ってくれた。なんでもソフィアの手前いいところを見せたいとのことだった。

 アレルがどうやって乾燥をしてくれたのかというと、それは魔法だった。

この世界では魔法が使えるものが貴族で魔法を使えないものが平民というのが 常識だ。それでは、平民のアレルがなぜ魔法を使うのか、その場にいた誰もが知っていたため不思議には思わなかったが、説明しておこう。これは以前アレルから聞かされたことだが、実はアレルは根っからの平民ではなかった。アレルの八代前までは貴族だった。しかし、八代前の先祖は禁忌とされている魔法を使用したため貴族の地位をはく奪された。こういったことは結構あって平民の中にはアレルのように魔法を使えるものもごくたまにいる。と言ってもアレルのように使いこなせるものはいない、なぜなら平民となった貴族は基本的に魔法は使わなくなるからだ。まぁ、犯罪などに走る者たちは遠慮なく使うがそうじゃない者たちは子供に魔法を伝えない。だから、基本的には使えない。しかしアレルの先祖はせっかく使えるんだからと子供に伝えていた。そのため、アレルも魔法を使える。

それじゃ、どうやって乾燥をさせたかというと俺が熱風を使えばすぐ乾くと教えるとアレルは魔法を駆使してドライヤーと同じ効果を出す魔法を使いだしたのだ。

 こうして乾燥した紙を俺は手に取った。するとそれは見事に手作り感あふれたものの紙としては使えるものとなっていた。

「見ろよ、アレル」

 俺はそれをアレルに手渡した。

「こ、これが、紙か?」

「ああ、わら半紙っていうものだ。と言ってもかなり雑なものだがな」

「それでも、すげぇな、こんなものができるなんて思わなかったぜ」

 俺はできた紙をソフィアにも見せてみた。

「どうだ」

「ええ、これは、すごいですね、確かに、紙です。このような方法で作ることができるのですね」

「ああ、まぁ、これは最初だから雑だけど、この紙漉きをうまくできるようになればもっときれいな紙ができる。それに、これは、少し茶色がかっているけど、藁を漂白すれば真っ白な紙だって作れる。それに、今回は藁を使ったけど、似たような植物ならどれでも作れるはずだよ」

「そ、そうなのですか?」

 ソフィアは感心していた。それから少し考えていった。

「そうですね、では、アレル殿」

「は、はい」

 アレルは突然ソフィアに呼ばれてびっくりしていた。

「あなたには今後も紙の制作を担当していただきたいのですがよろしいでしょうか」

「お、俺がですが?」

 さすがのアレルも驚愕していた。

「ええ、あなたのことはユキ殿から聞き及んでいます。あなたの技術の高さと先ほどの魔法の腕、実に見事でした」

「あ、ありがとうございます」

「とはいえ、私にはそれを決める権限はありません、そこで、工房長殿」

「はっ、はい」

「いかがでしょうか?」

「はい、もちろん構いません、確かにアレルの腕ならば必ずや成功させましょう」

「ええ、ではよろしくお願いいたします」

「謹んでお受けいたします」

 こうしてアレルは製紙技術の開発と研究を続けることとなった。


 あれからしばらくたって、工房長の計らいでアレルにも部下ができたらしい、見習いだったアレルが突然の大出世に戸惑いながらも、気合十分に研究を続けていた。

 そのせいもあってか、ついにアレルは紙の開発に成功した。俺はその紙を見た瞬間まさに、紙だと思い戦慄が走った。俺がうろ覚えで伝えた製紙技術をよくもここまで作り上げたと、本気で感心した。

「さすがだな、アレル」

「なに、お前のおかげだよ」

 アレルが作り上げた紙は真っ白で日本でもよく売られているような品質になっていた。

 どうやらアレルは俺が漂白すれば白い紙になるって話を覚えていたらしく、漂白方法も研究していたようだ。

 そして、その紙を見たソフィアは俺以上に感心して、早速国王に見せるといいだして、アレルを困惑させていた。

 と言ってもそれを聞くソフィアではなく、すぐさま国王に見せに行ったようだ。そのためにアレルは突然国王に謁見を許されて、本気でパニックになっていた。俺はそれを見てなんだかおもしろく陰で笑ったものだ。

 そして、国王の許しが出て、紙はアレル主導の元、新たなトリタニア王国の産業として始まったのだった。

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