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19話: 善性の死、魔王の産声

「あ……が、はぁっ……!」


ガンドの巨大な拳が、割り込んだ獣人の少年の脇腹を抉りました。バキバキと肋骨が砕ける鈍い音が響き、少年は糸の切れた人形のように石畳を転がります。


「トト君と同じだ……また、僕のせいで……っ!」


レンは血を吐いて倒伏する少年へ駆け寄ろうとしますが、ガンドの太い腕がそれを阻みます。


「おいおい、どこ行くんだよレン! 特訓の最中に邪魔はいけないだろ? 礼儀を教えてやるよ!」


ドゴォォッ!!


ガンドの拳がレンの顔面を捉えました。鼻血が吹き出し、視界が火花を散らしシオンの方まで殴り飛ばされた。無防備な獣人の少年を、ガンドは「教育」と称して執拗に殴り続けている。


「シオン様……っ! お願いだ、助けてくれ! あの子を……ガンドさんを止めてくれ!!」


レンは血まみれの顔を上げ、傍観しているシオンに叫びました。しかし、シオンは壁に背を預けたまま、紅潮した顔で自身の喉元をなぞり、うっとりとその惨状を眺めています。


「ふふ……嫌ですわ。なぜ私が、レン様の『お仕事』を奪わねばならないのです? ……あの子を救い、あの獣を屠るのは、貴方の役目。……さあ、レン様。いい加減に、その薄汚れた『善性』を捨ててはいかが?」


「……っ!!」


「見てご覧なさい。あの男の拳……殴るたびに、悦びに震えていますわよ? 痛みこそが、奴の最高の蜜なのですわ!」


ガンドは笑っていました。かつて「お前のために」と言っていたその口元は、今は獲物をいたぶる獣そのものの歪んだ弧を描いています。


「ひゃはは! いいぜレン、その絶望したツラ! 昔からお前のその顔を殴るのが一番のストレス解消だったんだよ! このクソ獣の後はお前だレン、まずはこいつだ死ねよ、この無能がぁッ!!」

ガンドが最後の一撃――獣人少年の頭部を粉砕するための、全力のストレートが当たる。

その瞬間。


(……ああ、そうか。……言葉じゃ、届かないんだ)


レンの中で、何かが完全に静止しました。

守りたかった少年の血。信じたかった「兄貴」の正体。そして、自分を嘲笑うこの狂った格闘場の熱気。

優しい人格のレンが、最後の手綱を自ら手放しました。


【ストレス値:99%……100%。……精神リミッター、完全消滅】


「……ガンド。お前の拳、……軽いんだよ」


ドォォォォォォンッ!!!


ガンドの拳が少年の顔面に触れる直前、空間そのものが数トンの重圧で固定されました。


レンの黒髪が、根元からパキパキと音を立てて純白へと染まり上がり、紅い瞳が闇の中で冷酷な光を放ちます。


「な、……なんだ、この重圧プレッシャーは……ッ! 身体が、動か……っ」


「……『特訓』だろ? 俺が付き合ってやるよ」


レンの右拳に、周囲の重力が渦を巻いて凝縮されていきます。光さえも吸い込むような漆黒の重力球を纏った拳が、ガンドの腹部に突き刺さりました。


「『重圧連壊グラビティ・ラッシュ』」


ドガァァァァァァンッ!!!


一撃でガンドの腹筋が破裂し、背骨が悲鳴を上げます。しかし、レンは吹き飛ぶことさえ許しません。超重力でガンドを引き寄せ、サンドバッグを叩くように拳を叩き込み続けました。

左、右、左。一発ごとにガンドの肉がひしゃげ、骨が粉塵へと変わります。


「ぎ、あ、がふっ……や、やめ……っ!」


「やめる? お前が言ったんだろ。……『俺のために』やってるって。……だったら、お前も俺のために、その無様な姿で壊れ続けろよ」


レンの冷徹な視線が、ガンドの下半身へと落ちました。


「お前、その汚い股間で……女たちを弄んだんだろ?」


バギィィィィィンッ!!!


レンの容赦ない蹴りが、ガンドの股間を粉砕しました。生殖器はおろか、骨盤ごと重力で「点」に圧縮され、ガンドは声にならない絶叫を上げながら白目を剥きました。


「あ、は……っ! 素晴らしい……最高ですわレン様ぁぁッ!!」


シオンは狂喜乱舞し、その場に跪いて激しく身悶えしています。

レンはボロ雑巾のようになったガンドの髪を掴み、無理やり顔を上げさせました。


「……これでおしまいだ。……地獄で、自分の拳の重さを数えてろ」


レンの全魔力が右拳に集束し、空間がミシミシと軋みを上げます。


「『重力崩壊クェーサー・インパクト』」


ガンドの胸の中心に叩きつけられた拳。

次の瞬間、ガンドの巨体は内側から爆発するように圧縮され、一滴の血も残さず、ただの小さな「肉の球体」へと押し潰されました。

静寂が訪れた格闘場。

白銀の魔王は、汚れ一つない手で少年の鎖を断ち切ると、崩れ落ちるように膝をつきました。


「……終わったよ……」


紅い瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちました。

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