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18話:決死の説得

熱狂と怒号が渦巻く地下格闘場。レンの視界の端では、鎖に繋がれた獣人の少女が、恐怖で耳を伏せ、ガタガタと震えていた。その絶望の匂いが、レンの胸を締め付ける。


「ガンドさん……もう、こんな非道はやめてください。その人はサンドバッグじゃない、僕たちと同じ、心がある生き物なんです……っ!」


レンは震える足を叱咤し、ガンドの眼前に立ちふさがる。

今、自分の中には「白銀の魔王」が潜んでいる。指先一つ動かせば、この薄汚れた格闘場ごとガンドを肉片に変えることなど造作もない。だが、レンの「心」がそれを拒む。


(殺したくない……。もし、ガンドさんに少しでも良心が残っているなら……僕の手で、これ以上罪を重ねさせたくないんだ!)


「……はあ? お前、マジで何言ってんの?」


ガンドの顔から、わざとらしい「兄貴の微笑」がスッと消え失せました。

彼はリングから飛び降りると、レンの肩にドスンと重い手を置き、その指先が、レンの鎖骨に食い込むほど強く握られる。かつて何度もレンを地獄へ叩き落とした、あの「特訓」の始まりの合図。


「レン、お前さ、死にかけて頭のネジでも飛んだか? こいつらは人間じゃねえ、『獣』だ。道具なんだよ。俺がこうして鍛えてやってるからこそ、こいつらは生きてる価値があるんだ。……昔、お前を殴ってた時と同じだ。お前のために、俺は拳を振るってやってたんだぞ。それを否定するのか?」


「……違います。あなたは、ただ楽しみたかっただけだ! 自分の優位を見せつけて、弱者を踏みつける快感に溺れていただけだ! ……僕、もう気づいたんです。だから、もう止めてください……これ以上、誰かの人生を壊さないでくれ……っ!!」


レンの悲痛な叫び。しかし、その必死の祈りは、鉄錆と血の匂いが漂うこの街の空気には、あまりに場違いで、あまりに無力だった。


背後で、壁に寄りかかっていたシオンが、退屈そうに磨き上げた爪を眺めながら、鼻で笑う。

「ふふ……。無駄ですわよ、レン様。その男の魂は、もう自分を正当化する膿でパンパンに膨れ上がって、真実など聞き入れる隙間もありませんわ。……ほら、ご覧なさい。彼、今、ものすごく『プライド』を傷つけられて、殺したくてたまらない顔をしていらっしゃいますわよ?」


ガンドの血管が、丸太のような首筋にドクドクと浮き出ました。


「レン、お前、調子に乗るなよ。魔法も使えねえ、運ぶしか能のねえ無能の分際で、この俺に説教か……? ……いいぜ、思い出したよ。お前はこうやって、殴られて、泣いて、縋り付いてる時が一番似合ってた。久しぶりに『特訓』の続きだ。お前のその腐った根性、俺の拳で完膚なきまでに叩き直してやるよ!!」


ガンドが腰を沈め、巨大な拳を固めました。

全身の筋肉が鋼のように膨張し、大気を切り裂くような殺意を込めた一撃が、レンの顔面に向けて放たれました。

レンは魔王化を強固に拒絶し、あえて無防備なまま、その拳を迎え撃とうと強く目をつぶります。


(……届いてくれ。殺したくないんだ。僕の痛みが、あなたの良心を呼び覚ますきっかけになってくれるなら……ガンドさん、お願いだから……っ!!)


ドォォォォンッ!!!


レンの鼓膜を、肉と骨がまともに轢き潰される不快な衝撃音が突き抜けました。

しかし、その痛みは――想像していたよりも、遥かに冷たく、そして「重い」ものでした。


「……あ、……ぁ……」


ゆっくりと目を開けたレンの視界に入ったのは、自分を庇うように前に出た、あの鎖に繋がれた獣人の少年が、ガンドの拳を受け止めて吹き飛んでいる姿であった。


「あはは! 邪魔だよ、このクズが! まずはお前からバラバラにしてやるよ、クソ獣!!」


ガンドの目は、もはや狂気に染まり、かつての「兄貴」の面影はどこにもありませんでした。レンの「善性」という最後の希望が、非情な現実に踏みにじられようとしていた。

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