90 女子会と男子会
「うわあ! 寝坊した!」
バタバタと部屋の中を走り回るアイリス。簡単に身支度を整えて調理場へ向かう。
「おはようございます! ユーリさん! すみません、遅くなってしまって」
「おはようございます。大丈夫ですよ。むしろちゃんと目が覚めているようで安心しました」
「え?」
ユーリは苦笑いを浮かべながら首を横に振る。
ユーリがそんな顔をする理由はアイリスの朝の弱さによるものだ。
アイリスは気合いで起きて身体は動いているものの、意識は覚醒していないことの方が多い。それでいて朝食を作ろうとほぼ寝ている状態で包丁を持った様子をユーリは目の当たりにして肝を冷やした事は記憶に新しかったからだ。
「それではこちらのお皿を持って行っていただけますか?」
ユーリは取り皿を見る。
「勿論です」
アイリスはお皿を持つ。
「アイリス」
「はい」
調理場から出ようとしたアイリスは呼び止められて振り返る。
「そのリボン、よく似合っていますよ」
「…………! ありがとうございます」
アイリスの髪にはフリードから贈られたリボンが結ばれている。
制服にフードはない為、髪は隠されていない。
アイリスは少し照れくさそうにリボンに手を触れてからお皿を持って調理場を出たのだった。
***
「そこまで!」
先生の声でアイリスは手を膝の上に置く。
今日は実力テストの最終日。アイリスのクラスは最後のテスト科目が古語だった為、教室でのテストとなった。
「燃え尽きた……」
机に突っ伏し、抜け殻のようになるアイリス。そんな中、こちらへ近づく足音が聞こえてアイリスは顔を起こす。
「見事に撃沈って感じね」
「エレナさん……」
目の前にいるのはアイリスの一番仲良しの友達のエレナだ。
「手応えは? そんなにまずそうなの?」
「やれるだけのことはやりましたけど……」
「だったらいいじゃない。それにへこんでいる暇はないわよ。実力テストが終わったら今度は期末テストだし」
「………………………………」
再度机に突っ伏すアイリス。
(学園生活って大変……)
テスト勉強は大変だ。山にいた時と違い、今までとは違う種類の努力をしなければならないからだ。
「そうだ! アイリスちゃん!」
エレナは明るい顔で両手を合わせる。
「せっかくだから、女子会しない?」
「女子会……ですか?」
アイリスは頭の中の辞書をパラパラと捲るが、女子会という知識はなかった。
「そう! ほら、この学園の魔法師ってほぼ男性でしょう? 私、女の子同士で楽しく過ごすことに憧れがあったんだ!」
「女の子同士……!」
当たり前ながら今まで同性の友達なんていなかったアイリスはウキウキしてしまう。
「そうと決まれば今日は授業ないし……アイリスちゃんの今日の予定は?」
「ありません!」
「よかった。じゃあ早速これから王都へ出ましょうか!」
「あ! でも……」
アイリスは何かを思い出したように表情を濁す。
「やっぱり予定があったかしら」
「明日の予習をしてからでも大丈夫ですか?」
「……………………………………………………」
「エレナさん?」
エレナは黙って固まってしまう。
「ぷっ! あはははは!」
エレナは大笑いをする。アイリスは戸惑うだけだ。
「ああ、面白い。本当貴女って変なところで真面目というかなんというか」
「?」
「笑っちゃってごめんなさいね。この前ルイが貴女の迷子事件? とか、他にも色々話を聞いて、アイリスちゃんの色々な面を見るのが面白……じゃなくて、楽しくて」
「……………………」
色々聞きたいことや反論したいことがあるのだが、事実の為反論ができず、アイリスは視線を逸らす。
「話が逸れたわね。勿論いいわよ。じゃあニ時間後に待ち合わせしましょうか」
「はい!」
アイリスは早く予習を済ませる為に寮へ戻ろうと席を立つ。
「お、エレナとアイリスはこれから何処か行くのか?」
「あら、ヒューゴにルイも。どうしたの?」
こちらに歩いて来たのはルイと、エレナと同じ寮でもあり、クラスメイトでもあるヒューゴだ。
ルイに至ってはヒューゴから変なあだ名がつけられていて心底嫌な顔をしているが、一緒にいるところをよく見るあたり、仲が良いのかもしれない。
「外行くんだろう? いいなあ。なあ! 俺らも一緒に行っていい?」
「駄目に決まっているでしょう。今日は女子会なんだから!」
「そんなあ……ルイルイも一緒に行きたいよね!」
「別に何も思っていないけど……あと、その呼び方やめて」
「まあまあ、二人とも……」
いつものやり取りに眉を寄せて苦笑いをするアイリス。このやり取りはいつも長い。
今回それに痺れを切らしたのはエレナだった。
「もう! 二人とも面倒臭いわね! 私たちこれから出かけるんだからそこどいて!」
エレナはアイリスの手を取ってルイとヒューゴの間を走り抜けるのだった。
***
「もしかして怒らせた?」
「少なくとも原因は俺にないと思う」
どこか縋るような顔でルイを見るヒューゴだが、ルイは冷たくあしらう。
「………………………………」
ヒューゴはアイリスたちが出て行ったドアを見つめる。
「そんなに心配ならちゃんと心配だって伝えた上で一緒に行けばいいだけでしょ」
ルイは少し呆れながらヒューゴを見る。
エレナはしっかりしている。きちんと伝えれば言葉を受け止めた上で対応も考えるだろう。
「だってエレナの奴、すごく楽しそうだったから言えるわけないだろ!」
ぐわんぐわんとヒューゴはルイの肩に手を置いて思いっきり揺する。
ヒューゴはエレナとアイリスの楽しそうな様子を邪魔したくないようだ。
ルイはとても鬱陶しそうにヒューゴを振り払う。
「はあ……常日頃から思っていたけど、本当に面倒くさい奴」
「面倒くさいとか言うなよ……!」
ヒューゴは大袈裟に嘆く。しかしこれはいつものことなのでルイは気にも留めない。
「エレナ可愛いじゃん? 人攫いとかの可能性もあるし……」
「別に大丈夫だと思うけど。あの人すごくしっかりしているじゃん」
「確かにそうだけど、あいつ本当はすごく繊細で……」
心から心配そうな顔をするヒューゴ。
「……………………君、損な性格してるね」
ヒューゴは明らかにエレナに対して好意を持っている。しかしエレナにとっては恋愛対象外だということが第三者から見ても分かる。
しかしそれを分かっていながらもヒューゴは好意を押し付けることをせず、相手を大切に想っている。
それでいてヒューゴがエレナに見返りを求めた事をルイは見たことがなかった。
ルイはどこかで似たような事を特定の人物にしている誰かを頭に浮かべる。
「損とか言うなよ…………そういうルイはアイリスのこと心配じゃないのかよ」
「なんで俺があの子の心配しないといけないの」
「だって同じ寮じゃん? 一緒に生活して任務もして……気にならないの?」
「………………………………」
ルイは黙り込む。
「…………まあいいけどさ。でもアイリスもエレナと同じくらい可愛いし人攫いの可能性とか考えないわけ?」
「は? ありえないで……………………しょ…………」
ルイは顔を青くする。そして思い出すのだ。
この学園に入学する前、アイリス本人が攫われたり人身売買されかけたことを言っていたことを。
最初は嘘だと疑っていたが、自分の髪を必要以上に隠したり、アイリスの所作や言葉でそれは本当なのだと改めて思い知ったのだった。
また、可愛い可愛くないは別としてあの髪色だ。人攫いの可能性は大いにあり、ルイは言葉を詰まらせる。
「やっぱりルイルイも心配だろう? そうだ! それなら俺たちは俺たちで男子会しようぜ!」
「は? 絶対嫌だ。気持ち悪い」
「まあまあそう言わずに」
「ちょっと。引っ張らないで。絶対嫌だから」
ヒューゴに引っ張られる中必死に抵抗するルイだったが、ずるずると引きずられてしまうのだった。




