8の魔法 私の答え
☆
「──判った」
力強く、私はうなずいてみせた。
「ネコ次郎。私……やってみる、魔法天使。フラワーエンジェルを」
「ありがとうございます!」
彼の顔がとたんにぱあっと明るくなる。
知らなかった。ネコの表情ってこんなにはっきり判ることがあるものなんだ。
それとも、それは彼がただのネコではなく、ナントカ妖精のネコ次郎だからなんだろうか。
その辺にいるネコの顔も、今度機会があったらまじまじ見てみようかな。
「あなたならば絶対にそう言ってくれると思っていました。やはりボクの目は間違っていませんでした。あとボクの名前はネココです」
「うん、判ってる」
──そうだ。
やっぱりそれが正解だ。
私は、魔法天使になるべきなのだ。
そうなったら、またここから新たな物語が幕を開けてしまうことにはなる。新たな戦いの火ぶたが切って落とされることになる。
その道は、決して優しいものではないだろう。
それなりに、長く困難なものになるのだろう。
それは十分に承知の上だ。
だけど……あの呪われた赤いランドセルが地獄から……じゃなかった、魔法の国からリターンしてきてしまう恐ろしい可能性を思えば、
それに比べたら怖くなんてない。
ランドセルの方が怖い。
全然、ものすごく怖い。
フラワーエンジェルとやらの格好も、たぶんだけど、そんなにおぞましいものでもないだろう。
あっちこっちに花とか咲くのかな。かなり可愛い感じになりそう。だけど少なくとももう、明らかな小学生ではなくなるはずだ。
年齢は上がるはず。
いくらかは上がるはず。
何せ私は大人なのだから。
まだまだ歳相応の大人とまでは見てもらえないかもだけど、まぁとりあえずはそれでいい。最初の一歩が大事なのだ。あとはそこから少しずつ、上げていく努力をしよう。
……あ、さっきネコ三郎、伝説のフラワーエンジェルは3人とかって言ってなかったっけ?
他の仲間がいるのかも。
じゃああれだ。1人ずつ、いろんなナントカの花がモチーフになってたりするのかもしれない。桜とかアジサイとかコスモスとかカーネーションとか。
私は何の花かな。
……まぁいいや。何が来たところでたぶん大丈夫だろう。極端にお子様イメージの花って別にないはずだし、何かの花がモチーフのコスチュームになったところで、見かけがそんなに子供っぽくなったりはしないはずだ。
むしろ逆に上手いこと──たとえばバラの魔法天使とかに選んでもらえた日にゃ、私の内面からあふれ出る大人の色気にみがきがかかったりして、ちょっと子供には刺激が強いくらいのクールでセクシーでダイナマイトでワァーオな感じにもなったりするかも。いいじゃんいいじゃん素敵じゃん。
やっぱり間違いない。
これで、いいのだ。
「──あ、そうだ」
ふと思い出した。一応言っておいた方がいいだろうな。
「あのねネコ三郎。私……こんな子供に見えるかもしれないけど、実は子供でも少女でも天使でもなくって──」
軽く事情を説明しておく。
パッと見はともかく、既にここまでの知性や理性や立ちふるまいやらで、私がただのお子様でないことくらい、当然もちろん気づいてもらえているとは思うが……念のためである。
万が一にもカン違いしていて、物理的ローティーンでないと花の魔法は使えませんよ、とかいう設定だったら申し訳ないので。
「それなら大丈夫ですよ」
ネコ三郎はさらりと微笑んだ。
「見た目が少女に見えればいいんです。全然問題ありません。ボクだってちっとも気がつかなかったんですから」
……何だろう。
この、以前にも覚えがある感じは。
魔法の国の不思議生物ってのは、揃いも揃ってこのいくらかざっくりした能天気なド失礼さって奴がデフォなんだろうか。
「それじゃあ──えぇと」
口を開こうとしてちょっと言葉をつまらせるネコ三郎。
あぁ──そうか。
大事なことを忘れていたことに今さら気づく。
「──私は小山内瑠璃子。ルリでいいよ」
私は名乗った。
「じゃあルリちゃんですね」
ごく自然にちゃん付けされる。大人ですってたった今説明したってのに。
まぁいい。少しずつ改善していこう。
「それじゃあルリちゃん。さっそくですけど、契約させてください」
「契約?」
「はい」
ネコ三郎の首輪についた花のような紋章が光ると次の瞬間、私の手の中にそれは出現した。
やや大きめのコンパクトみたいなもの。
ピンクを基調としてわりと派手でカラフルな装飾が施され、特定の何ってことはない、ざっくりと花っぽいデザインの宝石みたいなものが飾られている。
いかにも──おもちゃ売り場の女児向けコーナーに並んでいそうな感じ。
パカッと上部がフタのように開くと、中には花の形をしたアクセサリーというかブローチのようなものが収められていた。
これがフラワーエンジェルの……変身アイテムってことだろうか。
……いいじゃん。
すごくいい。少なくとも、赤いランドセルの5億倍は素敵である。
ブローチみたいなものを改めて見つめる。
この花は……タンポポ?
つまり私はタンポポの魔法天使ってことか。
バラでなかったのはちょっと惜しかった気もするが、まぁこの際ぜいたくは言うまい。これはこれで悪くない。それなりにカワイイし子供っぽすぎるわけでもない。ダンデライオンってくらいだからむしろちょっとダンディでハードな感じに聞こえたりするかも。
などと考えていたら、タンポポのブローチはひとりでに宙に浮かび上がった。
ペカッと光を放つと、私の目の前に何かの画面みたいなものが投影される。
「名前を書いてください」
「名前?」
いつの間にやら、魔法のペンのようなものを渡されていた。
「ひらがなで構いません」
言われるまま、ペンで画面に名前を記す。
る、り、こ──と。
ポンと軽くタップすると画面はタンポポに吸い込まれる。
そしてより大きくキラキラと──何だかパチスロのフィーバー大当たりか何かみたいに光り輝き始める。
おめでたい感じだ。
「これでフラワッペンはルリちゃんをマスターと認識しました」
「認識するとどうなるの?」
「あなただけのものになります。もうルリちゃん以外の誰も、これを使って変身することはできません」
なるほどそういうシステムか。
セキュリティ面もわりとしっかりしているらしい。どっかの赤いランドセルとは大違い──ってあれは実際どうだったんだろうな。ひょっとして無理くり誰かに押しつければ、他の人を変身させることも可能だったんだろうか。私あんなに悩む必要なかったんだろうか。
ま今考えたって仕方ないことだが。
だが……同時にこれでもう、後戻りもできなくなった、ということである。
私は魔法天使になるしかない。
うっかり全裸だったらおしまいである。
頼むぞ。どうか──
当たりクジであれ。
「では、さっそく試してみましょう」
ネコ三郎は言った。
「唱えてください。『フローラル・シャイニーアップ』」
お、出たな。
お決まりの変身の掛け声って奴だ。やっぱりどこでも必要になるんだなこういうのは。
うん、大丈夫。
そんなに恥ずかしい感じの奴じゃない。むしろヒーローっぽい響きかな。悪くない。
まかせとけ。これでも1年間、魔法少女をやってきてるんだ。今さら照れもあるものか。ほんのちょっと開き直ればこんなのお手のものだ。
ちなみにミルキールリィの時の変身の掛け声はどんなだったかと言えば……あいや、とりあえず今はいいか。過ぎた話だ。
いくぞ変身だ!
「フローラル・シャイニーアップ!」
高らかに、私は声を上げた。
誰に頼まれたわけでもないのに、開いた右手なんか突き上げてみたりして。
叫びと共に、タンポポのブローチ──フラワッペンが光を放つ。私の全身はまばゆい光に包まれる。
魔法の光は私の身体をいったん裸に近い素体にリセットし、その上から新たなコスチュームを形成していく。
プリーツの入った短めのスカート。
やや丈の短い、淡いブルーのふわりとした上着が上半身をおおっていく。
ひものついた可愛らしい小さなイエローのバッグが肩からかかる。
頭の上に天使の輪のようなものが浮かび、パッと弾けると帽子となって頭にかぶさる。
最後にフラワッペンがプレートのような形に変わり、左胸に貼りつく。
これで完成。
光が弾け飛んだ。
魔法天使フラワーエンジェル。
爆誕の瞬間である。
そう。私は──
魔法天使になったのだ。




