3の魔法 ディアマイフレンド・ゴーホーム
☆
「──正直あの時ばかりは、本当にもうダメなんじゃないかと思ったよ」
しみじみとプルルが語っている。
想い出話はまだまだ続いているらしい。
「でも驚いた。キミがまさかあんな──」
これでもけっこう長めの回想シーンを入れたつもりだったんだけどな。
プルルはホント真面目なんだけど、それは大いにけっこうなことなのだけど、真面目がすぎるゆえか話がやたら長く、ムダにくどくなる傾向がある。
どうにもそれが欠点だ。
だからお説教とか始まるとまぁ面倒くさい。私がその場の勢いまかせで人前で変身しちゃった時とか、面倒くさくなって無策で敵に突っ込んでいった時とか、日々の暮らしで手抜きをするためほんのちょっとだけ、自分の都合で魔法使ったところをうっかり見つかっちゃった時とか。
「まったくもうキミって奴は本当に──」とお決まりの台詞から始まってまぁ長いの長くないのって。つまり長いんだけど。
くどくどくどくど、飽きもせずに同じ話を何回も繰り返す。ようやく終わったかな、と思ったらまた最初に戻って始まったりとか、とっくの昔に終わったはずの以前の私のミスの話なんかにも飛び火して、いつ終わるんだってくらい続く。
アレだ。上司とか先輩とかにすると絶対疲れるタイプだな。外見がやたら可愛いのがせめてもの救いである。
そんな時、私はいつも神妙にうなずくふりだけして、話半分で聞き流していたものである。
うっかりそれがバレるとそこから説教時間が倍化する可能性があるので、わりとリスキーな賭けではあるのだけれど。
「キミには本当に驚かされてばかりだった」
まぁ、でも。
今回は別に怒られてるわけじゃない。
彼が別れを前にちょっとばかり想い出にひたりすぎているってだけだ。ただ長いだけ。説教よりはずいぶんましってものだろう。
「そうだ。夏のあの海の──」
とは言うものの。
……長いな、やっぱり。
ちょっと長いな。
いやかなり長いな。ずいぶん長いな。
長すぎるんじゃないかな。
「あの時もボクは確か言ったよね」
あのねプルル。
プルルさん。プルル様。
私は、帰ってほしいんだけど。
早く、帰ってほしいんだけど。
とっとと、帰ってほしいんですけど。
一刻も早く、
間違いなく大人である、私の正しい、本来あるべき姿を取り戻したいんですけど。
……カン違いしてもらっては困る。
別に私だって、この別れに何のさびしさも悲しさも感じないってわけじゃない。
別れはやっぱりつらいもの。
相手が人間であろうと魔法の国の不思議生物であろうと、それは同じことだ。ましてそれが友達ともなれば。
私はプルルを友達だと──一応は友達のようなものだと思ってる。
さんざん文句も言ったし文句も言ったし、文句も言ったけど、プルルとの出会いは、魔法少女として共に過ごしたこの日々は私にとっても、もちろん大切な想い出なのだ。長めの説教だって、想い出の1つに違いない。
まぁ、できることならば思い出したくもないけど。
きっと忘れない。
忘れることはないと思う。
いろんな意味で。
「でもやっぱりキミは思った通り──」
だがそれは、あくまでも、
プルルが帰ってくれたら、の話だ。
全てが過去になってくれた後で、の話だ。
件の魔法アイテム──呪われた赤いランドセルは今、私の目の前にある。
これが消えてくれて、
いなくなってくれて、
初めてこれらは“想い出”になるのだ。
だから早く。
早く。さぁ早く早く。
早くしてってばっ。
何度も言ってるけど、くらやみ魔女や悪夢使いたちとの戦いはもう終わっている。あとはプルルが帰ってくれるのを待つばかり。
だったら別に2日も3日もかかる話でもなし、何もそんなに焦らなくてもいいじゃん、遠からず訪れることになるんだから、その時をおとなしく待っていれば──なんて思う人もいるだろうか。
違う。
甘い。そうじゃない。
私は知ってる。
油断しちゃいけないのだ。
最後の最後まで。勝利が確定するその瞬間まで、絶対に安心しちゃダメなのだ、この手のものは。
あるんだ。
万が一という奴が。
そんなこと絶対にないはずなのに、
時に起きてしまうという、
とてつもなく恐ろしいものが。
例えば──
封印したはずのくらやみ魔女ネムレーヌが何者かの手により復活し、魔法少女の戦いは新たなステージに突入──とか。
魔女に代わり新たに魔王ナントカみたいなのが出現し、パワーアップした魔法の力を手に入れた魔法少女の次なる戦いが幕を開ける──とか。
アニメならいわゆる2ndシーズンだとか新シリーズだとか、新作劇場版とかそういう奴。
あるのである。
始まっちゃう可能性が。
もちろん、現実はあくまで現実であってアニメじゃない。そんな都合よく話が展開するとは思わない。
けど……魔法界からの使者だのランドセル魔法少女だの、アニメかゲームでしかあり得ないような代物をイヤってほど現実として実体験してしまった私には、もはや正直はっきりとそう断言する力がない。その自信がない。
判らない。何があるか。
何があっても不思議じゃない。
完全に、
はっきりと、
間違いなく、
プルルが帰っていなくなるまで。
大丈夫ですとは言えない。
だから。
頼むから。お願いだから。
とっとと帰ってはもらえないでしょうか。
「──そうだ。そう言えばこんなこともあったよね。ルリちゃんとボクが街で──」
……などと口に出して言うわけにももちろんいかないのが困ったところで。
うっかりそんなことしようものなら、そこからまた新たな説教が幕を開けることは間違いない。
私の栄光の瞬間は遠くなるばかりだ。
「ホントびっくりしたよ。まさか──」
仕方がない。……待つしかないか。
プルルがたっぷりと想い出を語り終えて満足するのを。改めて別れを切り出すのを。
何も起きないよう祈りながら。
「覚えてるかい?ルリちゃんは言ったよね」
半分泣いているような、笑っているような。
別れを前に感極まっているみたいな顔で、プルルの話に時折うんうん、とうなずいてみせたりなんてしながら……
私はぼんやり周囲に目をくれていた。
何となく、そこいら辺を見回しやる。
大丈夫……だよね?
魔女の復活、といった突拍子もない不安も払拭しきれなかったけど、それ以前にもっとシンプルで些細な懸念があった。
あまり長いことこうしていて、もしも誰かに見られたりしたら──
決して喜ばしい事態にはならない。
ちなみにここがどこなのかと言えば、自宅からほど近い、とある川原だったりする。
土手の上は道路になっていて、人も車も通る時にはそれなりに通るが、通らない時にはもうさっぱり通らない。
仮に誰か通ったところで、こんな川っぺりまでわざわざ下りてはまず来ないし、すぐそこにある大きな橋の陰になっているから、どこから見てもこの辺はよく見えないはずだ。
つまり、魔法少女と不思議生物なんてものがのんびり別れのシーンを演じるには、まさしくうってつけの……
──というのもまぁ確かなんだけど、そもそもの話として、ここが私とプルルの出会いの場所でもあるのだ。
そう。
あの日、ここから──全ては始まった。
……うっかりこんな所へ来なければ何も始まらずに済んだのに、という意味でもあるわけだけど、まぁもう今さらそれは言うまい。
大丈夫大丈夫。まもなく終わる話だから。
もうすぐ全てはただの過去になる。なる……はずだから。きっと。
1年前、どうして私が1人でこんな所へやってきたのか──については話すとまた長くなるのでとりあえず割愛する。
いろいろあるんだよ、人間には。
大人だから。
「そしてボクたちは力を合わせて──」
ここまでもそれなりに気にはしていたつもりだけど、とりあえず……今のところ、辺りには誰もいないっぽい。まずは安心だろうか。
さんざん人前で変身したり戦ったりとかもしてきたわけだけど、
もう戦いも終わって残すはラストシーンくらいという段階ではあるんだけど、
変身後の姿を鏡とか映像とかで見て、何だこれ私の顔のままで全然変わってないじゃん、一発でバレバレなんじゃないの?大丈夫か魔法少女?とか思ったりもずいぶんしたもんだけど、
一応、私の正体は──小山内瑠璃子が魔法少女ミルキールリィである、というのは、秘密なのだ。
知られてはいけない。
そういうルール。
最後の最後だからもうバレてもいいや、ということではないと思う。
見られていないに越したことはない。
……そうか。
そういやバレてないんだよな、なんて改めて思う。
魔法少女とかヒーローものとかって、最終回近くで正体バレるのがお約束って気がする。
実は○○さんが✕✕だったんだ、ってみんなにバレてしまって、でもみんなはビックリしながらもそれを受け入れてくれ、むしろみんなのその声援を力として変身、ラスボスとの決戦に──
みたいなのがよくあるパターンって奴なんじゃなかったっけ。
私……結局、誰にもバレてないな。
正体は知られていない。
はず。たぶん。
ということは、
ひょっとして……
もしかしてもしかするとまさか……
実はこれはまだ最終回ではないという──
いやいやいや。
ないないないない。
大丈夫。終わり。ちゃんと最終回。
お約束だけがこの世の全てじゃない。そういうパターンだってあるあるある。
約束とお約束ってのは破るためにあるんだ、と確か昔部活の先輩も言ってた。……そう言ってよく約束をすっぽかしては彼女に引っぱたかれてたけど、都合の悪いシーンはこの際忘れておこう。
もう何も起きない。起きやしない。
起きないでくれ頼むから。
大丈夫だよね?
大丈夫ですよね?
いいからもう本当に早く終わってほしい。
「──そうだ思い出した」
私の心からの叫びもむなしく、プルルの想い出物語はまだまだ絶好調のようである。
「ルリちゃんのとんでもない一言が大勝利をもたらしたこともあったよね。あれは──」
まぁ心からの、というか心の中だけの叫びでもあるわけなので仕方がない。
察してくれないかな。
仮にも魔法の国の生き物なんだから。
魔法の力とかでサクッと。
「あの時も驚いたよ。キミがまさか──」
やはり私にできるのは黙って状況を見守り、結果を待つことだけなのか。
とりあえずは何か良からぬ事態が起きないよう、ただただ祈るばかり──と、
「──っ!!!」
危うく大声を上げるところだった。
私は──とんでもないものを、目にしてしまった。




