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Song for you

「あとね、私達からも真綾ちゃんに話したいことがあるの」


「私に?」


「私と花凛、高校卒業したら東京へ行こうかと思って」


「東京へ?」


「上京すんの? マジで」


「マジです。やはり地元よりも東京の方が人は多いし、ライブハウスなんかも多い。デビューするチャンスも増える。だから、東京で勝負したいんです」


 理央ちゃんは、握り拳を作りながらそう熱く語る。そうだった、理央ちゃんはいつでも真剣にデビューを夢見ていたんだった。もう鼻で笑ったりはしない。


「でも、花凛ちゃん前々から大学行きたいって言ってなかった?」


「大学は東京のを受験しようと思って」


「勉学とバンドの両立かぁ。なかなか大変そうだね」


「そうなんですけど。でも、どちらも諦めたくなくて。欲張りなんです、私」


「いや、いいと思う。人間、やる気があればなんでもできるって言うし。この真綾ですら桜明に受かったんだから、人間のやる気ってすごいと思うよ」


「お姉ちゃん、それ褒めてる?」


「両方」


「……なんかその返し怒りにくいよ」


「はははっ。まあでも、合格しないと行けないんですけどね」


「花凛ならできるよ。私は信じてる」


「理央ちゃん……」


 うわ、二人で見つめ合ってる。まだ年末ではないとはいえ、土曜日の新幹線にはそこそこ人が乗ってるというのに。おかまいなしなのか、気付いていないのか。愛の力って怖い。


「私でよければ勉強みるよ」


「本当ですかっ」


「あなたにできるんですか?」


「元桜明舐めんな。学校サボってても、ずっと学年三位以内キープしてるんだから」


『えぇ、ウソっ?』


 三人同時にこの驚いたという反応。いや、グレるな。これは私の日頃の行いが招いた結果なんだ。ここは真摯に受け止めよう、先輩として。けっしてグレるな。


「まあ、まだあと一年あるんだし。私が必要になったらいつでも声かけて」


「ありがとうございます。でも、紗弥さんは卒業したらどうするんですか? もし県外に出る予定なら、なんというか申し訳ないんですけど」


「ああ、心配ないない。私、地元で就職決まったから」


『就職っ?』


「そう。実は地元の市役所に合格しましたー。なので、春から安定の公務員でーす」


 私は、どうだとばかりにピースサインをしてみせる。しかし、三人は口を開けてポカンとしたまま動かない。


「紗弥さん、良い大学行って良い会社に就職して、そんで自分をバカにしてきたやつらを見返すんじゃなかったんですか?」


「ノンノン。そんなことしたって、一銭の得にもならないじゃない。それに、やっぱりこの時代、安定した公務員だよ。給料安定、福利厚生ばっちし。なんといっても土日休みが確保されてるのは、やっぱりでかいよね」


「お姉ちゃん、いつの間に試験受けてたの? 私全然気付かなかった」


「べつに隠してなんかないよ。聞かれなかったから答えなかっただけ」


「でも、ちょっともったいないですね。そんなに頭良いのに、大学行かないなんて」


 花凛ちゃんが残念そうにそう言うと、場が一気にしんと静まり返った。真綾が不安そうな視線を向ける。


「もしかして、私のせい? 私がまだ不安定だったから、地元に残ることにしたの?」


「そうじゃないよ。真綾のせいじゃない。真綾のことが心配なだけなら、地元の大学受ければいいだけの話なんだから。だからこれは、ちゃんと自分で考えて決めたことなの」


「でも……」


 私の言葉に、しかし真綾は納得していないらしい。それを確認して、私は一度視線を窓の外に移した。ちょうどトンネルだったらしく、四人の顔が窓に映り込む。


「正直な話、両親には大学を勧められた。お金のことなら心配するなって」


「だったらっ」


「でも、私のワガママで家族全員こっちに引っ越して来ちゃったでしょ? 両親にもかなり迷惑かけたと思う。だから、早いうちに恩返しがしたくて」


「まあ、その気持ちはわからなくもないですが」


「それにね、私この町けっこう気に入ってるんだ。人は少ないし、自然は多いし、東京よりも時間がゆっくり流れてる。私にはすごく居心地がいい」


 新幹線がトンネルを抜けて、景色は一変、目に眩しい緑の山々と田畑が、朝日に照らされてキラキラと輝いている。その優しい景色に思わず頬が緩んだ。


「私さ、紗綾さんには感謝してるんだ。紗綾さんが、真綾と私を引き合わせてくれたんだって勝手に思ってる。だからね、紗綾さんが大好きだったこの町を、私なりに守っていきたいの。紗綾さんと、真綾と、私の思い出の詰まったこの場所を、ずっと見守っていきたいんだよ」


「お姉ちゃん……」


 真綾とケンカする前の出来事だったから、内心本当に試験を受けるかどうか迷っていた。真綾は私を必要としてないのに、まだ彼女のそばにいる必要があるのかって。だったら、とりあえず他県の大学へ行ってもいいんじゃないか、東京に戻ってもいいんじゃないかって。


 でも、真綾を抜きにして純粋にこの先の自分の人生と向き合ってみた時、自分がずいぶんとこの町を気に入っていることに気付いた。


 登校している時、知らない老夫婦に笑顔で「おはよう」と声をかけられる。近所のおばちゃんに、「テスト頑張って」とミカンをもらう。生まれて初めてクラスメイトと漫画のように普通に過ごし、休み明けには「大丈夫?」と心配される。


 今まで、すべての人間は他人に無関心だと思っていた。自分に関わりのない人には興味がないと。でも、そうじゃないんだと、人との関わりを自然にできる人達もいるんだと、ここへ来て教えてもらった。


 初めて受ける無償の優しさと温かさ。どうしてこの町が私にとって居心地がいいのか、紗綾さんが大好きだったのか、この時初めて知ることができた気がした。


 両親と、真綾と、そして紗綾さんと。ここで出会ったいろんな人達のおかげで、今のこのお気に入りの自分がいる。だったら、この町に残って、この町のために何かしてもいいのかもしれない。紗綾さんが大好きだったこの町を、私なりの方法で守っていってもいいのかもしれない。


 大学へ行ったって、それ以上にやりたいことは見つからない気がする。だったら、遠回りしないでもう動き出そう。そう思い直して試験を受けた。


「私はここに残る。真綾はどうするの?」


「私は……」


「無理にとは言わない。真綾が東京に行きたいって思うようになるまで、私達は待つこともできる」


「大学の出願もまだまだ先だから、ゆっくり考えてもいいんだよ」


 理央ちゃんと花凛ちゃんの優しい言葉に、真綾はどう返事を返すべきか悩んでいる。そして、怯える子犬のような目を私に向けた。


 そう、理央ちゃんや花凛ちゃん達と東京へ行くのなら、お姉ちゃんはそばにいない。でも、だからといって、理央ちゃんと花凛ちゃんと離れ離れになるのは嫌だし、自分のワガママで二人を地元に引き留めておきたくもない。そんな苦悩が透けて見えた。


 たぶん、真綾の中で答えは決まっていると思う。ただ、それを決断する勇気がないだけだ。私は握っている真綾の手に力を込める。そして、小さな声で“きらきら星”を歌った。


「お姉ちゃん……」


 真綾の目に光が宿り、徐々に怯えが消えていく。そして、最後のワンフレーズは、二人一緒に笑顔で歌った。


「理央ちゃん、花凛ちゃん、私東京行く。東京行って、マチモンの歌をもっと多くの人達に届けたい」


 決意の表情。たぶん、あれが真綾の本来の強さなんだと思う。星のようにきらきら輝き、みんなに笑顔と元気を届ける。それこそが、彼女が本当にしたいことなんだ。


 真綾の決意を聞いて、理央ちゃんと花凛ちゃんが嬉しそうに微笑む。


「決まりだね」


「私、受験頑張るよ」


「うん、私も応援する」


 本当のことを言うと、真綾が私から離れていくのはすごく寂しい。お姉ちゃんお姉ちゃんと、あれだけ必死にしがみついて私から離れまいとしていたのに。この世界で一番私を必要としてくれていたのに。その真綾が、私から手を離して、自分の未来へと一歩を踏み出そうとしている。


 でも、何故だろう。寂しいけれど、不思議と前の時より嫌じゃない。真綾頑張れと、心の底から応援できる。それはきっと、真綾と私の心がちゃんと繋がっているから。どれだけ離れていても、マチモンを優先していても、最後に笑顔で戻ってくる場所は私の所なんだと、そう自信を持って胸を張れるから。


 だから、真綾頑張れ。もしまた落ち込むような時がきたら、私が何度でも歌ってあげるよ。あんたのために、この“きらきら星”を。


「みなさん、初めまして! 私達はMarching Little Monsterと言います」


 ステージ上で、スタンドマイクに向かって真綾がそう挨拶する。百人入れば満杯という小さなライブハウス。人気バンドの前座とはいえ、中はもう超満員だった。私は押しつぶされないよう、後ろの端に立っている。


「ベース、夏木理央。ドラム、橘花凛」


「そして、ギター&ボーカル、大塚真綾」


 歓声が上がり、観客の熱気が徐々に高まっていく。彼女達は笑顔だった。


 キラキラと輝くステージと、Marching Little Monsterの三人。眩しくて、憑き物が落ちたみたいに楽しそうな真綾が嬉しくて、思わず笑みが零れる。


 本当は、こっそり紗綾さんの写真を持ってこようかと思っていた。姉同士、一緒に真綾のライブを観ようかと。


 でも、途中でその必要はないと判断してやめた。だって、真綾が歌えば紗綾さんは笑顔で現れる。だからきっと、今もこのライブハウスのどこかで、真綾の歌を、Marching Little Monsterの演奏を聴いているはずだから。


「紗綾さん、一緒に聴こうね、真綾の歌」


 姿は見えないけれど、笑顔で「うん」と頷いてくれた気がした。


「みなさんには、大切な人はいますか? 私にはいます。ここにいる理央ちゃんと花凛ちゃん。私を支えてくれる家族。そして、大好きな紗綾お姉ちゃんと……紗弥お姉ちゃん」


 真綾が客席にいる私に視線を向ける。思わず微笑むと、真綾も一緒に微笑んだ。


「今から歌う歌は、そんな大切な人達に贈る歌です。聴いてください、“Song for you”」


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


この物語は、自分の思うがままに好きなことを思いっきり書いたものなので、それなりに思い入れがある作品でした。

私の中では、ずっと登場人物全員が生き続けています。みんな幸せになれよ〜。


最後になりましたが、今まで誰にも読まれなかったこの作品を、こうして読んでくださる方がいることに、深い感謝と幸せを感じています。

くどいようですが、本当に、本当に最後まで読んでいただきありがとうございました。


他の作品も書いておりますので、機会があればそちらの方もどうぞ。それでは。

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