真綾の情緒不安定な理由について
「真綾、あんたいい加減にしな。理央ちゃんと花凛ちゃんが困ってるよ」
「お姉、ちゃん……?」
真綾は左頬に手を添えながら、信じられないものでも見ているかのように大きく目を見開く。それでも、私は落ち着いて見えるように、ただ淡々と言葉を紡いだ。
「あんただってもうわかってるんでしょ? このままじゃダメだって。二人のためにも自分が変わらないといけないって」
「ちょっと、さーやさん。どういうことですか?」
話についていけない理央ちゃんと花凛ちゃんが、怪訝そうな顔つきで私と真綾を見る。ちょっと驚いているように見えるのは、たぶん私が真綾を叩くところを初めて目撃したからだろう。それもそうだ、私達姉妹はシスコンで有名なのだから。
「さーやさん!」
「真綾、どうするの? 自分で言う?」
私の問いかけに、真綾は答えない。それが答えな気がした。
「わかった。じゃあ私から二人に言うよ」
「……じゃない」
私が理央ちゃんと花凛ちゃんの方を振り向こうとしたまさにその時、ボソリとか細い真綾の声がそれを遮った。
「なに?」
「紗綾お姉ちゃんは、こんなことしない」
真綾のその言葉に、私は思わず息を呑んだ。それだけで、心臓を鷲掴みされたかのように苦しい。
「紗綾お姉ちゃんは優しいから、私を叩いたりなんか絶対にしない。私が嫌がることは、絶対にしない……っ」
「真綾、あんた何言って……」
「あんたなんかお姉ちゃんじゃない! あんたなんか大っ嫌い!」
涙目になりながらもキツく私を睨みつけると、真綾はそう叫んで教室から飛び出していった。
「ちょっと、真綾!」
「真綾ちゃん!」
理央ちゃんと花凛ちゃんが慌てて声をかける。しかし、真綾の姿はあっという間に廊下の向こうに消えてしまった。追いかけようにも、何故か身体が鉛のように重くて動けない。まるで水の中にいるかのように息が苦しい。耐えられなくなって、私はその場に崩れ落ちた。
「さーやさん、大丈夫ですかっ?」
「はははっ、さっきのはさすがに堪えたみたい」
「大っ嫌い、ですか? まったく、あなた達姉妹はどうなってるんですか。大好きだったり、大嫌いだったり。わけわかんないですよ」
「ごもっとも。ほんと、ややこしいよね」
「保健室行きますか?」
花凛ちゃんが心配そうに覗き込む。それほどに、私の顔色は悪いらしい。身体も小刻みに震えている。息も苦しい。ここでやっと、私は真綾の言葉にショックを受けたんだと自覚した。たぶん、ここに理央ちゃんと花凛ちゃんがいなければ、私は心の痛さに泣き叫んでいただろう。嫌いだなんて言わないで、と。
一向に返事をしない私を見て、理央ちゃんが苛立ちを隠しきれず舌打ちする。
「花凛は、さーやさんを保健室まで運んで。私は真綾を追いかける」
「待って」
そう理央ちゃんを止めたのは、花凛ちゃんではなく私だった。
「止めないでください。今のあなたにそんな権限はありません」
「そうじゃなくて。私達姉妹のことで、二人にどうしても話しておきたいことがあるんだ」
「話しておきたいこと?」
「真綾の情緒不安定な理由について」
いつになく私が真面目な顔で話しているからだろうか。それとも、内容が内容だからだろうか。二人は寸の間思考を巡らせる素振りを見せた。
「今じゃなきゃダメなんですか?」
「たぶん、今が良いタイミングだと思う」
私の含みのある言い方に、理央ちゃんと花凛ちゃんは顔を見合わせる。そして、お互い小さく頷いた。
「わかりました。その話、聞かせてもらいます」
「ありがとう」
二人は察しがいい。私の雰囲気だけで、何かを感じ取ってくれたのだろう。心強い。たぶん、この二人が真綾のそばにいてくれるなら、妹は大丈夫だ。心からそう思った。
私は花凛ちゃんの手を借りてなんとか立ち上がった。そして、先ほどまで座っていた椅子に腰を下ろす。二人も追随してそれぞれの席に座ってくれた。
とりあえず、私は深呼吸して心を落ち着かせる。口火を切ったのは、理央ちゃんだった。
「それで、私達に話したいことってなんなんですか?」
「うん、驚かないで聞いてね」
「もったいぶらずに、さっさと言ってください」
「実は私、真綾のお姉ちゃんじゃないの」
「は?」
「え?」
二人の疑問の声がハモる。そして、同時に眉間にシワを寄せた。
「何言ってんですか。気でも触れました?」
「いんや、至って素面だし健康だよ。正確には、戸籍上私は真綾のお姉ちゃんだけど、真綾が求めてる姉じゃない」
「はあ? 何それ。私なぞなぞ解きにきたわけじゃないんですけど」
「待って、理央ちゃん」
明らかにイライラしている理央ちゃんを、何かに気付いた花凛ちゃんが制した。
「今、戸籍上って言いましたよね?」
「うん、言った」
「戸籍上って……まさかっ」
私の言いたいことに気付いた二人が、まさかといいたげにその目を大きく見開く。私は再び深呼吸をした。心臓の震えを止めるかのように。
「そう、実は私、大塚家の養子なの」
二人の息を呑む音が聞こえた気がした。窓の外からは部活動している部員達のかけ声が聞こえてくる。それなのに、私達だけ時間が止まったかのように誰も身動き一つしない。でも、話をやめる気はなかった。
「ねえ、二人とも。私のフルネーム言える? 真綾からは聞いてないと思うけど」
「確かに真綾からはお姉ちゃんとしか聞いてないですけど。それでも、同じ学校にいたらおのずと本名くらいわかりますよ」
「じゃあ、言ってみて」
何故、という言葉が二人の表情から滲み出る。それでも、言わないと話が進みそうもないと感じた二人は、揃って私の名前を呼んでくれた。
『大塚紗弥』




