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思春期フットボーラー  作者: kasic
3章 前進する少女
53/54

別格

「前から守備行くよ!自信持ってビビらず戦おう!」

「はい!」

「行くぞ!」

「おお!!」


 円陣を組み、皆さんとハイタッチをしてグラウンドに散らばり、前を見ると高科女子イレブンが試合前とは打って変わって手を繋ぎながら輪になり、厳かな雰囲気でまだ円陣を組んでいた。


「前半3点とるよ!」

「おお!」

「圧倒して勝つぞ!」

「おお!」

「ウィーアー」「タカシナ!!」


 掛け声と同時に円陣が解かれ、グラウンドに散らばる。

 このスタイルを見ると強豪校という感じで怖じ気づきそうになってしまう。


(それにしても「圧倒して勝つ」とか「前半3点」とか相手に聞こえるように言うんだもんなあ。自分達に自信があるのか相手を下に見てるのか、あんまり気分は良くないよね)


 そんな愉快とは言えない複雑な気持ちを持って審判のホイッスルを待つと、ハーフウェーラインの今日のマッチアップ相手である、細川アリシアさんが獲物を捉えた肉食獣のように私を見ていることに気付いた。


(ビビるな、前半の私の役割はビビらず前からボールを奪いにいくこと)


 胸に手を当てて気持ちを整えていると主審のホイッスルの音が聞こえた。

 綾乃先輩がキャプテンにボールを戻し、キャプテンが前線に走るケイに向かってボールを蹴った。


 そのボールは相手方向に落ち、相手CBがヘディングでクリアした。その瞬間、私の近くまで上がってきた細川さんが私を見て舌なめずりする。


(ボールが来る!頭働かせて!)


 クリアボールを相手の中盤の選手が更にバックヘッドで前へ出し、反応した細川さんがボールを受けて下がっていく。


(いきなり来た!前からディフェンスして自由にさせない!)


 私はタッチライン際でボールを受ける細川さんに縦のスペースを消しながらぶつかった。ゴールから多少近い位置のため、なるべくファールは避けたい。


(下手に奪おうとせず、後ろにボールを下げさせればオッケー)


 私のプレッシャーを受けた細川さんがしばらくボールをキープし、しばらくタッチライン際でボールを動かしながら縦への突破を伺ったが、一瞬だけそれを諦めたかのように中へターンをするように左足でボールを押す。


(よし、ついて行ってボールを後ろに下げ……いや、ダメだ!)


 一瞬だけボールを中に動かしたのはフェイントで、私の動きを見た細川さんはすぐに足裏でボールを縦のスペースに戻し、一瞬で体をターンさせて私が空けた縦のスペースに走り出す。

 私もなんとか着いていくが、相手のスピードの方が速く入れ替わられた形になってしまう。


「ノーファール!!」


 それを見た味方選手が落ち着いた声で声を掛けてきた。

 悲しいことだが私が前から行って入れ替わられるのは想定済みで、その時の対応も共有されている。


(無理について行こうとせずに抉られるのとマイナス方向のパスコースだけ切る!)


 なんとか細川さんについていき、コーナーライン際でクロス体制に入るのを見て最大限足を伸ばしてコースを消した。


「クリア!」


 速いクロスはぎりぎりFW二人に合わずに抜けていき、SBの木村先輩がなんとかボールを掻きだした。


「おっしいなあ、次だ次!」


 細川さんが悔しそうに手を叩き、しかし手応えを感じた様子で戻っていく。私としても警戒していた形でいきなり決定機を作られ、分かってはいたが格の違いを感じさせられる。


(なんだ今のドリブル……今まで見たことない。足にボールが付いてるみたいだった)


 フェイントで入れ替わられた場面、足裏で中側にボールを転がし、カットインする素振りを見せてターンしてきた。

 このようなプレーをすると普通は足からボールが離れたりしてスムーズなプレーが難しいのだが、細川さんはこの動作が非常に滑らかで、考える間もなく抜かれてしまった。


(分かっていたとはいえこんなのどうやって相手をすればいいんだ……)


「オッケー、想定内!みんな話したことできてるよ!」


 監督から緊張感走るDF陣に声がかかった。それに連動して皆さんも声をかけ合う。


「うん!中しっかり締めてたし、メイちゃんもコース限定させたし、ファーストプレー良かったよ!このまま行こう!」

「はい!」


 綾乃先輩の一声で落ち着きを取り戻し、ボールは持たれながらも何とか試合を進めていく。


(プロ選手、しかもドリブルが武器の選手が相手。多少抜かれるのは仕方ない。私が期待されてるのは別の所だ)


『高科女子は失点が多いチームだけど、失点の起点になるケースが一番多いのは、奪われてからのカウンター。しかも、細川さんの所でボールロストした時はSBの選手まで前線に上がるし、戻りが特に遅いんだ』


 ミーティングでの監督の分析だが、私が今回左SBに抜擢された理由の一つが細川さんに集まるボールをインターセプトする役割に私が一番適しているからとのことだった。


(確かにボランチでそういうプレーを練習してるけど、久しぶりのSBでそれができるかどうか……)


「ヘイ!」


 しかし、考える間もなくゲームは進んでいき、相手の右CBがボールを持った所で細川さんがサイドに開いた。


(出た!ミーティングで出た形!こっちに来い!)


 一番インターセプトしやすい形は事前に共有されてある。同サイドのCBがボールを持って斜めにパスを出す。


(しかもパスが少し中側にズレたら迷わず行く!……来た!!)


 相手のCBがパスが出し、ボールの軌道が若干中寄りになるのを確認し、前に出た。細川さんの反応は少し自分のイメージとズレていたためか反応が遅れており、ボールを先にカットすることができた。


「おっけ、運んで!」


 前のスペースは開けており、素早くボールを運ぶ。ハーフウェーライン付近で相手のSBが寄ってくるのが見えた。だが、これも打ち合わせ通りだ。SBの裏に仁美さんが走って行く。


「前出して!」


(SBが寄ってきたら持ちすぎず、裏に出せば数的有利が作れる!)


 スペースを消される前に裏にボールを出し、無事に仁美さんにボールが渡った。相手の右CBもカバーに向かうが、中にはケイと高城先輩の二人がいる。


(よし、私も前線に……)

「沢ちゃんはステイ!」

(うわっと……そうだった)


 勢い余って前に出かけた所でボランチの彩音先輩に窘められた。前に行きたい気持ちもあるが、ここはカウンターに備えて待機していなければいけない。同点の時はそのようなゲームプランだった。


(うー、ボランチの時は前に出てたのに歯がゆい。DFって私の肌に合ってないのかな)


 そんなことを考えていても仕方ない。万が一を考えて細川さんのポジション取りを確認し、カウンターに備えていると、相手CBと対峙した仁美さんが縦に仕掛けてボールをマイナス方向に送った。

 そこにはケイがDFを引き連れたことにより、高城先輩がフリーで走り込んできており、ダイレクトでミドルシュートを撃った。しかし、少し力が入りすぎてしまったか、ボールはゴールの上に外れてしまった。


(惜しいなあ。でも、想定通りの攻撃はできた。クロスも合ってたし、この形を作れれば点は獲れそう!)


 私の反応もボールタッチも悪くないことが確認できた。慣れないSBで不安だったが、私なりのプレーが今日も表現できそうだ。


「サワディー、ナイスカット!」

「あ、はい、ありがとうございます」


 ポジションを取り直していると、細川さんが陽気に話しかけてきた。なんだか夏合宿の時の吉永さんを思い出すが、彼女とは違って私の心を乱すような意図はないように感じる。


「反応良かったね!もしかして、始めから狙ってた?」

「いや、それはちょっと……」

「んはは、そりゃそっか。次はやり返すからね」


 細川さんは明るく話しながら少しポジションを離れ、周りのチームメイトに呼びかける。


「オッケーオッケー、狙いは悪くなかったよ!いつも通り私にボール集めて!」

「ラジャー!」

「頼りにしてるわよ!」


 細川さんが声を掛けると、カウンターを受けて少し浮き足立った様子だった相手の最終ラインも落ち着きを取り戻した。この辺りは周りからの信頼も厚いのだろう。


(室谷の雰囲気と全然違う。全員が細川さんを信頼しきってるみたい)


 再開後もキックオフのボールを相手の右CBが受け取り、裏の細川さんにロングボールを送ってきた。


「外出していいよ!」

「はい!」


 ボールの落下地点に入る細川さんより少し前に入り、ボールが落ちる前にヘディングで外に出した。

 私が細川さんに唯一勝っているのが身長だ。このようにロングボールで細川さんを狙ってくるのを未然に防ぐのも私の役割の一つだ。


(目測誤ったら決定機だもんなあ。責任重大すぎる)


 だが、時間が進んでいくにつれてSBの感覚を思い出してきたか、集まってくるボールに無難に対応することができていた。細川さんも前半初っ端のプレー以降は強引なドリブル突破はない。


(このまま0-0の時間を長くできれば前半は100点。細川さんも大人しくしてくれてるし何とかこのまま行きたい……)


 ここまでの細川さんはサイドに張り、縦に仕掛けてくるプレーがほとんどだ。私にスピードがないことを見切ってそのようにしているのだろうが、むしろゴール前から遠ざかってくれているためその方がありがたい。


「ヘイ!もっかい!」


 相手の中盤の選手が左サイドからボールをもらって前を向き、またサイドに張った細川さんがボールを呼んだ。


(よし、ここもパスがズレた時に備えて近づいて……ん!?まずい!)


 私が近づくのを見て細川さんは急速に走行方向を内向きに変えて斜めに走ってきた。すかさず細川さんの走るスペースにボールが出される。

 私も急いで向きを変えて付いていこうとするが、前に入られ、こうなってしまうとスピードで負ける私では追いつくことができず、どんどん距離を離されてしまう。


(何やってんだ。完全に狙われてたじゃないか)


 ここまでサイドに張ってワンパターンな攻撃をしてきていたのも、この攻撃を狙っていたからだろう。 知らず知らずのウチにポジショニングをタッチライン際に誘導されており、中に走り込まれる可能性を頭から除外してしまっていた。


「ボール行きます!中警戒して!」

「はい!」


 しかし、裏をとられることを警戒した長瀬キャプテンがフォローに入ってくれる。彩音先輩も最終ラインのフォローに入った。


(裏は取られたけどフォローは打ち合わせ通り。私もなるべく早く戻らなきゃ……)


 そうこうしているウチにゴールから右斜め20度ぐらい、ペナルティエリアに少しかかった所までボールを運ばれ、相手の前線の選手もゴール前に入ってくる。その選手達には渥美先輩と彩音先輩がマークしている。


(マークはついてるけど、何かイヤな予感が……あ!!シュートコースが空いてる!)


 細川さんを追いかけながらゴール前を確認すると、ココアちゃんが早いクロスを警戒して少し真ん中寄りにポジションを取っていた。キャプテンもクロスのコースを消すように並走しており、ニアのシュートコースを若干だが開けしまっている。


(角度がないから難しいけど、ストライカーには狙われる!)

「シュート警戒!」


 思わず叫んだが、その瞬間に利き足とは逆の右足を振り抜かれた。

 ココアちゃんも慌てて反応するが、ボールの勢いが凄まじく、止めきれずに逆サイドネットに弾丸シュートが突き刺さった。


「いよっしゃああああ!!」


 ゴールが決まった瞬間、細川さんは右手を突き上げ雄叫びを上げる。注目選手のスーパーゴールに会場も揺れるようにどよめいている。DF陣も何が起こったか分からない様子でゴールの中のボールをジッと見ている。


(クソ、やられた。私が裏取られた所からだ……でも、チームとして大きなミスはなかった筈なのに……)


 確かに中へカットインしてくることを警戒していなかったのは私のミスだが、先輩達がポジション修正して着いて行くことはできていた。シュート対応にしてもココアちゃんのニアを空けたポジショニングもミスと言えばミスだが、クロスを警戒しなければいけなかった状況下でそれを責めるのは酷すぎる。


(やっぱり全てにおいて細川さんは別格すぎる……速いしボール捌きも上手いし逆足シュートすらも強烈……こんなのどうすれば……)


「ココアちゃん!早くボール戻して!」


 観客の歓声を打ち消すような力強い声が前から聞こえる。声の方向を見るとケイが手を振り上げ、ボールを要求していた。


「は、はい!ごめんなさい」


 珍しく座り込んで呆然としていたココアちゃんだったが、その声を聞き、急いでボールを戻した。


「謝らなくてもいい。私がすぐ取り返すからいつも通りね!」

「はい!」

「みんな、藤堂さんの言う通り。1失点は想定内だよ。慌てずゲームを進めよう!」

「はい!!」


 キャプテンの声かけもあり、なんとか気を取り直してポジションを取り直す。それにしても、流石はケイだ。謎の自信満々な凜とした姿でチームに落ち着きを取り戻させてしまった。


(まだまだ手段はある!一点ぐらい皆でひっくり返してやる!)


 自陣に戻っていく細川さんを睨み付けながら、私はリスタートの笛を待った。

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