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思春期フットボーラー  作者: kasic
3章 前進する少女
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ハートを燃やせ

 リスタート後、チーム全体は大きな混乱なく試合に入れているが、局所的には相変わらず私と細川さんのミスマッチは圧倒的に相手が有利になっていた。


「こんなんじゃ私は潰せないよ!」


 今もハーフウェー付近でボールをもらった細川さんが体を寄せた仁美さんを振り切り、左サイドを駆け上がってきている。


「慌てないで!ノーファール!」


 後ろを守るキャプテンからまたも声がかかった。相手はスピードに乗って走っており、ここで足を掛けて倒そうものならイエローカードを出されてしまうだろう。

 中を確認するとボランチの彩音先輩がフォローに入っていることが確認できた。


(カットインされるのは怖いけど、縦突破を警戒しよう!)


 先程の失点シーンで突破を許したことが頭によぎり、私は縦の突破を気にして縦のスペースを消しながら相対した。

 その甲斐あったか細川さんは少し減速しながら中のスペースに向きを変えてドリブルを始める。


(狙い通り!私も着いていって、ん!?やっぱり縦か!)


 だが、右足でボールタッチしながら中にドリブルしていたのも束の間、左足を使って切り返し、縦突破を試みてきた。


(そんなこと知るか!着いて行ってやる!)


 半ばヤケクソになりながら体の向きをもう一度半身に戻し、守備に戻る。コーナーフラッグ付近で右足クロスを蹴り上げる体勢に入った所で私はなんとか滑って足に当てようとした。

 だが、細川さんはそれすらも事前に分かっていたのように中に切り返し、完全に突破されてしまった。


(くっそぉ、皆さんごめんなさい!何とか守って!)


 こうなってしまうと手を合わせて祈るしかできず、中の攻防を見守る。

 すると、流石に戻って来ざるをえなかった仁美さんがカバーに戻ってきており、これ以上の突破は防いでくれていたが、フリーでクロスを上げられてしまった。


「キーパー!」


 そのクロスは何とかココアちゃんが掻き出し、素早く反応した綾乃さんが素早くペナルティエリアの外まで出す。


「オーライ!」


 ここでこぼれ球の落下地点にいち早く入ったケイがボールを受け取り、スムーズにターンしてカウンターを仕掛ける。

 若干遅れて相手CBも潰しに来たが、それを利用してケイは相手の股を抜き、前に出ようとした!


「ぐっ!」


 相手もたまらずユニフォームを引っ張ってケイを倒し、審判からはイエローカードが提示される。


(さすがケイだ。これでこっちも時間が作れる)


「精度とか気にせずどんどん前に出してください!キープするので!」

「はい!」


 ケイは後ろに向かって親指を立てながら声を張り上げた。ケイのように個人の力で立ち向かえる味方が居ることがそれだけで頼もしい。

 圧倒的な個の力に振り回されている現状で何とか気持ちを切らさずに集中できている要因の一つだ。


(でも、細川さんは気持ちでどうにかできる相手じゃない。そもそものスピードやテクニックに大きな差がある。最後の所で耐えてくれてるけど、これじゃやられるのも時間の問題だぞ)


 彼女は今まで対戦した選手の中では桁外れにスキルが高く、ドリブルやフェイントもこれまでの感覚が役に立たない。かといって試合中にアップデートできるほど私は器用ではなく、万策尽きかけている。


(どうすれば細川さんを止められるんだ……)


 細川さんはスピードと推進力があり、現状ではこちらが相手陣に侵入しても彼女にロングボールを出されることですぐに陣地奪回されている。流れを押し返すには攻撃を完結させることなくボールを奪いきる必要があるが、ほとんどの確率でシュートの手前まで行かれている。


(前半は耐えるのが目的だとは言われてたけど、このままじゃ耐えきれない……)


 今もセットプレーからのボールをキーパーにキャッチされ、すぐに駆け出した左ウイングに向かってボールが出される。こちらもスピードのある選手は左サイドでボールを運び、並走する姫花さんを振り切って中にボールを送った。


「ヘイ!こっち!」

(またか!)

 

 受け取った中盤の選手は、細川さんの声を聞くとすぐにサイドチェンジでこちらのサイドに流してきた。


(ノールック!?どんだけ細川さんでカウンター仕掛けるパターンを練習してんのよ!)


 相手の素早い攻撃にこちら側は戻り切れてない。何とか攻撃を遅らせなければ……


(抜かれたら一巻の終わり。ここは距離をとってなんとかスピードを落とさせないと!)


 そう思いながら下がりながら細川さんと対峙していたが、私の動きを見た彼女は、ペナルティエリアまでまだ15メートルほど離れていたが、ボールを中に一つ分ずらし、足を振ってきた。


(撃ってきた!?でも、遠すぎるし、軌道的には枠を外れて……え、)


 希望的観測を持ちながら後ろを振り返ると、ボールはゴール前で直角に近いぐらい鋭く綺麗な弧を描きながら落ちていき、長身のココアちゃんの目いっぱい伸ばされた手を越え、ネットに飛び込んで行っていた。

 スタジアムは一点目を越えるゴラッソに湧き、相手チーム全員が興奮して細川さんに駆け寄っていた。


(なんだこれは。サッカーって点がこんな簡単に入る物なのか……)

「メイ!座らないよ!前向いてこう!」

「あ、はい!」


 どのぐらい呆然としていたか、いつの間にか座り込んでいた私を綾乃先輩が助け起こしてくれた。


「みんな集まって!」


 前半で二点を先制される事態にキャプテンがすぐさま散らばるイレブンを集め、全員に向かって話し始める。


「大丈夫、二点ビハインドまでは想定内だからね。沢渡さんも責任を感じすぎないで、積極的にボールに行こう!」

「は、はい、やってやります」

「うん、他のみんなも、やることは変わらないからね。攻撃陣も予定通り、チャンスを逃さないよ!」

「はい!」

「よし、行こう!」

「おお!」


 すばやいキャプテンの声かけに、何とかチームは活気を取り戻し、大きな混乱は起きないままリスタートができそうだ。しかし、私の心は晴れないままだ。


(これも私が振り切られてシュート撃たれた。しかも、一点目よりも自分にムカつく!)

「メイ」


 自分の中で黒い炎を燃やしながら地団駄を踏んでいると、ケイが険しい顔をしながら話しかけてきた。


「さっきの対応はらしくなかったわよ?あんなにズルズル下がるのはあなたのプレーじゃないでしょ?」

「うん、分かってる」

「ならいい。それとさ……」


 彼女は満足したように顔を緩めると、同時に一歩体を近づけてきて、私の耳元に囁きかけてくる。


「コーナーの一本目は絶対に私に入れて。相手のエースにここまでやられて、私も黙ってられない」

「……うん、やってみる」

「絶対決めてやるから、頼むわよ」


 グータッチを交わし、お互いのポジションに戻る。

 しかし、問題は私の方だ。一点目は距離を詰めた所を入れ替わられ、二点目は距離をとりすぎてシュートを撃たれた。最適な距離感を掴めず、このまま行くとずっとやられ続ける気がしてならない。


(どうすれば……前半のウチに何かを掴まないと……)

「サワディー!」


 焦燥感を抱えながらリスタートのためにポジションを直していると、後ろから肩に手を置かれ、同じくポジションに戻る細川さんがフレンドリーに話しかけてきた。


「細川さん、試合中なので……」

「ノンノン、アリーって呼んでよ。それよりさ、今のままじゃつまんないまま試合終わっちゃうよ?」

「え……」


 心を乱されそうで足早に離れようとするが、細川さんは笑顔を保ちながらも少し目を見開き、声を低くして話してくる。


「ベンチからの指示か知らないけど、準々決勝の時みたいに攻め上がらないし、考えながら守備してるから反応が遅れてるし、そんなことで私を止められると舐めた態度とるんなら、ホントに前半で試合終わらせちゃうからね」

「う……」


 肩をポンポンと叩かれ、細川さんはカウンターに備えてハーフウェーライン付近に戻っていく。そして、こちらに顔だけ向けて叫んできた。


「もっとサッカーに狂いなよ!準々決勝の時みたいにさ。全てを飲み込むつもりのプレーを私にぶつけてきてよ!そしたら、もっともっと楽しい試合になるから!」

(全てを飲み込むつもり?準々決勝の時の私は細川さんにはそう見えてたってことで、今日の私は違うってことなのかな?この前と今日の違いって……)


 あの時は無我夢中で覚えていないことも多いが、とにかく九条さんや華音ちゃんに負けたくなくて全力でプレーしていた。


(今日はどうだ?細川さんを格上と決めつけて、距離感とか考えすぎて常に相手の土俵に立ってるかも。こんなんじゃ止められないのも当たり前か……)


 確かに距離感も大事だが、1対1で一番大事なのは気持ちで負けずに相手のリズムにしないこと。先制されてから変に意識して抜かれることを怖がって好きにプレーさせてしまった。


(相手を意識しない。日向との1対1を思い出して……意識しなくてもドリブラーがどうしてくるかは染みついてるはず……よし!)


 一度頬を叩いて気合いを入れ直し、リスタートの笛が鳴った。

 相手が二点とって俄然勢いづいてプレスに来たため、ボールを受け取った綾乃先輩はココアちゃんまでボールを戻し、ココアちゃんはダイレクトボールをクリアする。

 しかし、狙いを定められていないキックは相手の右SBに落ち、彼女は細川さんの走るスペースに頭で送った。


「来い!!アリー!」


 私は自分を鼓舞するように叫び、突っ込んでくる細川さんとマッチアップした。立ち上がりと同じような形で、あの時はクロスを上げられて決定機を作られてしまった。思えばあの時に抜かれたことで必要以上に彼女を怖がっていたかもしれない。


(気持ちで負けない、距離を詰めて私のプレーをするんだ!)


 細川さんはバウンドするボールを胸でトラップし、近づいてくる私を見て目線を一瞬縦のスペースから中に移した。


(来る!!)


 彼女がボールに追いつく瞬間、私は咄嗟に股を閉じる。

 すると、細川さんの左足のアウトで蹴られたボールがスパイクに当たって跳ね上がる。


(止まらない!)


 すぐに動き直して細川さんに体をぶつけ、今度は私が頭でスペースにボールを出してドリブル体勢に入る。


「うわっ!」


 しかし、追いかけてきた細川さんが許してくれることはなく、すぐに肩で私の体を押し、地面に叩きつけられた。それを見た審判はすぐに笛を鳴らし、私達のボールとなる。


(いったた。でも、初めて細川さんからボールを奪えた。私でもやれる!)

「ナイス、それだよ」


 私を称えるように細川さんが私を起こしてくれた。


(気にしない。次のプレーに集中!)


 実はこの瞬間がチャンスなのだ。相手はプレーが中断した時に気を抜く傾向がある。

 細川さんと相手のSBがボールから目を離すのを確認し、高い位置に残る仁美さんと目が合った。


(ここまで良い所見せられてなくて鬱憤溜まってますよね!)


 すぐにボールをセットしてボールを左サイドの裏に蹴った。すると既に仁美さんがそのスペースに走っており、気付くことに遅れた相手SBを置いて独走している。


「ファー!持ってこい!」


 ペナルティエリアにはボールを呼ぶケイ、高城先輩、大外から姫花さんの三枚が走ってきており、相手ディフェンスラインの四枚は彼女たちをマークするのに手一杯だ。


(マイナスが空いてる!……よし!)


 そこのスペースに綾乃先輩が走ってきており、仁美さんは彼女が走り込むスペースに優しいグラウンダーのクロスを出した。

 綾乃先輩はトラップすることなく足を振り抜くが、強烈なシュートはギリギリ相手のブロックを許し、ボールは枠を外れてしまった。


(おしいなあ。けど、来た、最初のコーナーキック!)


 押し込まれていてここまでチャンスがなかったが、相手のセットプレーの守備は攻撃側の選手に特定のマークをつけないゾーン式を採用しており、そこの隙をつく練習を今日のためにしてきている。


「最初のセットプレー!お見合いだけは気をつけてね!」


 予想通り相手はペナルティエリアを均等に分割して選手を配置している。そのため、攻撃側は自由に動ける環境だが、守備側からしても外されて自由にボールを合わされる心配はない。


(一回目を逃したら多分次はない。最低でもシュートのチャンスは作る!)


 私は自然を装い、こぼれ球とカウンターに備えてペナルティエリアより15メートルほど離れて陣取る。

 ホイッスルが鳴り、ボールをセットした姫花さんが手を挙げ、一瞬手を自陣側に倒した。


(行け!)


 私はゴール方向に走り、ボールがゴール前ではなく、ペナルティエリアの少し外の私が走り込む位置に綺麗な弾道で落ちてくることを確認した。相手は私にボールが出されることを予想してなかったか、反応が遅れ、フリーで何でも出来る環境だ。


「メイ!」


 ボールが落ちてくる瞬間、大声で私を呼ぶケイと目が合った。


(分かってるよ。絶対何か起こしてよね!)


 期待を込めながらゴール前の彼女に頭でボールを叩きつける。

 あまりに大声でボールを呼ぶ物だから、流石に相手にも気付かれ、DFが後ろから体をぶつけてきた。


(クソ、これじゃあシュートは撃てない。あんまりモタモタしてたらスペースもないしすぐクリアされちゃう……)


 どうしたものかと状況を見ていると、彼女は自分の前でボールが弾んだ瞬間、体を使ってDFの体を押し返し、相手に体を預けて倒れ込む。


(まさか……!!)


 その反動を使って足を頭より上に振り上げてボールに当てる。ゴール前でコースを変えられたシュートに相手キーパーは反応しきることができず、ボールはゴールネットの前に弾んでいった。


「よし!よし!」

「沢ちゃん!やったね!」

「狙い通りじゃん!こんなに上手くいくなんて!」


 ゴールを確認して思わず握り拳を作ると、後ろで守っていた綾乃先輩と彩音先輩に飛びつかれた。


「はい、ケイのおかげです!」


 さすがはストライカーだ。決めてほしい時に確実に決めてくれる。しかも相手に密着されていた状態でそれを利用してオーバーヘッドとは、常に得点のことを考えていた証拠であり、それを実行できる身体能力がある。


(やっぱりすごい、ケイが味方なら打ち合いでも負けないって気になるよね)


 まだビハインドであるため、喜ぶのもほどほどに自陣まで戻ると、ボールを運んで戻ってきたケイと目が合った。すると、彼女は嬉しそうに微笑み、親指を立ててくれた。


「ナイスアシスト!まだまだ行くわよ!」

「うん!」


 彼女の笑顔を見て、私のプレーがケイのスーパーゴールを引き出したと思うと、私も全然やれると勇気が湧いてくる。


(行ける!この試合も私のプレーでチームを勝たせてやる!)


「浮き足立たないでね!まずは守備から集中しよう!」

「はい!!」


 二点差をすぐ一点差にできたのは大きい。チームのムードが良くなるのを感じながら、猛烈な攻撃に備えて気持ちを引き締めた。

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