デジャヴ
「同点になっただけだよ!切り替えよう!」
「崩されたわけじゃない、大丈夫だよ!」
周りやベンチから次々と励ましの声が挙がる。そうは言っても私にとっては急に試合に入り、息つく間もなく失点した形だ。状況が変わりすぎてまだ体がフワフワしている。
「メイちゃん、ボーッとしないで。また取り返すよ」
しばらく立ち尽くしていると、中盤の要である綾乃先輩が肩を掴んで声を掛けてきた。
「でも、私が入った途端にこんなことに」
「メイはできることをやった。それでもやられることはある。力を出し切ることに集中して」
綾乃先輩は震える私の肩を揺らしながら、子供に言い聞かせるように話した。ここで崩れてしまっては夏合宿の二の舞になってしまう。
(綾乃先輩の言う通りだ。あの頃の私とは違うんだから)
「分かりました。もう点はやりません」
「おっけ、その意気だよ。切り替えていこう」
私の返事に満足し、笑みを浮かべながらポジションに戻っていった。私も頬を軽く叩き、しっかりと前を見据えながら審判の笛を待った。
リスタートの笛が鳴り、ボールを受け取ったキャプテンがロングボールを蹴った。しかし、残念ながらそのボールは長くなってタッチラインを超える。
「ライン高く保つよ!中盤とスペース空けないようにね!」
「はい!」
同点にされようとやることは変わらない。ツートップのプレスに合わせてこちらもラインを合わせる。そしてマークの日吉さんに好きにさせないこと。
「へい!こっちだ!」
「出せるかバカ!」
(それにしても、この人はよく動くな。日吉さんだけじゃないか)
日吉さんはスタートポジションこそCFだが、実態はビルドアップや守備の時にスリートップのウイング二人のどちらかが下がってプレーすることが多く、そこの空いたスペースに流れることが多いため、マークしづらい。
「ケイちゃん、スズ、ゴー!」
しかし、私達も当初の狙い通り、ケイと高城先輩のツートップで前プレスをかけにいく。相手はワンボランチのため、弱点はビルドアップの部分にある。ここで奪えないまでもボールを蹴らせてセカンドボールを拾えればチャンスはある。
まずケイが左CBに向かい、それを嫌がり右CBに流した所で高城先輩がそこに向かう。さらにSBまで流れた所で高城先輩は二度追いでそこまでプレスをかけにいく。
「よし、じゃあここならどうだ!」
そこで、相手の右ウイングが渥美先輩を引き連れて私達の前プレスをいなしていたディフェンスラインにフォローに向かい、そこにボールが出るとすぐにSBが明けたスペースに走りこむ。
(それはさすがに出せな……いや、来る!)
ヘルプに入った相手ウイングはトラップすることなくダイレクトで走りこむ日吉さんにボールを出した。しかし、さすがに後ろ向きの状態でピッタリパスを出すには無理があったか、ボールは流れて私の近くまで来た。
(よし、ここはしっかり止めてカウンターに繋げよう)
「メイ!後ろ来てる!」
(ウソ!隠さなきゃ)
注意の声と足音が同時に聞こえ、急いで足をボールに乗せるが、その下から相手の足が出てきた。
「いてっ!」
(ファールだよね?)
足ごとボールを刈られ、祈るような気持ちで待っていると、何とか主審は笛を吹いてくれた。ボールを奪った選手は不満そうに地団太を踏んでいる。
「ボールに行ったじゃないですか!」
「過剰に当たりに行ったのでファールです!」
しかし、審判によってはファールを取らない人も多いだろう。笛が吹かれなければキーパーと一対一になる可能性が高く、判定に助けられた形になった。
(相手が近づいてたことに気づかなかった。集中しきれてないのかも……)
「沢ちゃん慌てないで!ボランチの時と同じ!全体見てプレーしよ!」
彩音先輩がプレー再開前に声をかけてくれた。確かに、ボールを受け取る前に漫然と触っていればこのような場面が生まれてしまう。
(慌てないように……。何とか良い形でボールを触って感覚を掴めれば)
「みんな慌てないよ!ゆっくりボール動かして、相手の陣地で長くプレーするよ!」
その後、左サイドの深い位置でこちらのスローインとなり、急いで再開しようとした所で監督の指示が飛んだ。試合の流れに着いていけていなかった身としてはありがたい指示だ。
少し周りを見渡すと、カウンターに備えて日吉さんが右CBの私の近くを歩いているのが見える。
(カウンター警戒!スローインを奪われた時にロングボールをポストされないように)
スローインから左SBの渥美先輩は仁美さんが裏に走ると思ったか裏にボールを出したが、中で受けようよ思っていた仁美さんと息が合わず、コーナーフラッグ際で相手ボールとなった。
「止まらない!ゴー!」
すかさず渥美先輩もプレスに向かうが、冷静に切り返され、相手がフリーの状態になった。その瞬間を待っていたように日吉さんもポジションを下げてボールを呼んだ。
(来た!しっかり着いて行って……っと裏か!)
なんと、日吉さんはまっすぐポジションを下げたと思うと、突如斜め左に走り込んできた。それを分かっていたかのように相手選手はロングボールを左CBのキャプテンの裏に送ってきた。ライナー性のボールは日吉さんの走りこむコースとピッタリ合っている。
(精度高い!けど、ボールも強いし、きっちりトラップはできないはず……ってこれも正確じゃないか)
なんと日吉さんは強いライナー性のボールを正確に懐に収めた。自由にさせる訳にいかず、私も強く体をぶつける。
(クソ、体も強い。……やばっ)
だが、それをものともせずに鋭いターンで入れ替わろうとしてきたため、私はつい足をかけてしまった。すると少し強めに笛を吹かれ、審判が少し気色ばんで駆け寄ってきた。
「次に同じプレーをするとカード対象です。気を付けてください」
「す、すみません。……大丈夫ですか?」
「なに、何ともない。それにしても、良く着いてきたな。ナイスプレーだ!」
急いで倒れていた日吉さんに駆け寄って謝ると、良い笑顔で返してくれた。
それは良いが、今は相手の動きに完全に翻弄されてしまった。どうすれば対処できたのだろうか。
「沢渡さん、私に任せても良いのに。もっと声を出してくれないと、周りも分かんないよ」
「ご、ごめんなさい!」
不意にキャプテンから声を掛けられ、反射的に謝ってしまう。
「あ、いや、謝ってほしいわけじゃなくて、もっと私達を頼ってほしいってこと。相手は流動的に動いてきてて、一人だったら追いつかないからさ。声かけ合ってみんなでフォローしよう」
「は、はい」
そうは言うものの、さっきは日吉さんの動きを気にするので手一杯で、周りを頼る以前に周りが見えていなかった。この場合は一体どうすれば良いのだろう。
(考えてる暇はない。声も出して相手も見て周りも見てプレーしなきゃ)
なんとかセットプレーを切り抜け、こちらも気を取り直して点を取りに攻勢をしかけた。今日再三にわたって左サイドから仕掛けている仁美さんがクロスを上げ、それは惜しくも合わずに跳ね返される。
「もういっちょ!」
クリアボールを上がってきていた綾乃先輩がヘディングでもう一度中にボールを送った。
「よし、今!」
(え、今ボールを受けに行くの?)
綾乃先輩がヘディングで返すとこのタイミングで日吉さんがハーフウェイラインにポジションを下げる。前を見ると、九条さんが浮き球をダイレクトで返そうとキックモーションに入った所が見えた。その瞬間、同点弾の残像が見える。
(行かなきゃ)
「前行きます!」
「え、ちょっと待って!」
九条さんはダイレクトでボールを蹴り、綺麗なスピンのかかったライナー性のバスは日吉さんへ向かっていく。
(うそ、追いつけない。でも、こうなったら行かなきゃ……)
想定よりパススピードが速く、カットする前に日吉さんの下まで届いてしまうことは分かった。しかし、ここでやめては前を向かれた時に中途半端な距離になって相手に選択肢を与えてしまう。
(トラップした瞬間に体をぶつけて前を向かせない!)
私は日吉さんがボールをトラップした瞬間に狙い通りに体をぶつけようとした。だが、ボールをトラップする前に彼女は若干半身の態勢になり、左足と左手で私の体をブロックした。
(そんな、これじゃあ遅らせることも……)
右足で綺麗にボールをもらった日吉さんはそのままターンして位置を入れ替えられてしまった。そしてフリーで駆け上がるウイングの選手にボールが渡るのが見えた。
(追いかけなきゃ。私のせいなんだから……)
しかし、追いつくことはできず、どんどんとゴールまでの距離が縮まっていく。状況は2対2だが、相手には広大なスペースがある。
ここでボールを持っていない選手が斜めに走り、私のフォローに入っていた木村先輩が中に絞ってそこについていく。
(あ、ダメ!!)
木村先輩が絞ってできたスペースを狙って相手の中盤の選手が飛び出してきた。
相手ウイングは丁寧にそこにボールを出し、ラストパスを受け取った選手はココアちゃんの動きを見て冷静にニア側に向かってシュートを流し込んでいった。
「うっしゃあ!!」
「ナイスだ!逆転!」
綺麗なロングカウンター劇に感情を爆発させ、抱き合う相手選手達を私は茫然と見つめる。
(何やってんだ。取れもしないパスを取ろうとして、それどころか入れ替わられて…………)
私のプレーで想定される中で最悪な結果を招いてしまった事実だけが存在し、私は受け入れることができず、ただ立ち尽くしていることができない。
「気にすんな!動きは悪くなかった!相手がうまかっただけだ!」
「うん!前半もあと少しだし、もう一回気持ち入れ直そう!」
「は、はい!すみません!私は大丈夫です」
先輩たちが口々に励ましてくれるが、顔を見ることができない。リードを許してしまい、私が先輩達の高校サッカーを終わらせてしまうことが見えて来ると、震えが止まらなくなってくる。
(こんなんじゃダメ。当たるって決めたならカードをもらってでも止めないとダメだったんだ)
まだ一点差だ。このリードを少なくとも維持したまま後半に入らなくては。もう失敗することはできない。
「前半あと3分切ってるよ!人に強く行くのと、ハードワーク辞めないで!」
リスタート後、相手が勢いずいてテンポよくボールをつなぎ始め、こちらがボールへアタックしづらくなっている所で監督から声がかかった。
(私が期待されてるのはそこの部分。私がやらなくちゃ……)
今も相手が楔のパスをサイドに流し、ディフェンスラインに下げて攻撃を作り直す形でボールを回している。同点になってからはボールホルダーにマークは居るものの、体を寄せきれずに悠々とビルドアップを許すシーンが目立つ。
サイドバックから戻されたボールに対してケイがプレスをかけにいったものの、ボールを受ける華音ちゃんはトラップせずに九条さんに出した。虚を突かれてこちらの中盤は一瞬足を止めてしまい、九条先輩へのプレッシャーが遅れ、前を向かれてしまう。
「裏!持ってこい!」
左SBと左CBの間でウロウロしていた日吉さんはそれを見てゴール前に向かって斜めに走り出した。
(……来る!)
要求通りにボールが裏に出され、ノープレッシャーでボールを出したため、精度の高いボールは日吉さんの走り込む位置とピッタリ合っている。
(カバーに行かなきゃ!トラップしたらその瞬間に寄せて奪いきってやる!)
日吉さんはキャプテンを腕で抑えながら落下地点に走り込んでいる。そしてしっかりと背後から飛んでくるボールを胸で落とし、ボールをコントロールした。しかし、その瞬間ボールは誰の物でもない存在になる。
(今だ!ここで掻き出して……いや……)
私がクリアしようと駆け出した瞬間、横を向いた日吉さんと目が合った。
(このまま行ったらダメ!……だけど、……)
私がクリアしようと足を出し、そして日吉さんもボールを隠すように歩幅をボールの左側に合わせた。
(……クソ、止まんないよ……)
足を引っ込めようと試みたが間に合わず、少しだけ足が触れた嫌な感触を残し、日吉さんは前のめりに芝生に倒れていった。
________ピーーーーーーーッ________
主審が笛を鳴らし、ペナルティスポットを指さした。その瞬間、頭が真っ白になってしまった。
(これ決められたら3対1?私がPKを与えたから?私が競り勝てなかったから?私なんかが試合に出ちゃったから?)
何人かが声をかけてくれているような気はするが、何も頭に入ってこない。放心状態のままポジションに着くと、審判が笛を鳴らした。キッカーはどうやらPKを奪取した日吉さんらしい。
(私には無理だったのかな。一年生の私が、中学時代雲の上の存在だった先輩達を相手にするなんて)
日吉さんは一息つき、ゆっくりと助走をつける。キーパーのココアちゃんはじっくりと相手を見据え、動かずにゴールを隠すように両手を広げ、その時を待っていた。
やがて日吉さんはスピードを上げ、インサイドキックでボールを蹴った。ギリギリまで動かなかったココアちゃんは右方向に蹴られたボールのコースを読み、ボールをゴールラインの外に弾き飛ばした。
「よし!!」
(と、止めた!?)
ココアちゃんが小さくガッツポーズを作った瞬間、他選手やベンチ、スタンドからも歓声が上がり、ディフェンス陣はココアちゃんに飛びついている。ここで審判が前半終了の笛を鳴らした。
「すごいよココアちゃん!」
「さすがウチの守護神だ!」
「いっつも頼りになる!ホントありがと!」
「いえいえ、それより、後半からまた盛り返しましょう!」
(ココアちゃんが止めた?私が歯が立たなかった日吉さんのシュートを。一年生なのに、三年生のシュートを……)
『気づいてなかったの?今日うまくいかないのはあなたが一年生だからじゃない。あなたが下手だから逆転されたんだよ?』
誰かの声が脳内に駆け巡ってくる。その言葉に私は言い返すことができない。
(ココアちゃんがPKを止めた。ケイは今日も前線から走り回って、チーム内得点王で。一年生の中でも、足を引っ張ってるのは私だけなんだ……)
「メイちゃん!やりました!」
茫然としている私を見つけたココアちゃんが嬉しそうに駆け寄ってくる。それを見た瞬間、また私の思考は止まってしまった。
(……イヤ、来ないで)
ハイタッチをしようと手を差し伸べてきた瞬間、私はなぜか勢いよく手の甲でその手を弾き飛ばしてしまった。
「……えっと、メイちゃん?」
ココアちゃんは何が起こったか分からない様子で目を丸くして絶句した。
「あ、いや、これは……ごめん!」
足早にココアちゃんから背を向けて駆け出し、ロッカールームに戻る。控えメンバー達も出迎えてくれるが、ほとんど目を合わせることなく自分のロッカーに座り込んだ。
またやってしまった。私の失敗を取り戻してくれた味方に向かって何てことをしてしまったのだろう。なぜあんなことをしたのか私にも理解ができない。
(もう試合になんか出たくない。替えてほしい。ずっとこうしてたら替えてくれるかな?)
私は気力が湧かず、タオルを頭に乗せて下を向き、黙りこくっていた。どのぐらいそうしていただろうか、一つの足音が近づいてきて、私の前で止まった。
「なに座ってるのよ。立ちなさいよ。あなたが終わらせかけた試合をココアちゃんが救ってくれたのよ?」
藤堂恵がどのような感情をこめているか分からない平坦な声で私に語り掛けてきた。その言葉に私は何も返すことができない。
「……やる気がないなら、帰ってくれない?今のあなたは見てるだけで腹が立つの」
しばらく沈黙が流れたのち、一つため息をついて前に聞いたような言葉をかけてきた。その言葉にも何か返す意欲は湧かなかった。
「どうしたの?前みたいに言い返してきなさいよ。掴みかかってきなさいよ。本当にやる気ないことになっちゃうわよ?」
今の私にはあの時みたいに喧嘩する気力すら湧かない。その代わりに顔を下に向けたまま、弱音とも言えないような情けない言葉を紡ぎ始める。
「私には無理だったんだよ。中学時代試合に出てすらなかったのに、二つ上の先輩や全く敵わなかった同級生相手に試合で戦うなんて」
一回言葉にすると、次々と言葉が出てきてしまう。ケイにだってまた失望されてしまうかもしれない。だけど、私の舌が止まってくれない。
「ちょっとは成長したと思ってた。ボランチもやって、スタメンでも試合に出て、私が出た試合でも勝てて、今日は中学時代のみんなに成長を見せてやろうって意気込んで試合に入って、結局このザマだよ。私なんてこの程度なんだ。試合に出る資格なんてないんだよ」
矢継ぎ早に話し、一つ息をついた。するとまたしばらく沈黙が続く。
言ってしまった。ケイにはもう失望されてしまっただろう。せっかくまた友達になれて、一緒にプロを目指すと言ってくれたのに。私はまたかけがえのない存在を失ってしまった。
「……なんでそんなこと言うのよ。……」
こみ上げるように話すと、また一歩私に向かって踏み込んできた。
「ふざけないでよ!御託はいいから立ちなさい!!」
強引に立ち上がらされ、やむを得ずケイの顔を見ると、私の顔を見上げ、鋭い目で睨みつけてくるケイの顔が見えた。
(やっぱり眩しいなあ。いつもこの目に引っ張られて、嫉妬しちゃって。私は高校に入って何が変わったんだろう?)
今にも拳が飛んでくるんじゃないかとも思う緊迫した状態の中、私は身構えながらケイの次の行動を待っていた。




