名もなき高校生
「どんな弱音を言うのかと思って聞いてみれば、いつの話してんのよ!」
「いつの話って……」
中学時代の格上と戦って、順当に敵わなかったという話をしていただけだ。それがいつであろうと関係ないじゃないか。
「あなたは今どこでプレーしてるの?芳都野高校で、Bチームからスタートして、練習試合で良いプレーして、ケガも乗り越えて、先輩達を押しのけて27番なんて立派な背番号をつけてプレーしてるんでしょ!?中学の時なんてくだらないことで自分に見切りをつけないでよ!」
「くだらないって……」
「くだらないわよ!あなたが下手くそだなんてみんな分かってる。だからどうしたってのよ。周りを見てみなさい!」
迫力に負けて周りを見てみると、先発の選手、気が付けば控え選手も戻ってきていてこちらを心配そうに見つめている。
「あなたが失点に絡んだって、PKを与えたって誰もあなたを責めてる人はいない!ココアちゃんだって失敗をカバーしようって全力でPKを止めたんでしょ?」
そう言われてココアちゃんに目を向けると、彼女はいつになく力強い目つきでこちらに頷きかけてきた。そして、ケイは部屋全体を示しながら、更に叫び続ける。
「他のみんなだって全員そうだよ。メイの下手くそな自分から目を背けずに、どんな相手でも真っ向から全力で向かっていく姿が好きだから、ケガしてたのにメンバーに入って文句を言う人もいないし、今日だって形を変えてまで試合に出てるんじゃない!」
さらにケイは胸倉から手を放し、代わりに弱々しく握りこぶしで私の胸を叩き始めた。
「私だって、あなたと一緒に戦いたい。真面目で、負けず嫌いで、いつもひたむきで、サッカーが大好きで、そんなあなたと勝って、全国に行ってメイのサッカーをたくさんの人に見せつけたい。なのに、中学のことなんて過ぎたことで諦めないでよ。そんなことを今の全力を出さない理由にするな……」
最後は嗚咽を交えながらも私への思いを語ってくれた。
注目している他の選手も私に対して呆れている様子はない。
(なんでみんなこんなに優しいんだ。途中から出てきて、まったく通用してない選手に)
「はい!そこまで!」
しばらく言葉を失っていると、背後から何かで床を少し強く叩く音が聞こえた。
「その先は学校帰ってからね。時間もないし、手短にすませるよ」
ホワイトボードを床に置き、手を叩きながら私達を窘めると、ケイは渋々と私から離れる。後半のゲームプランの説明が行われるようだ。
「後半、彩音に代わって沙織を左SBに入れます。アツはCBに戻って、メイがボランチね?」
「はい!」
「……分かりました!」
(え、なんで彩音先輩が……)
替えられるのはまるで役割を果たせていなかった私だと思っていた。なのに、なぜ……
「メイ!分かった?」
「あ、はい!」
監督は返答がなかった私に向かってさらに問いかけ、反射的に答えてしまった。替えてほしくてわざと無気力な態度をとったクセに、なんと厚かましいことだ。
しかし、そんな私の態度は気にせず、監督は少し微笑みながら頷き、私達に語り掛ける。
「まず、一点ビハインドのこの状況は、監督である私の責任です。みんな、本当にごめんね。私の采配がみんなに混乱を招いちゃった。交代してもらう彩音もプレーが悪かったわけじゃないんだ」
不甲斐ないプレーの時はいつも厳しい言葉を投げかける監督が頭を下げるこの状況に私達全員が言葉を失っている。
「だけど、後半、もう一度私の指示に従ってほしい。みんな、どうかな?」
「当然ですよ!みんな、監督に疑問を持ったりしてません。みんな、そうでしょ?」
「はい!」「私達も気持ち切り替えます!」
監督からの言葉にすぐさまキャプテンが答え、キャプテンの呼びかけに全員が呼応する。
「ありがとう。まず、後半選手の配置を入れ替える理由は、もう一度試合開始前のゲームプランに立ち返りたいからだよ。前半、負傷交代があってアツをSBにしたけど、直後に同点にされたこともあってバタバタさせちゃった。もう一回、日吉さんと九条さんを自由にさせないっていう原点に戻ろう」
そこまで話すと、監督はホワイトボードのマグネットを動かしながら続ける。
「相手の得点とPKのシーンは全部九条さんのパスから始まってる。一点目のロングスローは置いといて、あとは九条さんへプレッシャーをかければあそこまで好きにやられることはなかったはずなんだ。そこで、メイには九条さんにプレッシャーをかける役割になってほしい……メイ、良いね?」
「は、はい!」
監督はまだ私にキーマンのマークという重大な仕事を与えるつもりのようだ。前半その役割をまったく果たせなかった私になぜ……
「そのほかの人も同じ、前線から前にプレス行って、中盤から後ろもビビらずに着いていくこと。相手の攻撃は中盤から前線にロングパスを出す所から始まってる。起点さえ押さえれば自然とこっちにもチャンスが生まれるはずだよ」
「はい!」「やってやります!」
他の先輩達は、やることが明確になって士気が上がり、みんなが声を掛け合い、集中力を高めている。
「あと、フォワードの二人は役割を変えてみて。五十鈴が前線で、ケイが下りてポストプレーみたいな」
「はい!ケイちゃんもいい?」
「……分かりました」
若干ケイは頬を膨らませて不満そうにしているが、監督からの指示とあってはさすがに聞くようだ。
監督はその様子を見て少し呆れたように一息つき、意図を話し始める。
「あのね、これはケイを相手のマークから解放させる意味での変更なんだよ。二次リーグの途中から中盤とDFはずっとケイを気にしてる。その状態で最前線に居たってフリーになるのは難しい。それを中盤に下がることによって相手の視線を変えさせようって意味」
「……分かってますけど」
「それにさ、後半からメイがボランチでしょ?メイは前線に飛び出していくプレーも得意だし、体の強いケイが近くにいた方が色々と相乗効果があると思うんだ」
「……確かに、そうですよね。分かりました。その形で結果を出してやります」
監督からの言葉を受け、ちらりとこちらを見て、満足したように少し笑顔を浮かべ、頷いた。監督もさすがに扱いがうまい。そうこうしていると、入場を促すブザーが鳴った。
「よし、行こう!」「やるぞ!」
(……あ、えっと)
「沢ちゃん、円陣組むよ!」
ケイとひと悶着していたため、後半へ向けての準備ができておらず、少し出遅れていると彩音先輩が私の肩に手をかけ、輪に引き入れてくれた。円陣を組むと、監督がさらに力強く私達に語り掛ける。
「最後に、もう一回自分たちの力を信じること。春からここまで、散々みんなを走らせたし、細かいプレーにネチネチと注意してきたよね。相手は確かに私達より経験も技術もあるかもしれない。だけど、私達もたくさん努力してきた。辛い練習、苦しい試合を乗り越えてここまで来た。後半40分、それを全部発揮して帰ってきなさい!」
「はい!!」
「よし、キャプテン、お願い!」
「はい!みんな、ここからもう一回スタートだよ!」
「はい!」
「自分を信じて、みんなを信じて、全力で走りきろう!」
「はい!!」
「よし、全国行くぞ!!」
「おお!!!」
あっという間に円陣が解かれ、皆さん意気込み十分にグラウンドに散っていく。
だが、私はといえば、まだ足取りが重い。
(グラウンドに出るのが怖い。今度失点に絡んだら、もう二度とグラウンドに出られないような気がする)
「沢ちゃん、大丈夫だよ!」
ポンと肩に手を置かれ、振り向くと、そこには途中交代となった彩音先輩が笑顔を浮かべて立っていた。
「沢ちゃんならやれる、胸張って頑張ってきて?」
「彩音先輩、良くないプレーをしてたのは私なのに、」
「そこから先は言わなくて大丈夫!」
気弱な先輩にしては珍しく食い気味に言葉を遮られ、私は自分の失言に気づいた。思わず口元を抑えた私を見て、彩音先輩は苦笑しながら続ける。
「いやいや、怒ってるわけじゃなくてね。沢ちゃんと替わるのは、私自身納得してるんだ。監督は自分の責任って言ってたけど、私が6番の人にビビってアタックに行けてなかったのは事実なんだよ。それで沢ちゃんと富美子には負担かけちゃってた。その点、沢ちゃんは結果は失点になったかもしれないけど、どれだけやられてもプレッシャーに行き続けてたよね。だから、私に代わって沢ちゃんが入るのは自然なことなんだよ」
「でも、ボランチに入って私ができることなんて……」
「大丈夫!」
思わず弱音を吐く私に対して、彩音先輩は私の肩に手を置き、顔を覗き込みながら穏やかに話し続ける。
「練習や二次リーグで隣でプレーしてたけどさ、私は沢ちゃんの一生懸命なプレーにいつも引っ張られてたんだよ?ここまでスタメンでいられたのも沢ちゃんのおかげなんだ。だから、今日も大丈夫。沢ちゃんは自分のプレーをするだけで、この雰囲気を変えられる」
「彩音先輩……」
「ごめん、話しすぎちゃった。審判に目ぇつけられる前にピッチに行こう」
「は、はい!」
背中をポンと押され、通用口からグラウンドに向かう。そこには控え選手が並び、後半出場する選手を送り出していた。
「沢ちゃんファイト!」
「あんたならやれるわよ!」
「Bチーム組の魂見せてやれ!」
皆さんに力強く手を叩かれ、グラウンドに向かう。そこには室谷高校の皆さん、日吉さん、九条さん、華音ちゃんも出ていこうとしている。それを見ると自然と足がすくんでしまう。
(……やっぱり怖いよ。私じゃあ敵わない)
「ほい、何やってんの?さっさと行くわよ」
少し足を止めていると、すぐ後ろから頭をポンと叩かれ、そこには綾乃先輩が呆れた様子で溜息をつきながら立っていた。
「綾乃先輩……あの」
「何?怖いの?呆れた。そんなに怖いならさっきみたいに縮こまってなさいよ。出るって決めたならさっさと行きましょ」
綾乃先輩は珍しく少し棘のある態度で私に入場を促してきた。その様子に私も気持ちを奮い立たせてピッチに向かう。
それでも綾乃先輩はこちらを見ようとせず、顔を背けたまま隣を歩いている。
「えっと、怒ってます?」
「怒ってるに決まってるでしょ?二次リーグの最終戦で、一人で戦うな、サッカーはチームスポーツだって偉そうに説教かましてきたヤツはどこのどいつだっけ?」
「あ……」
そういえばそんなこともあった。あの時は腹が立って怒鳴ってしまったが、今思えばなんというお前が言うな案件だろうか。
「まあ、だからこそ怖いのは理解できるけどね。私も一人で戦ってたから、自分のプレーでチームが負けるのが怖くて震えてた。それをメイちゃんが助けてくれたんだ。だからこそ、あの時の言葉をそっくりそのまま返してあげる」
綾乃先輩は顔をいつもの穏やかな顔に戻し、こちらに語り掛ける。
「私達が求めてるのは芳都野高校のメイちゃんなんだ。クソ生意気で、かわいい後輩で、いつも全力で体張ってるメイちゃんなんだよ。負けたら終わりの試合で一緒に戦いたいし、全力で戦い抜けたなら負けたって悔いはないんだ。みんなだって同じ。ほら、聞いてみな?」
「え?」
「お、沢渡さん出た!」
「ホントだ!」
いざピッチに出ようという時、綾乃先輩は後ろのスタンドを指さした。すると、メンバーに入れていない皆さんが全員暖かい目でメガホンを叩きながらこちらを見ていた。
「メイ!後半頑張れ!メイならやれるよ!」
「有希……」
有希が最前列まで出てきてこちらに向かって叫んできた。なんだか目の奥が熱くなってくる。
「やっとこっちに気づいてくれたよ!みんな、今日一番の声で……さ・わ・た・り!!」
「沢渡!沢渡!沢渡!沢渡!」
コールリーダーの掛け声、太鼓係のリズムで私の名前を大音量でコールしてくれている。
私は急いで手を叩き、頭を下げてそれに応えた。
(もしかして、試合に入る時もコールしてくれてたのかな。全然気づいてなかった……)
コールリーダーや太鼓係は、メンバーに入れなかった三年生だ。そんな人達が応援してくれていたのに気づかないなんて、余裕がないにもほどがある。
「ね、みんなメイちゃんを応援してるでしょ?だからさ、相手とか自分の実力とか置いといて、まずはこの試合に全力を尽くそう。みんな付いてるんだから」
「……はい、やっと目が覚めました」
皆さんの大声援でやっと自分のやるべきことを再確認できた。前半は勝手に過剰に入れ込んで試合に出て、上回られて落ち込んで、味方にも失礼な態度をとってしまった。
(何が成長した自分を見せるだよ。成長なんか少しもしてないじゃない!)
『そう、もっと言うと、成長してるかどうかなんて、どうでもいいでしょ?』
(そうだよ!大事なのは、今の仲間と私達の全力を相手にぶつけることだったんだ)
脳内に語り掛けてくる誰かに心の中で返事をしていると、すでに輪になっている皆さんにようやくたどり着いた!
「メイちゃんこっち!早く円陣組もう!」
「……ん、仁美の言う通りだよ?」
「はい!」
二年生の仁美先輩と姫花先輩が間を空けて待ってくれていた。そこに私は小走りで入る。
「よし!全員揃ったね!ビハインドだけど、まだまだ時間もあるし、意識せずに進めよう」
「はい!」
「もう一回アグレッシブにサッカーしよう。スタンドのみんなも含めて、頼りになるみんなが揃ってるんだからね!」
「はい!」
「よし、じゃあ行くよ!芳都野高校、ファイト!」
「おお!!」
「メイちゃん!」
「ココアちゃん……あのさ……」
「何も言わなくていいですよ。気にしてませんから」
勢いよく円陣が解かれ、皆さんとハイタッチをしていると、ココアちゃんが後ろから声をかけてきた。
さすがに少し気まずいが、彼女は何もなかったかのようにいつも通り笑顔で私の手を優しく包んだ。
「メイちゃんはプレーで返事をしてくれる選手です。後ろには私がいます。何も気にせず思い切ってプレーしてください!」
「ココアちゃん……ありがとう、頑張るよ!!」
「はい!」
「メイ!キックオフ!」
「うん!」
後半は芳都野高校のキックオフだ。FW二人は真っ先に前線に駆け上がるため、キックオフのボール出しは私に任せるらしい。
「……勝つよ」
「うん……」
ケイとガッチリと手を組み、二秒間ほどそうしながら一言だけ言葉を交わし合う。手が離れた後も注入された闘魂が腕に残り続けている。
______ピーーーーーー______
笛が鳴ると同時にボールを綾乃先輩に下げ、ボールをサイドに振り、サイドの選手はロングボールを逆サイドに出すが、ボールは合わずに相手のSBまで飛び、そのボールがキーパーまで戻った。
(来る、ファーストプレー!)
「こっち出して!」
九条さんが少しサイドに開く2CBの間に顔を出してボールを呼んだ。そこで、私は気づかれないように小走りで距離を詰める。
(今だ!行け!)
「彩澄さん!後ろ来てます!」
「オッケ!」
ボールが出た瞬間スプリントでプレッシャーをかける私に気づき、九条さんは私が体をぶつける瞬間にキーパーまでボールを戻す。
「ゴー!」
またそれを目掛けて高城先輩はキーパーに向かっていき、たまらずキーパーは長いボールを蹴って逃れる。しかし、そのボールはラインを超え、こちらのボールになった。
「皆さん、この調子でアグレッシブに行きましょう!」
「はい!!」
私が手を叩きながら鼓舞すると、皆さんも呼応して返事を返してくれた。
(私が成長しているかなんてどうでもいい、今の私は芳都野高校の27番、代表歴もなし、中学でも控えの名もなき高校生だ。でも、いつだって全力で戦ってきた)
前半はケイの言う通り、どうだっていいことに囚われてしまった。あれでは良いプレーなんてできるわけがない。
(そんな無名選手の全力プレーを受けてみやがれってんだ!!)
なんとか気持ちを入れ直し、私は味方のスローインに駆け出していった。




