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思春期フットボーラー  作者: kasic
2章 足掻く少女
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先輩

 私が高校からサッカーを始めたってことは知ってるかな?それまでは、特に中学に上がるまでは色んな習い事をやってたんだけど、長くやることはなかったんだよね。こう見えて要領はいい方でさ、すぐにそのグループの中で一番になっちゃって、飽きて辞めるって感じ。いま考えたら我ながら痛いクソガキだったよ。

 そんな風に忍耐力のない中学生になって入ったのが野球部。小学校からの友達に誘われたからってのと、少しだけやったこともあったからっていう大したことない理由なんだけど、そこで私はすごい同級生の投手に会った。速球は浮き上がってくるし、変化球は冗談抜きでボールが消えるんだよ?初めてこの子には敵わないって子に思ったよ。

 それでも入学早々から試合で投げてるその子からエースを奪ってみたいって思って、私も投手を始めたんだ。走り込みなんて苦しいこと大嫌いだったのに、その子が走り終わるまで続けたし、投げ込みだってマメが潰れるまでやった。本気で何かに取り組んだのは初めてで、キツかったけど、今思えばすごく充実してて、楽しかった。

 それで、最後の最後の夏の大会で、私がエースナンバーをつけることになった。私がその子を追い越したんじゃなくて、その子が直前でケガして万全じゃなかったからなんだけど、それでも私が初めて競争に勝ってレギュラーになった。でも…………


「あの、綾乃先輩、大丈夫ですか?」

「……うん、大丈夫」


 ここまで話し終わったが、綾乃先輩は明らかに話しづらそうに語りが途切れ途切れになり、深呼吸を繰り返していた。


「ごめんなさい、ここまで聞いておいて今更なんですけど、全部は話さなくても」

「本当に大丈夫。メイちゃんには迷惑かけるし、話さなくちゃいけないって思うから」


 先輩はもう一度深呼吸をすると、意を決したように話し始めた。


 最後の最後でエースに選ばれた中での試合は、今までの試合と全然違った。みんなを納得させる投球をしようと思ったら、ちょっと打たれただけであの子がエースだったらって思われそうで、味方からのかけ声も全部敵みたいに思ってさ。それでも何とか騙し騙し投げてたんだけど、それでもある日限界が来ちゃって。

 その日は相手もウチも全校応援で、私の一球一球に歓声が上がったり、ため息つかれたりするのがダイレクトに伝わってきた。そうなるともうボロボロで、足が竦んで体が重くて、ストライクもまともに入らない。悲惨な内容で、そのせいでチームも負けた。


「……それで、どうなったんですか?」


 そこまで話し終えた綾乃先輩は、いつもの陽気な先輩はどこへやら、今にも泣き出しそうな顔で俯いてしまった。こうなったら私も最後まで話を聞かなくてはいけない。私が続きを促すと、先輩も弱々しく話を続けた。


「うん、それで……」


 酷い投球をして、私にせいで負けたのに、泣きじゃくってる私を誰一人責めなかった。それが逆に罪悪感になって、より一層号泣しちゃったんだけど、その時にあの子の大きな声が聞こえた。


「綾乃!顔上げて!」


 私もビックリして顔上げちゃってさ。てっきり引っぱたかれるのかなって思って、だけど、それならそれでスッキリすると思って待ってたら、思いっきり抱きしめられた。


「泣かなくていい。綾乃がエースで良かった!」


 一瞬何が起こったのか分からなくて、だけど、あの子が泣き始めたのを見て、それでしばらく一緒に泣いてたよ。今でも、あの子も、野球部のみんなも何で私を責めなかったのか、理由は分からない。


 それで、本題はここから。

 それから私は練習場でも足が竦んでまともに投げられなくなって、中学卒業に合わせて野球は辞めた。高校に入学した後に選んだ部活が同じクラスだった子に連れられて、今までやったことなかったサッカー部だよ。その時のウチは上手い人も多かったんだけど、上級生優先の練習も緩い部活で、私も気楽に過ごしてた。副キャプテンまで任せられちゃったのは意外だったけど、それでも大したことないかなって思うぐらいにね。それが、監督が替わって、雰囲気も変わった。

 本気で全国を目指して本気で練習するのは別に良いと思ったんだよ?それができる技術がある人も多いし、環境だってある。それ自体は楽しいって分かってるから、私だって必死に練習した。


「それじゃあ、先輩が最近様子がおかしいのって…………」


 うん、一次トーナメントまではまだ良かったんだけどね。けど、二次リーグに入って、強い相手と当たるようになってから、また中学の時みたいに体が動かなくなった。特に三年生は受験だってあるのに、このチームでサッカーを続けたいから必死に頑張ってるって思ったらさ。この前の失点の時だってそう。シュートを撃とうって思ったのに、体が前に進まなくて、ボールを盗られてカウンターになった。あの時に交代してもらったのも、今日試合に出たくなかったのも、それが原因。私が出たら絶対みんなに迷惑かける。


「メイちゃんにはホントごめんって思う。三年が一年に大変な所を替わってもらうんだから。けど、メイちゃんは試合に出たいんだよね?監督からのポジション変更の指示に逆らうぐらいにさ」



(そっか、そういうことだったんだ)


 全て話し終えると、先輩は私に縋るように声を震えさせた。そういえば、ボランチにコンバートを言い渡されたのを散々ごねた時の会話を綾乃先輩には聞かれてしまっていた。あの時何か話したそうにしていたのはこのことだったのかもしれない。


「お願い、こんな情けない私に替わって試合に出て。メイちゃんなら上手いし、努力もするし、誰も不思議に思わない。私が出るより、キミが出た方がみんなも嬉しいし、チームだって勝てるよ」


 弱々しく手を握られ、いつもは陽気で頼りになる先輩から上目遣いで懇願された。そんな姿を見せられては、返事としては一つだけだった。


「分かりました。今日は私が試合に出ます。弱虫な綾乃先輩に替わって」

「……良かった、ありがとう」


 先輩がホッとしたように息を吐き、そう返事をした。だけど、私には言っておかなければいけないことがまだある。


「先輩、何で野球部のその人が先輩のことを責めなかったのか、分からないって言いましたよね?」

「うん、分かんないよ。自分が投げてればって思うはずじゃん。ケガさえなかったらその子がエースなんだし」

「私には分かります」

「え?」


 私の自信満々な物言いに綾乃先輩は目を丸くした。そう、その人の気持ちがこの先輩にまるで伝わっていないのが腹が立ってしかたない。一言物申さないとその頃の野球部の方々が浮かばれないではないか。


「誰も自分を責めない?当たり前じゃないですか。綾乃先輩が一番上手かったんだから。だからエースになったんでしょう?だからその人も、他の人も、チーム全員が納得してたんでしょう?だから、その綾乃先輩が打たれて負けても、誰も責めなかったんでしょう?」

「……何言ってるの?」


 この後に及んでこの先輩はまだ分からないようだ。こうなればハッキリ言っておかなければいけない。


「そうやって納得させるしかないんですよ!自分が出られずにベンチから見ることしかできない悔しさを!綾乃先輩が誰よりも頑張ってたから。誰よりも走り込んで、マメが潰れるまで投球練習して、プレッシャーの中で最後の大会のマウンドに上がって。そんな綾乃先輩で負けるならしかたないって納得したから、責任を感じるなってその人は言ったんです」


 綾乃先輩は俯いて私の話に聞き入っていた。私の方もそこまで言って少し冷静になれた。


「先輩、みんなが求めてるのは綾乃先輩なんですよ?10番で、中盤の要で、頼れる副キャプテンで、負けたら終わりの試合で一緒に戦いたいのはそんな綾乃先輩なんです。失敗したって、ミスして負けたって、先輩が全力でプレーしたって事実があれば、みんな悔いはない。……私じゃあ、ダメなんです」

「……メイちゃん、私は……」


 先輩は弱々しくか細い声を上げ、何かを話したそうにしたが、なかなか言葉が出てこないようだった。


「先輩、今日は私がスタメンです。必死に頑張ります。綾乃先輩より下手でも、チームのために倒れるまで走ります。だけど、もし私で力不足だったら、……その時は私に替わって先輩が出てください。私も、綾乃先輩なら納得できます」


 精一杯笑顔を作りながら、励ますように力を入れて話した。綾乃先輩は引き続き言葉を出せないようだ。


「辛いことなのに、話してくれてありがとうございます。おかげで気合いが入りました。今日は絶対勝ちましょう。一緒に全国に行きましょう!」


 そこまで言って、私は踵を返した。感傷に浸るのはここまでだ。今日はどんなプレーをするか、イメージを作り上げよう。

 そうしてバスに乗り込んだ後も私は集中を深めるため、誰とも話さずに今日のプレーのイメージを続けた。


 試合会場に着き、ミーティングでスタメンに私の名前が上がり、その瞬間に少しだけ空気が変わったような気がしたが、大きく混乱が起こることなくウォーミングアップまで終了した。


「あの、沢渡さん!」


 整列に向かおうとすると、長瀬キャプテンに声を掛けられた。あまり一対一で話したことはない先輩だが、どうしたのだろうか。


「えっと、綾乃にメイちゃんを頼むって言われて……いや、それは言わない方がいいんだっけ」


 思いっきり口に出てしまっているが、その綾乃先輩の方を見ると、腕を組んでじっとベンチに座っている。


「……こうやって一緒に出るの、久しぶりだね。だから……えっと……」

「そういえばスタメンは久しぶりだな!このままボランチのレギュラー奪っちまえよ!そしたら私のCBの座は安泰だ!」


 私達の会話を聞いていたCBあの渥美先輩が割り込んできた。明るい先輩が入ってきたので、雰囲気が少し和んだ。


「それなんか小物っぽいよ?漫画だったらかませ犬で終わるタイプだ」

「はは、つい本音が出てしまった。まあそのぐらいの気持ちで行こうぜ。ずっと怖い顔してるけどさ。ほい、笑顔ー」

「ぶ、ちょっと、やめてください」


 渥美先輩に脇腹をくすぐられ、笑いながら身をよじっていると、キャプテンが引きはがしてくれた。


「やめなよ、いじめっぽい」

「わりいわりい。お、いい笑顔になった。そんな感じでいいぞ。じゃ、頑張ろうぜー」


 そう言うと、渥美先輩は整列に向かっていった。キャプテンは呆れたように腰に手をやり、私にもう一度話しかけた。


「けど、怖そうな顔してたのはその通りだよ?緊張しなくてもオッケー。沢渡さんのスタメンに文句ある人なんて誰も居ないからさ」

「はい、ありがとうございます」


 私が頷き、はっきりと返事をすると、キャプテンも満足そうに整列の先頭に向かっていった。


(なんか心配かけてるなあ。そう言えば、確かに顔がずっと強ばってるかも)


「沢ちゃん、今日も頑張ろうね!私も緊張してきたけど、あれほど練習したんだから大丈夫!」


 審判からの確認が終わり、整列が完了すると、前方に居たボランチの相方である彩音先輩も話しかけてくれた。


「はい、彩音先輩が一緒で良かったです。おかげで緊張も解れてきました」

「そっか、良かったあ。むしろ私の方が沢ちゃんが居てくれて助かるよ。控え組で一緒にやってたし、一緒に出られて嬉しい」

「はい、私も嬉しいです」


 先輩達が次々と話しかけてくれ、私の先発が受け入れられていると感じる。そのおかげか、試合開始前に入れ込みすぎていた気持ちが大分軽くなった。


「で、もう大丈夫なのかしら?」


 更に後ろから少し棘のある声が聞こえた。振り返ると、チーム得点王の藤堂恵がジトッとした目でこちらを見ていた。


「あ……うん。ごめん、心配かけてた?」

「当たり前でしょう?話しかけても上の空だし。何があったか知らないけどさ」

「うん、ごめん」

「別にいいけど、今日も私達二人でチームを勝たせるんだからね?」

「……そうだね」

「違いますよ!ここにいる全員で勝つんです!」


 私が頷くと、ケイの後ろからココアちゃんがヌッと顔を出して注意してきた。


「全員でミスをカバーし合うのがサッカーですからね?メイちゃんがミスしても、私が絶対に止めて見せますよ!」

「ありがとうココアちゃん。おかげで大胆にプレーできる気がする」


 そうこう話していると、選手入場のホイッスルが鳴った。皆さんの心遣いがありがたい。おかげで平常心のままプレーできそうだ。

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