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思春期フットボーラー  作者: kasic
2章 足掻く少女
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不自然

 二次リーグ二戦目、勝利を納めてから早くも一週間が経とうとしており、いよいよ運命の第三戦目の前日を迎えていた。いつも通り行われる任意参加の朝練では、この一週間、ボランチの先輩である、彩音先輩とナツ先輩がボールを受けてターンする訓練をつけてくれていた。


「戻したら動いて!縦だけじゃなくて横にも!」


 彩音先輩からのパスをダイレクトで落とし、私はディフェンス役を務めてくれているナツ先輩を振り切るべく、左前に向かって全速力で走った。私からの落としを拾ってくれた彩音先輩はそこにボールを送り、私はそのボールをトラップしてターンする体勢に持って行く。


「あ、ダメ!」

(うわ、やばい!)


 私が体を回転させて前に持って行こうとした所で、ナツ先輩の足が伸びてきた。為す術無くボールは弾かれ、そのルーズボールを彩音先輩が拾った。


(うわー、またやっちゃった)


 今の失敗は、実際の試合ではこぼれ球を相手に拾われてカウンターを受けてしまう可能性がある、ボランチが一番やってはいけないプレーだ。くれぐれも気をつけなければ。


「首振るの忘れちゃったね。もう一回やろうか」

「すみません、お願いします!」


 一連の流れをもう一度繰り返し、私は動きながら首を振り、ターンできるスペースを探した。


(直線的な動きだけじゃダメ。もっと緩急つけて)


 私はボールを落とした後、ゆっくりと前に下りていくと見せかけ、急激なサイドステップでナツ先輩の逆をついた。


「左ターン!」


 指示が飛び、私は状況も確認してスペースがあることを確認し、左回転で前を向いた。ナツ先輩はまだ追いついておらず、前方に大きなスペースが見える展開になった。


「今の上手かったよ!板に付いてきたね!」

「うん、今のはやられたわ」


 私のターンを見届けると、先輩達は私の所へ駆け寄ってくれた。ポジションを争う私にここまで親身になってくれてありがたい限りだ。


「ありがとうございます、まあ、実際の試合は相手がたくさん居るし、しつこいしで、もっと難しいんですけどね」

「それでも動き方は一緒だからね。今の沢ちゃんなら試合でも良い動きができるよ」

「そうですかね、あとはサイドチェンジなんかのロングパスとかができたら、もっとボランチとしてチームに貢献できると思うんですけど」


 中盤の位置で相手のプレッシャーの中でフリーになってボールを受け、なおかつ精度の良いロングパスを蹴るのは思った以上に難しく、なかなか上手くできていなかった。それは先輩方も同じようで、彩音先輩は自信なさげに眉毛を下げた。


「うーん、私も綺麗なサイドチェンジを出すのは得意じゃないんだよねえ。綾乃でも全部は成功しないって言ってたし。」


(綾乃先輩か…………)


 私は波の激しいこのチームにおいて、安定して高い水準のプレーを見せていた背番号10の姿を思い浮かべた。二次リーグでの二試合は本来の姿とは程遠く、更に前の試合では自分から交代を申し出てしまった。あれは本当に単に調子が悪かったというだけの理由なんだろうか。何か別の理由があるのではないかと思える。


「綾乃先輩といえば、最近は朝練に顔見せないですね。この前の試合もシュートを撃たなかったりで、調子悪そうだったし、どうかしたんですかね?」

「私はクラス違うからなあ。練習では普段通りに見えるけど、二次リーグに入ってから様子がおかしいよね」


 先輩達の見解も同じらしい。良いプレーをしようとして失敗したというより、二次リーグに入ってから、綾乃先輩はどこか上の空だったり、シュートを撃てる場面で撃たなかったりで、遂には先日の試合では失点の起点になってしまった。夏合宿中に私が陥ったみたいに、精神的な要因でプレーが縮こまってしまっているのだろうか。思えば夏合宿の時から何かを憂いているような様子が見られていた。


「何か悩んでるなら相談してほしいんだけどね。私じゃ頼りになんないのかなあ」


 彩音先輩が寂しそうにため息をつきながら呟いた。あの先輩に関して言えることは今の彩音先輩の言葉に尽きるだろう。


 



「まあ、何にせよムカつくんだけどさ」

「それ、すごく分かるわ」


 そう話すのは、私の盟友、一年生でありながらチーム得点ランキングでトップを独走する藤堂恵だ。彼女は腕を組みながら、唇を尖らせて話した。現在は昼休みで、私達は有希とココアちゃんを交えた4人で昼食のテーブルを囲んでいた。


「おおう、はっきり言うんだね」


 彼女の毒舌にまだ慣れていない有希は目を丸くして反応する。


「だって、みんな試合に出たくて必死に頑張って、その中から選ばれたのに、自分から替えてくださいだなんて……それなら最初から出るなって言いたいわ」

「うん、私も同じかな。しかも私は当事者だし」

「私も同じくです。原因は分かりませんが、あの態度は起用してくれた監督やコーチ陣にも失礼ですよ」


 私とココアちゃんが同調すると、ケイは何度も頷きながら話を続けた。


「それだけじゃないわ。私、あの人のこと前から好きじゃない」

「どういうこと?」


 私が首を傾げながらそう尋ねると、彼女は腕を組み、顔をしかめながら話す。


「確かに高校からサッカーを始めたとは思えないほど、パスもトラップもドリブルもシュートも全部うまくて、私よりも才能あるぐらいだと思う。だけど、ボランチのクセして球際に厳しく行くとか、チャンスにゴール前まで駆け上がっていくとか、プレーに必死さが無いのよ。今のメイとは逆ね」


 そう話すと、ひそめていた眉を戻し、今度は得意気に人差し指を立てながら、穏やかな表情で話を続けた。


「その点メイはまだボランチ始めたばかりで技術的にはまだまだで、判断も遅いしで、見ててイライラすることも多いけど、その分ピッチを走り回って全力でチームに貢献してる。そういう選手の方が私も元気出るし、チームにとっても絶対に良いはずよ」


 彼女は一通り話し終えると、なぜか満足げに頷き、側に置いていた水を口に含む。……罵倒していたように感じたのは私だけか?

 それを見た有希が意地悪げに笑いながら話す。


「なるほど、長々と話してるけど、要は、私は沢渡鳴さんのことが大好きですって言いたいわけね」

「ぶほっ!!」

「ちょ、ちょっと……大丈夫?」


 有希の意訳を聞くと、ケイは綺麗にむせ返り、まるで漫画のワンシーンのように水を吹き出した。上品な顔立ちが台無しだ。


「ち、違うわよ!そんなこと言ってないじゃない!」

「それじゃあ、メイちゃんのことは好きじゃないんですか?」

「あ……いや、それは違わないけど……今のは選手としてのことを話しただけで、個人のことは話してなくて……」


 そう言うとケイは遂に顔を赤くして俯いてしまった。そんな表情をされるとこっちの方が照れてしまうではないか。


「分かったから、ケイはこれで服とお盆ふいて。二人もそろそろいじめるのやめようね」

「あはは、ごめんごめん。こんだけ熱く語るのが珍しくて、ついね。じゃあ話を変えようか。……そういえば、明日は勝たなきゃ決勝トーナメントには進めないんだよね?明日の相手はどのぐらい強いチームなの?」

「その質問、待ってました!相手の鴨川高校は、例年の強さで言うと、ランクとしては三強の一つ下の高校ですね、ここ最近のベスト8常連校で…………」


 それからはココアちゃんの講釈が昼休み中垂れ流されていった。それはそれとして、どうやら綾乃先輩と親交の深くない一年生は今回の彼女の態度についてあまり良い印象を持っていないようだ。


(だけど、私は…………)


 入部当初から、まだBチームで一緒に練習してもない、二学年も違う私に気さくに話しかけてくれて、夏合宿で調子が悪い時もなんとか良いプレーができるように気遣ってくれて、まだ慣れないボランチをやる時も、質問に答えてくれたり、私がやりやすいように役割を考えてくれたりした。そんな彼女は、私にとってはタダのチームメイトである前に、親しみやすくて頼りがいのある、好きな先輩の一人なのだ。様子がおかしいなら放ってはおけない。


(それでも、調子が悪いままならって思っちゃう)


 この前の試合は綾乃先輩の代わりに私が出て、曲がりなりにもアシストという結果も残せた。このまま試合に出続けることができれば、もしかしたら私がレギュラーに定着することだってできるかもしれない。

 しかし、客観的に見て、今の私は他のボランチの先輩方に比べると、特徴が薄く、なおかつミスも多い。皆さんが万全の状態だとスタメンはまだ難しい。自分だけのことを考えると、先輩は復活しない方が良いのは事実である。


(まあ、私は私で頑張るしかないよね)


 本来の実力がどうであろうと、今の不調期であると思われる綾乃先輩よりも私が上だと示すことができれば、誰の文句も無しに私がスタメンに選ばれるはずだし、チームにとってもそれが良い。

 私は自分の中でそう結論付けて、今日の試合前最後の練習へと意識を向けていった。




「次は紅白戦やります!まず、ビブス組、GKは…………」


 選手権が始まってから、試合前日の練習はウォーミングアップや軽いシュート練習の後は紅白戦を行い、最後はセットプレーなどの戦術確認を済ませて終了となっている。いつもよりは負荷が軽いメニューではあるが、おそらく紅白戦は特に最後の選手選考の場という意味合いが強く、雰囲気も少しピリ付く。特に前回の試合は連戦の影響でメンバーを大幅に入れ替えていたため、緊張感はより一層高まっている。


「ボランチは彩音とメイ」

「はい!」


(よーし、ここで結果を残すぞ!!)


 この前の試合でも組んだ彩音先輩と一緒なら良いイメージは湧きやすいし、自分の実力も出せそうな気がする。そこで私がチームの力になれると示せればスタメンがグッと近づくだろう。




「はあ、今日はへこむなあ。自分の下手さが身にしみる」

「うん、悔しいけど、あの先輩は相当の選手ね」


 数時間前にそう意気込んで紅白戦に臨んだのはよかったが、そう上手くいかないのがサッカーというスポーツ、逆にライバルの綾乃先輩に格の違いを見せつけられる結果となった。


「あのダブルタッチなに?あんなの経験したことない」


 前の試合で低調なプレーだった綾乃先輩を少し甘く見ていたかもしれない。ファーストプレーで味方からのパスをトラップした時におそらくボールを晒した所をトラップミスしたと勘違いしてしまった。

 奪ったと思った瞬間に左足でボールを引かれ、そのまま右足で前に出られた。何が起きたか分からないぐらいの早業だった。

 それからというもの、抜かれるのを怖がって距離を置けば好き放題にパスを出され、個人のバトルでは完全に主導権を握られてしまった。


「結局まだ中盤の守備の距離感を掴めてないんだよ、まだまだだなあ」


 隣で歩いていたケイに愚痴をこぼすように、肩を落として呟く。あの出来を見て私を先発で使う人はまず居ないだろう。


「けど、綾乃先輩、あんなプレーができるのに何で最近の試合ではダメなんだろう。余計わからなくなってきた」


 何かおかしいとは思っていたが、練習の中であんなプレーを見せられると、単に不調ということではないことは間違いない。


(試合ではわざと手を抜いてる?そんなわけはないしなあ)


 半年以上あの先輩と接してきたわけだが、上手くプレーできない私を試合中や練習中はもちろん、それ以外の時でもフォローしてくれた。手を抜いたりサボったりする選手ではないと断言できる。


「考えたって仕方ないわよ。明日は負けたら終わりの総力戦よ。中盤でも後ろでも、先発でも途中からでも。メイなら絶対出番はあるはず。明日も私達でチームを勝たせる。それだけに集中しましょう」

 

 確かにその通りだ。結局私個人にできることは与えられた時間とポジションで精一杯プレーすることしかできない。


「そうだね、明日は自分のことにだけ集中しよう。あのさ、今日の私のプレーなんだけど、前線から見ててどう思った?」

「遠くから見た感想でしかないけど、食いつくか距離をとるかの判断が中途半端だった印象はあるかも。あと…………」


 こうしてサッカーの話をしていれば、雑念は取り払うことができる。ケイと一緒に今日の反省をしながら、明日の良いイメージを持って帰路につくことができた。




(よーし、今日は頑張るぞ!)


 次の日、いよいよ運命の二次リーグ最終戦がやってきた。前日の反省会の甲斐もあり、晴れやかな決意の元、集合場所の学校グラウンドに到着し、メンバーと合流しようとした時だった。


「沢渡さん、ちょっと来てくれる?」

「はい、すぐ行きます!」


 コーチから急に部室まで呼び出され、扉を開けた先には監督が机に戦術ボードを置き、あごに手を置いて悩ましげに座っていた。


「監督、沢渡さんを連れてきたわよ」

「ああ、うん、おはよう、よく眠れた?」

「はい、大丈夫ですけど…………」

「そう、来てもらったのは、伝えたいことがあったからでさ」


 その物言いに心臓が高鳴った。信じられないが、わざわざ呼び出されるということは、それなりに心の準備が必要なことを言われるからだ。そして、監督は私の思った通りのことを言った。


「今日、メイにはスタメンで出てもらいます。それを、いち早く伝えたかった」


 本来は嬉しいはずなのに、なかなか返事が出てこなかった。負けたら終わりの大一番でスタメンを任せられるのだ。


「なんで私なんですか?」


 少しの沈黙の後に、代わりに出てきたのはそんな言葉だった。


「私よりも、綾乃先輩の方が上手いですよね。昨日の練習を見て、そう思わない人はいないですよ」

「そうかもしれない、だけど…………」

「教えてください、そうじゃないと、私は納得して試合に出れないです」


 私が目を真っ直ぐ見て話すと、監督は観念したようにため息をつき、呆れたように笑いながら話した。


「相変わらず頑固だね。こんなにやりにくい子だと思わなかった。今から言うことは他の子には内緒だよ」


 そうして話されたことは、予想通りではあったが、私には受け入れがたいことだった。


「やっぱり、そういうことなんですね。本来は私じゃなかった」

「だけど、私はメイのプレーが良いと思ってるから、こうなった時にメイを選んだんだよ、それは忘れないで」

「はい、それは分かってます。評価されて嬉しいです。だけど…………」


 私が言うことは一つしかなかった。


「私のプレーがダメだと思ったら、すぐにふさわしい人に変えてください。その人がどんな状態でも」

「……分かったよ。でも、メイは実力で今回のスタメンを勝ち取ったのは嘘じゃないんだからね、分かった?」

「はい、ありがとうございます。私を選んでくれて嬉しいです」

「うん、それで良し。で、今日意識してほしいことなんだけど…………」


 こうして本日の先発起用を伝えられ、解放された後に向かう所は一つしかなかった。私はグラウンドに集まってる部員の中からある一人を探し、その人物を見つけた。先輩達のグループに割って入り

、その人の肩を掴む。


「綾乃先輩、少し話があるんですけど、いいですか?」

「メイちゃん?……別に大丈夫だけど、ちょっと場所変えよっか」


 彼女は少し驚いたように後ろを振り返ったが、すぐに私の存在を認めた。周りの視線が少々気になるが、気にせず少々強引に彼女の手を引っ張った。


「いったい何?先輩に対して強引だなあ」


 引っ張られた手首を振りながら綾乃先輩は少しおどけて話した。今はその剽軽な態度にも少し腹が立つ。


「綾乃先輩、今日は私がスタメンです。貴方に替わって」


 それを聞いた綾乃先輩は少し目を丸くして、その後に表情を引き締めた。


「……そっか。メイちゃんならみんな不思議に思わないね。ということは監督から聞いたんだ」

「はい。……なんで試合に出たくない、なんて言ったんですか?」

「それ、答えなくちゃダメ?プライバシー侵害だよ?」

「ダメです」


 私が強く返答すると、綾乃先輩は少し困ったように頬を掻いた。


「ごめんなさい、困らせるつもりはないんです。だけど、私には知る権利があるはずです。そうじゃないと、気分良く試合に出られないんです」


 少しだけ頭が冷えて、冷静に務めてもう一度頼んでみる。そうすると、先輩も観念したように一つ息をついた。


「分かったよ。って言っても、大した話じゃない。ただ私が弱いだけ」


 そう言って、先輩は自分に何が起こっているかを話し始めた。

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