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思春期フットボーラー  作者: kasic
2章 足掻く少女
33/54

まだまだこれから

(どうしよう、スペースが無さすぎる)


 気合い十分で勢い良くピッチに入ってしまったが、実際に試合に出てみると、想像以上に相手のブロックが強固で何もできない。何せFWへのパスコースにボランチの二人が入っていて姿さえ見えないのだ。投入されて五分ぐらい経ったが、今のところ来たボールを後ろに戻すか横に流すことぐらいしか出来ていない。


(とは言っても、闇雲に前にロングボール蹴っても意味ないし、どうするべきか……)


「メイちゃん、後ろ!後ろ!」


 味方からのスローインを受け、前を確認していると、相手のFWが猛然と迫ってきており、そのこぼれを拾おうと相手のボランチも前に出てきている。


(うわ、やばい。審判お願い!!)


 なんとかボールを隠し、体をぶつけられた瞬間に前に倒れた、すると、願いが通じたのか副審が旗を揺らしてくれ、ファールとなった。


「ごめん、大丈夫?」

「大丈夫です、ありがとうございます」


 相手の選手に手を差し伸ばされ、立ち上がった。間近で見ると、強豪校だけあって、体つきがしっかりとしており、しっかりと鍛えられていることが伺える。


(それにしても、引いて守ってたと思ってたらこれか。あんまりじっくりと攻めてもいられない)


 普段はしっかりとブロックを敷いておきながら、チャンスと思えばプレスをかけてきて、それをチーム全体で連動し、しっかりとやり切る。こうした組織力の強さはさすが都内屈指の強豪校と言える。


(感心してる場合じゃないか。こうなると、ボールを持ってから考えたんじゃ遅い。もっと早くボールを動かさないと)


 残り時間はおよそ五分。点をとるにはのんびりしていられない。相手のクロスが長くなり、キーパーのココアちゃんがしっかりとキャッチした。


(よし、ここはダイレクトでサイドに展開して……)


「ココアちゃん!こっち!」


 こちらも点を取ろうとSBが高い位置をとっており、それに伴いCBもサイドに開いている。私はそこを埋めるようにポジションを下げ、ボールを要求した。


(味方の位置は……)


 ココアちゃんからのボールを受け取る前に、味方SBの位置を確認し、ダイレクトでボールをそこに出した。しかし、それが誤りであったことにすぐ気付くことになる。


(ってまずいまずいまずい。なんでそこに居るの?)


 私の蹴ったボールは味方に渡ることなく相手にカットされ、後ろには私とココアちゃんしか居ないという最悪の状況に陥ってしまった。


(まさか、私が味方を確認した時にパスコースを読んで……、そんなこと考えてる場合じゃない!)


「キーパー出て!」

「はい!!」


 幸いにもドリブルが大きくなっているため、ココアちゃんが出ればギリギリ間に合う。私はココアちゃんに指示を出し、こぼれ球を拾えるポジションをとった。

 二人が交錯し、こぼれたボールを拾うが、更に相手選手が私にプレスをかけている姿が見えた。


「へい!早く!」


 綾乃先輩の指示が聞こえ、咄嗟にそこに蹴った。その後も相手のプレスは続いていたが、綾乃先輩は適切な対処をしてくれた結果、なんとか難を逃れた。


(危なかった。得点どころか失点の起点になる所だった。……これじゃあ役立たずじゃないか)


「メイ!!出来ないことはやろうとしなくていいから!自分の出来ることをちゃんとやろう!」


 見かねた監督の指示が聞こえた。確かに長い距離のダイレクトパスは練習でも成功していなかった。それを試合でいきなりやるのは確かに無謀だったかもしれない。


(だけど、この状況で何が出来るんだろう?)


 そんなことを考えていると、プレーが切れた隙に綾乃先輩に声をかけられた。


「ねえ、下がってバランス取るのは私がやるからさ、メイちゃんはもっと自由に動き回ったら?」

「自由に?」

「うん。例えば相手陣の深い所までプレスをかけに行ったり。多分そっちの方が得意でしょ?」

 

 確かに、まだ下がって後ろ向きでボールを受けるのに手こずってしまっている今、役割を明確に分担してしまうというのは理に適っている。


「そうですね、お願いできますか?」

「もちだよ。時間はあとちょっとしか無いけど、最後まで頑張ろう」


 綾乃先輩の言う通り、残り時間は五分を切っているころだ。なんとか突破口を見つめなければいけない。そんな中、私からは逆サイドとなる右SBがボールを持った。こちらも前に出てプレスをかけているが、今日はそれを上手くかわされてしまっている。前を確認すると、私のマッチアップとなるボランチの選手がフリーで待っていた。


(パスコースを消さなきゃ……。いや、ここはあえて気付いてないふりして……来た!!)


 敵のプレッシャーがある中、明らかにフリーの味方がいれば、そこに出したくなるはず。それを利用して私はパスを出させ、出た瞬間にボールを奪いに行った。しかし相手の選手にうまく体を入れられ、ボールを奪うまでには至らなかった。


(クソ、そう上手くはいかないか。だけど後ろに下げさせれば……よし!)


「ケイ!お願い!」


 後ろに下げさせてFWが素早くプレスに行けば相手はロングボールを蹴るしかなくなる。私の意図を汲んだケイは滑り込んでプレッシャーをかけ、相手は万全の状態でクリアが出来ず、こちらのボールとなった。


(よーし、これだ。やっとボランチの仕事ができた気がする)


 攻撃のスイッチを入れるのがボランチだとすれば守備のスイッチを入れるのもボランチだ。こうして私が適切にプレスをかければボールは奪える。

 このようなプレーを続けることで相手のディフェンスラインを押し下げることにも成功し、ボールを完全に支配できるようになった。しかし、相手のディフェンスも固く、点が取れないままロスタイムに突入した。


「みんな動いて!動かなきゃチャンスは生まれないよ!」


 この膠着した状況の中、テクニカルエリアの最前列で見守る監督の檄がとんだ。


(ここはまだフレッシュな私がやらなきゃ)


 姫花先輩のパスを受けた仁美先輩が右サイドを駆け上がり、相手SBと対峙した。そこでFWのケイが中央からサイドに少し流れ、ボールを要求した。そこを見計らい、私はゴール前に向かって全速力で走った。


(よし、ここだ。ケイなら勝てる!)


 相手はこの時間マンツーマンディフェンスで守り切ろうとしている。FWがCBをサイドに釣りだして三列目の私が長い距離をフリーランで出て行けば数的優位を生み出せるはずだ。

 ボールを受けたケイは私を確認すると少し後ろに膨らみ、すれ違いざまに私のドリブルコースに踵でボールを蹴るヒールパスでボールを落としてくれた。


(ナイス、完璧!後はきちんと決めるだけ!)


 しっかりとボールをトラップし、ゴールとキーパーを確認してシュートモーションに入った瞬間、横から自転車にぶつかられたような衝撃が走り、私は為す術無くピッチに倒れるしかなかった。


(いってえ……クソ、ボールは?)


 確認すると、既にボールはキーパーに拾われている所であり、ボールを拾った瞬間、主審が試合終了を告げるホイッスルを鳴らした。


「ナイスラン!」


 しばらく呆然としていると、相手のCBに手を差し伸べられた。左腕にはキャプテンマークが巻かれている。


(キャプテンだ。この人に奪われたのか)


「ありがとうございます」

「君、何年生?」

「一年です」

「へえ、4、50メートル走ってたよね。それで一年なんだ。また対戦できたらいいね!」


 私を助け起こすと相手のキャプテンは楽しそうにそう話し、整列に向かっていった。


(素早く自分のマークを捨てて、しかも慌てることなく、ファールなしで完全にボールを奪いきったんだ。……これが静心館のキャプテン、全国レベルの選手か。まだまだ差は大きいなあ)


 臨機応変に状況判断を行う判断力と正確にボールを奪う身体能力。今の私にはいずれも無いものだ。





重苦しい空気のまま学校に戻り、ベンチ入り組はミーティングルームにて今日の試合の映像を見返す時間となった。映像は失点シーンを中心にまとめられており、イヤでも自分達の不甲斐なさを見せつけられる。


「これで四失点だね。相手のサイドハーフにボランチ(ナツ)が釣り出されて、そのまま相手のボランチに中央を割られてズドン。最後のミドルシュートは相手を褒めるしかないけど、その前の相手のサイドハーフにボールが入った時、プレッシャーに行くのは誰がいいのか、それをチーム全体で声をかけ合えてたら、この失点は無かったかもね。」


 監督から淡々とシーンの解説が行われる。どの失点シーンでも、最終的には相手の個の力でやられているのだが、根本の原因は違う所にあった。


「みんな気付いたと思うけど、どの失点も相手の動きでスペースを空けさせられて、そこを突かれての失点だった。最初はチャンスを作れてたし、力自体はここまで点差が付くほど離れてなかったと思う。だけど、チームとして試合を進めることができたかどうかでここまで差が付いた」


 監督が表情を変えずにそこまで話すと、強豪校とのどうしようも無い差を見せつけられたと感じたのか、みんな一様に顔を俯かせてしまった。


(こんなムードじゃまずくない?明日負けたら本当にもう終わりだよ?)


 次の相手高校は私達と同じく一敗している。次に負けたら二次リーグを突破することは絶望的になってしまう。


「それで、どうする?キャプテン」

「え、私ですか?」

「うん、明日も試合があるから、激しい練習はできないし、今更じたばたしても仕方ない。だから、みんなが良いなら、今日のスタメン組は軽く調整してもう解散しようって思ってるんだけど、それでいい?」


 今までなら手厳しい指摘を繰り返してきた監督が今日は不気味なほど優しい表情で話している。これは多分、私達を試しているのだ。


「……あの、私達だけで、少し話し合いがしたいんですけど、良いですか?」

「何のために?試合の振り返りはやったし、明日の相手の研究も今週みっちりやった。それなら、明日にむけて少しでもコンディションを整えた方が良くない?」

「多分、みんなまだ今日の試合についても、整理しきれてません。だから、私達だけで話して、もう一回、チーム全体で団結して、あと二試合、戦いたいんです。そうじゃないと、後悔するような気がして」

 

 長瀬キャプテンが監督の厳しい指摘にも負けずに話しており、その姿に、特に三年生の先輩方が驚きの視線を送っている。


「なるほどね、分かったよ。じゃあ三十分あげる。終わったらグラウンド集合ね。じゃあ、コーチ陣、行くよー」


 監督は満足したように優しい口調でそう話し、部屋を出た。そして、少しの沈黙の後、キャプテンが教卓の前に出た。


「……あの、ごめんね。勝手にこんな時間作って。だけど、みんなに言いたいことがあって」

「大丈夫に決まってるだろ?なあ、みんな」

「そうそう、あんなに大人しいキャプテンがあそこまで勇気出したんだから」


 渥美先輩と綾乃先輩のフォローもあり、長瀬キャプテンも少し頬をゆるめ、話し始めた。


「まずは、ごめんなさい。今日の試合、私は、キャプテンとしても、ディフェンスリーダーとしても、仕事ができてなかった。前半、セットプレーで点を取られてから、15分持たずに三点取られた。そんな時に、私はチームに声もかけずに、そのまま修正できずにズルズル行って。相手のキャプテン見て思ったんだ。押されてる時でも、常に全体を見て、指示を出し続けてた。それと比べて、私はなんて情けないんだろうって…………」


 長瀬キャプテンがこんなに話しているのを見るのは初めてかもしれない。慣れないながらも誠実に話している姿に、この場の部員全員が聞き入っていた。


「今更こんなこと言っても仕方ないって分かってる。だけど、まだ試合は残ってる。だから、みんなにはもう一回だけ、こんな私についてきてほしい。みんな、お願いします!」


 そこまで言い切り、キャプテンがみんなに向かって頭を下げた。しばらく沈黙が続くが、そこをムードメーカーの渥美先輩が断ち切った。


「顔を上げてくれ、キャプテン。そんなの当たり前だ。この一年、私達はあれだけ苦しい練習をしてきた。あんな経験してきて、みんなこのまま終わりたくないに決まってる。みんな、そうだろ?」

「そうだよ!」「当たり前!」「こんな所で終わりたくない!」


 渥美先輩が教室全体を見渡し、そう呼びかけると、それに呼応する声が辺りから飛び交った。つい最近まで気が緩みまくってたのに、どうやらこのサッカー部も捨てた物では無いようだ。それを聞いて、長瀬キャプテンは目を潤ませ、続けた。


「うん、うん。みんなありがとう。それで、明日の試合の大まかな方針も決めたいの。具体的には、どうやって点を取るかと、どうやって守るか。今日みたいに、どんな試合展開でも慌てることが無いように。何か、案がある人はいますか?」

「はい」


 隣から自身に満ちた力強い声が聞こえた。その方向を見ると、私の親友がいつもと変わらない凜とした姿で手を挙げていた。


「藤堂さん、何?」

「ボールを持ったら、もっと私にボールを集めてください。今のままだったら、ゴールチャンスが少なすぎます」


(いかん、悪い癖が出てる。こんな口調じゃあ上級生に向かって生意気なだけだ。少しは空気読め?)


 私は咄嗟に立ち上がり、フォローを入れるように声を挙げた。


「あの、この子が言いたいのは、もっと自分の動きを見てほしいってことなんです。ケイはディフェンスラインでボールを回してる時からずっと相手と駆け引きしてて、それを見てパスを出してもらえれば、もっとチャンスが増えるっていう意味で……。だから、あんまり誤解しないでやってください」


 私のフォローを聞き、ケイは少し言葉を選ぶように一呼吸置き、また話し始めた。


「すいません、失礼な態度でした。大体は彼女が言った通りです。ボールを持ったら、まずは私の動きを見てほしいんです。出してくれて、もしそれがピッタリ合ったら、その時は絶対に決めます。……だから、お願いします」


 ケイは辺りを見回してそう話し、また頭を下げた。すると、キャプテンが慌てたように手を振り、話し始めた。


「そんな、頭上げて。そんな風に思ってないから。えっと、みんなどう?」

「良いと思うな」


 いの一番に賛成したのが、同じFWの高城先輩だった。ケイも意外そうにその先輩を見ている。


「今日、ケイちゃんは静心館のDFにもフィジカルで負けてなかった。私達の中で一番総合力が高いFWなのは間違いないよ。だから、その子にボールを集めるのは理に適ってる。それに、こぼれ球を狙えばまたチャンスになるしね」


 穏やかな口調でそう話すと、高城先輩はケイに向かって微笑んだ。同じポジションの高城先輩の意見に、反対意見が出るわけも無く、この話はまとまった。


『ありがと』


 意見を話し終わり、席に着いたケイは私に手の平を合わせ、口だけを動かしてそう伝えてくれた。


(あー、ヒヤヒヤした。ま、こんぐらいの気概がなきゃ、FWなんて務まらないよね)


 物怖じしないその姿勢には肝を冷やすが、だからこその藤堂恵だ。だけど、それに加えて今日はみんなに向けて頭を下げることができた。私はそのことを自分のことのように嬉しく思った。






 その後は順調に議論が進み、雰囲気良くミーティングを終えることができた。グラウンドに出ると、軽い調整の後、今日のスタメン組は先に解散し、控え組だけでシュート練習やパス回しの練習となった。なんだかいつもよりみんな気合いが入っているように思えた。


「なんか、みんな気合い入ってますね。今日のミーティングのおかげですかね?」

「それもあるけど、一番は沢渡さんのおかげじゃないかな?」


 休憩時間に近くに居た荒木先輩に声をかけると、そんな風に意外な言葉をかけられた。


「私ですか?」

「そう、今日の試合、あんな点差があっても、途中から出て、諦めずに必死にプレーして、みんなベンチで凄い、負けられないって話してたから」

「そうだよ、今日凄かったね。感動しちゃった」


 私達の話を聞きつけた控えFWの工藤先輩が声をかけてきた。すると、仁美先輩や高野先輩など、控え組のみんなが集まってくる。


「今日のメイちゃんのプレー良かったよね。ボランチに入って初めてとは思えなかった」

「ホント、仁美や姫花が一目置くだけあるわ」

「へっへー、そうでしょ」

「沢渡さん凄かったよ」「良かったよね」「私達も頑張んなきゃって思ったわ」


(なんだなんだ、そんな風に言われると背中がむず痒いじゃないか)


「よーし、明日は多分控え組もたくさん出番が来るだろうし、今日の沢渡さんみたいに気持ちを見せて、この中の誰かがチームを勝たせよう!」

「おお!!」


 みんな勝手に盛り上がって勝手に散ってしまった。何だったんだ、一体。そんなことを考えていると、荒木先輩が私に向かって語りかける。


「あのね、みんなはどうか分からないけど、私、自分が控えなことに、ちょっと安心してたんだ。それで、心のどこかで試合に出たくないって思ってた。ミスすることや、誰かに責められる心配は無いから」


 荒木先輩は恥ずかしそうに話ながらも、私にしっかりと目を向けて、続けた。


「だけど、沢渡さんはウォーミングアップの時から試合をずっと観察してて、出てからも、ミスをしながらも挫けずに、最後はゴールにも迫った。ボランチ始めて間もないのにそんなプレー見せられたら、私も頑張らないわけにはいかないよ」


 ちょっとギクシャクしていた先輩が、私に微笑みながら話してくれた。


(そっか、そんな風に思ってくれてたんだ)


 今日のプレーは、とんでもないミスもあり、私にとっては到底満足できないものだったが、周りのみんなをそんな風に勇気づけることができたのなら、決してムダではなかったと思えた。

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