私にできること
例のコンバートからしばらく経ち、チームは二次リーグの初戦を前日に控え、最後の連携確認のための紅白戦を行っていた。私は復帰以降、控え組のボランチに入っているのだが、これがまた今までプレーしたどのポジションより難しい。例えば、今は相手のロングボールをCBが跳ね返し、それを回収に動いているのだが…………
「クリアボール、しっかり拾って!」
「はい!私が行きます!」
(よし、ここはしっかりトラップして…………)
「メイちゃん!後ろから来てる!」
「え?」
私がボールを止めるていると声がかけられ、次の瞬間、相手ボランチの綾乃先輩も後ろから足を伸ばされ、呆気なくボールを奪われてしまった。そのまま綾乃先輩はペナルティエリア付近まで駆け上がり、DFをしっかり引きつけ、FWの高城先輩に正確なスルーパスを送り、そのままネットを揺らした。
(くっそー、またやっちゃった。ちょっとトラップが足下に入りすぎた。もっと前目にトラップするか、それともダイレクトでクリアした方がよかったかも)
このように、基本的に前を向いてボールを持てるCBと相手に背を向けてボールを受けなければならないボランチでは求められることも異なり、前までの経験が全く役に立たない。少しでも判断を間違えたり、技術的なミスをしてしまうと、この有様だ。
(最初からうまく行くとは思ってないけど、さすがに少ししんどいなあ)
二次リーグ初戦を控え、ケガで出遅れた私は、試合に出るためには回復ぶりをアピールしなければいけないのだが、現状ではゲームについて行くのが精一杯だ。明日の試合に向けてのアピールという意味では足りないと言わざるをえない。
「はい、みんな注目、それじゃあ明日の登録メンバーを発表するね。まずはGK…………」
練習も終わり、監督がメモに目を落とし、明日のメンバーを読み上げていく。スターティングメンバーが順当に読み上げられていき、次にリザーブメンバーの発表に移った。
「DFは梨子」 「はい」
「沙織」 「はい」
「……メイ」 「は、はい!」
名前が呼ばれたことにびっくりして、少し声が裏返ってしまう。周りから少し注目されてしまった。
「うん、良い返事だ。みんなも見習うようにね?」
監督が茶化すように話し、皆から笑われてしまった。最近いじられキャラが定着しつつある気がするが、気のせいだろうか。
それはそれとして、メンバーに入ることができたことは嬉しいが、明日の相手は去年の優勝校の静心館だ。今日のようなプレーでは、間違いなく活躍はできない。
(今日の失敗はしっかり反省しなきゃ)
「綾乃先輩!」
こういう時は同じポジションの先輩に相談してみるに限る。解散後、チーム屈指の実力者でボランチのレギュラーである、綾乃先輩を呼び止めた。
「お、メイちゃんか。今日はおつかれー。何か用?」
「あの、今日の紅白戦で、私が綾乃先輩にボールを奪われた場面なんですけど、綾乃先輩だったら、どうプレーしたかっていうのが聞きたくて」
「ああ、あの場面ね。んー、私そういうの結構フィーリングでやってるからなー」
「フィーリング?」
私には理解できそうも無い単語をさらっと話してきて、少しイヤな予感を覚える。
「うん。足音とか聞いて、後ろから来てんなー、って思ったら、そのまま蹴るし、そうじゃなかったら、トラップして前向くし。あの場面だって奪えるって思ったから前出ただけだし。ってごめん、あんま参考になんないね」
「あー、いえ」
(くっそー、この天才肌め)
私が心の中で恨み言を言っていると、綾乃先輩がキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
「こういうのだったら……お、いたいた。彩音!ちょっと来て!……ナツも居るか。ナツも!こっち来て!」
綾乃先輩が同じくボランチの荒木 彩音先輩と新谷夏美先輩の二人を呼び寄せた。確かにこの二人はボランチの経験も豊富だと聞いているし、頼りになるかもしれない。
「綾乃?何か用?……あ、さ、沢渡さんも一緒だったんだ」
荒木先輩は私を見つけると少し恐縮したように身をのけぞらせた。ちなみに荒木先輩は合宿中の私とケイのアレの第一発見者だったようで、私達に少し苦手意識を持っているらしい。
「いつまで後輩相手にビビってるの?まあいいや。お、ナツも来たね。私達、メイちゃんが相談あるらしいんだけどさ…………」
私に代わって、綾乃先輩が私の質問を代弁してくれた。二人とも真剣に話を聞いてくれていて、ありがたい限りである。
綾乃先輩の説明を聞き、まずはナツ先輩が私に向かって答えてくれた。
「んー、私だったら迷わずクリアかな。そんなにトラップに自信があるわけじゃないし。今日みたいに相手が近づいてるのが分かってたら尚更ね」
ナツ先輩は二年生のボランチを務める選手で、二年生ながらスタメンに抜擢されている。ハードワークと激しい守備が得意な選手だ。技術面が課題だと思っているらしく、このようにハッキリとしたプレーを好むようだ。ちなみに仁美先輩と姫花先輩と中学の時から同じ学校らしい。
「そっか。彩音の方はどう?」
「あー、えっと、私は綾乃と同じで臨機応変かな。綾乃とは違ってフィーリングでは無いけど」
「フィーリングでは無いんですね?」
「う、うん、一応ね」
私がずいっと顔を寄せると荒木先輩は少し体をのけぞらせた。
「私は試合中は常に首を振って、状況確認をするようにしてる。ボールが来る直前とかは特に。近くに相手選手が居たら、前向くのは危険だし、簡単に戻すとか、状況に合わせてプレーしてるかな。沢渡さんもそれを意識すれば、今日みたいなことも少なくなるんじゃないかな。……と私は思います」
なるほど、首を振るか。確かにそうすれば判断ミスは格段に減るだろう。しかし、私もそこは認識しているが、一つ問題点がある。
「正直、今は周りを見る余裕なんか無いんですよね。ボールの行方を追うだけで精一杯です」
「あ……そ、そう。すみません、なんかひけらかすようなこと言って」
「あー、いえ、そんなことは……」
荒木先輩が下を向いて縮こまってしまう。先輩に下手に出られると妙に気が狂う。この私達控え組のボランチコンビのギクシャク具合もプレーがしにくい一因なのではないだろうか。
「まあ、今はボランチ始めたばっかりだしね。意識すれば慣れてきて自然に出来るようになるんじゃない?」
「そうそう。私なんて中学からボランチやってて未だに慣れないのに、一週間やそこらでこなせてる時点ですごいよ」
気まずい雰囲気が流れかけた所、綾乃先輩とナツ先輩が助け船を出してくれた。確かに、出来ないことを引きずっていても仕方ない。ひとまずは明日の静心館戦だ。思えば、三年生の二人とは、二次リーグを突破できなければ、あと三試合で一緒にサッカーができなくなる。その意味で、出番があれば思い切ってプレーしていかなければいけない。
というわけで、二次リーグ初戦の日がやってきた。初戦で三強の一角、しかも去年の優勝校と当たってしまうという何とも不運なことだが、当たってしまったものは仕方ない。心なしか、登録メンバーを乗せたバスの中の雰囲気も少し、緊張感に包まれているように感じられる。みんな外の風景を見ていたり、音楽を聞いていたり、落ち着きが無さそうだ。
「なんかみんな口数少なくない?前からそうなの?」
この雰囲気に耐えかね、隣に座っている藤堂恵に話しかけた。
「いや、今日は一段と重苦しいわね。前まではみんな楽しそうに隣の人と話してたりしてたのに。みんな緊張しているのかしら?」
ケイは不思議そうに首を傾げながら言った。どうやらこの雰囲気は今日特有の物であるらしい。
「なるほど、けど、なんでだろう。前までは、緩すぎるぐらいだったんだよね?」
「……多分、ここに来て自信が無くなってきたって所ね。先輩達にとっては、静心館なんて、テレビの向こうで見る雲の上の存在。そんな学校と対戦するってなると、自分達の力が通用するのか、分からなくなってきたんでしょう」
「なるほどね。けど、それならそれで良いことじゃない?そうやって緊張してるってことは、みんな今日に向けて気合いが入ってるってことだし」
「そうね、そういう見方もできる。もし今日の試合で良い戦いができれば、私達の自信はより強固なものになるのかも。……でも逆に……」
ケイは少し不安そうに顔を伏せ、こう言った。
「私達のサッカーが全く通用しなければ、その時どうなるか、想像もしたくないわね」
確かに、今日の試合が終わると、次の試合はもう明日だ。この短期決戦では、チームのムードが大きく成績を左右する。今日の試合で完璧に力の差を見せつけられてしまったら、明日の試合はどうなるのだろう。
「なるほど、それなら尚更、今日は気合いを入れていかなくちゃいけないのか」
「ええ、絶対勝ちましょう」
チームの命運を左右するこの一戦、私も出来る限りの仕事をしなければ。私は決意もこめてケイと一つ頷きあった。
(今日はベンチからだけど、それでも出来ることをしなくちゃ)
ウォーミングアップを済ませ、いよいよ入場直前である。幸いなことに、控えメンバーができるチームの盛り上げ方は分かっているつもりだ。
「ココアちゃん、今日もセービングの調子良さそうだったね、今日は頼むよ!」
「ありがとうございます、頑張りますね」
「姫花先輩も、今日も左足でシュートを突き刺してください!」
「……うん、頑張るね」
スタメンの選手に声をかけ、ハイタッチをする。これで緊張が少し解れてくれたらいいのだが。一人一人に話しかけていくと、チームで十番をつけている綾乃先輩を見つけた。
「綾乃先輩!」
「おお、メイちゃん。気合い入ってんじゃん」
「はい、綾乃先輩も気合い入れて頑張ってください!」
「……うん、そうだね。頑張って来る」
(あれ、何だろう?なんかちょっと歯切れが悪いような……)
そう思ったのも束の間、集合の時間を合図するホイッスルが鳴らされた。
「先発のみんな、入場列に行くよ!」
「はい!!」
キャプテンがみんなに声をかけ、先発メンバーは入場列に移動していく。
「じゃ、行ってくるね」
考える間もなく、綾乃先輩も小走りでみんなを追いかけていった。
(ちょっと緊張してたのかも。まあ気にするほどじゃないか。試合中も一生懸命応援しなきゃ)
整列後、静心館のキックオフで試合が始まった。キックオフの流れから、相手はそのままロングボールを蹴ってきた。基本的に、静心館はボールを保持するサッカーはしてこない。まず守備をしっかり固め、素早いカウンターでゴールを奪う戦術をとるのだが、だからこそ、自分達の土壌に引きずりこめば、思い通りのサッカーが展開できる。特にこの立ち上がりは狙い目だ。
相手のクロスがずれ、キャプテンが胸トラップで綾乃先輩にボールを落とした。綾乃先輩は半身の体勢でうまくボールを受け、前を向いてコントロールした。
(早速チャンス!)
ボールを右サイドに振り、右サイドハーフの姫花先輩は前に出ていたボランチのナツ先輩にダイレクトで渡し、ナツ先輩もワンタッチで高城先輩に縦パスを送り、中盤とDFの間でボールを受けた。
(よし、早いテンポでのパス回し。これは強豪校でもついていけない!)
高城先輩はドリブルで中に切り込んでいく。こうなると高城先輩にも色々の選択肢が出てくる。
「前出して!」
ケイがディフェンスラインと駆け引きをしながら裏をとろうとしている。高城先輩もそこに目を向け、パスを出すと思われた。……しかし……
(そっち?)
周りがケイに目を奪われる中、右サイドを駆け上がっていた姫花先輩に体を捻りながらスルーパスを送った。姫花先輩も綺麗にボールを止め、ゴールを見た。そして、利き足とは逆の右足でシュートを放つが、それは間一髪で戻ってきたSBのスライディングでブロックされてしまった。
「うわー、おしい」
「みんな動き良さそうだね。逆に相手の方がちょっと固いのかも?」
隣に居る今日ベンチスタートの仁美先輩がそう返してくれた。確かにビデオと比べると動きが重いような気がする。これは初戦で当たることができたのが逆に幸運だったのかもしれない。
(この流れで先制点がとれれば…………)
そうすれば完全に流れが掴めてこっちのペースで試合を進められるかもしれない。私は祈りを捧げながら試合を見守った。
「皆さんお疲れ様です!」
前半が終わり、私は戻ってくるチームメイトに水を手渡し、試合開始前と同様、ハイタッチで出迎えた。
「ケイも、お疲れ!」
「……うん」
ケイを始め、チーム全員が一様に厳しい顔をしている。それもそのはず、私はスコアボードに目を移した。
(0-3……か。どうしてこうなった?)
初めのうちは、確かに私達がペースを握っていた。しかし、相手のセットプレーで先制点を許して以降、風向きが変わっていったような気がする。それからもしばらくはボールは握れていたものの、決定機を作るには至らず、逆にミドルシュートで追加点を奪われてしまった。それ以降は完全に相手ペースだ。思えば、ボールを持っていたというよりも持たされていた感じで、相手の守備ブロックを打ち破れず、完全に術中にはまっていたのかもしれない。
(クソ、雰囲気が重い。ベンチからじゃあ、出来ることが少ない。どうすれば……)
「メイ」
「ん、何?」
私が思考を巡らせていると、ケイが神妙な面持ちで声をかけてきた。
「絶対あなたの出番が来る。だから、しっかり準備しておいて」
「……うん」
まだ試合は終わっていない。追いつくのは厳しいかもしれないが、得失点差を考えると、少しでも点差を縮めたい。
(私は私に出来ること……)
後半が始まってから、私は体を動かしながらじっくりと試合を観察した。私が試合に出るならどうするか、それを考えながらシミュレーションを続けた。
(ブロックを崩すには……ロングボール蹴って、こぼれを狙う?いや、相手の方が背が高いし、ミス待ちは分が悪い。それよりかは、最初みたいにワンタッチパスを続けて……)
相手の守備ブロックを崩せず、時間だけがどんどん過ぎていく。スピードのある仁美先輩を入れ、守備をこじ開けようとしていたが、逆にカウンターを受け、追加点を奪われてしまった。試合時間はあと10分ほどだ。
(……クソ、見てるだけなのがもどかしい!)
焦燥感を抱きながらベンチを見ると、宮本コーチとホワイトボードを動かしながら話をしていた監督と目が合った。すると、監督は宮本コーチに一言告げ、ピッチサイドに戻り、コーチはウォーミングアップゾーンに駆け寄り、手招きをしながら叫んだ。
「沢渡さん!」
「はい!」
(待ってました!)
ダッシュでベンチに戻り、ビブスを脱いだ。早くピッチに出たい気持ちでいっぱいだ。はやる気持ちを抑え、コーチの支持に耳を傾けた。
「新谷さんと交代で、ボランチに入ってもらいます」
「はい」
「私達がほしいのは得点です。ボールを持ったら、素早くボールと体を動かして、ゴールに迫る動きを意識してください」
「はい!」
それを聞き、審判に交代を申請しに行こうとすると、監督にも声をかけられる。
「メイ!私からの指示は一つだけ」
私が監督の顔を見るのを確認して、こう続けた。
「思いっ切りプレーして!それで、この10分間で何かを掴んでくること!分かった?」
「はい!!」
監督は私の返事に満足するように首を縦に振り、背中をポンと叩いて送り出してくれた。
「ナツさんと交代です」
ボールがピッチから出ると、交代が告げられ、ナツさんがピッチから出るのを確認し、一度芝生に手を置き、ピッチに出た。相手選手を見ると、確かにこれまで見たどのチームよりも迫力を感じる気がする。
(まだ試合は終わってない。一点でも返す!)
復帰後初試合の感慨に耽る暇も無く、私はピッチを駆け出した。




