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思春期フットボーラー  作者: kasic
2章 足掻く少女
26/54

予想外

 先輩二人が退部してしまい、後を追うように何人かの先輩方が退部して行ったが、みんな心の底でどう思っているかは分からないものの、表面上はサッカー部が揺れることは無かった。むしろ、近づいてくる選手権大会に向けて士気は上がっているように見える。


 しかし、綾乃先輩の話によると、今年からの方針に不満、とまで行かなくとも、戸惑いのようなものを感じる部員も多いらしい。その一方、仁美先輩や姫花先輩のように、方針が変わるのを心待ちにしていた部員も居て、現体制派と旧体制派に二分されているような状態だ。このような不安定な状況では、何かをきっかけに雰囲気が変わっても不思議では無い。


(でも、一年生の私に出来ることなんて、なんにも無い)


 結局の所、それは以前から学校に居る二年生と三年生や新しいスタッフの問題であって、何も知らない私達一年生がこれを下手につついても、何も事態は良くならないどころか問題を悪化させる可能性がある。幸いというべきか、私は試合に絡むことのできる立場にある。


(ということは、試合に出てチームの勝利に貢献することで、チームの雰囲気を保つのが、今の私に出来る唯一の貢献だ)


 このようにして自分の心に折り合いをつけ、日々練習に励んでいた。そしてその成果もあってか私は好調を維持し、今日の練習試合でも先発で出場することに決まった。試合の翌日に選手権大会の登録メンバーが発表される。ここで活躍できればひとまずレギュラーを獲得できることは決定的となる。


 会場はいつも通り芳都野高校だ。ウチのグラウンドは無駄に立派な人工芝を備えているため、練習試合の相手には事欠かない。


 しかし、先発メンバーに入った時の入場の直前というのは何度経験しても緊張してしまう。途中交代だと、監督に呼ばれ、指示を受け、何も考えることのないまま勢いだけでピッチに入ることができるのだが、試合開始直前のこの緊張感は控えでは味わえない物だ。


「なるほど、私は途中出場は経験したことが無いので、その辺の違いはよく分かりませんね」


 そのようなことを一緒にいたココアちゃんに話すと、そんな反応が返ってきた。ココアちゃんの方は一年生ながらキーパーのポジションを掴みつつあるようだ。合宿から安定して主力組として試合に出続けている。そんなことを話していると、主審がホイッスルを鳴らした。


「そろそろ入場だよ!先発メンバーは移動して!」

「行きましょう、メイちゃん」

「うん」


 いつも通り、芝生に手を当てて入場した。コイントスの後、11人で円陣を組む。この瞬間は途中出場では味わうことのできない高揚を味わえる。みんなとハイタッチを交わして、最後にケイと目が合った。


「頑張ろうね」

「ええ!」


 お互いに一つ頷きあってガッチリと手を組んだ。最後にポジションにつき、胸に手を置いて深呼吸をするとホイッスルが鳴った。




「ロングボール!メイちゃん、落ち着いて外です!」

「オッケー、オーライ!」

「ナイスクリア!スローイン来るよ、切り替えはやく!」


キャプテンの声かけに素早く反応した綾乃先輩が相手のスローイングからのボールにいち早く反応し、ボールをカットしてクリアをした。合宿を通してチームの連携は深まってきており、このようにバタバタすること無く安定した試合運びが出来ている。


(っ、こっちに来る!迷うな!)


 相手のDFが少し下りてボールを受けようとするトップ下の選手を見た。私は瞬時に判断して前に掛けだした。そして予想通り相手の縦パスが来て、素早く前に出てボールをカットする。


「よし、そのままゴーゴー!」


 ボランチの新谷ナツ先輩が前のスペースを指差して叫んだ。確かに前はガラ空きでカウンターには持ってこいの状況だ。


「メイ!」


 しばらくボールを運ぶとケイが手を広げて足下にボールを要求している。そこにパスを送ると、ケイは素早くターンをして相手CBと対峙した。相手CBは右サイドを駆け上がる姫花先輩に気を取られ、少し距離を空けている。


(スペース空いてるし、ここは少し運んでミドルシュートか?)


 しかし、私の予想に反してケイはサイドを上がる姫花先輩にスルーパスを送り、それを受けた先輩は右斜め45度から利き足とは違う右足を振り抜き、ネットに突き刺した。


(逆足なのに、うまいなあ)


 物静かで照れ屋な先輩はみんなから褒められて、少し恥ずかしそうに控えめに手を挙げている。


 それよりも一つ前のケイのプレーだ。合宿までの彼女なら迷わずミドルシュートを選んでいたと思うが、このようにパスを選択することも増えてきた。ケイ曰く、


「点が入る可能性が高い方を選んでいるだけよ」


 とのことだが、彼女の性格上、味方に相当の信頼が無ければパスを選ぶことは無い。この傾向は周りとある程度の信頼関係を築けていることの証明だ。


(この感じなら、もしかしたらかなり良い所まで行けるのかも)


 その予感を確信に変えるかのように私達は優勢に試合を進めた。相手がボールを持つとFWは素早くプレスをかけ、私達も連動して前に出ることにより、相手のパスを素早くカットして相手の時間を作らせていない。さっきのカウンターの時といい、今まで散々走らされた成果が出ている。


 そして極めつけはツートップの連携だ。ゴールキックからのボールを高城先輩が落とし、そのボールをケイはゴールキーパーが前に出ているのを確認してダイレクトでキーパーの頭上を狙うループシュートを撃った。


(入ったか?)


 ボールはキーパーの伸ばした手を抜き、ネットを揺らすと思われたが、惜しくもバーを叩き、ゴールラインの手前で弾んだ。しかし、素早く走り込んだ高城先輩が頭から飛び込み、ゴールにねじ込んだ。ゴールが生まれ、チーム全体で歓喜の輪が出来ているが、そこから外れてケイが一人不満そうにしている。


(はは、相変わらずだな)


「ケイ、良いシュートだったよ。点は入ったんだし、いいじゃん」


 私はフォローを入れる意味ですぐに彼女に駆け寄り、手を挙げた。すると、彼女も一つ息をついて、それに応えてハイタッチをしてくれた。


「ありがと。分かってるけど、入ったと思ったし、なんとなく悔しくて」

「そっか、ケイらしいね。そういうとこ、私は凄いと思うよ」

「そう?ありがと。そう言ってくれるのは嬉しいわ」


 そう話すとやっとケイは笑顔になってくれた。まったく、一年生のエース様は機嫌をとるのが大変だ。


「ケイちゃん、ナイスシュートだったよ。ゴール、奪っちゃってごめんね」

「いえ、五十鈴先輩の詰めが速かったです。むしろ助けてもらいました」


 そうこう話していると、高城先輩もこちらに近づいてきてケイとハイタッチをした。練習中では時には火花を散らしている二人がこのように和やかに話しているのを見るとこちらとしてはホッとする。




「前半あと5分くらいだよ!あと少し、しっかり気を引き締めて時間を進めよう!」


 監督から檄が飛ばされた。ここまで私達は完璧に近いゲームが出来ている。私個人としても相手に自由にプレーさせず、攻撃面でも一点目の起点となった。あと少し、気を抜かずにプレーできれば完璧な前半となる。


 ディフェンスラインの裏に向かってボールが蹴られた。私はすぐにそれに反応して相手の走路を塞ぎながらダッシュでボールを追った。


「オッケー、私が行きます!」


 ココアちゃんがボールを捕ろうと前に出てきた。それを見て、少しスピードを緩め、止まろうと少し踏ん張った瞬間だった。


「……っう、あ、う、があ」


 ブツッという何かが切れたような音が聞こえ、今まで体験したことの無いような痛みに襲われた。私は立っていることができず、情けなく尻餅をつき、すぐに左足の太もも裏を押さえてその場に倒れ込んだ。


「くっ、ああっ、ううっ」


 まるで針を思いっきり刺されて掻き回されているような、そんな痛みが治まってくれない。平常を取り繕うことができるような痛みでは無い。これではプレーを続けられるはずが無い。せっかくレギュラーになれる所まで来たのに。浮かんでくるのは痛みより前にその気持ちだった。


「……イちゃん!…………ぶですか!担架!………………てください!」


 ココアちゃんが何か声をかけてきてくれている。チームのみんなも心配そうに私を覗き込んだ。しばらくするとフィジカルコーチの末広すえひろコーチも駆け寄ってきた。


「沢渡さん、そこが痛いの?」

「うっ、はい、太ももの裏が、すごく、痛いです」

「うん、分かった。そのまま動かないで」


 意識は回復してきた。しかし、痛みは無くなる気配が無い。こんな姿を晒してしまっては隠し通せるものではない。コーチがベンチに向かってバツのサインを送っているのが見えた。


(くっそ、こんな所で…………)


 担架に乗せられ、そのままピッチから出た。上半身は上げられるようにはなったが、痛みで左足に力を入れられない。グラウンドの入り口に向かう途中で、監督が近づいてきて、手を差し出された。


「お疲れ、まずは応急処置を受けて、今日は末広コーチに病院に連れて行ってもらって。絶対に無理して歩こうとか、そういう無茶をしようとしないように。いいね?」

「……はい」


 監督と握手をしてグラウンドから出た。医務室に入ってコーチから処置を施される。


「ちょっとズボンめくるね。あー、これは典型的な肉離れっぽいね。アイシングするから、ちょっと痛いかもしれないけど、我慢して?」

「はい」


 氷を太もも裏に当て、しばらくすると痛みはマシになってきたように思うが、左足を地面につけることすら出来そうに無い。


「メイ、大丈夫?」


 医務室の扉が開いた。どうやら有希が心配して来てくれたらしい。その心遣いはとても嬉しい。


「有希、来てくれたの?ありがとう。うーん、大丈夫じゃ、ないかも」


 意外にもすんなりと大丈夫では無いと答えることができた。それを聞くと、有希は私が寝かされているベッドのそばまで来て、手を握ってくれた。


「……だよね。肉離れ、かはまだ分かんないけど、私も経験あるよ。痛かったでしょ。初めて?」

「うん、初めて。すっっっっごく痛かった。もう懲り懲りだよ」


 こうして話していると少しは気が紛れる。有希はしばらくの間、ずっとそばで手を握りながら話相手になってくれた。そんな友達が居てくれたことが今はより一層嬉しく思えた。




 しばらくアイシングなど、応急処置を受けて末広コーチの車に乗せられた。どうやら監督が懇意にしている病院に連れて行かれるらしい。


「ここからそんなに遠くないからね。足の方はどう?」

「良くはなって来ましたけど、しばらく足はまともに着けそうにありません」

「オッケー。こういうのはできるだけ早く専門のお医者さんに見てもらわなくちゃね」

「あの」

「何?」

「選手権大会、メンバー入りは、もう無理ですよね?」


 サッカーという競技に、肉離れというケガは付きもので、どのようなものかは、私も少しは知っている。一週間やそこらでどうにかなるような物では無い。つまり、来週から始まる選手権大会の一次トーナメントでプレーするのは絶望的だ。


「……それは分からないわね。決めるのは監督だから。だけど、監督は、沢渡さんのこれまでの努力はきちんと評価してるはずよ。それだけは確かなことね」

「そういえば、末広コーチと監督は、ウチのサッカー部でチームメイトだったんですよね?」

「うん、宮本コーチもね。私と監督が同級生で、宮本コーチが一年後輩だったよ。今みんなが練習してるグラウンドで毎日汗を流してた。そうそう、今日行く病院も、私達が高校時代からお世話になってる病院よ」

「そうなんですね、なんか、想像できません」

「ふふっ、そうでしょうね。監督は今と一緒よ。涼しい顔して周りにレベルの高い要求をして、それは正しい要求だったんだけど、言い方が悪いせいで周りから何度反感を買ってたか。それを考えると、あの子も大分丸くなったわね」


 末広コーチは懐かしそうに遠い所を見ながら話をしている。

 考えてみれば、末広コーチと宮本コーチはOGではあるものの、今は芳都野高校の職員では無い。それが監督が赴任してきたタイミングでコーチに就任したとなれば、監督に声をかけられたから、ウチで仕事をしていると考えるのが妥当である。よほど監督を慕っているのであろう。


 そんな話をしながら、私は病院に連れて行かれた。監督達の知り合いと思われるお医者さんの診断によると、左ハムストリング筋損傷、全治4~5週間、長くて6週間ほどかかるらしい。一次トーナメントには、出場できなくなった。


 


 車で迎えに来てくれた母親に連れられ、私は家に戻った。お医者さんの指示によると、二日間は左足を上げたまま絶対安静にしなければならないらしい。痛みで碌に寝ることもできず、トイレ以外は動くこともできないため、暇で暇で仕方ない。本を読むことにも飽きてきて、さてどうしようかと言う所でインターホンが鳴った。母親が応対している声が聞こえる。


「メイ、サッカー部の友達が来てるわよ。藤堂さんだって。あんたがいつも話してる子よね?」

「ああ、うん。上がってもらって」


 なんと、ケイが練習帰りに来てくれたようだ。試合で疲れているだろうに、ありがたいことだ。しばらくすると、彼女はおずおずと、少し緊張した様子で私の部屋に入ってきた。


「お邪魔、します」

「ケイ、わざわざ来てくれたの?ありがとね」

「うん、有希ちゃんとか、ココアちゃんも来たがってたんだけど、あんまり大人数で行くのも邪魔になるってことで、私だけ。これ、お見舞いの食べ物とか、三人で選んだから」

「うわー、ありがとう。今日の試合はどうだったの?」

「うん、あの後、私もゴール決めて、しっかり勝ったわ」


 しばらく緊張した様子だったが、サッカーの話になると、ようやく彼女らしくなってきた。その後も自分のゴールの様子などを、身振り手振りを交えながら興奮気味に話してくる。


「それで、メイ、あの、ケガの具合は、どう?」

「……治るまで、一ヶ月はかかるって。一次トーナメントには、間に合わない」

「……そう。……あのね、えっと」


 こういうことには不器用な彼女が一生懸命に言葉を選んで私を励まそうとしている。その様子が可愛くて、思わず笑ってしまう。


「大丈夫だよ。なんか、思ったより落ち込まなかったんだよね。試合に出られなくなったのは残念なんだけど、今日のケガする前の私は、ホントに良いプレーができてたって自分でも思うんだ。ケガが治ったら、またポジションを奪い返せる。そう思うことができるぐらいにね。悔しいけど、こればっかりは仕方ないよ。私はあと二年あるし、この選手権はみんなをちゃんと応援しないと」

「メイ」


 私の話を遮るようにケイは私を呼びかけた。


「実は、お見舞い以外に、もう一つ要件があるの」

「?どうしたの?」

「これ、サッカー部全員から、預かってきた」


 ケイは紙袋から何かを取り出した。それは、27番の背番号がついた、青と白の二着のユニフォームだった。それを見て、私は言葉を詰まらせた。


「それ、公式戦用のユニフォーム?なんで?」

「決まってるでしょ、あなたのユニフォームよ。今日、メンバー発表の後、メンバーみんなで背番号を決めたのよ。あなたは27番に決まった。キャプテンが謝ってたわ。番号、勝手に決めちゃってごめんなさいって」


 そんなことは聞いていない。私が聞きたいのは、ケガで戦力にならない私をなぜメンバーに選んだのか、ということだ。


「そうじゃなくて、一次トーナメントには出られないのに、なんで」

「……そんなの、あなたが全国に行くために必要な選手だからに決まってるじゃない。監督からメンバーが発表されて、不満を言う人なんか誰一人居なかったわ」


 まずは一次トーナメントを突破しなければ話にならないのに、それ以降を見据えて私をメンバーに入れてくれて、それに皆が納得してくれた、ということだろうか。そのせいでメンバーを外れた人も含めて。


「あなたは自分を過小評価するけど、それだけ価値のある選手なのよ。あなたは今までそのことを自分で周りに見せつけてきたのに、今日だって、自分がメンバーに入ってる、なんて思っても無かったみたいだし。まったくもう」


 彼女怒ったようにそう話すと、しっかりと私の手にユニフォームを握らせ、また続けた。


「私が居るからには、あなたが居ない間に負ける、なんてことは絶対に無い。だから、焦らず、安心してゆっくり治して。一緒に全国に行くんだから。今度ケガしたら、タダじゃ置かないからね」


 ケイは恥ずかしそうに視線を彷徨わせながら、何かをごまかすように素っ気なく話した後、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。


「……うん、分かった。ユニフォーム、しっかり受け取ったよ。わざわざありがとね」

「別に、お見舞いのついでだし」

「本題はお見舞いだったんだ。心配してくれたんだね。嬉しいなあ」

「すごく痛がってたし、当然じゃない。……友達、なんだから」


 恥ずかしそうに話す彼女に愛しさを感じながら、ユニフォームを見た。私が競争で勝ち取った物。そう意識すると、少し重みを感じる。恐らく、メンバーに選ばれず、悔しさを味わった選手も居るのだろう。


(ケガ、しっかり治さなくちゃね)


 しっかり治して、試合に出てチームの勝利に貢献する。それがメンバーに選ばれた恩に報いる一番の方法なのは間違いの無いことである。




この度、PVが1万PVを超えました。

この作品を楽しんでくれている方がいらっしゃるのは励みになります。

これからも、よろしくお願いいたします。

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