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思春期フットボーラー  作者: kasic
2章 足掻く少女
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導火線

 審判がボール、キッカー、キーパーの位置を確かめ、一度長い笛を高らかに鳴らした。その瞬間、芳都野高校のロゴが入った、背番号9のユニフォームを着た選手がキーパーをじっと睨み、ゆったりと助走をつける。相手キーパーはボールが蹴られる瞬間、思い切って右方向に跳んだが、それをあざ笑うようにボールはど真ん中にネットが破れんばかりの勢いで突き刺された。


「……うわー、ケイってPKもうまいんだねえ。全然外す気がしなかった」


 隣に座っている有希が目を丸くして私に話しかけてきた。現在、我々芳都野高校サッカー部は選手権大会予選の一次トーナメント決勝戦の真っ最中だった。私は肉離れの影響からメンバー入りはしたものの、未だリハビリ中でこの予選中はスタンド観戦続きである。


「うん、雰囲気も技術もそうだけど、私は真ん中にあんなに思いっきり蹴れる度胸があるってことが一番羨ましいかな」


 当然真ん中には蹴る瞬間までキーパーが居るわけで、いくらどちらかに跳ぶ可能性が高いとは言っても蹴りにくかったり強く蹴りすぎて枠を外してしまったりするものだが、さすがに藤堂恵ともなるとPKであれば自信満々である。


「…………それにしても、私達ってこんなに強かったの?」


腕を組みながら有希が頭をかしげた。前半に三点を奪い、更に後半、相手のハンドからもらった先程のPKでなんとスコアは4対0である。一次トーナメントとは言え、決勝だけあって相手は決して弱い相手ではない。春に行われた総体予選では一回戦で敗退していたことを考えると、彼女がそう疑問を持つのも当然だろう。


「まあ、先輩達は最初から別に下手じゃなかったからねえ。綾乃先輩とか強豪校でもレギュラーになれそうなぐらいうまいなって思うしね」

「そうなんだ。じゃあなんで最初はあんなにダメダメだったの?」

「うーん、私は去年までの様子を知らないからなんとも言えないけど、単純にあんまり練習してなかったのがするようになったっていうのが一番大きいんじゃないかな?」


 藤堂監督にはこの半年間とにかく走らされた。私から見ても他校と比べると練習量は多い方だ。そのおかげだろうか、春と比べて試合終盤になっても運動量は落ちないし、みんな自信を持ってプレーできている。


「そっかー。それなら、この大会は割と良い線まで行けるのかな?」

「うーん、二次リーグからの相手は今日の高校とはレベルは正直段違いだし、これまでみたいにうまくは行かないと思う。それに、今日の試合だって…………」

「何か心配事?今日はゴールいっぱい奪えて、こっちは点も取られてないし、完璧な試合だと思うけどなあ」


 なんだろう、うまく言葉に表せない。有希が言うように、今日は得点も奪えているし、特に相手にチャンスも作らせていない。得点もケイに高城先輩、取るべき人が点を取っている。細かいミスは多少見られるが、それに文句を言ってしまえばタダの難癖だろう。


「だけど、なんかモヤモヤする」


 私のその思いを裏付けるように終了間際、私達はサイドを破られ、失点を喫した。それでもスコア上は4対1の完勝であり、去年は一回戦で敗退した一次トーナメントを突破したこともあり、終了のホイッスルが鳴った瞬間、スタンドの部員は湧き上がった。ハイタッチをしたり、上級生の中には、抱き合ったりする人達さえもいるくらいだ、だが、その中で私は部員の皆さんのボルテージに戸惑うばかりであった。


(え、なんでこんなに盛り上がるの?まだ一次トーナメントでしょ?私達の目標は全国制覇のはずなのに)


 確かに一次トーナメントを余裕で突破できたことは喜ばしいことで、大きな進歩だが、それでもまだまだ先は長い。


(もしかして、モヤモヤってこれのこと?だけど、それなら試合中に感じたモヤモヤは一体…………)


 私はリハビリのため、現在チームから隔離されている。そのため、最近はチームの状況がよく分かっている訳では無いが、もしかしたら、今はチームに何かが起こり始めているのかもしれない。






「最後の失点ですか?」

「うん、私達の方からだったら、よく見えなかったから、どんな感じだったのかなって思って」


 その日の帰り道、私はココアちゃんに最後の失点について聞いてみた。守備のことはやはりキーパーに聞くのが手っ取り早い。


「うーん、あの失点は悔しかったですねえ。DFに当たっちゃってコースが変わったんですけど、そんなに厳しくはなかったので、もうちょっと早く反応できていれば…………。それに、声かけも出来てなかったですし、私がもっとしっかりしていれば防げた失点でした」

「声かけが出来てなかった?」

「はい、相手のサイドの選手が外でボールをはたいて、その後、その選手が真ん中に入ってきましたよね?」

「うん、それでワンツーでパスを通されて、簡単にシュートを撃たれたように見えたけど、確かに寄せがちょっと甘かったかも」

「ああ、そう言われれば、なんか呆気なく入っちゃったね」


 サッカー歴が浅い有希も合点がいったという風に手をポンと叩いた。


「はい、サイドから中に入られて、マークの受け渡し、誰がその選手について行くのか、それがハッキリできてませんでした。私がうまく指示できてれば良かったんですけど」


 なるほど、あの失点のマークの受け渡しのミスが原因だったか。確かに少々お粗末な失点だった。大差の試合での終了間際。確かに集中力が欠けてしまってもおかしくはない時間帯ではあるが。


「ココアちゃんのせいじゃないわよ。そんなの、キーパーに言われるまでもなく、自分達で声を掛け合わなくちゃ」


 ずっと無言のまま歩いていたケイが少しイライラしたように吐き捨てた。


「どうしたの?何かあった?」

「うーん、試合が終わった時から、なんとなくご機嫌斜めなんですよね」


 私達は本人に聞こえないように小声で話した。ここ最近は彼女も丸くなってきていたのだが、ここに来て以前のような感じに戻ってきているような気がする。


「まあ、大差で勝ってる時で良かったじゃん。そういう単純なミスなら次から無くしていけば良いだけだしね」

「そうだよ。私もケガは良くなってきてるし、そういうミスはしないようにしないと」

「そうですね、私もメイちゃんには遠慮無くビシバシとコーチングができますし、嬉しいです」

「うええ、それはちょっと勘弁してよお」


 私が情けなく反応した所で少し笑いが起き、ずっと仏頂面だったケイも少し笑顔を見せてくれた。


「ふふっ、半分は冗談ですよ。早く帰ってきてくださいね。私達もずっと待ってるんですから。ね、ケイちゃん?」

「うん、居てくれないと、少し寂しいわ」

「えー、少し?」

「まあ…………割と、かな?」


 私が少し問い詰めると、ケイは少し顔を赤くして答えた。相変わらず可愛いヤツだ。




 それからは何とか彼女も機嫌を直してくれ、悪い雰囲気になることは無く、楽しく話しながら帰ることができた。

 そして有希、ココアちゃんと別れ、最寄り駅に着いた所で、ケイが少し気まずそうに話を切り出した。


「ごめんなさい、さっきはちょっと態度悪かった。二人にも、謝った方がいいのかも知れないけど……」


 ケイが頭を下げてきた。あの程度なら、気にする必要は無いと思うが、私はケイの行動が嬉しい。

 

「別に怒ってないから大丈夫。二人だってそうだよ。私もなんとなく気持ちは分かるから。今日の試合のことだよね?」

「……今日の試合だけじゃなくて、私は最近のチームの雰囲気が気になるの」

「チームの雰囲気?」

「メイはケガで離脱してるから、今の雰囲気はあんまり分からないかも知れないけど、今は、なんかちょっとおかしい」

「具体的にどこが?」


 もしかすると、私が試合中に感じた違和感もここにあるのかもしれない。私は気になって少し詰め寄って問い詰めるような形になった。


「えーと、何というか、楽観的すぎる人がいっぱい居る。今日の失点も、確かに集中力が切れる時があるのは分かるけど、あんな失点、この先も繰り返してたら間違いなく全国なんか行けないわ。だからあんなことがもう無いように話し合うべきだと私は思う、だけど、そのことをキャプテンが話そうとしても、他の人がそれは明日でいいとか言って、今日は碌に話さなかったわ。正直、あの人達がホントに全国を目指してるのか、疑わしく思えてきた」

「……なるほどね」


(これ、もしかしなくても相当ヤバい状態なのかも)


 チーム全体の意識がバラバラ過ぎる。今のチーム状況を良いと捉える人と悪いと捉える人で二分されており、意志が統一されていないのだ。スタンドの雰囲気もそうだった。私がみんなが異様に喜んでいるのに違和感を感じたのも私の意識がみんなのそれと違ったからだ。もしそれが統一されないままだと、何かの拍子でチームが機能不全に陥るような、そんな気がしてならない。


 思えば、その兆候は前からあった。先輩達が数人退部してしまったのも、その先輩達が全国を目指す方針について行けなかったことが原因の一つだ。残っている先輩達も全国へ行くという目標を身近に感じられない、という人達も少なからず居るのだろう。


「メイはどう思う?チームの雰囲気が良い時にこんなこと考えるなんて、私、間違ってるのかな?」

「いや、私は間違ってるとは思わない。だけど、それは私達が全国を目指してきたからこそなんだと思う。先輩達とは違うんだよ」


 私達は中学の頃から全国を目指してきた。だからこそ、全国に行く難しさを知っているし、勝利の中でも出た課題にきちんと向き合える。だが、先輩達は違う。去年は一次トーナメントの一回戦で敗退している。そんな中でこのように楽勝でトーナメントを突破できれば、浮かれてしまうのも無理はない。


「だけど、高校でも目指してるのは全国じゃない!私はそんな甘ったれた人とサッカーをやりたいんじゃない!メイはムカつかないの?そんな人が同じチームに居て!」

「ケイ、落ち着いて」


 肩を掴んで少し体を揺さぶると、彼女は落ち着きを取り戻したようで、少し体を小さくして下を向いた。


「ごめん、今のは八つ当たり。私、思ったより参ってるみたい。こんな状況になったのは初めてだから、どうするのが正解なのか、自分でもよく分からないの」


 確かに、これまではみんなが当然のように全国制覇を目指し、意識を高く持って練習や試合に臨んでおり、このようなことで悩むことは無かった。クラブチームとは違い、部活動では、一年生は余りに発言権が無い。どうすればいいのか分からないのは私も同じだ。


「大丈夫、八つ当たりならいくらでも聞くよ。私、包容力には自信があるんだ」

「……ありがと。けど、もう大丈夫。メイは他のことは考えずに、ケガを治すことに集中して。もうそろそろ復帰できそうなんでしょ?」

「うん、リハビリの方が普段の練習よりキツいよ」


 それからは重い空気になることもなく、帰途につくことができた。ケイも私と同じく、中学とは違う環境に戸惑いを覚えているらしい。


(よし!リハビリ頑張るか!)


 ケイを一人にしてはいけない。これからもリハビリを気合いを入れてやっていかなくては。ちょっぴり面倒くさい親友の顔を見ながら、私はもう一度気合いを入れ直した。

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