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思春期フットボーラー  作者: kasic
1章 立ち上がる少女
19/54

しまっていこう

 サッカーテニス大会に始まる、色々なことがありすぎた1日を終え、次の朝となった。いよいよ合宿も佳境に入る。今日と明日の練習が終わった後はいよいよ最後の練習試合を行い、合宿は終了する。しかも狙ったのかどうかは分からないが、相手は合宿最初の試合と同じ高校である。私の方もやっと練習参加禁止が解かれ、今日から全体練習に合流だ。試合出場に向け、アピールをしたい所だ。


「なんだか一段と気合が入ってますね、メイちゃん」


 Bチームの練習場に向かう有希と別れ、意気揚々と歩いていると、ココアちゃんにそう声をかけられた。


「まあ、あの練習試合の後、私は全然アピールもできてないどころか、ボールを触ってもないし、そりゃあ気合も入るってもんだよ」


 心なしか体も少し軽いような気がする。やはり今までの私は色々な要因で気負いすぎていたのかもしれない。悩みが少し解消するだけでこうまで変わるのか。

 やがて練習場に到着すると、その前には私の中学時代からのチームメイトである藤堂恵が入っていた。


「ケイちゃん、おはようございます」

「ココアちゃん、おはよう」


 相変わらず表情を変えずに淡々と挨拶を返している。このような態度が相手に誤解を与えることもあるのだが、ココアちゃんは気にする様子もなくニコニコしている。


「……メイも、おはよ」

「ああ、うん、おはよう」


 なんだかまだ少し顔を合わせるのが恥ずかしい。少し変な雰囲気になりかけたところで私は少し咳払いをして、話題を変えた。


「ねえケイ、中に入らないの?」

「えっと、それが……」

「お、きたきた。メイちゃんは中に入らないで。ココアちゃんは入ってここに並んで」


 なんと練習場の入り口から先には部員のみんなが左右に並んで花道を作っている。みんな一様に私達の方を見て少し嫌な笑顔を浮かべている。これはもしかしてあれだろうか?あまりいい予感はしない。


「よし、みんな揃ったね。じゃあ二人とも、入っていいよ」


 私達は覚悟を決め、少し早歩きで練習場に入る。その瞬間、部員たちから一様に背中や頭を叩かれ始めた。


「おかえりなさい、メイちゃん」

「メイちゃんおかえり~」

「……おかえり」

「ちょっと皆さん痛いです!もうちょっと手加減とかないんですか?」


 姫花先輩らしき人の張り手が一番強い気がする。あの人なりの気遣いなのかもしれないが、優しくするという方向の気遣いがほしかった。

 みなさんの洗礼を受けながら私達はどうにか花道を抜けた。そうすると、Aチーム全体が私達に拍手をしてくれた。


「み、みなさん……」

「………………」


 付き合いはそれほど長くない騒ぎを起こして謹慎になっていた問題児に手荒いとは言え、こんな大歓迎である、こんなにありがたいことはない。

 ケイの方も、表情こそ変わっていないが、少し涙を浮かべている。


「おかえり、メイちゃん。私達、ずっと待ってたよ。また元Bチームの四人で盛り上げていこう!」

「仁美先輩、ありがとうございます


 仁美先輩が抱きついてきた。気さくで明るい先輩はこんなにも私のことを気にかけてくれていたらしい。


「ほら、姫花も恥ずかしがってないで、言いたいことがあるんでしょ?」


 すると、仁美先輩の後ろにいたらしい姫花先輩が少し恥ずかしそうにしながらも、私の手を握りしめ、上目遣いで私を見る。


「……おかえり……沢渡さんがいないと……さみしかった、よ」


 顔が熱くなって、すぐに隠したくなるが、私の手は姫花先輩にがっちり掴まれている。


「……大丈夫?顔、赤い。……具合でも悪いの?」

「いやあ、これは体調が悪いわけではなくてですね」

「じゃあ、どうしたの?」


 またずいっと顔を近づけてくる。小動物のような顔が大きくなって目のやり場に困る。私は助けを求めてちらっと仁美先輩とココアちゃんを見た。


「今日も出てるねえ、最終奥義が」

「はい、あれでやられない人はいないですよ」


 なんだか悟りの境地に至ったお釈迦様のような顔をしている。クソ、あの二人は役に立たない。姫花先輩と同じ中学の高野先輩と新谷先輩はどこにいるんだろう?


「おーっす後輩、元気してた?」

「はい、先輩も調子はいかがですか?」


 なんとあまり仲がよろしくないケイに声をかけに行っていた。周りの人もハラハラしながら成り行きを見守っている。


「もう絶好調よ。五十鈴先輩と私のツートップは最強ね。この前の試合、私が出てたから3点も取れちゃったし、あんたはもうちょっと休んでてもよかったんだけどねえ」

「そうですか、では私が出てたら6点は取れてましたね」

「なっ、あんたその生意気さ、やっぱり変わんないわね!」

「はいはーい、ストップ。あんたも素直になりなさいよ。散々あいつがいないと張り合いがないって言ってたでしょうが」

「え、そ、そんなこと言うわけないでしょうが!」


 あちらはあちらで賑やかにやっているようだ。まあなんにせよ、こうして先輩たちがいつもと変わらずに接してくれることは私達にとってはありがたいことだ。


「……ねえ、沢渡さん、どうしてそんなに顔が赤いの?」


 とりあえず、私の喫緊の課題はこの歩く愛らしい殺人兵器をどうにかすることであることは間違いない。




 まあそんなこんなで緊張もほぐれた所で練習が始まった。離脱する前とメニューがさほど変わっておらず、体がまだ覚醒していない午前中は体幹トレーニングや走り込みを中心としたフィジカルトレーニングを行う。


「はい!顔下がってきたよ!きちんとしたフォームで走りなさい!」


 現在は300メートル走を計8本走るという鬼のようなメニューであり、監督が笑顔で怒鳴りながら私達を鼓舞していた。私達をほぼみんな虫の息にしておいてこれだけ笑えるとは監督もなかなかいい性格をしている。というか二日後に試合があるのに、こんなに追い込んで大丈夫か?


「はい、グループ1は五分休憩。さっと息整えて。水はあんまりがぶ飲みしないようにね」

「たったの5分?」


 陸上部も真っ青な走りの量だ。ブランクがある体にこれは堪える。同じグループのケイに目を向けると、座り込んでいて息も絶え絶えだ。

 

「め、メイ、はあはあ、しんどそうじゃない。……このぐらいで」

「いや、その状態で言われても説得力ないから」

「けど、息が、もう、整ってるわね」

「まあ、一応練習参加禁止の間も走ってはいたし、このぐらいだったらまだなんとか」

「へえ、……それは、私が、まだ息が整えられないぐらい、体力が、無いって、言いたいの、かしら?」

(あ、これはめんどくさいスイッチが入ったな)


 ケイが息を切らしながら挑戦的な目つきでこっちを見てくる。次の言葉が容易に想像がつく。


「次は、勝負、よ。確かに、確かに息は切れてるけど、まだ、余裕は、あるんだから」


 やはりこうなったか。正直めんどくさいが、こう挑戦状を叩きつけられてしまったらこっちも応じないわけにはいかない。


「確かに、300メートル走は次で終わりで、少し長い休憩に入るだろうし、受けて立つよ」


 こんな言葉が自然と出てくるあたり、どうやら私も少し馬鹿であるらしい。



「グループ1、よーい、はい!」


 勢いよくケイが駆け出した。ケイは私達をどんどん引き離していく。だがここで焦ってはいけない。彼女はペース配分なんて何も考えていない。このまま行くとバテるのは必至だ。ほら、70メートルを超えた辺りでペースがガクッと落ちた。

 ここで私はスピードを上げた。みるみると距離を縮めていく。このまま行くと200メートル付近でケイをかわせる。しかし、ここで黙って抜かれるケイではない、私の足音が聞こえて少しスピードをまた上げた。しかし私もまだ全力を出していたわけではない。スピードをまた上げてまた距離を縮めていく。250メートル付近、ついにケイの背中についた。


(よし、ここで抜ける!)


 しかしここでケイも粘る。なかなか抜かせない。私も歯を食いしばって足を動かし続けた。そしてほぼ足が並んだ所でゴールを駆け抜けた。

 私達はゴールラインを走り抜け、そのまま倒れこんだ。酸素を求める体が呼吸を辞めない。


「はあ、はあ。……勝ったの、私よね?」

「何、言ってんの?……はぁ、はあ……私が、差し切ってたよ」

「はあ?……完全に、……私が逃げきった、でしょ」

「私、だよ!」

「私、よ!」

「ええい、どっちでもええわ!!この馬鹿ども!!」

「「痛っ!」」


 少し言い争いになりかけた所でいつの間にか近づいてきた監督に頭をはたかれた。そして馬鹿力で引きずられていく。


「あんたらは三日間謹慎させてもまだ足りないようね。まだまだ練習はあるのにここで力を使い果たす馬鹿はあんたたちぐらいよ!いや、あんたらだけがこの後死ぬならいいんだけど、周りのみんなもつられるのよ。だいたいサッカーで300メートルを全力で走ることなんて…………」


 今までにないぐらいの形相で説教をくらい、20分の休憩をそれだけで使い果たしてしまった。しかし、私の胸には疲れと共に充実感にあふれていた。ケイの方も同じだろう。彼女の方を見たら、あちらも私を見ており、目が合った。ケイは私に微笑みかけてくれ、私もそれを返した。


「ちょっと二人とも、ちゃんと集中して聞きなさい!」


 しかし、そのせいで説教がまた伸びてしまったのはまた別の話である。




 このようにトラブルもありはしたが、今日の私は今までにないくらい調子がよかった。体は動くし、ボールタッチの感覚はいいし、いつもより視界が開けているように思える。午後の練習でも私は好調を維持し、良い感覚を持ったまま、いよいよメインイベントとも言えるフルコートでの紅白戦の時間となった。


「えー、まずビブス組を発表します。呼ばれた人はビブス受け取ってね。……GKココア」「はい!」


 まずビブス組が発表される。合宿ももう終盤で、いよいよスタメン組と控え組が分かれる時期に来ている。そのため部員のみんなも固唾を飲んで見守っている。


「CB、美紅」「はい!」

「富美子」 「はい!」


 ビブス組のCBコンビには渥美先輩と長瀬ながせ 富美子ふみこキャプテンが選ばれた。その後も次々に名前を呼ばれているが、能力の高い部員が順当に呼ばれているため、このビブス組が主力と目されている可能性が高そうだ。そして少しどよめきが起きたのが最後のFWの人選である。


「FW、五十鈴」「はい!」

「由香!」  「……はい!」

「ビブス組は以上。次はビブス無し組ね。GK……」


 なんとこれまでずっと高い能力を見せつけていたケイが呼ばれず、そのポジションには高野先輩が入った。ケイは特に表情を変えることなく聞いているが、その心中はいかなる物だろうか。


「CBはメイ」「あ、はい!」


 私は控え組のCBとして起用されるようだ。正直これにはホッとした。私の前の試合の出来を考えると、メンバー外になってもおかしくはなかった。


「FWは工藤」「はい!」

「ケイ」  「はい」

「以上11名です。20分後に試合始めるから、コーチの指示に従ってウォーミングアップを始めてね。あと、今回の試合をもとに今日の最後に次の試合のメンバーを発表するから、みんな気合いを入れるように。じゃあ、解散!」


「ねえ、ウォーミングアップ、一緒に組も」

「ああ、うん」


 無表情のケイに声を掛けられた。私達は無言でアップのメニューをこなしていく。しかし、今彼女が何を考えているかは手に取るように分かる。


「メイ、控え組にされるのってこんなに悔しいのね」

「……ああ、そっか、ケイは今まで控え組になったことって、無かったね」

「ええ、屈辱だわ。私が居ない方がチームが強いって思われるなんて。すぐにでも私が一番だってことを監督に分からせてみせる」


 多少ショックは受けているようだが、その目は力強く、落ち込んではいないようだ。むしろやる気に満ちあふれている。


(私も負けていられないな)


 紅白戦のメンバーに入れて安心している場合ではない。私も沢渡鳴という選手の価値を見せつけなければいけない。




 審判役のコーチのホイッスルが鳴り、紅白戦が始まった。ビブス組の陣地には監督がつき、ビブスなし組の陣地にはヘッドコーチの吉田コーチがついていることからも名言はされていないが主力と控えに分かれていることの証明に思える。

 私は主力組のエースである高城先輩のマークについた。彼女はスピードやパワー自体はケイよりも数段劣るのだが、最終ラインとの駆け引きがうまく、シュートもうまい。DFとしては神経を使う選手である。確かに彼女を活かすことを考えるなら、自己主張の強いケイよりも高城先輩ラブの高野先輩を使うのは理に適っている。事実、この前の練習試合ではこの布陣でうまく行ったようだ。


「荒木先輩、真ん中が空いてます。もっと左です!」


 やはり技術面では主力組が勝っているのか、私達は押し込まれる場面が目立つ。今は主力組の右サイドハーフに入る姫花先輩がサイドでドリブルを仕掛けている。すると、高城先輩が勢いよく斜めに走り出した。私の前に出た。そして姫花先輩がそこに向かってスピードのあるボールを送る。相方のCBはニアに走り出す高野先輩につられている。


(これはまずいかも)


 一瞬そう思ったが私の指示を聞いてポジションを動かしていたボランチの荒木先輩がボールを跳ね返し、セカンドボールは下がってきていたケイがボールをキープし、ファウルをもらってこのピンチはなんとか難を逃れた。


「荒木先輩、ありがとうございます」

「沢渡さんの指示が的確だったからだよ。こっちこそありがとね」


 確かに今のは私の危機察知が相手の決定機を未然に防いだと言える。このプレーがこの前の試合で失敗続きだった私に自信を与えてくれた。


 相手ボランチの新谷先輩のパスミスを私がカットした。高城先輩は裏を取ろうと前に走っており、私にはなんのプレッシャーがかかっていない。


(これ、いけるかも)


 私はドリブルでボールを前に運ぶ。するとパスミスをした新谷先輩が取り返そうと私に突っ込んでくる。それを確認して自然と体が動いた。タッチが大きくなったように見せかけてボールをさらし、食いついてきた所でボールを引き、勢いよく相手に背中を向けてボールを守り、そのまま一回転して逆方向に駆け抜ける。いわゆるマルセイユルーレットと呼ばれる技術で新谷先輩を抜いた。

 こうして私の前にはもうペナルティエリア前以外には誰も居なくなった。私の視界の先ではケイが中央とサイドの間、ハーフスペースのポジションに位置取っており、CBの長瀬キャプテンはポジション取りを迷っているようだ。私はケイにボールを出す。私は迷わずゴール前に向かってそのまま走った。キャプテンが食いついてきたのを確認したケイはダイレクトで私のドリブルコースにボールを戻してくれた。ボールを拾い、前を見るとキーパーのココアちゃんとゴールネットが見えた。


(この光景、なんか懐かしいな)


 私は角度をつけるため、少し横にボールを持ち出した。ココアちゃんが冷静に間合いを詰めてコースを狭めてきた。しかし私は冷静に、キーパーが触ることができない逆サイドネットに向かってゴールネットにパスをする感覚でボールを蹴り、ココアちゃんが伸ばした手を抜け、ボールはゆっくりとネットを揺らした。


「……よし」


 それを確認して私はすぐに踵を返す。アシストをしてくれたケイが手を差し出している。


「メイ、ナイスゴール」

「うん。ケイもナイスアシスト」


 ハイタッチをして軽く抱き合い、味方の皆さんともハイタッチをしながら駆け足で陣地に戻った。まだまだ足りない。ここで満足している暇はない。


「ゴーゴーゴー!」

「あせらないで!外出して!」

「ロングボール来るよ!しっかり競って!」


 その後は膠着した試合展開となり、声かけにも熱がこもる。


「しっかりとライン揃えましょう!あと皆さん下がりすぎです!勇気もって高く保って!」


 私も一年生という立場でありながら一生懸命ラインを統率した。特にもう一人の三年生のCBの先輩と相談してこうしているわけでは無いのだが、生意気な後輩と思われていないだろうか?

 そうこうしているウチに相手ボランチの綾乃先輩が味方ボランチの間を縫ってFWの高野先輩にパスを送り、バイタルエリアで反転してゴールに迫る。私の近くではまた虎視眈々と高城先輩が裏を狙っている。警戒して下がりたくなるがここはグッとこらえる。


「由香ちゃん!」


 高城先輩から高野先輩に声がかかった。高野先輩は可能ならば必ず高城先輩を立てる行動をする。囮にして声がかかった時点でドリブルやミドルシュートの選択肢は無いだろう。高野先輩がこっちに視線を向けた。私はパスコースを遮るように立ち、馬鹿正直に出されたボールをカットした。前線に目を向けるとボールがほしそうに一年生FWが手を挙げていた。


(そんなことしたってこんなに距離あったらボールなんてほとんど来ないだろうに)


 しかし、そうだとしても、その時に備えて準備しておくのがストライカーなのだろう。その心意気に応えるべく、私はできる限り精度の高いボールを前線に送る。

 ケイはCBの渥美先輩に背中を預け、体を使ってプレッシャーを無効化した。そして胸でしっかりとボールを落とすと、そのまま反転し、ストライドの大きいドリブルでボールを運び、スライディングに来た長瀬キャプテンをもかわした、そして狙いすましてシュートを放ち、キーパーの手を弾いてネットに突き刺した。ケイは右手を突き上げ、一つ雄叫びを上げた。主力組を外されたことにはやはり少し思う所もあったのだろう。




 紅白戦はあの得点の後は勢いに乗った私達が押し込んだ。終了間際に同じく今回は控え組に入っていた仁美先輩の突破からまたしてもケイがゴールを決めて紅白戦は終了した。各自反省点を確認し、監督から総括の言葉が述べられる。


「さて、スコアだけ見たら今日はビブス無し組の圧勝だったね。とはいえ、支配率自体は、ビブス組が上だったと思うよ。けど、実際は3対0、この試合、何が違ったのかな?綾乃、何か思い当たることはある?」

「……ゴールに向かう、貪欲さ、ですか?」

「そうだね、もっと言えば、試合に対する、かな?特に球際の部分とかセカンドボールへの反応とか、ビブス無し組が大きく上回ってたと思う。今日の試合、ビブス組の中で、良いプレーをしたい、絶対に勝ってやる、そう思って紅白戦に臨んだ人はどのくらいいる?」


 監督はみんなに問いかける。そこでビブス組の何人かは若干顔を俯かせた。


「その点、ビブス無し組は私にアピールしようと必死な選手が多かった。特にメイとケイ、謹慎明けの二人は特に気持ちが出てて良かったよ。二人とも、今日はよく頑張りました」

「あ、ありがとうございます」


 名指しで褒められ、私は嬉しくも少し恥ずかしい気持ちがした。監督はそれを見て少し頬を緩め、そしてまた厳しい顔に戻す。


「今回は、あえてこの前の試合に出てた人をビブス組にしたけど、それが主力組だなんて絶対に思わないで。いや、もしそうだとしても、あなたたちは試合に出るだけで満足なの?違うでしょ。みんなは全国に行きたいんだったね。選手権はどの高校にとっても最後の大会だよ。どこも気合いを入れて試合に臨んでくる。逆に今日気づいて良かったと思いなさい。こんな試合してたら、本番では絶対に足下掬われるよ。……分かった?」

「「「「「「はい!!」」」」」」

「よろしい、それでは、あさっての試合、先発メンバーを発表します。キーパーはココア」


 みんながもう一度集中してこの発表を聞いている。確かに気を抜いてはいけないが、この合宿の評価としては、あさってスタメンのメンバーが一歩リードしていることに間違いはない。


「CBは富美子」「はい!」

「メイ」   「はい!」


 つい声が裏返ってしまったのは許してほしい。いよいよあの憎きFWにリベンジする機会を得ることができた。見てろよアイツめ。


「FWは五十鈴」「はい!」

「ケイ」   「はい!」


 ケイもスタメンに復帰するようだ。今日の試合も圧倒的なパフォーマンスを見せていたし、当然と言えるだろう。今後はいかに高城先輩と息を合わせるかが鍵と言えるだろう。


「以上の11人があさっての先発メンバーです。今日みたいに腑抜けた選手がいたらすぐにでも交代させるから、心して臨むように、分かった?」

「「「「「「はい!」」」」」」


 みんなの返事に一点の油断もない。そうだ、私は前の試合でいいプレーをするとかいう以前に試合に出るための心構えができていなかった気がする。だが、今は心身共に充実している気がする。あさっては絶対にいいプレイができる、そんな確信めいた予感までするようになった。




 

 さて、翌日の練習でセットプレーの確認など細部の調整を終え、いよいよ合宿最終日、最後の試合の日を迎えた。すでにウォーミングアップを終え、待機列に並び、入場の合図を待つばかりである。相手のあの九番も確認した。見てろ、今日は目に物を見せてやる。


 ホイッスルが鳴らされ、私は手を芝生に置き、ピッチに入った。相手チームの選手と審判団と握手を交わし、コイントスが終わるのを待つ。少し心臓がドキドキしている。少し緊張しているようだ。


「メイちゃん!」


 声がした方を向くと、ココアちゃんが優しくボールを蹴ってきた。私もそれを蹴り返し、何度かパスを回しているウチに心の余裕が出てくる。私の緊張を感じ取ってココアちゃんが気を利かせてくれたのだろう。

 審判がホイッスルを鳴らした。いよいよ円陣を組んだ後、試合開始だ。今日はみんな気合いが入った良い表情をしている。


「この前は負けた相手だよ!気合い入れていこう!」「はい!」

「大丈夫!あのドS監督の練習に耐えきったんだから。負けたら監督のせいにしよう」


 綾乃先輩のおどけた台詞に少し笑いが起き、緊張感も少し和らいだ。


「よし、じゃあみんな最後にご唱和ください。芳都野高校、ファイト!」「おお!!!!」


 円陣がほどけ、先発メンバーみんなとハイタッチを交わす。私も高揚感に耐えきれなくなり、思わずこんな言葉を叫んだ。


「皆さん!今日はしまっていきましょう!!」


 喧騒が収まり、みんなが一様に目を丸くしてこちらを見た。……よく考えたら、いや、よく考えなくてもしまっていこうはおかしい。


「ああ、えっと、その……」

「って野球か!!」


 綾乃先輩がこの空気をどうにかしようと突っ込んでくれた。するとこらえるような笑い声が耳に届いた。


「ぷっ……くくくっ」

「ちょっとケイ、何笑ってるのよ」

「いや、しまっていこうって……ちょっとツボに入った。……くくっ」

「何だよもう、そんなに笑わなくてもいいじゃん」


 そして堰を切ったように大爆笑を始めてしまった。何だか馬鹿にされたようでいい気はせず、頬を膨らませていると、その様子を見たメンバー全体が笑いに包まれた。


「え、ちょっと、皆さんまで」

「いやあ、面白かったよ、メイちゃん」「ていうか沢渡さんと藤堂さんってそういうキャラ?」


 このようにしばらく笑われていると、主審が急かすようにもう一度笛を吹いた。私にとってはゴールを揺らされた時のオフサイドの笛以上の救いの笛だった。


「じゃあみんな、早くポジションにつこう、今日はしまっていこうね」「はい!!」

「もう、綾乃先輩もみなさんも、やめてください!」

「くくっ」


 ケイはまだ笑っているし、先輩方にもからかわれっぱなしだが、もう緊張はほとんどなかった。


(さあ、本当に今日は締まっていかないと)


 主審がキックオフの笛を吹き、試合が始まった。

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