自信
1章も佳境に入ります。
よろしくお願いします。
主審が笛を鳴らし、試合が始まった。キックオフのボールを受けたボランチの綾乃先輩が私に優しくボールを送った。前の試合では意図が分からず慌てた対処となってしまったが、おそらく私に早くボールを触らせて落ち着かせようとしているのだろう。
今度はしっかり顔を上げてボールを受ける準備をした。私のマッチアップは前の試合で散々やらかしてくれたあの九番をつけたFWである。彼女は私に猛然とプレスをかけてきていた。私が右足でボールを受けると、私のすぐそばまで来た彼女はボールに足を伸ばしてきた。
(大丈夫、落ち着いて……ここ!)
ボールに触られる寸前で私は左足にボールを持ち替えて切り返し、プレスをかわした。
「沢渡さん!」
右サイドハーフに入っている姫花先輩が中に絞って珍しく大きな声を出して私を呼んだ。そこにパスを出すと姫花先輩は持ち前の技術でボールをキープしてボールを逆サイドに展開した。そのボールは惜しくも繋がらなかったが、私のファーストタッチとしては良かったのではないだろうか
姫花先輩は少し頭を抱えた後、私に向かって親指を立てた。さっきの積極的な声かけと言い、このサムアップと言い、内気な姫花先輩だけにこの一連の行動に少しびっくりした。
「メイ、それでいい!しっかり周り見てプレーしなさい!」
ピッチサイドに立っている監督から声をかけられた。そしてその直後に綾乃先輩や長瀬先輩からも声がかかる。
「メイちゃん、ナイス!きちんと落ち着いてるね!」
「沢渡さん、さっきはうまかったけど、危なく感じたらロングボールでもいいんだからね?」
そのほかのチームメイトも積極的に声かけをしてくれている。みんなの暖かな心遣いを感じる。
(みんな気遣ってくれてるなあ。……頑張らないと)
皆さんの気遣いを嬉しく思うと同時に気力が湧いてくる。それからも私はビルドアップ、クロス対応、すべての対処を落ち着いてこなし、段々と試合にも慣れてきた。
そんな時、マッチアップの相手FWが私に近づいてきた。
「沢渡さんって言うんだね、私は吉永って言うの。よろしくね」
「はあ、よろしくお願いします」
それからもこの吉永さんとやらはプレーが切れる度に色々と話しかけてきた。
「この前もマッチアップしたよね。あの時は調子悪そうだったけど、今日はなんか落ち着いてるじゃん」
もしかして喧嘩を売られているのだろうか。いや、こうやってイライラさせて私のペースを乱そうとしているのかも。
(落ち着け、惑わされたら相手の思う壺だ)
「この前はこの前、今日は今日です。この前のことは特に気にしてませんよ」
なるべく感情を出さないように気をつけながら素っ気なく返答した。そもそも試合中に相手選手と話している場合ではないのだ。
「ふーん、お、へいへい!私!」
のんびり話していたと思ったらスローインのボールを受けようと鋭く動き出した。この緩急ある動きに私はつい反応が遅れてしまう。
(クソ、なんかペース乱されるなあ。まあいいや、ここは前を向かせないディフェンス!)
私はボールを受けた吉永さんに前を向かれないよう、少し強く当たった。
「うわ!!」
すると、なんと彼女は少しオーバーなリアクションをしてその場に倒れた。そしてすぐに主審が笛を吹く音が聞こえた。
(え、私そんなに強く当たってない!)
「今のがファールですか?」
「遅れてチャージに行ってましたし、ファールです」
そう言われると確かに文句は言えないのだが、そうは言っても少し強く体をぶつけただけだ。足も掛けてないし、あの程度で笛を吹かれていてはディフェンスなんてできない。
「くー、いてえ」
あのフォワードがゆっくりと体を起こしている。クソ、白々しい。考えてみたらこの手の駆け引きをしてくるタイプのフォワードと対峙したことなど今まで無かった。いつも正々堂々と勝負をしてくるケイのようなタイプとは真逆のタイプだ。
「マーク、しっかり確認して!絶対に目を離さないで!」
「姫花先輩!もうちょっと左に寄ってください!」
時間帯も中盤に差し掛かる。この時間帯のセットプレーには注意したい。しかもペナルティエリアから10メートルほどで斜め45度からのイヤな位置からのフリーキックだ。レベルが高くなればなるほどキックの精度は高くなるし、マークを外すのもうまくなるので、コーチングにも熱が入っている。私のマークはセットプレーも吉永さんだ。
「へえ、セットプレーのマークも沢渡さんか。よろしくね」
さっきのことなど無かったかのように話しかけてきた。なんだか腹が立ってきた。もう無視だ、無視。相手選手と話している暇は無い。
「あれ、おーい。……嫌われちゃったか、残念」
そうだ、嫌われたのだからもう話しかけないで欲しい。それはそれとして、この人はセットプレーの時もちょろちょろと動き回っている。また倒れられても困るため、迂闊に手を当てることもできない。
「私にご執心なのは嬉しいんだけど、私だけ見ててもいいのかなあ」
吉永さんは笛が吹かれると意味深にその言葉を残し、ゴール前に走り出した。全体がその動きに合わせてゴール前に動き、そこに向かってボールが蹴られる。大丈夫、私なら頭に当てられる高さだ。
「メイちゃん、クリアです!」
ココアちゃんのコーチング通り、なんとか額に当ててボールを掻きだした。しかし、このこぼれ球を予見して相手チームの一人がこの流れの中ゴール前に移動せず、最初の密集地帯に留まり、シュートモーションに入っていた。
(まずい!)
そう思う間もなく、シュートが放たれた。選手の間を縫って撃たれたシュートにはさすがのココアちゃんも反応できず、ボールはネットに吸い込まれた。
(クソ、またやられた)
私としては精一杯の対応だったが、自分のクリアボールを拾われてゴールを決められたとなってはもっといい対応があったのではないかという気持ちになってくる。
「ごめん、今のは私のマークだった」
「切り替えです!反省は後ですよ!」
「そうそう。早くリスタートしよう!ほら、メイちゃんもポジションに戻るよ!」
「……はい」
しかし、切り替えようと思っても次々と雑念が出てくる。もっとうまく、遠くにクリアできたんじゃないか、ファールを取られずにボールを奪えたんじゃないか。色んなたらればが出てくるが、それをするには私の技術が、実力が足りないという結論に達する。
(なんで、なんで私はいつも…………)
「心配ないわ、メイ」
暗い思考に陥りかけた時、真っ直ぐな、力強い声が聞こえた。
「ケイ?」
私がその声に反応すると、手のひらで顔を挟まれ、顔を上げさせられた。そして勝ち気で、自信家な彼女の顔が一面に広がった。
「下を向かないで。私を見て。そして私を信じて。大丈夫、一点ぐらい、私がすぐに取り返す」
その力強い言葉を聞くと、不思議と勇気が出てくる。そうだ、まだ一点だ。FWが取り返してくれるのなら、私はもう一点を奪われないようにするだけだ。
「分かった、ありがとう」
「うん」
私のその一言にケイは満足したように頷き、手を離して自分のポジションに戻っていった。
(それにしても、さっきの台詞、私が味方に言ってあげたかった台詞なんだけどなあ、まあ、今はそれを言っても仕方ないか)
思わず苦笑するが、すぐに頭を切り替える。私は今はDF、ボールを奪って味方に繋げるのが仕事だ。
(私は私のできること。よーーっし)
私は自分の頬を二度強く叩いた。何だかさっきよりも視界が広がった気がする。その直後に笛が鳴り、私はまたボールの行方に集中した。
気持ちを切り替えたとはいえ、勢いは先制をした相手チームの方にある。点を取られてから私達が押し込まれる時間帯が続いている。しかし、流れが来ているからこそ相手が前掛かりになり、そこを耐えきればカウンターのチャンスが来るのがサッカーだ。意地でもここは耐え抜かなければ。
相手のサイドハーフがサイドでボールをキープして、前方に走り出す吉永さんに向かってボールを送る。この前やられたのとほぼ同じ形だ。吉永さんが後ろを向いて私を一度見た。おそらく前のように反転しようとしているのだろう。
(舐めるなよ、二度も同じ手ではやられない!)
単純なスピード勝負でやられるほど相手は足が速い訳では無い。私はしっかりと併走しながら体をぶつけた。相手は中に切り込むのは無理だと判断したのか、一つ舌打ちをしてそのままタッチライン際までボールを運び、私にボールをぶつけてコーナーキックを取ろうとした。しかし私もゴールキックにするべく体を相手の方向に向けた。
「「マイボール!」」
声が重なった。副審はゴールの方を旗で差し、ゴールキックの判定になった。
「ああ、クソ!!」
私のそばで吉永さんの少し大きな声が聞こえた。イライラしているのなら良い傾向だ。しかし、私の視線に気がつくとまた人を食ったような笑顔を浮かべる。
「やるじゃん、少し甘く見てた」
イマイチ彼女の性格がつかめない。いやいや、余り深く考えてはいけない。とにかく相手の動きをよく見てしっかり対応することに集中した方がいい。
そしてカウンターのチャンスはついに訪れる。吉永さんのボールのトラップが少しずれ、私はそこを見逃さず体を入れ、ボールを奪った。今度は主審もファールを取っていない。
「へい、メイちゃん!」
私は綾乃先輩の声に反応してそこにボールを送った。すると綾乃先輩はそれをダイレクトで前線に送る。二人のボランチの間を通したその先にはケイが立っており、ボールを相手DFを背負いながら受けたケイは少し横にボールを持ちだし高城先輩にパスをする。高城先輩はヒールでそのまま前を走るケイにボールを落とした。
(おお、なんか鮮やか!)
それを持ち出したケイは遅れてプレスに来た相手SBをものともせず、キーパーとの一対一を冷静に制し、ボールをゴールに流し込み、同点とした。
「よっしゃ!ケイ、ナイス!」
「沢渡さん、やったね!」
「はい!やりました!」
私は思わず長瀬キャプテンと抱き合った。私のプレーが起点となって点が取れるというのはやはり嬉しい。前を見るとケイが静かに高城先輩とハイタッチをしていた。この二大FWの連携に課題を抱えていた私達にとってはこの二人で点が取れたというのは実は一点以上の価値があるだろう。ケイと目が合うと、彼女は少し頬を緩め、親指を立ててくれた。まったく有言実行とはこのことだ。本当に一点ぐらいならすぐに取り返してくれた。
「クロス警戒!夏美先輩、もう少し下がってください!」
「はい、私!」
「ナイスクリアです!キャプテン!」
それからは一進一退の攻防で、こちらもピンチはありつつもココアちゃんを中心とする守備陣の奮闘もあり、なんとか失点なしで前半終わりまで来ており、このラストプレーと思われるクロス対応もそつなく対処し、ここで主審が前半終了の長い笛を二回吹いた。一時はやばいと思ったこともあったがなんとか形になった前半だった。
「お疲れ」
「あ、はあ、お疲れ様です」
吉永さんに手を差し出されてしまったので、私は思わず握手をしてしまう。試合が終わってもないのに対戦相手と握手することなんて普通あるのだろうか?まったく、この試合はあの人に振り回されっぱなしだ。
「お疲れ様です、メイちゃん」
「ココアちゃん、お疲れ、なんかどっと疲れが出るなあ」
「大分ちょっかい掛けられてましたもんね。ああいうFW、私も苦手です。だけどメイちゃん、後半も自信を持って行きましょう。大丈夫です、何しろメイちゃんは私からゴールを決めたんですからねえ」
「それ、まだ根に持ってたの?」
彼女は練習とはいえ近しい存在の私にゴールを決められたのが相当ショックだったらしく、あれから事あるごとに私にイヤミを言ってくる。
「根に持つとはなんですか!自信を持ってくださいと励ましてるだけですよ!」
「わかったわかった、自信持つから。ココアちゃんも切り替えていこ」
「むー、なんかあしらわれてるような」
彼女も中々にめんどくさい性格をしているが、付き合いも長くなってきて扱い方も分かってきた。
「二人とも、楽しそうね」
「あ、ケイちゃん、お疲れ様です、それと、ナイスゴールです」
「お疲れ、”ライバル”といい連携してたじゃん」
「……別に、試合中は味方だもの。あのぐらいできなきゃツートップを組んでる意味がないわ」
ケイは恥ずかしそうにそっぽを向きながら話した。ここ最近彼女もずいぶんと変わってきているような気がする。監督にも連携面については我を出し過ぎないように相当厳しく指導されているからか、全体的に丸くなってきているのは良い傾向ではないだろうか。
「三人とも、お疲れ!前半は良く頑張った!」
ベンチに戻ると監督がハイタッチで出迎えてくれた。これは前半は及第点の評価は得られていると思っていいのではないか。
「さて、みんな戻ってね。休みながらでいいから聞いて。まず、全体として前半の最初はちょっとバタバタしたけど、途中からは落ち着いてきて良かったと思います。同点ゴールもワンタッチプレーも何度あったし、見事なゴールだったと思います。で、後半なんだけど、まず、仁美を右SBに入れます。麻美はここで交代、お疲れ様」
「はい」
右SBには今日はベンチスタートの仁美先輩が入るようだ。グラウンドの方に目を向けると控え組のウォーミングアップから一人離れてコーチとパス練習をしている。彼女は普段は前目のポジションを担当することが多いのだが、ここは点を取りに行く攻撃的なオプションを試す、ということだろうか。
「仁美には高い位置を取らせるから、その辺のポジショニングについてはメイと姫花、あと綾乃でよく確認しておいてね」
「分かりました」
「よし、それとメイ、あなたには個別で言いたいことがあるから後でちょっと来て」
「え、あ、はい、了解です」
なんだろう、前半の出来が余り良くなかったのだろうか。確かに最初の失点にも絡んでしまったし、印象は余り良くないのかもしれない。私の思いを感じ取ったのか監督は一つ苦笑した。
「大丈夫、怒ってるわけじゃないから。メイは前半良く頑張ってたよ。さて、後は攻撃面についてだけど…………」
それからも監督の話は続いていった。話が終わり、私は監督の所に向かう。
「ああ、メイ、お疲れ。そんなに構えないで。さっきも言ったけど、前半は良く頑張ってたと思う。ただ、メイがちょっと相手をリスペクトしすぎてるかなって思って。その辺はどう?」
「リスペクト、ですか?」
「うん、この前の試合でやられちゃったって言うのもあるのかな、無意識かもしれないけど、こっちから見ると、ちょっと相手を警戒しすぎて、あまり体をぶつけられてないように見えたんだよね」
「うーん、あんまりそういう意識は無いですけど、最初の失点の時のファールをちょっと引きずってたのと、それと、なんかあの人やりにくいんですよね。色々話しかけてきたりして」
「……なるほどね。よし、分かった。メイ、なんであのFWはメイに話しかけてくるんだろう?」
監督がいきなり私に問いかけてきた。これに関しては理由は一つしか思い当たらない。
「そんなの、私のペースを乱すためじゃないですか?」
「そうだね、じゃあなんでわざわざDFのペースを乱そうとするのかな?ケイがそんな回りくどいことしてきたことがある?」
「いや、無いです。けど、どうしてって……」
「答えはね、正々堂々と勝負してメイに勝つ自信が無いから。つまり、あのFWの能力自体は大したこと無いんだよ」
「え、そうですか?けど、私は何度かやられて……あ」
「気づいた?お互い100%の状態でやり合って、メイがやられたことはこの二試合、ほとんどないでしょ?」
言われてみれば確かにそうだ。この前の試合、最初の失点は相手に掴まれてたのを審判に見逃されて、次の失点は私が平常心じゃなかったし、今日は相手が審判を欺いてファールを取られた以外は特にやられてはいない。むしろ同点ゴールの時はあの人のミスからボールを奪って得点に繋げた。
「もちろん、ただの推測だし、これで相手を甘く見てプレーが軽くなるのは良くない。けど、十分に相手を抑えられるのに、警戒しすぎて相手にノビノビとプレーされるのは、すごくもったいないことだよ。後半も相手は何度かちょっかいをかけてくるだろうけど、この試合で相手にやられていないことに自信を持って、もっと思い切ってプレーすること。大丈夫、メイならできるよ。分かった?」
「はい!分かりました!」
「それでよし!しっかり私を見返してよね?あの時のメイはすごく頼もしかった」
そういえばそんなことも言ったか。この前の失態を取り返すには前半のプレーでは足りない。後半は絶対にあの人の好きにはさせてはいけないのだ。皆の所に戻ると仁美先輩と姫花先輩が二人で話しこんでいた。
「お、メイちゃん、前半はお疲れ、後半はよろしく」
「仁美先輩、後半は頑張りましょうね」
「うん、それで、ポジション取りについてだけどさ、姫花や綾乃先輩とも話してたんだけど、自陣でのビルドアップの時は私は高い位置をとるから、メイちゃんにはもうちょっとサイドに開いてほしいんだよね」
「なるほど、それじゃあ、姫花先輩は……」
仁美先輩、姫花先輩と後半のプランについて話し合っていく。同じ元Bチームで仲の良い先輩達のため、こう言ったことも話しやすい。方向性も固まるとますますやる気が出てくる。主審がホイッスルを鳴らし、ピッチに入っていった。
「後半開始します!みんなピッチに入るよ!」
「「「「「はい!!」」」」」
私はもう一度芝生に手を当ててピッチに入り、胸に手を当てる。少し胸がドキドキしてるけど、これはイヤなドキドキじゃない。
「メイ」
隣にケイが並んできた。そういえば、この合宿の前はまたこんな風に隣を歩けるなんて思ってもみなかった。そう考えると、この合宿は本当に色々あったとしみじみと感じる。それらを通して、私も少しは成長できたのだろうか?
「ケイ、頑張ろうね」
「……うん」
それだけ話し、私達は何も話さずに真っ直ぐ歩く。これ以上今の私達に言葉はいらないのだ。
(自分の成長を示すためにも、この後半に全てをぶつける!)
その思いを胸に秘め、私はケイと一つ手を合わせた。




