三杯目 「ツキノ・シュウです。マスターは、マスターですか? 」
いらっしゃいませ!
今日のオススメはドラゴンの子供の肉をふんだんに使用した最強の一品!
名前は小ドラの丸焼きラーメンです!
是非、ご堪能あれ!
役場で大声を出し、鳥人に注意されたのは数十分前。今は、噴水広場のベンチ椅子に座り、状況の整理を行っている最中だ。
「ルティア、俺の保証人になるなんて話聞いてないぞ! 」
鷹がラーメン一杯でここまでして貰うのは流石に気が引ける。
彼女にとってみれば、俺は空腹状態から自分を救ってくれた命の恩人なんだろうが、世界の説明と案内だけでお腹一杯だ。
「初めて会った奴にどうしてそこまで出来るんだよ!」
「どうしてって、それは分からないけど、私が保証人にならなかったら、誰か他になってくれる人でもいるの? 」
「それを言われて仕舞えば、居ないけど……」
「はい……この話は終わりね、シュウの今後を考えなきゃ! 」
彼女はバッサリ切り捨てて、次の議題を持ち出した。
保証人の件は、有り難く目を瞑っておこう。悪いことではなく、良いことをしてくれたのだ。気持ちに応えられるように、行動で示そう。
「今後の話か……さっきの役場では、店を立てる為の資金集めなら、モンスター討伐が手っ取り早いって話を聞いたが、正直言って、俺は戦えないし……」
戦闘技術なんてモノは、前の世界では必要無かった。モンスターが存在している事すら、不思議に思うのだから、優しい世界で育ってきたわけである。
「なら、私が教えるよ。国の外には、用心棒ってコトで私がシュウを護る。それで良いよね? 」
「待て待て、良くない!仕事とかあるだろ?俺に構ってる暇なんてあるのか? 」
「大丈夫よ、最近は予定が全く無かったから!それに、命の恩人だしね! 」
俺に対しての対応が優しすぎることに対して、引っかかる所はあるけれど、俺には彼女以外のアテは無いし、今は縋らせて貰おう。
「……分かった。それじゃ、お願いする。 」
「うん、任せて! 」
しかし、傭兵って本当にボランティア団体なのではないかと錯覚してしまいそうになる。
でも、きっと彼女は彼女なりに考えるところがあるのかもしれない。
「出発は明日にしましょ。まだ、午後二時だから、装備を揃えないとね。街を案内するわ!付いてきて! 」
ベンチから立ち上がり、来た道とは逆の方向にある大通りへ進んでいく、彼女の後を付いていく。
レピア王国に戸籍を移したのだから、国内の王都付近だけでも道を覚えたい。
仮にラーメン屋が出来たとして、出前も行いたいと思っているからだ。
何せ、この辺のことを知らなければラーメン屋なんて作れるわけがない。
ちょっと進んだ位置に木造建築の酒場が見えてきた。ルティアが酒場の前で立ち止まり、入り口に指を指した。
「でも、まだ俺、金ないよ。 」
「大丈夫大丈夫、私が出すよ。だから、入ろっ! 」
腕を掴まれて、中へ足を踏み込むと、複数の人で賑わっている光景が目に映る。
彼女に引っ張られるがまま、カウンター席に腰を下ろすと、筋肉で膨れ上がった太い豪腕の大男が自分の人差し指くらいしかないコップに水を注ぎ、俺達の前に差し出してくれた。
「おっ?珍しいじゃねえか!ルティア! 」
「マスター、いつもの二つお願い! 」
「あいよ!任せとけって! 」
マスターと呼ばれた大男は、ここの酒場の店主だろう。
そして、ルティアはこの店の常連客か。
勝手な推理で勝手な解釈だが、強ち間違いではなさそうだ。
「ルティア、ここには、よく来るの? 」
「うん、まあね。前はよく来てたけど、最近は、仕事で街を離れてたから久しぶりよ。 」
俺とルティアの関係を勘違いしているのか、ルティアにニヤニヤといやらしい視線を向けているマスター。
その視線に気がついたのか、顔を真っ赤に赤らめて、猛反撃し始める。
「この人は私の命の恩人だから!マスターが想像してるような関係じゃないから! 」
「んん?俺はなーんも言ってないぜ?どうかしたかよ、ルティアお嬢様! 」
鋭い瞳で睨みつけるルティア。
だが、マスターは、平然と嘲笑を続けるばかりだった。
「いつもの、まだ?? 」
「急かすんじゃねえよ!おら、もうちょいだ! 」
カウンターの下が厨房になっているらしく、マスターは手を動かしながら話を続けている。俺が物凄く気になったのは、マスターが手元を全く見ずに調理していることだ。
トントンと小刻みにリズムの良い音が聞こえるが、何かを切っているんじゃないのか?
なのに、下には目もくれない。
「ほらよ!コドラの丸焼き、日替わりスープ付きだ! 」
俺が音に夢中になっている間に、ルティアが注文してくれた"いつもの"が、目の前に置かれる。
それは、俺が一度も味わったことのないであろう料理。
木のトレイに置かれた黒い鉄板の上には、こんがりと焼きあがった鳥の丸焼きならぬ、コドラの丸焼きが中心に置かれ、周りには見たことのない物体が乗っていた。
皮の隙間から滲み出る肉汁が熱々の鉄板に落ちた瞬間、弾けて激しい音を立てた。
顔の形や身体の形から推測するに、四足歩行で行動する爬虫類によく似ている。
それに、コドラの丸焼き以外の野菜?
人参によく似た四角くカットされたオレンジ色の物体、緑黄色野菜に見える草。
全てが見たことのない食べ物だ。どうやら、食材は元いた世界とはかけ離れているらしい。爬虫類を食べるなんて聞いたことない。
「コドラ?って、何? 」
「コドラは、ドラゴンの子供よ。とってもお肉がジューシーで美味しいの!ほら、早く食べてみて!」
「え?ドラゴン? 」
ドラゴンってあのドラゴン?ドラゴンの子供の丸焼き?果たして美味しいのか?!
でも、出されたからには食べないわけにはいかない。
「……いただきます! 」
手を合わせて、食材に感謝の意を込める。
俺は意を決して、手元に置かれているナイフとフォークを手に取り、肉にナイフで切れ目を入れた。
すると、湧き出す肉汁と香ばしい肉の焼けた匂いが鼻を通り、空になった胃袋を刺激する。
恐る恐る、フォークで口へ運んだ。
ーーその瞬間、戦慄が走った。
肉を噛みしめる度に溢れ出す肉汁。
脂とスパイスで程よく味付けされた肉の舌触り、脂の乗った部分が舌の上で蕩け、消えていくようだ。
口の中に広がった全ての"美味さ"が、俺を肉汁の濁流で溺死させようとしている。
「……美味すぎる!美味しいもの食べたことないって言ってたのに、あるじゃないか! 」
「そう?普段から食べてるから私にはこれがいつもの味って感じなのよね〜。でも、普段は手頃な食べ物で済ませちゃうから、食べ物に疎いってのは本当よ!」
「そういうことか。」
納得しつつ、ナイフで切り分けた肉をフォークで口に運んでいく。
「……ふむ。この世界でラーメン屋になる為には、まずラーメンの具材を見つけることが先決だな。 」
しかし、一つだけ決まった、この肉、ラーメンのトッピングで言わずと知れたおかずの王様、焼豚にピッタリではないか?
試しに、ナイフを使い、感覚だけで薄く切ってみる。
恐らく、先程の口触りなら炙ることによって香ばしさを増させ、噛み締めた時に湧き上がる肉汁を肉の中に閉じ込めることが出来る。
脂身と肉の比率を意識すれば、口の中で蕩ける焼豚を作ることも可能だ。
コドラ肉。頭の中に入れておこう。
俺が作る"最高の一杯"の焼豚候補として。
底の深めな白いマグカップの取っ手を掴み、湯気が立つ熱々の透明なスープを喉へ流し込む。
このスープ、透明で脂が浮いているわけでもないのに、しっかりとした味があった。
ベースは、昆布出汁、醤油、砂糖で味付けされているように感じるが、きっと何か知らない調味料を使って甘みのあるアッサリとしている絶妙な味を出しているに違いない。
脂の乗ったコドラの肉で脂塗れになった口の中を洗い流す透明な滝は、心身共に暖かく、清めてくれているようだった。
「満足したか? 」
「あぁ、アンタの料理に対する意識、姿勢、態度、全てにおいて満足させて貰った。ご馳走様でした! 」
箸を置き、手を合わせて、料理に使われた食材、作った人物、この料理に携わった全ての存在に感謝の意を込めた一言で締めくくった。
「ほう、面白え奴じゃねえか!このご時世、料理に対して、そんな感謝する奴なんざ、あんまり見ねえもんよ! 」
「生きる上で当たり前でも、命を摘んで美味しいものを食べている。犠牲になった彼らに感謝を手向けなければ、失礼に値する! 」
「ははっ、言うじゃねえか。お前、名前はなんて言うんだ? 」
真剣な眼差しで食べ物に対する考え方を語っていると、マスターは眉を細め、口を大きく開けて、笑顔になった。
「ツキノ・シュウです。マスターは、マスターですか? 」
「んなわけなかろう。俺は、ゴルド。ゴルド・バーバロン。この酒場、カーティルの店主だ。シュウ、お前さんも気軽に寄るといい、美味えもん、食わせてやるよ!ま、お代はキチンと頂くがな!ガハハハハ!! 」
腕を組んで自信満々に告げた。
俺の食べ物に対する愛、感情が通じたようだ。
「はい!また寄らせていただきます! 」
「おう!待ってるぜ! 」
満面の笑みでゴルドへ答えると、俺とルティアは酒場を後にした。
外へ出ると、彼女は俺の方へ振り向き、まじまじと目線を送り、凝視して言った。
「……今からモンスター狩りの準備の為に、武具屋へ寄るけど、シュウの身体って意外とがっしりしてるのね。 」
彼女が俺の腕の筋肉へ視線を送っていることに気がつく。確かに腕の筋肉はある方だ。
単純に仕事で、麺を振る際の腕にかかる疲労を少しでも削ごうと筋トレを始めた影響。
まさか、ゲームやアニメの世界で行われるモンスター狩りを自分が体験することになろうとは思ってもいなかった。
ルティアが歩き始めたので、離れてしまわないように後ろからよく見ながら付いていこうと足を進める。
「嗚呼、ラーメン作りには根気と体力がいるからな。 」
「え?アレを作るだけでその筋力?! 」
彼女は驚愕し、目を大きく開いた。
まあ、作る過程で必要なコトをやり続けた結果と、やりやすくしようと努力した結果で身についた筋力だから、ルティアが言っていることも強ち間違いではないか。
「まあな。ラーメン作りは過酷なんだよ。 」
彼女は感心したように顎に手を当て、俺に聞こえるか聞こえないかくらいの小声で独り言を呟いた。
「へぇ〜。ソレであれだけ不味いって……」
「ん?なんか言った? 」
「い、いや……何も!! 」
ルティアは冷や汗をかきながら、目を逸らして誤魔化した。
すると、彼女は歩みを止め、目の前の建物を指差して俺に言う。
「武具店に着いたよ。ここで粗方の装備を整えて、明日の準備に入らないとね。 」
俺は頷き、店内へ足を進める彼女の後ろをついて行った。
三杯目の完食、ありがとうございました!
いかがでしたでしょうか?
小ドラの丸焼き、とてもジューシーで美味しいらしいですよ〜〜!
またのご来店、お待ちしておりまーす!