一杯目 「はぁ……不味すぎ! 」
いらっしゃいませー!
何に致しますか?豚骨?家系?それとも、味噌?王道の醤油もいいですよね〜!
本日のオススメはこってりな一杯を!
どうぞ、召し上がれ!
ラーメンとは、中華麺とスープを主とし、多くの場合、様々な具(チャーシュー・メンマ・味付け玉子・刻み葱・海苔など)を組み合わせた麺料理。出汁、タレ、香味油の3要素から成るスープ料理としての側面も大きい。
歴史の長い食べ物であり、日本人であれば、誰もが大好きな麺料理だ。
その誰もが大好きな麺料理を外食で食べに行くことでは飽き足らず、日々、自宅近くのラーメン屋で修行を重ねている少年が居た。
彼の名前は、月野秋。
平成生まれの十八歳で学校に行かず、ラーメン屋で日々修行を積んでいる。
俗に言うラーメン大好き人間だ。
ラーメンを愛す心なら誰にも負けない。
今日もラーメン屋の仕事が待っている。
普段は朝六時に起床し、仕事に行くのだが、今日は遅番で三時からの出勤だった。
出勤して開口一番の仕事は、自宅近くのご近所さんである高級マンションの5階に住む老夫婦のラーメンを届けるというモノ。
何の迷いもなく、出前用のケースにラーメンを入れて、店を飛び出した。
「出前行ってきまーす!! 」
その瞬間だった。
俺は前方から来たトラックに気づかず、何も分からないまま撥ねられ、そしてすぐに悟った。
"あ、これ死んだヤツ……"
俺はそのまま意識を失った。
ーー眩しい。
光が。白い光が瞼の裏に張り付いたようで、むず痒くなり、俺は瞼を開けた。
すると、真っ青な空と対面する。
雲一つない晴天の空は、どんよりとした不思議な感覚を晴れ晴れとさせた。
後頭部に雑草の先端が突き刺さっていることから、自分が仰向けの体勢になっていることに気がつき、上体を起こした。
すると、目の前の光景に俺は驚愕の声音が喉から突き出た。
「……え? 」
彼の瞳に映ったのは、永遠に続くかに思える雑草の生い茂った平原が地平線まで続く絵図。
それは、状況が全く理解出来ていないシュウにとっては異世界にしか見えなかった。
ふと、噎せ返るのは、数分前の記憶。
あの時、確かに前方から来たトラックに撥ねられて、死んだはず。
なのに、服は愚か、配達する予定のラーメンまで無事だった。
なら、考えられることは二つ。
一つ目は至極簡単に、俺は死んでいないという線。
あの時、トラックに撥ねられた記憶は確かにあるが、夢だったのかもしれない。
そして二つ目、考えたくはないが俺はもうすでに死んでいて、ココが天国という可能性。
然し、一つ目の可能性から考えていくとしよう。
此処にきた所までの記憶さえ無いが、今は仕事中で況してや出前の真っ最中。
業務内容を遂行せずに何がラーメン屋だ、このラーメンは意地でも届ける必要がある。
"ラーメンは生き物だ"
昔、師匠に言われた言葉が脳裏に突き刺さる。その言葉の通り、麺は伸びれば終わり、スープは冷めれば終わりと、ラーメンがバッドエンドを描く為の条件は簡単に揃う。
愛ある真のラーメン好きならば、このラーメンを心の底から求めている人達へ、絶対に届けなければならない!
この命を無駄にすることは、あってはならないことなんだ!
俺は決意を固め、永遠に続くであろう道を地平線へ向かって走り始めた。
出前の基本は、ケースを待つ角度。
如何に、配達用のケースに振動を送らず、一定に保ちながら、早急に持っていくかを考えるコトが大切だ。
少しでも振動が伝われば、スープが器からはみ出て、お客様に届けられるものではなくなってしまう。そうなってはダメだ!
必死にラーメンへの想いを込めて、一歩一歩を大事に進み、走り続けたがーー、
一向に、何も見えてこない。
そして、マズいことに日が暮れ始めている。
眩い陽光を放ち、世界を照らしてくれる太陽が、月と交代しようと地平線に顔を半分隠していた。
そろそろ……もう一つ目の可能性が頭の中で濃くなってきたと言える。
これだけ走っても何も見えてこない。
現実にこんな場所無いよな……ということは、まさかココは天国?考えながらも俺は更に歩き続けていた。
辺りは完全に暗くなり、もうダメだと思った、その時、
ーーふと、目の前に木造建築二階建ての一軒家が見えた。
所々、破壊されていて、暗くなっているのにも関わらず、電気も付いていない所をみれば、廃墟だろうと思った。
もう歩き疲れた。
今日はココを宿にして、眠りにつくことにする。
一軒家の扉は破壊され、壁に立てかけられている。家の中の空気は、木の腐った鼻のつく匂いと、砂埃で溢れかえっていた。
土足で入っていいものかと、靴を半分脱いだところで床にガラスの破片が落ちていることに気がつき、仕方なく土足で家に転がり込んだ。
木製のダイニングテーブルの近くに、古びた椅子が置かれている。
俺は、一日中?かも分からないが、日が落ちるまで手に持っていた出前用のケースをテーブルの上に置き、椅子へ腰を下ろした。
「はぁ……結局、届けられなかったな。仕方ない……せめて、俺が、お客様に食べられなかったお前を食べてやる!」
ケースの中から、ラップで蓋をされたラーメンを一つ取り出した。
黄色い中華麺がスープを吸って太くなり、伸びに伸びている。とても、食べられたものではないが、捨てるのは有り得ない。
俺は、ケースの中の割り箸を徐に取り出すと、両手を使って割り、命が消えてしまったラーメンへ、謝罪の気持ちを込めた合掌を手向ける。
「……本当にすまなかった。俺がお前の命、引き取って、明日の俺の力に変えてやる!いただきます!! 」
勢いよく麺を啜り、冷たくなり、少なくなったスープの味が口の中に広がる。
一般的な鶏ガラを使った昔ながらの醤油ラーメンは、全体的にドロドロの濃厚豚骨スープの逆を成す存在で、あっさり系の王様だ。
老夫婦のような年配の方々に多くの支持を得ている。
程よい熱で炙り、表面上に焦げ目を残した炙り焼豚は、肉に付いている特製の焼豚タレの甘みと醤油ラーメンの塩っぱさがマッチして、さらなる食欲を唆らせてくれる。
そして、何よりも俺が作るラーメンに置いて、一番の目玉は、煮卵だ。
煮卵は、みりん、料理酒、醤油、砂糖、昆布ダシを使った甘みのある落ち着いたタレを使用し、大きな寸胴に溜めた沸点MAXのお湯で、夏は五分、冬は六分の時間を計りながら、一定の速度で長いヘラを回す。
卵は数秒のズレも逃がしてくれない。
時間ピッタリではなく、十秒でも、白身の柔らかさ、黄身の半熟さが変わってしまう。
全てを計算尽くし、ベストな時間となっているからだ。
最後のスープ、一雫まで飲み干すと、もう一度手を合わせて、大きな声で言った。
「ごちそうさまでした!! 」
伸びたラーメンでも、俺のラーメンはやはり美味しい。うんうん。
ーーガシャンッ!
突然、背後にある食器棚の後ろから、破壊音が部屋内に鳴り響き、背筋が凍った。
……え?誰か居るの?
ここ天国なら、お迎えかな?天使?いや、まさか、鬼が!?
俺は生涯で何か悪いことでも、ん?して……してるか。
……っ!!
その時、後ろを振り返った俺の目に映ったのは、迅速で銀色の尖った何かが迫ってくる瞬間だった。
天国に来て、二度目の死を迎えることになろうとは思っていなかった。
だが、痛みを感じたのは、驚いて椅子から落下した時の尻へのダメージのみ。
死ぬと悟った瞬間、怖くて目を閉じてしまった為、状況の確認は取れない。
「……貴方、何者? 」
不審がった声音で紡がれる小さな声。
恐る恐る、目を開けると、土の付いた濃い緑色の長靴に繋がった細長い肢体を、黒いニーソックスで包み込む、白い太ももが見えた。
その上には、黒いショートパンツ、お尻の位置には、小物用の茶色いポーチを身につけ、防弾チョッキと黒いコンプレッションアンダーシャツを着用した動きやすそうな容姿をしている白髪短髪の少女が立っていた。
少女が手にしているのは、玩具や模造品ではなく、本物の短剣。
白銀の光が破損した窓から射し込む月夜に照らされて、神々しく煌めいた。
「……聞いているの?貴方、敵? 」
彼女は剣の矛先を向け、半分脅しのような体勢で、ビビって声が出ない俺に質問を連ねる。
……この状況、ど、ど、どうすれば……!!
頭の中は既に真っ白。もう、ココが天国で、彼女が天使であって欲しかった。
実際は、全く違いますケド……!
必死に思考回路を駆け巡らせていたせいか、彼女の質問など、どうでも良くなっていた。
「……貴方、何処の国の人? 」
「……に、に、に、日本です! 」
やっとマトモな返しが出来た。
「ニホン?何、バカにしてるの? 」
「ば、バカになんか、してないしてない!しっ、知らないの!?日本だよ! 」
剣の矛先が喉に触れ、チクりと痛みが伝わった。彼女が後少しでも詰め寄ってくれば、俺は本当に、二度目の死を迎えることになる。
それは、マズい。
俺は、自分の疑いを晴らそうと、取り敢えず彼女に対して思っている一番の疑問をぶつけてみる。
「ちょっと聞きたいんだけどさ……」
「何? 」
「ココって天国だよね?そして君は、天使か何かなんだよね? 」
「……」
「……」
「……」
ーー数分の沈黙。
飛び出たのは、キレ気味の声音。
「は? 」
「え?違う? 」
すると、彼女は、顔を真っ赤に赤らめて、怒鳴るように声を上げた。
「私を怪物扱いしてるの? 」
「え?怪物?いや、違っ……」
「もういい!アンタみたいなデリカシーの無いバカ、早く楽にしてあげるわ。 」
押し付けられている剣の矛先が込められている力が次第に強くなり始めた。
"あぁ……完全に終わった。"
ーーもう駄目だと、そう思った瞬間、奇跡は起きた。
ーーぐううううううううううう!!!
鳴ったのは、大きな音。
それも、紡いだのは目の前の少女だった。
恐らく、恐らくだが、俺の予測が合っているならば、今の音は、腹空き虫の鳴き声だと思う。彼女は矛先を地面に向けて、顔を真っ赤に赤らめた。
「……」
「お腹空いたの?なら、俺の作ったラーメン、食べるか? 」
「……ラーメン? 」
少しだけ興味を持ってくれたようで、彼女は俺に聞き返した。
そうだ、ラーメンだよ。世界的に有名な食べ物で、麺類なら頂点に堂々と君臨する存在。
知らないわけないだろ?
すると、彼女は、持っていた短剣を、腰の鞘にしまい込んだ。
「ラーメンって何よ、聞いたことない食べ物ね? 」
「え? 」
ラーメンを、聞いたことのない食べ物!?
彼女は何を言っているのだろう。この世で一番の麺料理、ラーメン様を知らない?
はぁぁぁぁぁぁああああ!?!?
頭の中が爆発するかと思った。
「まあ良いや……取り敢えず、食べてみるか?腹が減っては戦は出来ないって言うしな。 」
「……さっきまで殺されかけてたのに、何でそんなに親切にするの?無神経なの? 」
「腹が減ってるヤツが目の前に居たら、放っておけるわけないだろ。まあ、この椅子に座りなよ。 」
さっきのは、完全に誤解だ。
それに、俺の頭はどうかしていた。見知らない女性に突然、「天使ですよね?」なんて、黒歴史にも残るレベルな所業だった。
後で誤解を解いて、謝ろう。
「俺が命を込めて作った一杯だ。冷めてしまっているが、味は美味しいはずだ!食ってみろ! 」
椅子に腰を下ろした彼女に、割り箸を割って渡す。ケースから出したラーメンをテーブルの上に置くと、自信満々に笑顔を向けた。
「……じゃ、じゃあ、いただきます。 」
手を合わせて、箸で伸びきった麺を口に運ぶ。冷たくなって乾いてしまった焼豚と、卵を食べてから、麺を再び食べて、スープを飲み干した。
この食いっぷりよ。
先程まで俺に剣を向けていた女の子がここまで必死になって、俺の作った至高のラーメンを食べてくれている状況。
そうだ、美味いだろ?美味いよな?分かってる話よ!腕を組んでウンウンと頷きながら、彼女の完食を待っているとーー、
テーブルに手をついて、椅子から立ち上がった彼女。
器を見ると、全て完食していた。
歓喜に満ち溢れ、満面の笑みで、ラーメンの感想を聞いてみる。
完食してくれたのだ、この素晴らしさを知ってくれたことだろう。
どんな感想を述べてくれるのかな??
「どうだった?俺のラーメンは? 」
「はぁ……不味すぎ! 」
その瞬間は頭の中は愚か、視界は真っ白になって、俺の口から出たのは一言のみ。
「は? 」
一杯目を完食されたお気持ちはいかかでしたでしょうか!
美味しかったですか?不味かったですか?
人によって好みは様々でしょう!
是非、最後の一杯までお付き合いください!
投稿は、今のところ、不定期を予定しています。
完璧な一杯を作り上げることを想定しての予定なので、ご了承ください!
またのご来店、お待ちしてます!