空っぽだから言えること
※主な登場人物
・高久広美…二年生、バスクラリネット担当。
・湊鍵太郎…一年生、チューバ担当(見習い)。
きみが一年生のコンクールの日、あたしはきみを説教、うんまああれは説教か。したね。
「湊っち、キミの考えていることは間違ってないと、あたしは思う。いろんな演奏があるように、いろんな意見もあってしかるべきだと思う。
結果が全てという人もいるし――過程が大事という人もいるね。色々だよ。ほんと、色々」
あの言葉にはいろんな意味が込められていた。
ひとつはもちろん、千ちゃんがきみとは少し違う考えを持っていたということ。
もうひとつはこの先、きみがそういった違う考えに触れたときに、『そうでない人もいるんだよ』という事実を知っておいてほしかったということ。
あとは――そうさね。あたし自身が、そういうことを自分に言い聞かせていたのもある。
コンクールって、ほんと人によって考え方が全然違ってさ。勝負事だっていう人もいるし、競争じゃないって人もいるんだよ。
うちの部内ですら、その考え方はみんな違ったんだ。まあ、それがその次の年の内乱につながっていくわけだけど――
とりあえず今は、このときの話だね。
きみと千ちゃんのやり取りを見て、あたしが思い出したのは網戸先輩のことだった。
去年あたしは、ここで先輩と二人でテレビに映る、ホール内の中継を見ることになった。
それはあの人の優しさであり、また冷静さの証拠であり、また異端の現れだったりする。
あの子はまだこの時点では、あたしの弟子というわけではなかった。けれどひょっとしたら――春日先輩がいなくなったら、本格的に面倒をみることになるかもしれない。そんな気はしていた。
いかに未来の見えない子であろうとも。
そうなることは、状況的に考えればあたしでなくても思いつく。本当に好きだった人に去られたとき、そこには誰しも虚無感を覚えるものだ。
その『無』からこの子を守るのは――まあ、それに近い真っ黒な、あたししかいないだろう。
質が似ているからこそ恐れを理解し、対抗できる。
まったく、皮肉なもんさね。
「……その甘さがなければ、動けない人間だっています」
ああ、そうだ。
そうでなければどこにも行けない人間がいた。
認められなければ、救われない人間がいた。
それが、あたしだ。
春日美里に手を差し伸べられなければ、あの場で力尽きてしまうだろうあたしがいた。
網戸美咲に守られなければ、どこにも行けないあたしがいた。
今でこそきみはあたしのことを師匠と呼ぶけど、そんな偉いもんじゃないよ。
全てはあの人たちの真似――状況に応じて適切に反応する、無機質な闇の塊さ。
冷静って言われるのはどうしてかね。反応したところで意味がないと知っているからかな。
どうしてもその先を考える。こうしたらどうなるか。ああ言ったらどう来るか。臆病なあたしはずっと、それだけを考え続けている。
「まあ、あたしの言うこともひとつの意見に過ぎないよ。だから湊っちは湊っちで、本番は好きなようにやればいいの。おけ?」
そう言って責任逃れをして、あたしはずっと途方に暮れている。
何が正解か分からないなら。
人間的でない、ただの観測機械であるあたしは――どこに行けばいいんだろう?




