それしか覚えてない
※主な登場人物
・高久広美…二年生。バスクラリネット担当。
・湊鍵太郎…一年生。チューバ担当。
初めて話したあの日のことを、あの子は覚えているだろうか。
とは言っても、あたしもはっきりと記憶に残っちゃいないんだけど。
それでも、話すきっかけになったときのことは、よく覚えてる。
「なんていうか、先輩ってあんまり女子女子してないから、話しやすくて」
なんの因果か、女子部員だらけの吹奏楽部に入ってしまった未来のあたしの不肖の弟子、湊鍵太郎はあたしに苦笑いしながらそう言ったのだ。
この後輩がホルンからチューバに回されて、わりとすぐの頃。
チューバの席はあたしの真後ろだ。自然と話す機会も多くなる。
最初は何を話したのかは忘れたけど、幾度か言葉を交わすうちに、あの子はそんなことを口にした。
「おいおい、あたしだって一応女子だぜ? そんな風に言われたら傷つくなぁ」
そんなことを、コーヒー片手に言い返した気がする……けど、すまんね、こっちの方はあんまり覚えていないんだ。
このときのあたしは本当にカフェイン漬けで、そうでもしないと意識がフワフワして、どこかに飛んでいってしまいそうだったから。
そこんところは、勘弁してほしい。昔から年相応に思えない、もっと言えばおっさん臭いと言われていたあたしだけど――傍目からすれば、本当に酔っぱらったおっさんに見えたことだろうね。
でも、そんなおかしな人間だったからこそ、あの子はあたしに話しかけてきた。
女子部員だらけの吹奏楽部に、ぽつんと入り込んでしまった異端の男子部員――そう考えると、立場や程度は違えど、あの子とあたしは似た者同士だったのかもしれない。
滝田先輩っていう男子部員はいたけれど、あの人はもう同い年とはだいぶ仲が良かったし、何よりあの人自身がある意味では、部内で一番女子力が高かったような――いや、この話題は止めよう。色々と他の女子部員が可哀想になる。
ともかく、滝田先輩のいた打楽器は、物理的に配置が遠かったんだ。そんなこともあって、場所が近くて異物同士だったあたしたちは、必然的に話すようになっていったのだと思う。
日陰者同士、というのもあったけれど――あたしの目を何より引いたのは、あの子のその可変性だった。
あの子が何か行動を起こす度、演算していた未来が少しずつ変わっていく。
大筋では変わらない。けれど、『結果』が少しずつ、あたしの考えたものとは違っていく――それが、本当に不思議でならなかったんだ。
思えば、こうしてあの子の方から歩み寄ってきたことだってそうで。
弓枝とはまた違った感じがして、あの子は面白い存在だった。
あの同い年は『未来が見えない』タチだったけれど、湊鍵太郎という子は『定まっていた未来の先を行く』なんてデタラメな特質を持っていたんだから。
そう、これで事情を知っている人は分かったと思うけど、あたしはかなり早い時点からあの子が『あの未来』を迎えるのだと予測していた。
だってさあ、練習中に後ろから春日先輩との甘酸っぱい会話が始終聞こえてくるんだぜ。あれなんのラブコメだよ。苦笑いも出てくるわ。
そして、その観測データからは当然、あの子の行く末もはじき出されてきて――
けれども同時に、それだけじゃ終わらないだろう、という確信もあった。
演算の解をかき乱す、不確定因子。
あたしの『視る』未来を変えていく、予測不可能なノイズ。
その時点ではまだ、あの子の特異性は雑音程度のものだったけれど、その異物感をあたしは心地よく思っていたんだ。
決まり切った未来を、どこかでひっくり返してくれるかもしれないっていう、期待込みかな。それはひいては、あたしの積んだシステムをぶっ壊してほしいっていう願いにもつながっていたのかもしれないけれど――このときは、そこまで考えていなかった。
ただ単純に、かわいい子が入ってきたじゃないかっていう嬉しさの方が大きかったね。
言ったろ、あたしは自分の未来は予測できないんだって。
だから、正直に言おう。
たとえ、道化の仮面越しだったとしても。
弓枝とはまた違った意味で――
きみと話しているのは、楽しかったよ。




