勘違いと後悔
「やめてっっっ!」
体育館を出て真っ直ぐに行った、渡り玄関を越えた先にある長い長い廊下。
そこには訳ありそうな空気を醸し出している選手達がいた。
俺がそこに辿り着くと同時に反響した女の人の声が聞こえた。
その声は聞き覚えのある、あの人の声だった⎯⎯⎯
「神倉、先輩……?」
思わずそう呟く俺。
遠くの方で男子が一人の女子を囲んでいる姿が見えた。もし、もしである。もし、万が一でもあの女子生徒が──神倉先輩だったとしたら。
そう考えた次の瞬間には、もう行動に出てしまっていた。
「ちょっとまったぁぁぁあぁぁぁ!!」
『え、え、なになになに!?』
叫びながら選手たちに近付いていく俺に、不気味な視線を向けつつ一斉に驚く選手一同。
髪はボサボサ、イケてる感皆無。話し方も、人付き合いも苦手。目立つのが嫌い。
そんな俺が、こんな行動に出てしまっていたのは……やはり。
「え、石田、くん?」
───この人の為なんだろう。
ヘトヘトになりながら床に座り込み、上からかけられた天使の様な声音の方を向きながら、そうぼんやりと神倉先輩を見ながら考えて………………あれ、何かおかしい。
今の俺の眼前にいるのは…………神倉先輩?
あれ、あれれー?
俺は息切れしながら、混乱する頭を働かせる。
「はぁはぁはぁ。疲れたぁ……って、ええっ!? 神倉さん元気じゃ無いですか!?」
「ちょっとそれどういう意味よっ!?」
割りとハイテンションで返してきてくれる神倉先輩。
すると一転、神倉先輩はそんな俺を白い目でジーっと見てくる。
(なんだこれ……なにこの状況? ……でも良かった、何やら揉めてた訳ではなさそうだ。状況はさっぱり分からないけど)
神倉先輩の意図を掴めずに、困惑する俺。
周りの選手たちなど気にせずに俺と神倉先輩は話をどんどん進めていく。
最初にブスッとした表情で切り出してきたのは神倉先輩だった。
「……今朝、私のメッセージ、無視、したよね?」
(今朝のメッセージ……今朝のメッセージ……もしかして今朝消しちゃった!?)
戦慄する。
鼓動は段々と早くなり、頭がくらくらする。
「えーっと、その~……あの……もしかしたら……消したかもーー……」
「はい?」
たった二言と、優しい優しい笑顔で、俺に圧力をかけてくる神倉先輩。
優しい筈の笑顔が今は恐怖の対象でしかない。俺にだけ向けてくれている神倉先輩の笑顔がこんなにも嬉しくないなんて!!
「……すいません」
申し訳なさそうに謝る俺に大きな溜め息を吐きながら神倉先輩は呆れ顔を向け。
「いいよ、許す」
(……うん。やっぱり、謝るって大事!)
「それで、今からでもいいから見てみて?」
俺に対してスマホを取り出すように促してくる神倉先輩。だが俺はこれに乗れない。何故ならば、多分今朝消してしまったから。
(あ、あぁぁぁぁ……どうしよう……)
この世には人生の岐路というものがあるらしい。一瞬一瞬常に判断を迫られている俺たち人間だが、本当に大事な選択をするときには悩んでしまう。
そして俺は今まさに運命の選択を迫られていた。
正直に言うか、言わないか。
この一見、“言う”一択の様にみえる選択……だがさらに熟考すると“言わない”という選択こそがベストな気もしてきてしまう。
どくんどくんと胸が高鳴る中、俺は神倉先輩にこう告げたのだった───
「実は────────────」