真っ暗
人気の無い暗闇の中で、男と少女を見かけた。男は少女を襲っているらしく、それに対して少女は泣きながらも必死にもがいている。
助けて、助けて、助けて───と、必死で、どこからか現れて颯爽と男を倒してくれるかもしれない夢のヒーローを求めて、少女は泣きながら叫んでいた。
すると突然、遠くの方から走ってくる少年がいた。そして何ということか、少年は夢のヒーローの様に、颯爽と男を倒し、泣いていた少女を救い、ハッピーエンドを迎えたのだった。
悪者を倒した少年は、少女に感謝され、二人は仲良くなりましたとさ。めでたし、めでたし。
──そこで、俺は眩しい陽の光を浴びて目蓋を開いた。
「夢、か…………」
どうやら保健室のベッドで眠っていた様だ。……あれ、そういえばどうして俺は保健室にいるんだ?
───ああ、そうか。
全てを思い出し、理解する。
そういえば俺は、倒れたのだった。
───なら、今、学校はどうなっている?
ッッ!
息が詰まりそうになった。
あの写真が拡散されてそのままになっているであろう今現在、学校はどんな状況だ?
───なら、神倉先輩は?
さらに呼吸が苦しくなった。
はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ。
……考えたくない。俺が発端となったあの写真によって、今、神倉先輩がどうなっているかなんて。
ふらふらとした身体のまま、ベッドから起き上がる。靴を履いて、ベッドの周りにあるカーテンを勢いよくガシャーっと開いた。
「……おっ、起きたかい少年?」
すると、飄々とした顔の養護教諭に話しかけられた。
「あ、はい……」
「そうかそうか、それなら良かったよ」
そう言って、快活そうな笑顔を見せる。
俺は今の状況を知らないだろうかと、この養護教諭に尋ねてみることにした。
「あの、すいません。今って臨時集会とか、開かれていないですかね?」
「臨時集会?」
ふむ?と首を傾げた養護教諭は、しばらく間を置いた後で、首を横に振った。
「悪いね。私の知る限りは、そんなものは開かれていないよ…………ああ、そういう事か……」
そう言って、ああ……と意味深げに頷く。
その後、俺の方を一瞥し、ふぅと息を一つ吐いてから、
「──……今朝の、写真の事か?」
「……はい、それのことです」
「ま、たしかに気になるのも仕方ないか。だが、今のところ教師達は何も動いていないよ」
……え?
「警察とか、呼んでないんですか?」
「ああ。確か、今朝のホームルームで生徒達に、この事はまだ内密にして欲しい旨を伝えたとか言っていたな」
「可笑しくないですか、それ?」
養護教諭に苛立ちのこもった声をぶつけた。この人にぶつけたって仕方ないのに。
けど、養護教諭は大人の笑みを浮かべると、ふぅとまた息を吐いて、此方を見てきた。
「おかしいよ。おかしくない訳が無い。対応としては百パーセント間違っている」
「そうですよね、だってあんな写真がばら撒かれたなんてなったら…………!」
「けどね、少年。君が何に必死なのか私には分からないが、残念ながらこれだけは言える。……他の人も、その人なりに考えて生きているんだ。だから色々な思惑があって当たり前なんだよ」
……は? 意味が分からない。
「理由になってないですよ、どうしてまだ何の対応もとって無いんですか!?」
「例えばここが公立高校だったとしたら、もしかしたら教師の誰かは、この状況に疑問を呈したかもしれないね」
そこで、この人が何を言わんとしているのかを何となく察せられてしまった。
そしてそれは気付いた時には口から溢れていた。
「…………隠す、つもり?」
「かもしれないね。まあ、正直良い手だとは思えないが。それでも会社としての方針としてはまあ、間違っていないのだろう」
「でも……だって……!」
「まあ、落ち着いて少年。考えてみれば分かるだろう?……ここは私立高校で、しかも学校内で問題が解決出来そうならば、そりゃあ隠そうともするだろうよ」
…………学校内で解決?
「それって、あの写真をばら撒いたのが、生徒の中にいると思っていると、そういう事ですか?」
そこで初めて、養護教諭は本当に意味が分からなそうに目を細めた。
「……それは、どういう事かな?」
「俺もまだ確かな事は分かりません、この写真が誰によってばら撒かれたのかも……。けど、この写真が、誰によって撮られたものなのかだけは分かります。分かるんです」
養護教諭は、俺の言葉を聞いて、細めた目を見開いた。
「つまり少年は、犯人を知っているのか?……それもさっきの口振りから言うに、犯人は、この学校の生徒ではない…………?」
「いや、犯人と撮影した人物が同じかは分かりません。でもそうだった場合、学校内でぐだぐだしてて良い内容じゃない」
「…………」
保健室に煩いくらいの静寂が流れる。
───目を閉じていた養護教諭は、ゆっくりと開いて、こちらに視線を向けてきた。
「少年。君は、イジメのニュースを見た事はあるかい?」
「は、あ、まあ……ありますけど」
「そうだよね。……ネットで『イジメ』と検索すれば、それはそれは大量の検索結果が出てくる。しかし予想以上に学校内で問題となり、正式に問題と認められたイジメは少ないんだよ」
いまいち、この人が何を言いたいのかを掴めずにいると。
「……つまりさ、学校っていう場所は、隠蔽される事が中々ある場所なんだよ。一説には、警察よりも隠蔽率が高いとか。だから問題が問題として認識されない。イジメは、最悪の場合に至るまで、イジメとして認識されなかったりするんだ」
「それって。学校が今朝の写真の事を、ここまで大事になっていながらも隠すつもりって事ですか?」
「恐らくは、そうだろうね。今朝の写真も多分すぐに回収はしただろうし。それに生徒達も、あんな写真をすぐにSNSなんかにアップするほど馬鹿じゃない。まあ、中にはいるだろうけど。それでもその一定数いる馬鹿達を注意してアップを取り下げさせれば、なんとかなると思っているんじゃないかな」
「…………」
「分からないよ。あくまで私の想像の範疇を超えない。……けど、今までもこの学校では、"そういった事"は確かに起きていたんだよ。ちなみに最近で起こったのは先月。問題の大きさとしては、今回とあまり変わらないかもしれないね。……君は知っていたかい?」
…………先月?
「…………いえ、知りませんでした」
「隠そうと思えば隠せるんだよ。学校は社会の模倣だなんて言われるだけあって、黒い部分なんていっぱいあるんだから」
「じゃあ、今回の件も……」
「うん、学校側は早急に対処するだろうね。……隠す方向で」
俺は何をどうすれば良いのか分からなくなった。




