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過ち



夜、自室のベッドの上でごろごろと寝転がる。

興奮と動揺が未だに治らない俺は、エナジードリンクを何本も飲んだかのような高揚感に包まれていた。

原因は、今日の体育祭準備の途中で、神倉先輩と共に抜け出し、その際に言われた一言から始まる。



ーーー今日、一緒に帰らない?



そんな事を言われた俺は、訳も分からず、気付いた時には「はい!」と叫んでいた。

後から遅れて、え、今俺なんて言った……と思った時には、既に神倉先輩が笑顔で「そっか……」と頷いていた。



そんなこんなで俺と神倉先輩は、今日一緒に帰る事となった。

体育祭準備の為、神倉先輩は未だ色々とやる事があったらしく、また後でと去っていき、俺も教室に戻らなくては……と、準備に戻った。



がらがらと教室を開けてみれば、そこには何とも言えぬ微妙な空気があった。が、そこは特に気にせずに、近くにあった雑務をこなして、残りの時間を過ごした。



そうして準備が終わって、玄関に行くと、そこには神倉先輩がいて、笑顔で俺を待っていてくれた。



何を話したかは余り覚えていない。確か、一年生だったんだ、とか。特進だったんだ、とか。その程度の会話しかしなかった気がする。



それでも心地は良かった。遠く、遠く、果てしなく遠くに見えていた人が、今は隣を歩いている。それがとても嬉しく感じた。



去り際に、またね、と言われて、俺も、はい、と頷いた。



そうして俺は家に帰ってきて、何故か無性に興奮が治らずにいる。



ベッドの上で、それからも何度かごろごろとしていたら、気付いたらその日は眠っていた。

案外、疲れていたのだろう。

緊張と動揺と興奮と……忙しない感情が、俺の中で渦巻いていた。





ーーー



そんな日常の中だからこそ、突然と『そういう事』は起こる。

誰もが意図しなかった、その日常の中で、ある日突然起こるのだ。



今にも雨が降りそうな曇り空の下、自転車をガシャガシャと漕いで学校に向かうと、ぽつりと、雨が降ってきた。



俺は慌てて自転車置場に行き、すぐに校内へと向かった。

すると、誰かの叫び声が聞こえてきた。



「うわっ、何これっ……!」



多分、それは女子生徒のものだった。

何があったんだ?と少し気にしながらも、俺は自分の靴箱を開け……



「……」



すると、そこには覚えのない、一枚の紙があった。首を傾げながらも、それを手に取る。



「写真……?」



紙、に見えたそれは、写真であった。

なんだろうか、これは。

そんな疑問を持ちながら、俺はそれを見る。



「………………」



は?

……は?

………… は?????




写真ーーーそれを見た俺は、目眩に突然襲われ、視界がぐるんぐるんと目まぐるしく動き吐き気に襲われた。



なんだ、これ。

どういう事だ?

やばい、分からない、さっぱり、意味が分からない。



手にしている写真をもう一度、いや何度も見るが、 理解が追いつかない、しかしそれも当然の事だった。



俺が今手にしている写真に写し出されていたのは───神倉先輩が下着姿で、後ろ姿の顔が見えない男と一緒にいるものだったのだから。



……畑?

その撮影場所を見た俺は、またも目眩に襲われた。酸素が脳に行き届かず頭がくらくらする。何か、考えてはいけない部分に触れそうになる。

見覚えのある場所に、見覚えのある男の姿、つまりこれは───



──……とりあえずそれは今、置いておこう。



自分が無意識のうちに、その考えにストップをかけた事を俺は何となく理解しながらも、今はこの状況を何とかしなければと意識を切り替え、呼吸が荒くなりながら今の状況で何をすれば良いのかを考える。




……先ずは、何をすれば良い? 先ずは、誰に言えば良い?



俺は、鍵をかけていなかった生徒の靴箱を勝手に開けさせてもらった。

やはりというべきか、そこには一枚の写真があった。



すると、さっきの悲鳴も、この写真関連ってことか……。

今ならまだ学校に来ている生徒の数も少ないだろうし、回収も……いや、それも無駄か。

どうせこの写真はもうすでに相当の生徒の間で拡散されてしまっていると思って良いだろうし、今から回収を試みた所で時間の無駄だ。

なら先生に報告しに行っている生徒がいると思って大丈夫だろうし、ほかに今やれる事は…………



ーーーそこで、気づく。



そうだ。

そう言えばこの事を、あの人は、神倉先輩は知っているのか……?



そう考えるも俺はすぐに結論に達してしまう。

……知っているに決まっているか。この学校は生徒の数が異様に多い上に、運動部系の部活連中は朝早くから来ている。ならば当然、これを見た生徒の中でSNSに拡散した馬鹿も居るだろう。



確証は無かったが、確信はあった。それも嫌な、出来る事ならば俺も信じたくない確信だったが。けれども今は行動するしかない。



汗を掻きながら、必死に頭を回転させる。クソックソックソッ、誰がこんな事を……!俺がもしも一番に学校来ていたら拡散されるよりも前に回収出来ていた筈なんだ……!



しかし、頭に浮かんでくるのは、後悔のみ。

俺は余りの混乱と動揺で今後の事について冷静に考える事が出来なかった。




落ち着け、落ち着け、落ち着け。生徒間で拡散され、恐らくSNSにおいても拡散されているだろうこの状況で、今から俺に何が出来る。

学校側は早急な対応を取るだろうが、それじゃあ意味がない。早く、今すぐにでもこの火を消さなければ。




ーーーそもそもだ、そもそもこの写真は誰からのものだ?



人はパニックに陥った時、突然、全く別の事を考えるらしい。

自分でも、そこは触れてはいけない部分だと何となく分かっていながらも、俺はついついその事について考えてしまった。



そして、禁忌の扉を開いた俺は、残酷な事実に直面した。



…………身体が、急に震えだした。悪寒がして、目眩がして、頭からすぅーっと血の気が引いていく気がした。



そんな今にも倒れそうな状況の中で思い出したのは、あの日の事だった。

まるで主人公にでもなったかの様な感覚がして、興奮した、あの非日常的な夜のこと。



…………あの時に俺は、大きな過ちを、犯した?




答えは直ぐに出た。出てしまった。多分それは俺が今まで無意識に考えない様にしていた事だったのだろう。だからそれは、意識的に考えてみると、するりと出てきてしまった。



…………この原因となったのは、俺?




ーーー瞬間、俺は足から力が抜け地面に倒れこんでいた。



ぼやける意識で、ようやく理解する。

俺は救ったんじゃない。救えたつもりでいただけだったんだ。たしかに"あの場は"救った形になったかもしれない。けど、それじゃあ駄目だったんだ。



そんな当たり前で常識的な、普通に考えてごくごく当然な事実をーーー今度は真正面から向き合った。その結果、俺は、自分が余りにも酷く愚かだった事を悟る。



あの時、俺はきっと選択肢があった。その中には、この状況を救える選択肢もあった筈だ。いや、違う。俺は、その選択肢以外選んだら駄目だったんだ…………。




そう思ってしまったが最後、俺は後悔の渦に飲み込まれた。目の前の現状をどうにかする、なんて事はもうすでに頭になかった。




ーーー……これは、良くあるご都合主義の物語なんかではない。だからこの物語の最後にはきっと悲劇が待ち受けていても可笑しくない。いつからか、自分がヒーローの物語に入りこんだ気がしてた。馬鹿だった。これは現実だ。紛う事なき現実なんだ。現実という物語には、多分ご都合主義なんか無いのだ。





途切れかけた意識の隅で───誰かの笑い声が聞こえた気がした。



───多分それは、過去の俺だった。





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