優しく手を引かれ
春雨編は混乱してしまうとのご意見が多かった為、一度削除致しました。
ですが、今度もう一度、春雨編としてまとめた上で投稿いたします。
ご理解の程よろしくお願いします。
酷く驚いた表情をした神倉先輩が俺の脳裏に浮かんできた。だが、別に顔は見ていないので勝手な俺の妄想だ。
だが、今の俺に掛けられた言葉は確かに神倉先輩のもので。しかも、その声は驚きを多分に含んでいた。
(ここまで含めて、全て俺の妄想ってこともあるよな……)
どうしてもそんな考えに至ってしまう。
と、気が付けば、痛かった筈の身体はもう既に痛みを感じてはいなかった。
ただ、何故か、俺は痛さに悶え苦しんでいた態勢から動けないでいた。
後ろを振り向けば、そこには恐らく神倉先輩がいる。
だが、 もし、もしも居なかったとすれば、やはり俺は少しホッとしつつも落胆するのだろう。
……やはりリア充のイケメン達には勝てないのだと、そんな身勝手極まり無く、自惚れ過ぎている自分を気持ち悪く思いながら。
しかし、現実にはきっとそこに神倉先輩がいるのだと分かっていた。分かった上で……神倉先輩が今、どんな表情をしているのか酷く怖く思えてしまった。
今の自分がいかに惨めなのかを理解していたから。
ーーーだからきっと、動けなかった。
「い、石田くん……大丈夫!?」
だが二度目の声。
そこで俺は、こんな馬鹿な事を考えている場合では無いと立ち上がる。
神倉先輩に対して、格好がつかないだとか、恥ずかしいだとか、そんな気持ちは一先ず置いておけ。
元から、俺に、格好良さなんてものはない。生まれてこの方、自分が本当に格好良かった事なんて多分ない。けれど、格好良く無くても、自分でも何でなのか分からないが、心配させたくない相手だけは出来てしまったーーー。
すぅーっと、息を吸い込む。
そしてグッと尻に力を込めて、後ろを振り返った。
単純でいて、神秘的なまでの美しさ。
それが目の前にはあった。
「かーーー……」
神倉さん。そう話しかけようと思ったが、けれど俺の言葉はそこで止まってしまった。
教室は静かだった。本当に、今この空間で、誰一人として息すらしていないのではないかと思える程の静寂。
それに対し俺は、心の内で叫んでいた。
(え、え、え、えええ? ……ええええ!?)
今現在、俺に起こっている現実が受け入れられなかった為である。しかしそれも無理はなく、およそ現実的とは思えない事が起きていた。
ーーー神倉先輩は何を思ったのか、必死の表情で、俺の手をギュッと優しく握ってきたのだ。
「あの、か、みくら……さんーーー」
その俺の言葉は、またも最後まで発せられる事のないまま中断することになった。
神倉先輩は俺の手をギュッと握ったまま、突然俺の手を引っ張りながら、教室の外へと向かったのである。
何が何なのか訳もわからずに混乱する俺。
神倉先輩に手を引かれ、教室を出る直前、教室をちらりと見てみたが、俺同様に混乱していた。
先程は冷静だった生徒も、今度は例外なく全員がはてなマークを浮かべていた。
教室を出て、理科室を通り過ぎ、空き教室をさらに過ぎて、生徒は誰も来ないようなスペースにたどり着いた。
すると、神倉先輩は、俺にグッと顔を向けてきた。
どうしたのか、俺にはさっぱり分からなかった。
しかし神倉先輩は、真っ直ぐ俺に向けてきた顔を、しばらくしてから横に逸らした。
何かを言おうとしては、それを止め。また顔をこちらに向け何かを言おうとしては、それを止めて顔を逸らす。それの繰り返しだった。
(ど、どうしたんだ……?)
そんな事を思っている時だった。
神倉先輩はようやく、俺に話掛けてきた。
「石田、くん。……その、大丈夫?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
直接、二人きりで、しかも学校で話すのはこれが初めてだった。
その為、俺の緊張は、人生で一番のピークに達していた。
しかし、そんな俺の気持ちを神倉先輩は知る筈も無い。
「そっか……大丈夫、か。そっか、良かった……ほんと良かった……」
「あり、がと……ございます」
安堵の表情を見せる神倉先輩に、俺はぎこちなく礼を言った。
しかし、神倉先輩は、今度はさらに勢いよく話掛けてきた。
「そ、そっ! それでねっ!? ……あの、さっきの、アレ……聞いてた、よね?」
神倉先輩の言う、アレ……。
普段の俺ならばもっと鈍かったのかもしれないが、この時の俺はすぐに、その神倉先輩の言うアレが何なのか分かってしまった。
恐らく、神倉先輩の言うアレとは、さっきのアレだろう。
むしろこれで分からなかったら、それは鈍感とか以前の問題だ。
「まあ、はい。聞いて、ました。やっぱり神倉さんは凄いですね……」
しかし、聞いてきた事はすぐに分かったが、何故その事を俺に聞いてきたのかは皆目見当も付かなかった。
……どういう意図があっての質問なのだろうか。
そんな疑問を抱えていると、神倉先輩は酷く慌ててたように、必死の表情で俺に向かって、
「違うのっ! あの二人とは、本当になにも無くてっ!? 違っ……こんなんじゃ逆に……」
本当にどうしたのだろうか。
少しだけ心配気味に神倉先輩を見ると、神倉先輩は一度深呼吸をして、そして再度俺に向き直った。
「さっきの二人は男子バスケ部で、友達なの。それでああいう事も結構言われるんだけど、実際は受けてなんかないのっ。……もし、もしね、もし良かったらなんだけど。……石田くん、今日一緒に帰らない?」
(………………?)
言っている意味が分からなかった。
理解するまでに数十秒の時間を要し、そして理解してからも、その事をのみこむまでに更に数十秒の時間を使った。
「えっ?」
ーーー誰もいない、俺と神倉先輩だけのスペースで、そんな俺の間抜けた声だけが何度も反響するのだった。




