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修羅場


神倉先輩だ……。

そう俺が認識した時には、既に数人の生徒が神倉先輩の元へと駆け寄っていた。

相変わらず凄い人気である。しかし、会う度会う度に、俺は神倉先輩について実は全く知らないのだと痛感させられる。



今もまた神倉先輩は、俺が見たことの無い表情で、周囲にいる生徒達と笑い合っていた。



「美里〜! やっぱり連合は美里と一緒が良かったよ〜!!」


ギュッと、一人の女子生徒がそう言いながら神倉先輩に抱きつく。


「だよなぁ……美里がいれば、それだけで皆んなに気合が入るしな」



すると周囲にいる一人の男子生徒がそう呟いた。

それに対して、周りも頷く。

すると、神倉先輩は少し困った様に笑い、



「私一人いたくらいで、変わんないって。……多分ね!」


「おいおい。ちょっと思ったんじゃねえかよ」


「まあねー。だって私、運動神経いい方だし?」


「いや……そう言うことじゃ……。ま、いいか」



そんな小気味好いテンポで会話がサクサク進んでいく。

と、そこで、ある事に気がついた。



(なんか、さっきの男子生徒……睨んでないか?)



そうなのだ。今の今まで神倉先輩と会話をしていた先輩らしき男子生徒を、俺に敵意をぶつけてきた男子生徒が思いっきり睨んでいたのだ。


しかし、俺に何かと絡んでくる男子生徒は、神倉先輩の周囲には居なかった。少し離れた位置から窺い見る様な態勢をとっている。



ーーー正直、俺は、この男子生徒二人の間に何があるのかは知らない。そして興味もない。



(……けど、多分。神倉先輩関連だよなぁ……)



そう。……多分そうなのだと、何故かそこには確信があった。何の根拠も確証もないけれど、少しの期間神倉先輩と関わった経験から、何となくわかってしまった。



すると、神倉先輩達の、体育祭実行委員とは全く関係のない話が思わぬ方向に進んでいた。

俺はその事に、男子生徒の睨みが一層深まった事でようやく気付いた。



しっかりと、その声の方に耳を傾けてみれば、ちゃんと聞くことが出来た。



「てな訳でさ、今日部活7時までだからさ……良かったら、俺と、一緒に帰んね?」



教室の中はいつの間にか静かになっていた。そこそこの喧騒は残しつつ、しかし全員がその声に耳を傾けていた。

俺もその一人だった。



「え、う〜ん? どーしようかなぁ?」



神倉先輩は、腰の後ろのあたりで手を組みながら、先輩らしき男子生徒にニヤリと、そんな小悪魔めいた笑みを向けた。



(あれ……なんだ、これ? )



自分の中で、何かが酷く熱かった。

どろどろとした何かが自分の中で駆け巡っている感覚があった。

怒りとは違う何かが、自分の中で膨れ上がっていくのが分かった。



「俺とじゃ、嫌かよ……?」


「そんなこと、別に言ってないよー?」


「じゃあーーー」



そんな会話が、この教室で続く中、突然一人の男子生徒の大きな声が響いた。



「ーーー神倉先輩っ」



教室にいた生徒全員が、その声の主の方を見た。

その視線の先ーーーそれは。



先程俺に敵意をぶつけてきた。そして今の今まで、先輩らしき男子生徒を睨みつけていた、男子生徒だった。



教室にいた生徒全員が驚いた表情を浮かべている。



「……は、何? ……お前がどうして、俺たちの話に割り込んできてんの?」



突然の乱入に、苛立つ先輩らしき男子生徒。

しかし、もう片方の男子生徒は、そんなものは意にも介さずに淡々と先輩の方へと歩いていく



(……何が、どうなってるんだ?)



多分、それは今この場にいる全員の疑問だった筈だ。

しかし残念ながら、それが分かる人物はこの教室には居なかった。



「あの……神倉先輩っ。俺と、今日っ、一緒に、帰ってもらえませんか!」



直球だった。

呆れるほどに、驚くほどに、素直に凄いなと思うほどに、もう一方の男子生徒は直球だった。



もちろん、さっきの先輩らしき男子生徒も直球だったのだが、これはまた違う。

醸し出す雰囲気、と言えばいいのだろうか。


これは、まるでーーー告白だ。



一緒に帰る約束をしようとしているだけだというのに、その男子生徒が出す雰囲気は、告白のそれだった。



まるで二人の男子生徒が、高嶺の花である神倉先輩を奪い合うような、そんな状況。

突如として、俺の連合の体育祭実行委員の仕事場は、修羅場と化してしまったのである。



恐らく、この場にいる全員がそう思っているのではないだろうか……そんなことを考える。

しかし、神倉先輩の周囲にいた生徒達は、酷く落ち着いていた。



そしてそれは神倉先輩自身も同様で。



「それってつまり〜、私とそんなに帰りたいってことかなっ?」



今度は先程の余裕とは違う。

先輩が先輩らしく、後輩に対して余裕を持って接するあの感じだった。

しかしそこにはやはり、少しばかりの小悪魔めいた余裕が含まれていた。



ーーーこれが、神倉美里。この高校の超有名人であり、校内一モテるであろう人……。



そして、俺とは住む世界が、違う人。



そんな現実を、今まで分かったつもりでいた事を、本当の意味で実感させられてしまった。



ーーーと、そんな事を考えて放心状態に一瞬なってしまった俺は、ガッと強く壇上の角に足をぶつけて、勢いよく倒れ込んでしまった。



ドサッ、なんて漫画のような転び方ではなく。ガンッッと本当に痛い転び方をしてしまった俺は、その場で悶え苦しむ。



「っっ……いっ……た……」



そんな俺の方に、誰かがやってくる音がした。

多分、笑っているんだろう。きっとリア充のイケメン達が高嶺の花を奪い合っている最中に、空気も読まずに転んでしまう、こんな陰キャラの俺を。



(ああ笑われる……笑われる……死にたい)



この場に神倉先輩がいるのが、俺にとって少し気がかりだった。別にそんなに親しい訳でも無いし、別に神倉先輩に格好つけたい訳でもなかったが、なんとなく神倉先輩がいるこの場で笑われるのは嫌だった。



けれど、俺にかけられた言葉は全くーーー予想していないものだった。




「い、石田くんっ!?」



そんな、先程までリア充イケメン達に対して、余裕の態度だった神倉先輩の慌てた声が、俺の背中にかけられたのだった。



ーーーそしてその声は、教室に良く響くのだった。





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