胸に突き刺さる
体育祭の一番面倒な部分は、体育祭当日なんかでは無いと俺は思う。
正直なところ、責任が無く走らない競技を選択さえすれば、体育祭なんてものは楽なのだ。
だとすれば、体育祭の一番面倒な部分とは何か。それは、体育祭当日を迎える為の……準備である。
パネル、応援団の着る衣装作り、その他色々……。
やる事には限りが無く、時間のある限り良いものを求めるので、やはり面倒くさい。
そしてその準備をするのは、何も見知った者同士では無い。
基本的に体育祭準備をするのは、三学年をクラス毎にごちゃ混ぜにした、体育祭期間中だけの協力関係……いわゆる連合と呼ばれるものの中でである。
さらに面倒な事に、そこには様々な人間の思惑がある。
例えば……この体育祭を利用して、気になる人と恋愛関係になりたいだとか。この機会に彼氏、彼女が欲しいだとか。
例を挙げればきりは無く、止めどのない様々な人間の思惑が渦巻いているイベント……それが体育祭。
しかし大半の生徒が、実は体育祭当日まで、ほとんどすることがないのもまた事実。
その中で唯一、他学年、他クラス、色々な異性と出会いが出来るのは……体育祭応援団と体育祭実行委員だけである。
つまり、体育祭準備の段階で何かしら役職がある人は、全員とまではいかずとも、大抵の場合陽キャである。
クラスの中でもそれなりの立場を有し、その上で体育祭を本当の意味で楽しもうとしている、それが体育祭応援団であり、体育祭実行委員。
そして現在。
普段ならば絶対に交わることのない、他学年、他クラス同士が交わる特殊な環境下で、誰とも喋らずにクラスの隅にいる男子生徒が一人。
……俺である。
(気不味い。なんにもしていない罪悪感もある。もういっそ、このまま何もしないくらいなら、家に早く帰りたい!)
心の中で、声にならない悲鳴をあげた。
俺は、ちらりとクラスの中を軽く見渡してみた。
まず、衣装作りの為のミシンを囲むようにして、三年と一年の男女が数名。
次に、パネルの下書きを書いている二年生の生徒が数名。
そして俺と同じように手持ち無沙汰ながらも、ぐだぐだとした雰囲気で友人達との談笑を楽しむ者たちが数名。
そして、その輪からはやくも外れ、『なんか隅に一人で居るやつ』の印象を与える俺。
……印象、というか事実な訳だけど。
(とはいえ、なんか予想してたのと違ったな。もっとこう、やる事いっぱいで大変、みたいなのを想像してたんだけどな……)
どうやら俺の想像していた体育祭準備は間違っていたらしい。
今日で体育祭準備も三日目。
先輩後輩、他クラス同士ながらも、少なからず新たな人間関係が出来上がる今日この頃。
この体育祭実行委員の中でも、既に付き合い始めた先輩後輩カップルがいるらしい。
(そこは真面目に仕事しとこうよ。仕事と私情を一緒にしたら、ダメじゃん? 普通はさ?)
公私の区別は付けようよ……とかなんとか、誰に言うわけでもなく、ひたすらに心のなかでぶつぶつと独り言の様に話す。
俺は黒板前の壇上に一人座り込み、下を向く。
これで、さも『俺は面倒くさいからやってないんですよ』的な雰囲気をさり気なく醸し出しているのだ。
……出せているかは分からないが。いや、多分出せてないな。
すると、突然、俺の肩がうっすらと揺さぶられた。
俺はビクッと身体を揺らしてから、ばっと顔を前に向ける。するとそこには一人の男子生徒の姿があった。
「……あの、少しいいですか?」
敬語を使うと言う事は、同学年か後輩か?
そんなことを考えつつ、俺はその男子生徒に返答する。
「え、あ、ああ、うん」
が、いきなり知らない男子生徒に話しかけられてこれ以上ない程テンパった俺の返答は酷いものだった。
しかし男子生徒は何も気にしないように、俺にーーーーー
「ーーーあの、帰ってもらってもいいっすよ」
グサリ。
何かが胸に突き刺さった音がした。
その後、俺は気づいたら帰宅していたのだが、その道中を俺は覚えていない。
ーーーもう、体育祭、やだ……。
勢いで流された挙句、実行委員になってしまった、陰キャの素直な想いだった。




