神倉先輩の異変
体育祭編3話目です。
応援コメントなどありがとうございます。
私自身すごく嬉しく思って見ております。
そして何か気になる事などがございましたら、コメントにて気軽にご質問下さい。
その職員室に響く声音は、大きくてハキハキしていてそれでいて綺麗だった。
俺ーーーだけでは無く、他の動き回っていた教師達も一瞬そちらの方を向いた。
(すごいな……これが、神倉先輩か)
今一度確認させられる、"神倉先輩"という人の凄さ。
先程俺が入ってきた時は、誰もこちらを向いては来なかった。
けれど神倉先輩は全く違う。
その声だけで、自分の存在を教師達に確認させ、さらに振り向かせる事が出来る。
別に俺は、教師達に注目してもらいたい訳ではない。
ただ、神倉先輩の人望が滲み出ている光景を目撃して感嘆しているだけだ。
ーーーこんな人に俺なんかが……
そんな暗い気持ちが一瞬出てきてしまった。
俺はその暗い気持ちを掻き消すように、首を振る。
「あ、れ……石田くん?」
すると目の前から声を掛けられた。
それも当然で、俺はさっき神倉先輩が入ってきて、それに振り向いた状態から動いていなかったからだ。
すると通路を歩く神倉先輩に会うのは必然。
だが俺は急な事態でパニックに陥った。
(うわ……え、神倉先輩!? うお、え、目の前に、神倉先輩が、学校……なんで?)
ぐるぐると回転する頭は収集がつかず、俺は神倉先輩からの問いかけに答えられなかった。
すると、そんな俺の代わりに、後ろから神倉先輩に対して返答があった。
「おや、神倉じゃないか〜! どうした? 今回はどんな問題を起こしたんだ?」
「美内先生、ひどいー! 私が今まで問題を起こした事なんてないじゃないですか! 私はずっと優等生ですよ」
「ははは、冗談を……」
「ちょっと、なんですかその顔はっ!?」
そんな会話が俺の眼前で繰り広げられる。
そうして段々と俺のパニックが治まってきたころ。
俺の担任……美内先生(正直今まで名前を知らなかった)は、神倉先輩にニヤリと笑い、
「じゃあアレか? 愛しの石田君に会いに来たのか?」
(ちょっと? 何言ってんのこの人!?)
おいおいと思いながら、俺は神倉先輩の表情をうかがう。
正直どんな表情をしているのか怖かった。
けれど神倉先輩はフワッと微笑むと。
「もー先生! やめてくださいよ、石田くんが困ってるじゃないですかっ」
神倉先輩はそう言いながらチラリと一瞬だけ、こちらに顔を向けてきた。
それにどんな反応をとれば良いのか分からず、俺は苦い笑みを浮かべてしまう。
そんな俺たちを見た先生は、すかさずフォローを入れてくる。
「あ〜それもそうだな。悪かったな、神倉とそれに石田も」
「あ、はい……」
「……………………」
ーーーと、先生に対する神倉先輩の反応が無いのが気になった。
気になり後ろを振り向くとそこには、顔を下に俯かせている神倉先輩の姿があった。
(…………え?)
どうしたんですか。大丈夫ですか。そんな言葉を口にしようとした瞬間ーーー俺の代わりに、先生が言ってくれた。
「お、おい? ……大丈夫か神倉?」
すると、急にハッとした顔をして、神倉先輩は顔を上げた。
しかし次の瞬間にはもう、いつもの神倉先輩の柔らかい表情があった。
そうして俺と先生に一礼して微笑むと、
「それじゃあ私は、長谷川先生に用があるので。これで失礼します」
そう言って神倉先輩は去っていった。
その後ろ姿を見たとき、俺は一体何を感じたのだろうか。
けれどその気持ちは結局分からず、俺は胸の形容し難い何かを呑み込んだ。
残された俺たちは、なんとも言えぬ雰囲気に包まれていた。
先ほどの神倉先輩の普通では無い様子が、お互いに少し気に掛かったのだろう。
そんな雰囲気の中いつまでも居たくなかった俺は、先ほどの話に戻す事にした。
「あ、先生。さっきの実行委員の話ですけど……あれ俺やってもいいです」
「本当かっ! ……ん、ああ。それはまあ良いとして」
その俺の発言に喜んだ先生は、すぐに険しい顔をつくり。
「なあ、お前と神倉の関係はなんだ? 本当にお前、神倉のこと知らないのか?」
カキーン、と野球部の練習音が一瞬聞こえた。
周囲は動き回る教師達だらけでうるさい筈なのに、何故か俺と先生のこの空間だけ音が消えた気がした。
ごくんと喉を鳴らす。
別にどうってことはない質問。
ーーーけれど今の俺にとっては、酷く悩ませられる質問だった。




